第 四 章 中央教育審議会 27次答申
第 四 章
中学一年生 初夏 6月中旬
冥衣花は、今年文部科学省に提出される予定の中央教育審議会27次答申に
影響が出ない授業にするため体育教師の薄氷美水(28才)先生を
説得していた
「わたしがあのような淀んだ水に入ると、冥界との親和性が強すぎるため危険です
そのため、プールの中にいるクラスメイトの何名かは、あの川を渡ってしまう」
「多摩川?」
「三途の川
運が悪いことにお彼岸も近い。渡し船もたくさん行き来してる」
「渡し船は徳川綱吉の時代なら盛んだっただろうけど今は見ないわ
あの犬将軍のせいで農民は餓死しても、お犬様は食いっぱぐれないというありさま」
めいかは言った
「それは徳川綱吉公に対する冒涜です。征夷大将軍である綱吉に対し
そのような呼び方をするとは、世間知らずにも程がある
彼の生類憐みの霊は、
極端な仏教思想によるもので政策そのものはそれまで不透明だった人事権を」
「犬将軍が善政を行ったというなんて笑っちゃう」
めいかは語気を強めた
「綱吉は気高い男だった
嘲笑されながらも、息を引き取る最後まで民衆の生活のためを思って
いいでしょう。みんながプールの授業を終えた後、わたし一人で泳ぎましょう
そして綱吉を犬将軍とこれ以上言わないよう、くれぐれも」
みみ先生は言った
「めいかさんの心配してる中央教育審議会が重視してるのは
協調性、国際化、そして三番目は何かしら?」
めいかが答えた
「リーダーシップのある人材の育成」
「一人で泳いだら、集団をまとめて導くリーダーシップは育成されます?
めいかさん、どうなのかしら?」
めいかは言った
「強いリーダーシップを近世で最も持った時代は、大日本帝国憲法の時代
国家元首の天皇が統治権全てを掌握した結果どうなったかご存知でない?
いくら体育大、それも私大の体育大出身であっても教員免許のおべんきょう
とやらの試験範囲外だったのかしら?
それとも体育大で筋トレをしている間にお忘れになられたのね?」
美水先生は答えた
「仮に帝国憲法の時代に戻るとしても、それが審議会の決定
答申に影響を与えたくないなら、その決定にあなたが刃向かう理由はないわよね
そして私は九州大学出身で、私大の体育大学出身ではありません」
めいかは尋ねた
「美水先生にとって、徳川綱吉公はどういう存在なのです?」
「犬将軍と呼ばれるに相応しい、女々しい男。鮒侍」
「みみ先生のおっしゃってることは本当にそうでしょうか」
冥衣花は薄氷美水の瞳、正確には右目の眼底を射抜いた
みみは言った
「たしかにわたしの彼氏は私大の体育大出身だけど
別に私はなんとも思っていない
でも母はよく思ってないのかもしれないけど、でもそれは、 」
めいかは聞いた
「その男性は体育教師をなさっている方なの?」
みみは答えた
「してない。してほしい」
「なぜ?」
「知らない。最近あんまり連絡こないから」
冥衣花はポケットからデンタルフロスを取り出し、袋を開け、みみに手渡した
みみ先生はそれを大事に受け取った
めいかは言った
「それって彼氏って言っていいの?」
「知らない。わたしに聞かないであの人に聞いて
わたしはもう一度、高校生の時のような恋愛がしたい」
「自分に素直になりなさい
そしてわたしがクラスのみんなと一緒にプールに入らなくてすむ方法を」
薄氷美水先生は休暇願いを出し、臨時の先生が来てめいかはプールの授業に
出なければならなくなった