23-1 過去のコミタバとの戦い ①
襲撃前、まだ復興の手が届いていない壊滅したままの街があった。
その街にある適当な民家の一室で、テーブル椅子に腰掛けていたテッカが言った。
「デイパーマー、今作戦は電撃戦だ」
「電撃戦」
「洞窟と街への襲撃を同時に行う。洞窟破壊の成功の有無に関わらず、短時間で暴れるだけ暴れて即退散。以上」
その声は真剣そのものだった。普段の飄々と小馬鹿にする感じは何処にもない。
そして付き合いが長いデイパーマーだけが判る不機嫌さを醸し出していた。
「質問を」
「どうぞ」
こんなテッカを見るのは初めてだ、と思いながらデイパーマーは尋ねた。
「洞窟の破壊は誰が担当するんだ?」
「私と使えるモノリスの兵隊数人でやる。他は街への襲撃に回す」
「わざわざ分ける理由は? 今いる全員で突撃する選択もあると思うが?」
テッカが不満そうに口を尖らせて返答した。
「対アウリリウエの矢」
「むっ、そうか……確か守護者の?」
「そう。街から洞窟まで距離が、太陽の騎士団とかいう建物までには距離がある。そしてその間には守護者の分身体が配置されているはず。全員で突撃の場合は視覚共有で矢が正確に飛んで来る。何本所持してるか分からない以上、大勢での突撃は悪手になる。少人数の突撃なら矢の消費は控えるかもしれない」
質問の回答を聞き終えたデイパーマーが面倒臭そうに顔を歪めた。
「結局は守護者、ベネット・ウォーリャーが障害というわけか」
テッカが目の前にあるテーブルの表面を人差し指で叩いた。
「違う。ハゲが治る洞窟が障害なの」
「ハゲが治る洞窟。改めて聞くと馬鹿みたいだな」
「洞窟があるせいで守護者の能力が解放されている。そして洞窟自体がアウリリウエの邪魔になる。ほんっと意味が分からない。何で今更洞窟が出てきたのか。そして何故、未だ稼働しているのか。……くそっ、ここまで戻って来るのに時間が掛かりすぎた。何で各地の通信網を破壊したんだデイパーマー」
「お前の指示だろうが」
トントントントン、と叩く速度が早くなっている。デイパーマーは苦言を呈した。
「苛つくのは今だけにしておけよ。人類絶滅寸前は無理だったが、世界にこれ程までの混乱を及ぼしたんだ。アカシックレコード的にも上々だろう」
「それは分かってる。でも洞窟に関しては本当に想定外なんだよ。しかも洞窟を中心に復興とか間違いなくアウリリウエを警戒してやがる。守護者も偶然出てくるとかあるか普通。何生き残って首長やってんだ」
「……そもそも洞窟の破壊を優先する必要はあるのか? アウリリウエの捜索とそれと並行してアカシックレコードの方を進めた方が良いんじゃないのか?」
「却下。ホムランにある洞窟に呼応して各地にある未発見の洞窟が動き出すかもしれない。洞窟の再稼働自体が守護者登場の要因かもしれない」「そうなのか?」
「いや、これはあくまで可能性の話。でも洞窟破壊のチャンスは今が一番だとは思うでしょ?」
「まあ組織化されて間もない今が……ベストになるか。うん、今しかないな」
「連携とかない烏合の衆の内にね。時間を与えず荒らし回る。分かった?」
「ああ、了解した」
「良し」
確固たる意志を宿したテッカは頷いて締め括った。
○○○
一日目、騎士団領域内と街の境界線付近。
フェンスに隔たれたその場所でハゲが治る洞窟独占許すなデモを行う。
初回の人員は今いるコミタバのメンバーである。テッカ、デイパーマー、モノリス、スミスの四人。全員が変身呪文で避難民に化けている。
モノリスの報告によれば太陽の騎士団の活動は、ホムランの頃に比べ冷徹冷酷になっている。
しかし避難民ならば多少は融通が効く。そして自然に境界線付近に近づく方法はデモぐらいしか思いつかなかった。デモの内容も馬鹿みたいなもののため、すぐには排除されないと考えられた。
後は一、二回デモを続けて注意を引き、騎士団がデモの排除に動こうとしたその出だしで、街に襲撃を起こしその隙に洞窟の破壊を実行する。そういう手筈になっていた。
この日は即の鎮圧ではなく口頭での注意が先になされた。四人は素直に引き下がってこの日の活動は終了した。
二日目、三日目と同じ時間同じ場所で同じデモを行う。
デイパーマー達は街に潜伏させ、代わりに騎士団に不満を持つ者と、変身呪文で人に化けたモノリスの兵隊を加えデモの人員を増やしていった。
それにつれ、野次馬の数も徐々に増え始めていた。今は被災から復興した直後である。娯楽の少ない街でわけの分からない主張をし始めた集団に興味を示したのだ。野次馬は首を伸ばして事の推移を見守っていた。
テッカは三日目の日、デモが強制排除されるなら予定通り襲撃を行うと決めた。しかし排除がなく翌日にまたデモが行えるなら、街への襲撃を先にしてから洞窟破壊に移ると決めた。そしてそれを念話呪文で仲間に伝えた。
結局、騎士団がデモを排除する事にはならなかった。
そして四日目、ハゲが治る洞窟独占許すなデモの噂を聞きつけて野次馬が大勢集まり襲撃にはベストなタイミングになっていた。
テッカは早速、手に持った拡声器を使い後方の街に届くくらい大声で抗議の声を出した。
『ハゲが治る洞窟の独占を許すなーっ! 洞窟を解放しろー!』
「「「そうだそうだーっ!!!」」」
「「「許すなーっ!!!」」」
何も知らない騎士団に不満を持つ者達が呼応し、物資等で集めた野次馬達も普通の野次馬達も面白半分に呼応する。テッカはすぐに念話呪文で指示を出し襲撃の開始を待った。
そしてデイパーマー達が襲撃を開始したのが、街から聞こえる騒ぎと大音量で鳴るサイレンで分かった。
即座にテッカが蠱毒中の瓶を二個ぶん投げ蠱王を二体投入した。
悪性召喚生物である蠱王は勝手に暴れ出し周囲は瞬く間に混乱状態に陥った。
テッカと人に化けるのを辞めたモノリス兵隊数人は、混乱に乗じてフェンスを突き破り中へ突入した。
そしてすぐにモノリス兵隊そのものに化けたテッカが呪文を唱えた。
(カロン・ニカ)
肉体収納化の無言呪文で四輪駆動車を身体から出す。軍隊でも採用される悪路でも走行可能な車両を用いて、洞窟を目指し一直線に突っ切っていく。
無論引き連れたモノリス兵隊も乗車している。その光景はのっぺらぼうの死者達がドライブをしている様相になっていた。
(良し、ひとまず突破は成功)
運転席のテッカはハンドルを握りながら周囲を警戒する。一応まだ妨害は来ていない。だが楽観的にはなれなかった。
(現在判明しているアノマリーはニール・リオニコフだけ。でも守護者もおそらくアノマリーだろうし、復興に集まった人員にもいる可能性はある。対アウリリウエの矢も考慮して……不確定要素が多すぎて洞窟を破壊できるかどうかは未知数だ)
情報収集が万全にできなかったのが悔やまれる。自身の持つ能力と連れて来たモノリスの兵隊達でどこまで行けるのか分からない。
ただ未知数だとしても洞窟の破壊はできると思った。完全に虚を突いた形を取れたのだ。このまま完遂してやると意気込んでアクセル全開で風を切っていく。
(むっ!)
そこに前方斜め上の上空から、黒紫の極太光線が飛来してきた。それを助手席に座るモノリスの兵隊がブロレジ・ラウンセントで防御する。
(あれは蠱王になってた時の……やはりあの子供が)
テッカは素早く顔を上げ敵を視認した。上空の攻撃発生箇所からは、召喚生物ヒトガタの背に乗ったヒカリが次の呪文を射出している最中だった。
今度は同じ呪文が二つ放たれた。それも同じようにモノリスの兵隊に防御させる。
(とりあえず問題はなし。この兵隊達は手持ちの中でも上位の死体。アノマリーではないにせよ、並の攻撃じゃ殺せない)
車が追い越した事で空中のヒトガタが追従してきた。後方から黒紫の光線が撃ち込まれてきたのでまた防ぐ。
(一体何者なのか。明らかに戦い慣れている)
あの時はヒトガタの他にも特殊個体を含めた召喚生物が蠱王を殺した。その召喚生物を発現したと思われる子供が今、空を移動しながら正確に撃ち込んで来ている。
アカシックレコードにも相変わらず載っていない。テッカは得体の知れない存在であるヒカリに注意を払いながら運転をする。
変わらずヒカリは上空から同じ呪文を射出し続けていた。そして今度は六つ黒紫の極太光線を射出してきた。
(ちょっ!?)
これには流石のテッカものっぺらぼうの状態だが目を剥いた。すぐにハンドルを切り右へ左へと回避行動を取る。
兵隊の防御と蛇行運転で何とか当たらずに済んだ。黒紫の極太光線が地面に着弾し、土を大きく抉り土を巻き上げて威力の程を物語っていく。
基本的にコピーのアノマリーでもない限り、呪文の複数発現の数は多くても三つか四つである。
しかし後方から迫る追跡者は六つのバルガライの呪文をヒトガタに乗った状態で正確にぶち込んできた。
(おいおいおい……)
突如して発揮してきたその力量の凄まじさにテッカは驚愕せざるを得なかった。そしてすぐに切り替え兵隊達に迎撃を命じた。
(って、今度は十個っ!?)
その直後、ヒカリは更に黒紫の極太光線を十個展開し、コミタバの車両目掛けて射出した。
共に乗車中のモノリスの兵隊全員で迎撃を試みるが、一つの光線を捌き切れず後輪タイヤ付近に被弾してしまう。
その衝撃で車両は大きく吹き飛ばされ宙を舞う。テッカとモノリスの兵隊達は車外に投げ出されてしまった。
(くっ、まさかアノマリーや守護者が来るまでもなくこうなるのかっ!)
受け身を取って地面に転がり状況の把握に努める。自分と兵隊達は無事だ。
だが横転した車両に目を移すと既にメラギラ呪文を放たれ廃車になっていた。蒼炎がめらめらと燃えている。
「多分だけど……あなただけ変身呪文か何かでモノリスの兵隊に化けてるんだろうね」
ヒトガタの背に乗っていたヒカリが地上に降り立った。その小柄な子供の姿には静かな殺意が漲っていた。
最早洞窟に向かう所ではなくなってしまった。騎士団のアノマリーや対アウリリウエ矢ではない一方的な蹂躙が始まった。
「さあ、殲滅して」
ヒカリが光のゲートを浮かべ次々と召喚生物を繰り出していく。
対してコミタバ側はどうにか洞窟に向かおうと抵抗を試みた。だがその全てが妨害され無駄に終わる。
新たな車両を出そうとしてもコモドドラゴン原種に阻止される。モノリスの兵隊を駆使して突破を狙おうとしても黒のギネスファングの俊敏な動きで蹴散らされる。
このままでは騎士団の増援が集結してしまう。
ヒカリの複数発現はバルガライだけではなかった。十個の発現はそれぞれが別の呪文で構成する事もでき戦況を有利に進める。
そのおかげでモノリスの兵隊全てが、呪文の数の暴力で無力化された。仕舞いには発現していた黒のギネスファングに触れて条件呪文を唱えてきた。
「ミセス・イミダーダラ」
発現した召喚生物に触れ唱える事でその召喚生物に一定時間、破壊光線や破壊光弾を放てる状態にする条件呪文だった。
最後に残ったボロボロのテッカは容赦なく、ギネスファングの口から放たれる高出力な破壊光線に包まれその身を消し飛ばされていく。
(クソが……)
消し飛ばされる寸前、のっぺらぼうのテッカはこう思う。
(本当に嫌になる。隠れアノマリーや実力を隠すタイプの呪文使いとかマジで勘弁してくれ)
テッカは破壊光線を正面から受けて消滅した。
「ヒカリ」
「ベネット、遅いよ。何をしていたの?」
規模が大きい破壊音と衝撃が収まってから複数のベネット達がこの場に到着した。
周囲には所々に戦闘跡がありありと残されている。呪文の暴力とヒカリが召喚生物達、その蹂躙劇を遠くからベネットは注視していた。
「申し訳ありません。周辺への安全が確保され次第、殲滅する予定だったのですが……」
「その前に私がやっちゃった?」
「ええ、そうなります」
「……ごめんね?」
「いえ、結果的には助かりました。リソースを消費しなくて済みましたから」
「そう、なら良かった」
ヒカリは上空に待機中のヒトガタに手を振って呼び寄せた。ヒトガタが降下するなりその背に飛び乗った。
「じゃあ、騎士団の方はよろしく。私は街中へ。ヒトガタ以外はここに残しておくけど戦力には入れないでね。必要に応じて呼び出すから」
「いえ待ってください」
「えっ?」
移動しようとしたヒカリの元へ、ベネットの分身体が二人近づいた。
「私の分身体を同行させてください。いざという時は盾にして構いませんから」
「……ミセス・ラコールレイン」
ヒカリはヒトガタ発現の呪文を唱え、新たなるヒトガタをもう二体追加した。
そしてベネットの分身体の両の脇を、それぞれヒトガタの両手で持ち上げ宙に浮かべる。
ヒカリはベネットに確認を取った。
「これで良い?」
「……はい、よろしくお願いします」
「それじゃ、私は行くから」
ヒカリはベネットの分身体二人をヒトガタに運ばせて、街中へと空を飛んで向かって行った。
「………………」
それを見送りベネットは呟いた。
「あれは監視だと気付いている。そしてコミタバを容易に蹴散らすあの力、まだまだ余力はありそうだった。……本当に謎の存在だ。一体何者なのか」
○○○
デイパーマーは五年後もまだ名前のない街中で暴れ散らかしていた。
テッカの指示の後すぐに、付近に警備していた適当な騎士団員を襲撃した。
ほぼ同時に、街の各地でモノリスやスミス、雇った傭兵のレオナルドも作戦を開始したようだった。
複数の場所で騒ぎが起こり騎士団側の対処は遅れているのが見て取れている。
(まあ、それも長くは続かないだろうがな)
守護者であるベネット・ウォーリャーの分身体は脅威だ。時間経過で分身体がやって来て数の暴力で押し潰されるだろう。
それまでの間に荒らすだけ荒らして注意を引く。デイパーマーは堅実に自身の役割を全うしようと周囲に呪文を発現した。
とその時、地面が軽く揺れた。地震ではない。何やら大きな物体が地面に落ちて揺れたようだった。
その揺れは何度も続く。どすんっ、どすんっ、と大きな音が付近から聞こえる。段々とその音と衝撃は近づいてくる。
「むっ、レオナルド・レングレー」
「デイパーマー、ヘルプミー!!」
今いる大通りにレオナルドが猛ダッシュで飛び出して来た。必死の形相で叫び合流を果たそうとする。
その直後、船を固定するために使われる錨、超大型のアンカーがレオナルドの後方に投下され地面を穿ち突き刺さる。
レオナルドはその衝撃で絶叫しながらデイパーマーの足元へ吹き飛ばされた。
「これは……錨? 何故こんな所に錨が?」
転がって来たレオナルドを足で止めたデイパーマーが戸惑っていると、一人の騎士団員が突き刺さった錨の頭頂部を足場にした。
それを見上げたデイパーマーはすかさずレオナルドを起き上がらせた。
「ニール・リオニコフ……!」
揺れの正体は上から下に落とされたニールの建造物だった。
そのニールがコミタバ二人を見下ろした。
「デイパーマー君、見ぃーつけた……」
右手を天に伸ばし新たな建造物を発現する。
「死ねえええええええええっ!!!!」
トロイの木馬が眼下にいるコミタバ目掛けて投擲された。




