この実験は人類を救済する
俺は25歳。無職のニートだ。
大学は卒業して、ある企業にも就職できた。
だが、上司のパワハラがきつく、仕事内容も思ったよりもハードだったため一ヶ月と経たず辞めてしまった。
俺を見た人間はみんなこう言うだろう。
根性なし。 経験が足りない。 慣れるためには一年以上はかかるだろう。 とかね。
何と言われようがかまわない。
自分の心が病む前に辞めることができたのだ。 それに悔いはない。
だが、問題は金だ。 金が全くない。
普段からお金を使う方ではないため、貯金はいくらかあるがもう少しで底をつく。
親は厳しい人のため仕送りも見込めない。
手っ取り早くお金を稼ぐ方法を探したいところだ。
そんなある日、一枚の紙がポストに入っていた。
そこにはこう書かれていた。
「ある実験の被験者を探しています。
実験内容はただ生活していただき、その経過を記録させていただく簡単なお仕事です。
報酬は要相談。(実験の経過日数に応じて変動します。)
お受けしていただける方は下記の番号までお電話をお願いします。
TEL ○○○―○○○○―○○○○
全ては人類の救済のために。」
軽く内容を確認し、俺はこの実験を受けてみることにした。
理由は単純だ。 お金がたくさんもらえそうだから。
こういった内容の報酬金は物によって全然違うが、高ければ一回で二十万円もらえるものもある。 やる価値は十分にあるだろう。
ちょっと最後の文章が気になるが、些細なことだ。 それにこの文章に怖気づいたり、怪しんで参加者が少なければその分報酬を上乗せしてもらえるかもしれない。
俺がすぐに電話をかけると明日から始めたいと言ってきた。
ずいぶん急だがこちらにとっても早い方がありがたい。
場所もそこまで離れていないし、問題なさそうだ。
次の日、朝早く起き、電車に乗り三時間ほど揺られた後、二十分ほど歩いたところに実験施設はあった。
草木が生い茂っており、道に迷いそうになったがなんとかたどり着くことができ良かった。
見た目はよくある研究施設だ。
全体的に白で構成されており、三階建てはあるだろうか。
ぱっと見て窓がないのは気になるが、研究施設ならこんなものかとあまり気にしないでいた。
中に入ると研究員らしき男が一人立っていた。
「お待ちしておりました。 本日からあなた様の担当になります「イワムシ」です。 よろしくお願いいたします。」
無表情でこちらをまっすぐ見据え挨拶をしてきた。
少し不気味ではあるが言葉遣いは丁寧だし大丈夫だろう。
「はい。よろしくお願いします。」
挨拶をしたところで俺は一度更衣室へ移動させられた。
ここで着替え、貴重品も置いてきてほしいとのことだった。
まぁ、実験となると簡素な衣服に着替えるのはよくある話か。
「本日からここがあなたの部屋になります。 何もありませんがご容赦いただきますようお願いいたします。」
通された部屋は何もなかった。 比喩ではなく何もない真っ白な部屋だ。
一人暮らしするには十分な広さではあるが、ベッドも椅子も机も何もかもがない。
あまりにも部屋が白いためどこまでが部屋なのか感覚がつかみづらい。
「それで、俺は何をすればいいんですっけ?」
そういえば詳しい研究内容は知らされていなかった。
電話口でも話せる内容ではないらしく、聞いてもはぐらかされてしまった。
「はい。ご説明いたします。」
「あなた様にはこちらでただ生活をしていただきます。 自由に動いていただいて構いません。 食事は朝、昼、晩に三回お持ちいたします。 それでは。」
そういってイワムシは扉を閉めようとする。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。 食事以外は何をすればいいんだ? テレビとか、スマホとかは?」
「......」
イワムシは何も言わず扉を閉めた。
「おいおい......説明責任くらい果たしてくれよ......」
やはり怪しい実験に巻き込まれてしまったのだろうか。
人類の救済とか意味が分からないこと書いていたし、辞めるべきだったかもしれないと少し後悔した。
とりあえず食事が来るまで暇なこともあり、部屋を探索してみることにした。
と言っても何もないわけだが。
部屋のつなぎ目すらない正方形の部屋。
純白と呼ぶのがふさわしいほどの真っ白さ。
そういえばと思い、ドアの方を見るがドアノブがついていない。
自力で部屋から出ることは不可能に見える。
「はぁ......お金がもらえると言え、退屈だなぁ......」
どのくらいの時間が経っただろうか、時計もなければ景色も見れないため今が何時で朝か夜かもわからない。 だんだんと気が狂っていくのを感じる。
誰だってそうだろう。 やることが飯を食うか、寝ることしかない。
それが趣味な奴なら天国かもしれないが終わりが見えなければ地獄にもなる。
なんなら飯も来ない。 三回飯を運んでくると言っていたのにまったくくる気配がない。 ちょうど腹が減ってないからいいものを。
体感で三日は経っただろうか。 相変わらず飯は来ないし、時間もわからない。
最初は気楽に構えていた部分もとうに消え失せた。 今はただ帰りたいという気持ちと後悔しかない。
用を足す場所もないが自然とその気持ちもなかった。
一日に一回はあるだろうに、三日経ってもないとはどういったことだろうか。
せめて今が朝か夜かぐらいは知りたいものだ。 一日の概念が根本から変わってしまいそうなほど、精神はすり減っていた。
もう一日は経った......いや、まだ半日か......いやいや二日は経ったな......
そう自分の都合のいい考えになってしまう。 そうでなければ気が狂ってしまいそうになる。
いや、もう狂っているかもしれない。
目がよく見えなくなっているのだ。 頭もぼんやりしている。 何か......わかる......そんな気がする......
あれから1週間は経っただろう。 空腹も感じず、尿意もない。
一応変わったことはある。 周りが赤いのだ。
ずっと周りが白く正気を保つことができなかったため、爪を噛み始めた。
右手の爪がなくなれば、次は左手。 左手もなくなれば、次は足の爪を噛んだ。
両手両足の爪がなくなっても俺は噛んでいた。 肉の部分を噛んだせいで、手足から血が垂れ足元は水たまりができている。
白以外の景色を見ることができ、俺は正気を保つことができた。
それに、なぜだか痛みも感じない。 こんなに血が出ているのに死ぬ様子もなさそうだった。
不思議な部屋だ。
一ヶ月はたった。 精神はとっくに壊れてしまった。
気をなんとか紛らわそうとぼくは、歌を歌うことにした。
人気の曲やお気に入りの曲を歌い、飽きれば自作の曲をつくった。
いまの状態だと歌詞は頭から離れてしまうため、周りにかくことにした。
偶然白いキャンパスがあったため、それを赤ペンを使ってかくことにした。
それを見ながら自作の曲を楽しくうたう。
百曲くらいは作ったね。 僕ってば天才かも?
ここからでたら、歌手にでもなろうかなぁ~。
......はんとしくらいだとおもう。 じかんとかてんきとかわからない。
でも、きいて? いままでしろいへやだったのに、まっかにかわったの!
すごいなぁ~! きっとだれかがかえてくれたんだ!
ぼくなにもやってないし! でもだれがかえてくれたんだろうなぁ~!
あそこにいるしゃーくんもやーちゃんもしらないっていうし......
あたらしいともだちなのかなぁ...... はやくあいたいなぁ......
......あ......ん? ......ん~......あ~......うん。
うん......そ...う......だ......
ぼ......く......は......
.........。
「実験は終了です。お疲れ様でした。 と言っても聞こえていませんかね。」
「よくもまあこれだけ汚したものです。 もとはあんなにも綺麗な部屋だったというのに。」
「ですがよく耐えたほうでしょうか......五日ほどですかね。」
「体感ではどのくらいの時を過ごしていたのでしょうか。 一ヶ月?半年?一年?もっとでしょうか。」
「やはり何度見ても心苦しいものです。 人が死んでいくというのは。」
「ですが私の見解通りの実験結果ですね。 これこそが人類の救済となりうる。」
「彼の様子はずっと観察していましたがやはり途中から純粋な魂へと変わったようですね。 現世で穢れた心は浄化され、純粋で純然たる存在へと昇華し、旅立った......」
「彼もきっとこれを望んでいたに違いありません。 天国に行けて感謝してくれているといいのですが......」
「部屋を掃除して次の救済に行きましょうか。 この世にはまだまだ救済しなければいけない方がありふれていますから......」