ロマンスについて
「ねえ、イーサン聞いて。さっき立ち寄った銀河空港で、私ったらうっかり置き忘れをしたみたいなの。何を置き忘れたと思う?」
「さっきの空港に置いてきちまったものだって? 品位か? 謙虚さか? 愛嬌か? それとも、宇宙船の運転中でデブリと事故んないように神経を尖らせている双子の兄に、そんなくだらないことを聞くべきじゃないっていう常識か?」
「ぶー! ぶーぶー!残念、不正解。これがマーズ・マインドマスターズ(脚注1)だったら、イーサンの頭はダイナマイトでぶっ飛ばされているわ!」
「それもそうだな。そもそも元々持っていなかったんだから、置き忘れようにも置き忘れられない」
「正解はロマンスよ」
「なるほど、それはわからなかった。ちなみにドライバーを持ってたりしないか? ちょうど今、一回ネジを締め直さないといけないような頭が近くにあるんだ」
「イーサンが宇宙船のメンテナンスをしに行っているとき、私たちと同じ人間の男性から声をかけられたの。素敵なお嬢さん、一緒に踊りませんかってね。もちろん私たちは踊ったわ。地球から何万光年から離れた別の惑星で、私たちは地球の音楽を口ずさみながら踊ったの。彼も私も惑星の重力にあまり慣れていなかったから、体感はグラグラだったし、ステップはめちゃくちゃだったわ。舞踏会のようにオーケストラがその場で演奏をしてくれているわけではなかったし、照明は豪華なシャンデリアじゃなくて、宇宙のあちこちで安売りされている切れかかった電灯だった。私たちの近くでは清掃ロボットが緩んだナットをガタガタと言わせていたし、ダンスの途中で誰かが床に落としたピーナッツシュー(脚注2)を思いっきり踏んでしまった。
でもね、イーサン。少なくともあの時の私は、本に出てくる昔話の女の子のような気持ちだった。宇宙には自分たちしかいないと無邪気に信じ、宇宙の歴史からしたら舌打ちする時間にも満たない刹那的な愛に胸を焦がしていた。ずっとこの時間が続けばいいのに。昔話の女の子だったらきっとそう思うでしょう」
「で、最期はどうなったんだ? ロマンスっていうのは都合の良い結末か虫が良い結末のどっちかだろ?」
「踊りを踊り切った後、彼はその場でドロドロに溶けていったの。それで終わり。溶けながら教えてくれたんだけど、彼は地球人とアイスクリーム星人(脚注3)のハーフだったみたい。彼が立っていた場所にはアイスクリームの溜まりができて、それを元気に駆け回る子供達が踏んでいった。空港の廊下には点々と足形のアイスクリームの跡ができて、それを見た時思ったの。ロマンスに姿かたちなんてものはないけれど、もし存在するのであればこれが私のロマンスだってそう思ったの。そして、そこに私のロマンスが存在しているのであれば、私はこの場所にロマンスを置いていかなければならないし、もう二度と取りに戻ってはいけない。いつか清掃ロボットによって跡形もなく拭き取られたとしても、その場所で地球人と地球人とアイスクリーム星人のハーフが互いに手を取って不格好な踊りを踊っていたことをみんなが忘れてしまったとしてもね」
「お前が置き忘れていったんだったら、今頃誰かが拾ってるかもな」
「そうね。だけど、それもまた一つのロマンスよ。終わりには理由があるのが常だとしても、始まりには理由も必然もいらないんのだから」
「俺にはわからないね」
「イーサンはまだ本物のロマンスを知らないからよ。ところでイーサン? 一つ聞いてもいい?」
「なんだ、エマ?」
「さっきの惑星を飛び立ってからずっと、後部エンジンから見たこともない色の炎が噴き出しているけど大丈夫?」
「くそったれ! さっきの惑星でやったメンテナンスで、逆に宇宙船を壊されちまった!! 今すぐ戻ってクレームを入れるぞ!」
(脚注1)火星で250年続いているクイズ番組。78代目司会のイライ・ゼノンが最高にイカしている。
(脚注2)ギャラクシー企業のアステリアが製造するお菓子。銀河系の中でこのお菓子が売られていない星は存在しないと言われている。
(脚注3)比喩でもなんでもなく本当に身体がアイスクリームでできた生命体。宇宙は広いんだから、こういう生命体がいても別におかしくはない。