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21-2 ビルの死 ②

 走って、走って、走って、逃げる。スターは瀕死のビルを抱き抱えたままホムラン近くにある森の中を疾走していた。

 体力は限界に近づきつつある。素の走力だ。このまま肉体強化の状態で走り続ければ、今よりも早く疲労困憊となって倒れてしまうため、口に咥えていた剣は既に捨てている。


 本来ならばホムランにある作戦本部に直行するべきだった。そこならば回復呪文を発現できるオーハマーがいるかもしれないし、いなければ発現できるそれ以外の者を頼れば良い。ベネット本体を通して周辺に展開している分身体を駆使して呼ぶ事だってできる。

 しかし焦りの余り余裕がないスターはその方法が思いつかなかった。逃げ惑いオーハマーを探す過程で空中列車が撃墜されたのを目視し焦りに拍車が掛かる。依然としてファング達に追撃されており、複数のモノリスの兵隊もそれに加わった。


 とにかく少しでも混乱がない場所へ。ビルの安全が確保できる場所へ。

 一心不乱に逃げるスターはホムランを出て人気がない森の奥深くへと突っ切っていく。


「……ぐっ!?」


 後方から迫るモノリスの兵隊が繰り出す電撃呪文がスターの左肩を掠める。スターの背中はボロボロだ。

 ビルが被弾しないよう後ろではなく前で抱き抱えている。振り返るわけにもいかず敵の攻撃を背中で受けてしまう。

 少し前まではビルもバルガライの呪文で一、二回は応戦してくれた。しかしもう止んでしまった。スターの右肩にだらりと力なく腕が下げられている。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……あっ!」


 そしてとうとう、スターは足の踏ん張りが効かなくなり派手に転げてしまった。その拍子にビルを手元から放り出してしまった。

 スターは慌てて身体を起こして地面に転がるビルの元へ駆け寄った。いつの間にか消え失せていた追撃の魔の手には気付かずビルを抱き起こそうとする。


「スター……無事、か?」


 スターは顔を歪めて声を失った。種類は違えど過去に何度も見てきた死の間際の姿がそこにはあった。これはもう、助からないと分かってしまう。状況的にも。

 ビルの虚な瞳が少しだけ動いた。


「敵……何処いった?」


 スターは必死になって分かりきっている末路に目を逸らした。歯を食いしばってビルを背負った。

 震える足と腕に喝を入れて一歩一歩と歩き出す。遠くの見えない場所でハードボイルド棒人間やコモドドラゴン原種、ヒトガタが敵を排除しているのには気が付かない。


 背中からビルの声が聞こえてくる。


「……スター、改めて悪かった。イジメて」


 スターは息を切らして辺りを見渡した。何処か、何処か、良い隠し場所はないのか。


「お前さ、弟に似てたんだよ……前にも言ったけど」


 体力はもう底を尽きかけている。遠くではなく近くだ。隠して助けを呼びに行くのだから。

 

「当時は俺、荒れてたから。……自殺しようとも考えてた」


 いつ、追撃が来てもおかしくはない。だから、だから……。


「だから理不尽に当たっちまった。軍なんて早く辞めろって。そこはバルガスの奴と同じ……」


 ……。スターはもしかしたらの希望が僅かに湧いた。ビルは喋れるようになってきている。今更ながら毒ガスに犯された身体をあんなに揺らしたのに話せている。

 だがしかし、次の言葉と受けた感触でその希望は容易く砕かれる。


「まあだから……ごふっ、こんなクズはほっといて生き抜け。死ぬついでに俺が平和にしといてやるから……サニーとか孤児院とか色々あるが、お前は過去ではなく、未来に目を向けて……」


 それっきりビルは喋らなくなった。また吐血したのだろう。首筋に生暖かい液体を感じ背中へと流れていく。

 スターはビルを背負い歩きながら精一杯周囲に目を凝らし続けた。


 そして見つけた。夕日の光が差し込んでくる最中、木々の向こう、人一人が何とか進める細い獣道を通った先にある開けた場所。そこに洞窟があった。


 横に人が三人程並んだ横幅、三メートルくらいの縦幅。聳え立つ小山の真ん中に岩肌をくり抜いたようにぽっかりと穴が空き奥へと続いている。

 開けた場所だがその範囲は狭かった。周囲は草木に囲まれて鬱蒼としている。伸び放題だ。滅多に人が来ない場所だと想像できる。


 スターはこの洞窟にビルを隠す事にした。背負っていたビルを入口僅かに進んだ脇にゆっくりと下ろし盾手裏剣を発現した。

 もしかしたらこの洞窟は獣や野生の召喚生物の寝床かもしれない。洞窟の中を進んだ最奥に何かがいてビルに害を為すかもしれない。

 発現した盾手裏剣を洞窟の奥方面へと一個一個、地面や壁や天井に突き刺して防御を固めていく。これが終われば入口にも盾手裏剣の設置だ。

 スターは急げ急げと息を切らしながらビルに背を向けて作業を進めていった。


「ははは……」


 後ろからビルの掠れ声が聞こえてくる。

 続けてトサッ、と壁を背に座らせた何かが地面に倒れる音がした。


「何だ……やっぱり当たってたじゃねーか」


 スターは振り返れない。このまま振り返らなければ、それを見なければ確定はしない。


「ああ、分かってるよ。後は……………………リィ……………………ル」


 そもそもスターは精神的に限界だった。ビルがいるから何とか持ち堪えられていただけだ。

 ビルは心の支えだった。彼が死ぬなんて耐えられない。サニーに孤児院、殺した人とその関係者の未来を奪った罪悪感。『いかないで』の気持ち。感情の激流に飲み込まれてしまう。

 しかもビルは自分の所為で死ぬ。あの時、コミタバの罠にまんまと引っ掛かった自分の所為で。

 このまま振り返らなければ、確かめなければ、それで、それで……。


「…………………………………ビル?」


 スターは洞窟の奥を向いたままビルに呼び掛けた。返事は返ってこない。


「…………………………………ビル」


 顔をくしゃくしゃにして、もう一度呼び掛けた。やはり返事は返ってこない。振り返りたくない。


「………………………………………」


 だが無論理解はしている。振り返らないといけない。今、ここで停滞する意味は何処にもないのだから。

 スターは動け動けと念じて、どうにか身体を反転させた。一歩、二歩と重い足で歩を進め地面に横たわるビルを見下ろした。


「……ビル」


 ビルは穏やかな表情で死んでいた。毒ガス呪文の影響で血泡を吐き、苦しんでいたのにその口元には安心したような笑みが浮かんでいる。


 何故ビルが笑って逝ったのかは分からない。だが、その死はスターにとって余りにも大きすぎた。

 スターはよろよろと、反対側の岩壁に後退りした。そして背が壁につくとずるずると膝を曲げてその場に崩れ落ちる。


 ビルはこの世を去った。死んでしまった。もう、目を覚ます事はない。


 スターは震える両手で頭を抱えた。そしてそのままビルの死を嘆く事しかできなかった。








 ハゲが治る洞窟が再起動した。



○○○



「なっ!?」


 その変化に気付いたのはベネット・ウォーリャーだけだった。本体である彼は思わず、鎮圧中にも関わらず洞窟がある方向へと顔を巡らせる。

 辺りには暴徒達の死体が多数転がっていた。その全てが皮膚も肉もなく服を着た骨と化している。

 ホムランが蹂躙された事で堪忍袋の緒が切れたベネットが、時間のアノマリーで蹴散らしていたのだ。


「何故、今更? 経年劣化でもう動かなくなったというのに……」


 だがその我慢の限界を超えたブチギレも突如として発生した変化で霧散した。ずっと活動を停止していたハゲが治る洞窟が再び動き出し、心の底から驚愕する。


「まさか……アウリリウエ!?」


 彼はハゲが治る洞窟の守護者だった。だからそれ故に、今よりも最悪な展開を想像してしまう。


「……いや、決まったわけではない。まずは状況の把握に務めなければ」


 ベネットは無数の分身体を発現させた。洞窟の再起動により封じられていた本来の能力が使えるようになっていた。


「では、これより向かいます」

「ええ、こちらはお任せを」


 一人の分身体と頷き合い、ベネット本体はハゲが治る洞窟へと急行した。


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