幸せについて
「さっきの惑星だけど、率直にどう思った?」
「どう思っただって? そんなの特に感想なんてないに決まってるだろ。強いて言うなら、資源も産業もないからって惑星の住人が幸せであることを大々的にアピールしてんのが、薄ら寒かったってくらいだよ」
「惑星住民の平均幸福度(脚注1)が100%なんでしたっけ?」
「99.98%だ。そんなの絶対に嘘っぱちだけどな」
「数字は嘘をつかないわ」
「でも、数字を使って嘘をつくことはできる」
「イーサンってば夢がないわ。いいじゃない。この宇宙のどこかに、そこに住むすべての生き物が幸せな惑星があったって」
「ディバラード・オーサン(脚注2)はこう言ってる。『六切れのマクノミラパイを12人の子供たちに与えてはならない。彼らが奪い合うのはお互いの幸せになる権利だけで十分だ』」
「六切れを十二切れにすればいい話じゃない?」
「オーサンはこうも言ってる。『六切れを十二切れにすればいい話じゃない?って言う奴は何もわかってない』」
「それを言ってるのはオーサンじゃなくて、イーサンでしょ」
「さあ、忘れちまったよ」
「ねえ、イーサン。どうしてみんな幸せになろうとしてるのかしら?」
「俺としては別にみんながみんな幸せになろうとしてるようには見えないけどな」
「幸せになりたくない生命体はいない」
「それはそうだ。だけど、幸せになりたいって、思うことと願うことと祈ることと行動することは全然違う。幸せになりたいって強く思うやつは少ない。幸せになれたらいいなって、大多数はその程度の気持ちなんだよ」
「イーサンは幸せになりたい?」
「オーサンはこう言ってる。『自分の幸せにために両膝をつき神に祈りを捧げ始めたら終いだ。猫に食われてくたばっちまったほうがいい』」
「何それ」
「ただこうも言ってる。『俺は自分の幸せではなく、誰かの幸せを祈りたい。そうしている間だけは、俺が俺でいることを許せる気がする』」
「私はイーサンの幸せを祈ってるわ」
「俺もお前の幸せを祈ってる」
「でも、祈りが届く保証はないから期待しないで」
「俺も同じだ。気にするな。何より切手も貼ってなければ住所も書いてないんだから、期待する方が馬鹿だ」
「最後に一つだけ」
「なんだ?」
「エマはこう言ってる。『偉人の名言を使って自分の意見を代弁させようとするのはいくじなしのやり方だわ』」
(脚注1)偉い学者が考えたリストにチェックをつけていき、その合計点数から幸福度を算出しているらしい。ただ、そのチェックリストを考えた偉い学者がいったい誰なのかを知っている奴はこの宇宙に存在しない。
(脚注2)宇宙でも指折りのクズで、思想家。こいつの書いた本と生い立ちを知れば、下には下がいるっていう宇宙の真理に近づくことができる。