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23-5 予想外の助っ人 二体目

 本当に予想外で堪らなかった。何故という疑問がスターの頭を支配する。

 ここはホムラン南にある大地の裂け目の谷底である。遥か昔にできた巨大な地割れ地帯には、野生や悪性の召喚生物が生息しているとビルから聞かされていた。

 だからガチオーガがこの場にいる事はおかしくはない。ガチオーガの他にも多数の召喚生物が跋扈しているのも容易に想像できる。

 問題はこの野良ガチオーガが何故、助けてくれたのかという一点だった。


 地面に激突する寸前に左手でタイミング良くキャッチしたと思われる。しかしスターにはその行動の意図が理解できない。

 面識は全くないのに命を救う行動に出た。タイミングが良いという事は予め待機をしていた。いつからこの場にいたかは分からない。誰かが発現したのか。しかし一体誰が発現したのか。困惑が更に深まっていく。


 そしてその困惑はスミスも同様のようだった。たった今、暗視呪文で目の虹彩を輝かせながら谷底の地面へと降り立った。

 スターはそこで敵の存在を思い出し肉体強化の剣を発現して備えた。スミスは顔を険しくして様子を窺う。


「これは、本当に……どういう事だい?」


 スミスはすぐに着地の補助を担った存在強化の後ろへと移動した。その声には困惑と動揺、警戒が多分に含まれている。


「何故ガチオーガが出て来るのか。ここはコミタバのアジト。ガチオーガは配置していない」

「……アジト?」

「あっ」


 スミスは警戒そのままで思いっきり顔を顰めた。失言を後悔して眉根を寄せる。


「……別に不思議がる事じゃない。長年人の手が入ってない土地ならアジトにも選ばれるさ」

「だがここには召喚生物がいる。悪性も」

「そりゃあ、いたと聞いている。でも全部殺せば良い。コミタバなんだから皆殺しはわけない。後は代わりの召喚生物を配置して元の大地の裂け目と装う。簡単でしょ?」


 多少開き直ったスミスはガチオーガがいるためか攻勢には転じない。大柄の男の兵隊、存在強化の後ろから慎重に覗き込んでいる。

 スターの方もどう攻撃に出て良いか判断が付かなかった。ガチオーガには助けられたがその目的は不明な以上どう動くべきかいまいち決められない。そもそもガチオーガは近くで静かに佇み、コミタバを見据えるだけで何かをする気配はない。

 存在強化の兵隊も脅威だった。今も発しているその存在感は肉体強化呪文の完全上位互換のため倒すのは難しい。

 膂力、速さ、防御力が桁違いに上昇しているのだ。シンプルに強い。厄介極まりなかった。


「……………………」

「……………………」

「……………………」


 スターとスミスとガチオーガ。それぞれの思惑が交錯して絡み合い少しの間だけ沈黙が続く。

 しかし二つの理由でその沈黙はすぐに破られた。地上のモノリスの兵隊を排除したカインとエネルが合流した。


「スミスーっ!!」

「三度目のシチュエーション。良い加減しつこいよ」


 複数のブロレジの障壁を足場に飛び降りながらスミスの元へと落下する。存在強化の気配を目指しているため一直線だ。

 その二人に対して苛ついたスミスは毒ガス呪文を発現し迎撃した。紫色の煙が上へと吹き掛けられ、それを目視したカインは足場にしていた障壁を蹴って別方向へと転がり着地する。予想していたようだ。

 そしてすぐさま周囲の状況を確認した。エネル共々、その顔は困惑に包まれた。


「これは……ガチオーガ!?」

「スター、今すぐガチオーガから離れて!!」

「いや、敵じゃないと……思う」

「「えっ?」」


 カインとエネルは呆けた声を出した。それと同時にコミタバの後方から何やら召喚生物が迫って来た。

 遠くから駆けて来てその巨体を揺らす。近づくにつれ、重量がある分谷底が騒がしくなる。

 それは木で編み込まれた外見の竜、召喚生物モクリュウだった。サイズが通常よりも大きく穏やかではなく好戦的な顔立ちだ。四足歩行の前足に飛べない翼がついている。

 ガチオーガと同サイズのモクリュウ二体が敵の増援として到着した。


 スターはそれを目撃し即座に攻撃するべきと判断した。

 スミスの言っていた事は本当だった。ここはコミタバのアジト、このままでは時間経過で追加の召喚生物が押し寄せ数の暴力で圧殺される。

 だから今すぐ存在強化とモクリュウの突破をしてスミスを倒さなければならない。先程のオーハマーが言ったように今後の犠牲者を出さないためにもだ。


 スターは意を決して踏み出そうとした。カインもエネルもすぐ側に移動済みだ。状況の推移に戸惑いながらも一歩進んだスターに合わせようとして……。


 その行動にガチオーガの咆哮が被さった。


「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」


 耳をつんざくような低音の、ここから遥か上にいるニール達にも届く咆哮が響き渡る。

 静かな佇まいから一転、右手の戦鎚を強く握り戦意を漲らせコミタバへと飛び出して行く。


 そのガチオーガをモクリュウ二体も猛然と飛び出し迎え撃った。片方のモクリュウが振り上げられた右腕を抑え、もう片方のモクリュウが突撃を受け止めようとする。

 膂力と膂力、勢いと勢い。重い重量三つが正面からがっぷり四つにぶつかり合う。その召喚生物バトルの衝撃が周辺に撒き散らされ、騎士団は思わず腕で顔を覆う。


 戦いは拮抗していた。取っ組み合う三体の召喚生物は、ぬかるんだ地面にタイヤを取られた車のように力を込めて薙ぎ倒そうとする。


 その停滞を見てスターは数瞬だけ要した空白の思考を掻き消し、発現済みの剣を口に咥え盾手裏剣を新たに発現した。

 スミスには石化光線の呪文がある。今のガチオーガは格好の的だ。見ればスミスは存在強化の肩に腕を乗せピストルの形を作ろうとする最中だった。

 スターは盾手裏剣を間に挟み込もうと急いで投擲できる場所に移動しようとした。


 だがその必要はなかった。突如として大量の熱が発生し谷底が明るく照らされる。ガチオーガがその大口を開けて勢い良く炎を吐き出した。


 莫大な炎が火炎放射器の如く至近距離のモクリュウに浴びせられる。

 モクリュウは火が苦手のため即座にガチオーガから離れるが、既に身体が炎に包まれ悲鳴を上げて発狂する。

 そのモクリュウを自由になったガチオーガが戦鎚を両手で持ちまとめて岩壁に叩きつけた。そして何度も何度も二体の火だるまの中に、豪快に戦鎚を振り下ろしていく。それは力一杯に繰り返されひしゃげる音と振動が断続的に大きく響く。

 その間、ガチオーガは視線でスミスの行動を牽制していた。その所為でスミスは妨害ができず、蹂躙の光景に顔を引き攣らせるしかなかった。


 やがて二体の大型モクリュウは撲殺された。無秩序に破壊された大量の木屑が、ぼうぼうと燃え続ける炎の中で生き絶えた。


「本当に、本当に……どういう事、だ」


 それを見たスミスが引き攣った顔そのままに息を呑む。


「一体誰が、こんなのを、発現したのか……」


 その答えは返されず、代わりに巨大戦鎚がスミス目掛けて投擲された。そしてその勢いのままガチオーガはまたも吠えながら飛び出す。

 スミスは存在強化と共に、迫り来る戦鎚を回避して逃走を決断した。

 もうなりふり構ってはいられない。コミタバの召喚生物が集まる前に逃げに徹する。一刻も早く意味不明で不気味なこの環境から脱出したかった。



 存在強化の兵隊に後ろからの攻撃を防がせながらスミスは全力で駆けた。前方からは味方の召喚生物が次々とすれ違い追手を迎撃してくれる。

 だがガチオーガの膂力の前では足止めの数はまだ足りなかった。手に持つ戦鎚でコモドドラゴンやファングを蹴散らし、口から吐き出される炎によって先程よりサイズが小さいモクリュウをまた発狂させる。


 最早明らかに太陽の騎士団に味方する動きで困惑する。そもそも本来、ガチオーガは火を吐かないはずだ。わけが分からない。


(いや、騎士団というよりスター・スタイリッシュに味方している……!)


 スミスは後方を確認してその考えを強くする。見ればガチオーガはスターを肩に乗せ共に追跡をしている。何故なのか。

 そもそもスターを転落死させる目論みが防がれた事が異常だった。ここはコミタバのアジトがある大地の裂け目。多数の召喚生物が配置されている。

 だがガチオーガは配置されていない。発現できる者が少なくその存在自体が希少な召喚生物のため滅多に遭遇する事はない。

 だから誰かがガチオーガを発現しスターを助けたという事になる。そしてその呪文使いが何処かに潜んでいる。

 疲弊しているスミスにとって、これ以上の戦闘は勘弁してほしかった。


(使うつもりはなかったメガロドンまで使わされた。もう懲り懲りだよ……)


 少しずつ距離を空けてきたので具体的な離脱方法を思案する。さっさと地上に戻るべきだとすぐに浮かんだ。


(もう少し召喚生物が増えたら距離を一気に離して地上に向かうか。そして遠くにいるメガロドンを手元に戻して空を飛んで逃げる。それで何とか……)

 

 存在強化のアノマリーを殿に加えようかと思ったが辞めた。ガチオーガに対抗できるがおそらく倒す事は不可能だろう。

 ガチオーガの発現者が何処かにいるのだ。それに加えてスターと弟もいる。弟は自分と同じ対アノマリー暗殺部隊の裏方だ。存在強化は地上に向かうための補助として扱う方が良いはずだ。


(本当なら大地の裂け目に飛び込み行方を眩ませて撤退完了、ってなるはずがどうしてこうなった)


 スミスは辟易とした息を吐いた。だが丁度、先程と同じ体躯のモクリュウ含む召喚生物の群れが通り過ぎたので意識を切り替えた。

 ここが勝負所だ。作戦通りすぐに肉体強化の効力を引き上げ、存在強化と地面を蹴る。ぐんっ、とスピードが上がり追手を引き離す。


 遠い後ろでは戦闘音が響いている。姿が見えない距離まで来れた。これでこちらを止めるのは絶対に間に合わない。

 それでスミスは息を整えようと弛緩した。後は登るだけだからもう大丈夫だろう。途中で邪魔をしてきたら存在強化をけしかけて谷底に落としてやる。

 息を整え終わったスミスは安心して天高い地上を見上げた。


 その瞬間、スミスと存在強化は前後左右上下、周り全てが真っ白な世界へと足を踏み入れていた。



○○○



「「「なっ!?」」」


 思わず、騎士団の三人は驚愕の声を上げて固まった。しかしすぐに襲い掛かって来る召喚生物の対処に専念する。

 だが頭の中は直前まで感じられていた存在強化に囚われてしまう。理由は不明だが急にぴたりと、その存在感が消え失せてしまったのだ。

 八割方を片付け終わった所でカインを先頭に強引に前進した。ガチオーガも後ろを担当し残りを蹴散らしながらついて来る。

 目指すはスミスと存在強化がいる場所へ。三人は一目散にその場所へと足を運んだ。


「これは……!」


 そうして到着して騎士団は顔を歪めた。そこにはまたも、ガチオーガで手一杯なのに予想外の出来事が起こっていた。


 スミスと存在強化、両者は排除されていた。敵二人の首が目と鼻の先の地面に転がっている。

 どちらも首から下、身体が何処にも見当たらない。無造作に放り捨てられたように首だけがごろりとしている。

 片方はモノリスの兵隊のため死の間際の表情は読み取れない。しかしスミスは別だ。その表情からは何が起こったのか分からない突然死のような顔で固まっている。身体がないのはモノリスの兵隊化を防ぐためか。


 カインが訝しんだ。息を詰めて言葉を絞り出す。


「……罠、か?」


 エネルがスターに指示を出す。


「スター、ノビタ・ブレイドで確かめて。慎重に」

「了解……」

 

 エネルに指示されスターは刀身が長い剣を発現して、首が転がる箇所を調べる。

 周辺の地面を叩いて罠が作動しないか確かめる。二つ首を軽く突いて動かす。特に何も起こらない。

 だがそれでも分かる事はあった。それに真っ先に気付いたエネルが肩越しに後ろを見やる。


「二人とも……ガチオーガは?」


 スターとカインは弾かれたように振り返った。共に戦ってくれた召喚生物ガチオーガは、何の前触れもなくいつの間にかいなくなっていた。


 何処に移動するにしても音がするはず。何が何だか分からない。三人は少しの間、呆然と佇むしかなかった。







 その光景を上からヒカリが眺めていた。切り立った崖、大地の裂け目の谷底を覗き込める端に立って見下ろしている。

 隣には回収したガチオーガが静かに待機している。ケンセイの方も回収しなくてはならない。


 だがヒカリは行動を起こせずにいた。遥か地下にいるスターを目に収めて離せない。

 果たして、何の意味があるのだろうかと思う。助けたってどうせ。守ったってどうせ。どうせ、どうせ、どうせ……。


 罪悪感で頭がおかしくなる。悲痛な想いが胸を鋭く抉る。その感情が顔に現れる。


 でも早く動かなければならない。深呼吸をして心を落ち着かせる。……落ち着くわけがない。


「……お疲れ様」


 目から溢れそうになる涙を押し留めてヒカリはガチオーガに封印を施した。そしてケンセイを回収するために、上空への警戒そのままにその姿を消した。







 その一連の推移をメラギラドラゴンは上空から眺めていた。攻撃されても対応できる距離、雲の下。

 空中列車を食い破ろうとしていた陸海空メガロドンは始末した。もうそろそろ建造物のアノマリーともう一人がこちらにやって来る頃合いだろう。


「……………………」


 メラギラドラゴンはガチオーガとあの少女について考えていた。スターを助けた理由は何なのか。

 それに少女の方は何処かで見た覚えがあった。戦争前、まだアカムが平穏だった頃。誰かに似てる気がする。


「……………………」


 しかし思い当たらないので考えるのを止めた。ガチオーガでスターを助けたのだ。今は放置していて問題はないだろう。

 それよりも自分の馬鹿さ加減が嫌になる。そんな資格はないくせに、再会を喜び合いたい一心で街までやって来た。

 そうしたらコミタバの登場だ。コミタバを排除すれば、正しい行いをすれば多少の贖罪になると思って浮ついてしまった。

 大勢の人間を殺した極悪人なのに。罪が許されるわけがないのに。メラギラドラゴンは罪悪感に苛まれた息を吐く。


 すると汽車の走行音が微かに聞こえてきた。見れば遠くから空中列車が白煙を出してこちらを目指している。

 潮時だった。これ以上は留まる意味はない。


 メラギラドラゴンは大きな翼を強く羽ばたかせて去って行く。遠い国、ゾルダンディーがある方角へ。


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