第 三 章 現在 遺体安置室、ふたたび
第 三 章
現在 高校一年生(4月上旬)
冥衣花は、香月あさみ(享年21)(こうつき あさみ)と共にめいかの部屋にいた
あさみはベッドに腰掛け、
めいかは三階から一階まで一本で繋がっている緊急避難用しがみつき滑り棒を
握って立っていた
あさみは言った
「どういう理由だろうと、わたしが死んでようとなかろうと、めいかちゃんの
お父さんにごあいさつして、一晩でもお世話になることを言わなきゃ」
「わたしの父はもしわたしが成人男性を部屋に入れて一晩泊まらせても何も言わない」
「それはよくない。まさかそういうことしたことないよね」
「わたしが父以外の男性と話したのは、さっき火だるまにした男くらい
中学の時から女子校だから
一度、トランスジェンダーの男性の遺体に話しかけた
でもこころは女性だから魂も女性
わたしの父、幻瞳くんは、あさみさんを救急で担当した?
もしそうなら、あなたが父にあいさつしたら死者が生き返ったと思う
ゲンドウくんは科学的懐疑主義者だから、理解が追いつくまで
また岐阜の下呂温泉に逃げてしまう。わたしを置いて
あそこの温泉は美容にいいって聞くから行ってみたいのに」
あさみは言った
「心臓停止して2時間以上経過したわたしの顔に汗がかかってくるまで心臓マッサージ
してくれた先生は顔に手術の縫い目が斜めに横切ってた
ブラックジャックみたいに」
「ゲンドウくんだ」
「困ったね。わたしのアパートに戻るわけにもいかない。実家にも戻れない
友だちに頼るわけにもいかない。みんな私が死んでると思ってる
色々迷惑かけちゃってるし、わたしもう一度遺体安置室戻れないかな」
「あさみさんがいた棺、A7は今、脳梗塞で亡くなった68歳男性が入っています
一つの棺にふたり一緒に入れるか微妙だけど、
規則上一つの棺に二人の遺体が入ってはならない、というのはなく」
「同じじゃなくって全然いい。A7にとくに未練はない
棺、個室空いてない?」
めいかはあさみに聞いた
「生き返って恨みを晴らしてから、安らかな眠りにつくのではなかったのですか」
あさみは答えた
「恨みを晴らすのはわたしじゃない。私の知り合いがわたしに対して恨みを晴らす
その恨みが晴れたのを見てから眠ろうと思って」
「何をしたのです」
「言いたくない
めいかちゃんに向こうの味方になってもらって、わたしを罰する、みたいにしようと
でも火だるままでは覚悟してなかった
こんな親切にしてくれて、一緒にお食事したり、めいかちゃんは
自分のパフェもわたしに一口くれた
今晩このふかふかな高級ベッドで寝かせてお風呂も入れてくれようと
そんな子に、死刑執行人の役をさせたくない」
「あさみさんはたくさん苦しんで死んだ
首のあざ、縄をフィッシャーマンズノットで結んだでしょう
でも女性一人であんな太い縄を結ぶのはむりだった
数十秒吊るされて途中でほどけたのでは?」
「まあいいわ。今日はこの暖かいベッドとお風呂入らせてもらおう
お礼はなにか考える」
めいかは言った
「お礼はお風呂一緒に入る。あさみさんの身体洗ってあげる」
「急にどきっとするんだけど。同じ女性でも15才の女の子に
それしてもらうの犯罪な感じする」
「もしそれが青少年育成条例違反だったとしても、被疑者死亡で送検されるだけ
あさみさんが着てる黒の下着も確認する」
「なんでよ」
「わたしにも似合うか知りたい
あさみさんが死んだらわたしが履こうかなと
それ着たまま死ぬ?
全裸で?」
「着衣で」