21-1 ビルの死 ①
通常であれば、空中列車の乗車は誰もが初めてで驚嘆に値する体験だった。
何せ空を飛ぶ呪文や空中ジャンプの呪文はあれど、空中列車を発現する呪文などニール以外は誰も知らなかったからだ。
加えて走行速度がとても速い。明らかに普通の汽車よりも高速で空を駆ける爽快感がある。窓から見える夕焼けの空も平時ならば見入ってしまうだろう。
しかし今のスター達はそれどころではなかった。スピードが速いという事は、それだけ早くホムランに近づいている事を示している。
現状、ホムランにやって来る避難民達は収容限界と住民達の反対で、城壁の外にある開けた場所ごとでテント暮らしを余儀なくされている。そしてそれは広範囲にまで広がっている。
ホムランに接近すればする程、城壁の外で暴力にさらされている避難民達が段々と増えていく。
ホムランにはもう間もなく到着する。
「最終確認だ。ニール、お前の役割は?」
先頭の機関室内でビルが手順の確認を取った。開けた窓から走行音の他に悲鳴や怒号、爆発音が聞こえてくる。
ニールが答えた。
「敵の数を減らす。城壁の外でな。建物が密集しているホムラン内部はオレは適切じゃねえ」
「良し、建造物を投下して敵を殲滅してくれ。モノリスを見つけた場合は破壊を優先」
「おうよ。てめーらは中だよな?」
「ああ。俺とスターは中で鎮圧をしつつモノリスを……むっ!?」
言葉の途中でビルが唸った。遠くから突如発生した猛烈な存在感を感じ取りビル以外も同じ方向を見やる。
それはつい先程のラクーンで全員が感知した気配と同じものだった。
分身体のベネットが情報を伝達する。
「これは……城壁の外に存在強化のアノマリーが出現したようです。顔のないのっぺらぼう、おそらくこの空中列車の視認しコミタバが手札を切ってきたのかと思われます」
舌打ちしたビルがすぐさま指示を変更した。
「ニール、先に存在強化の排除を頼む。暴徒と兵隊は後回しだ」
「理由は?」
「存在強化は存在感も増大する呪文だからどうしても、注目というか気配を遠距離からでも常に気になってしまう。したがって、気が散るし敵の不意打ち察知が困難になる」
「……それってかなり面倒臭いアノマリーじゃねえか? 肉体強化もあるし」
「ああ。ドバードとの戦争もそれで苦労した。だがダメージを受けないわけじゃない。外の味方と連携して撃破してくれ」
「排除の最中にモノリスを見つけた場合は?」
「モノリスを狙え。兵隊ならオーバーパーツを守ろうとするばすだ」
「分かった」
ホムラン南門付近上空に空中列車は到着し減速した。スターとビルは肉体強化の呪文を発現し機関室の扉を開けた。
徐行する空中列車から飛び降りる前にベネットが二人に声を掛ける。
「お二人とも、どうかお気をつけて。疲弊しているのを忘れずに」
「ああ、分かってる。ニールの補佐をよろしくな」
ベネットが頷いたの見てスターとビルは空中列車から飛び降りた。肉体強化を最大限まで引き上げて城壁の上に着地し間近に見える光景に目を見張る。
襲撃を察知して最速で来たのに城壁内外で多数の暴動が起こっている。
破壊行為の暴徒達。モノリスの兵隊の跋扈。悲鳴に怒号。あちこちで火の手が上がっている。
外からの襲撃も相まってホムラン側の対応は追いついていなかった。
「本当に馬鹿か? 襲撃に呼応して何でそうなる……」
眼下に広がる光景に理解が追いつかないビルが顔を歪めた。
「このまま暴動が広がり続ければ破滅だって誰でも分かるだろ。コミタバは良いとして暴徒共はマジで何を考えてんだ……」
同じく顔を不快と困惑に歪めていたスターが疑問を呈した。
「ビル、そもそもどうやってホムランに襲撃を……?」
「おそらく前もって準備してた奴がいたんだろ。何の前触れもないのに外と中の同時襲撃だってベネットが言ってたし」
「それはコミタバが?」
「全く分からん。まあ何にせよ、やるぞ」
二人は城壁から近くの三角屋根に飛び移り、被害が多い箇所目掛けて駆けていった。
城壁外で暴れる存在強化の存在感を感じながら鎮圧を進めていく。暴徒を蹴散らしモノリスの兵隊を排除しながら被害を最小限にしようとする。
無論最低限の救助も同時に行なっていった。しかし空中列車で決めた二人の役割は、鎮圧と城壁内でのモノリスの発見である。そのため救助した住民はベネットの分身体や味方に任せ、次の現場を目指しながらモノリスを探し出そうとする。
モノリスはその石板表面から出てくる、先の尖った黒触手が死体に入り込む事で兵隊化する。ドバードとの戦争の際の民間人でも、これまでの活動の際でもそれは同じであった。
この襲撃でも兵隊の数を増やすためにモノリスが何処かで暗躍しているはずだった。いち早く発見し仲間を呼んで速やかに破壊しなければならない。
コミタバの戦力を低下させ殲滅するためにも、スターとビルはそこかしこに目を凝らしていた。
「クソがっ……!」
しかしモノリスの発見はできずにいた。何度目かの鎮圧で疲労が溜まるビルが荒んだ息を整えながら推察した。
「兵隊は何処からともなく現れ出てくる。なら今も死体を兵隊化している事になる。目立つ事なく活動しているならばモノリスは……」
スターがビルの言葉を被せて言った。
「オーバーパーツではなく何らかの呪文?」
「……ああ、死体を操作する呪文とかそんな感じだ。大きな石板ではなく人間なら、ステルス呪文とか発現して身を潜めつつ、バレずに兵隊化作業を行う事ができるからな」
今までの動き的に明らかに意思を持った立ち回りをしている。モノリスという石板そのものがエネルのように自立的に動いている。
モノリスはオーバーパーツではなく、何らかの呪文によって死体と石板を操っている可能性もあるとビルは結論付けた。
「ニールの方はどうなっている?」
「いや、まだ……」
スターとビルは壁外上空へと目を向けた。
未だ存在強化とニールの戦いは橙色の空の下で繰り広げられていた。ホムラン上空付近で空中列車が駆け回り建造物が投下されている。存在強化がブロレジの障壁を足場にして空中列車へ接近を試みている。他のモノリスの兵隊達も空中列車を狙っているらしく、発現された呪文が上空に伸びていくのが見えた。
しかし役割を分担した以上、今の二人が加勢に行くわけにはいかない。引き続きスターとビルは鎮圧とモノリス捜索のため突き進んでいく。
そんな折、ベネットの分身体に遭遇した。
狭い通路を抜け車が通る表通りに出ようとした直前で、何者かに吹き飛ばされ受け身を取って転がるベネットを目撃したのだ。
ベネットは受け身の途中で二人に気付いた。そして前方の脅威より警告を優先しようとして……。
「コミタ……ごっ!」
その顔面をバルガライの鎖でぐるぐると拘束されてすぐ、同じくバルガライの極太光線に呑み込まれて消滅した。
死角、表通りの見えない場所から女の声が聞こえてくる。
「はぁ〜あ、やっと消えたよ。タイマンじゃなくてファング出せば良かったかねぇ」
若干低くくたびれたような女の声だった。スターとビルは通路から飛び出しコミタバだと思われる女に接敵した。
「ん?」
黒コートを身に纏う女は二人にちらりと目を向けた。
刹那の空白後、女はすぐさま声色を変えて助けを乞うてきた。
「た、助けてください! 急に暴動が起こって……」
「民間人のフリは無理があるだろ、コミタバがっ!!」
「あはは、流石に無理があったか!」
間髪入れずにビルとコミタバの呪文が正面激突する。
「「ラウンセント・ツノドリル!!」」
大仰な音を立てて二つの巨大回転ドリルは相殺された。スターは発現と同時に地を蹴って敵に肉薄した。
呪文を唱えた直後を狙ったベストなタイミングであった。加えて大破した大型ドリルの断片がスターの動きを上手く眩ませた。
そのおかげで一撃目は回避されたが、目前のコミタバの体勢は大きく崩れた形となった。スターはすかさず二撃目の剣を振るう。
「ミセス・エフナ」
「ギャンっ!?」
確かに肉を切り裂き鮮血が噴き出した。しかし剣が切り裂いたのはコミタバの女ではなくファングの腹だった。
スターの目にもビルの目にも、剣が接する直前に召喚生物発現の光のゲートが間に挟まり、一匹のファングが現れ出るのを目撃した。コミタバの女は自身が発現した召喚生物を盾にし、それによりスターの剣撃を防いだのだ。
ファングガードと呼ばれる召喚生物の呼び出しを利用する外道戦法だった。
スター顔を歪めて後退しビルの元に戻った。ビルが息絶えるファングを見、心底顔を不快に染めて言った。
「このクソ女が……何しやがるんだお前」
黒に近い茶髪、黒コート、軽薄そうに目を細めるコミタバの女は薄ら笑いを浮かべて応えた。
「何ってファングガードだよ。おや、知らないのかい? ファングは比較的発現できる奴が多いから攻撃の盾にされる傾向にあると……」
「普通はそういう外道はやらねえんだよ」
「そりゃまあ、普通はそうだろうね。でも私はコミタバなのだよ。見た目優しそうなお姉さんだからって勘違いしちゃいけない。犯罪組織の一員なら、ファングを盾にしたり暴動を起こしたりもするさ」
スターとビルは更に不快に思いながらもぴくりと反応した。頭に浮かぶ同じ考えをビルが代弁した。
「このホムランで発生した暴動は……お前が?」
「その通り! 炊き出しとか配給物資に麻薬混入させて収拾がつかないようコソコソ準備してたんだよ。その隙に内部に暴動要員を招き入れようとしてね。でもその前にやって来た上流階級の混乱でその必要はなくなった。いやー、あれは本当に惜しかった。薬物中毒になった大勢の避難民とか見てみたかったのに」
くつくつとコミタバの女は愉快そうに笑う。その声には淀みはなく明らかにラインを超えた思考の持ち主だった。
つい先程のニールが優しく思える程のキチガイなど存在しない方が良い。スターとビルは荒い息を吐きながら臨戦体勢を取る。
それを眺めていたコミタバが呪文を唱え出した。
「おやおや、戦闘続行かい? なら数を増やさないとね。ミセス・エフナ」
複数の光のゲートからファング達が現れ出てくる。彼らは地面に着地し、真っ先に斬撃で息絶えたファングに気付いて集まっていく。
その顔はすぐに悲しみに暮れた。それから血の匂いを嗅ぎ取りスターへと顔を向ける。剣の切っ先から滴る血を見とめて怒りを露わにする。
コミタバの女が真剣な面持ちなって、指を差して断定した。
「そう、この子を殺ったのはあの少年だ。仇を取らないとね私のファング達。でも並の相手じゃないよ。犠牲を覚悟して全力で殺せ。……ぷっ、くくく」
「お前、いくら何でも性格が悪すぎるぞ……!」
「ああ、隣いる彼も共犯だ。逃がさないようにお願いね」
ファング達は憎悪と殺意を身体中に漲らせた。そして勢い良く突撃してきて戦闘が再開された。
スターとビルは背後を取られないように常に壁を背にし動きながら迎撃した。初撃以降のファング達は的を絞らせないように各々が分散して襲いかかって来る。
右に左に正面に、建物の上から飛び降り斜め上から。フェイントも織り交ぜて。自前の機動力の高さがその連携を強力なものにする。存在強化の存在感も鬱陶しくて邪魔だ。
コミタバの女の呪文攻撃も的確で厄介だった。彼女自身は前に出ず、攻撃対象を選べるバルガライを中心にファングの合間合間に撃ち込んでくる。先程の非道とは違い呪文を駆使してファングを守る。
更には特殊個体のギネスファングも投入し戦況を有利に進めようとしてきた。後どれだけ召喚生物を発現できるのかは不明だ。まだまだ追加があるかもしれない。
「ちっ、く、はぁ……はぁ……」
ビルの体力も限界に近づきつつあった。彼は呪文の発現で消耗するためスターよりも早く疲弊する。
まだ動けているようだがその息遣いは荒くなり、動きのキレも徐々に悪くなる一方であった。
その姿を見かねてスターが声を掛けようとする。するとビルの声がスターの頭に届いた。念話呪文。
(スター、場所を変える)
(ビル!)
一匹のファングを何とか爆裂剣の爆発に巻き込めた。疲労が滲むビルの声が続く。
(味方が多い場所に。このままじゃジリ貧だ)
(分かった、俺の後ろに!)
(すまん……)
倒したファングはまだたったの二匹だった。依然としてコミタバは顕在でファング達と一緒に強襲してくる。
スターは移動の殿を務めるため盾手裏剣を複数個発現しながらビルの前に出た。盾手裏剣を地面に突き刺す。
「助けて……」
と、その時だ。不意に女の声がした。弱々しく消えてしまいそうな声が視界の外から聞こえた。
スターは素早く声の方向へと目を向けた。裏路地へ続く道に街の住民らしき女がそこにいた。負傷している。壁に寄り掛かり頭から血を流し今にも倒れてしまいそうな様相だった。
(民間人!?)
戦慄したスターは即座に駆け出した。今戦っているコミタバの性格の悪さを考えれば次の展開が容易に想像できたのだ。
「待て、スター! タイミング的にそいつは……」
「ガロロキロロ!!」
ビルの静止の声よりも先に身体が動いていた。一歩踏み出した時点でもう止められない。
案の定コミタバは意地悪い笑みを浮かべた後にビルの声を遮るように大声で呪文を唱え、民間人に対して高速回転する円形ノコギリ刃を繰り出した。それを間に入って盾手裏剣で力強く弾く。
ノコギリ刃は軌道を変えて地面に転がった。ががが、と音を立ててコンクリートの地面を不規則に抉る。
その直後に「優しいねぇ、アポートス」という言葉が聞こえた。これが敵の罠だと認識する前に自爆呪文がその背中を襲った。次の瞬間、スターは強い衝撃と熱波で吹き飛ばされていた。
スターは地面に打ち付けられた。混濁する視界の中でビルの背中が少し先に見えた。正面と左右からファングが一匹ずつ迫ってきている。
内二匹を呪文と手に持っていた盾手裏剣の切っ先を突き刺す事で凌いだ。しかし右から来る大口を開けたファングに右肩を噛みつかれてビルは動きを封じられた。
その隙を逃さずコミタバの女は呪文を唱えたらしく、その口から紫色の煙を吐き出しスターとビルを包み込もうとする。
ビルは巨大手の拘束呪文を発現しスターを掴んでその場から遠ざけた。スターはファング諸共、煙に呑み込まれるビルを揺れ動く視界の中で見る事しかできなかった。
「くそっ、毒ガス呪文か!」
煙が分散され晴れていく。その前にビルは煙から脱出してスターの横に戻って来た。
噛みついていたファングは煙があった場所で横たわっていた。その向こうで毒ガスを吐いたコミタバの女がにやにやしながら佇んでいる。
ビルは前方を警戒しながらスターに喘ぎ喘ぎ警告した。
「ビル! 身体の状態は!?」
「問題ない、息を止めてたからな! だが今後は回避一択だ! あの毒ガスは一吸いしただけで……ごふっ」
突如ビルの口から血が溢れ出した。ぼたぼたと鮮血が地面に落ちる。その光景を間近で見たスターは信じられず、息をするのも忘れ頭の中が真っ白になってしまった。
「ミスった、スター……」
ビルは力を振り絞りスターに言った。
「浴びた時点で、駄目、だ……」
ドサっ、とかすれ声で注意を促したビルは斜めに落ちて倒れ伏した。スターは反射的に駆け寄る。
コミタバからの追撃はない。向こうは向こうで新手への対応に追われていた。
「あ、やべっ、グラゴングハンマー」
「スミスー!!」
「って弟じゃないか。元気してかい?」
ドゴンっ、と思いっきり地面が揺れた。何か強い力が直撃したようだった。続けて戦闘音が響いてくる。そして遠ざかっていく。
だが今のスターはそれどころではない。脳裏にによぎるのは約一ヵ月前の出来事。孤児院で家族のサニーが死んだ場面。
それを想起するだけで心臓が早鐘のように鳴る。はっはっはっ、と心の奥底からの動揺が過呼吸として表れる。喉がカラカラになる。
今の状況はあの時と同じなのだ。混乱する街中。自分は回復呪文を発現できない。自分もビルもボロボロ。ならばビルの結末は……。
スターは弾けるように辺りを見渡した。駄目だ、近くに頼れる者はいない。誰もいない。
ならば探し出してなんとかしてもらうしかない。オーハマー、確か彼女はホムランに先に帰っている。回復呪文を発現できる。だが毒ガスを受けたビルを動かして良いのか。盾手裏剣でガチガチに固めてから連れて来た方が……。
そうこうしている内に、前方からファング集団がこちらに向かって来ていた。それは先程の憎悪に満ちたファング達だった。おそらくコミタバの女が差し向けてきたのだ。
スターはどうしたら良いのか分からない。最早思案する時間もない。
確かに言えるのはここにいたらビルを守り切れないという事だった。ファングの数は約十体。先頭はギネスファング。分散して襲い掛かってくる。盾手裏剣のバリケードはない。
何が正解かなんてスターには分からない。だだビルを死なせないためには移動するしかないと思った。
スターは肉体強化の剣の柄を口に咥え、ビルを抱き抱え走り出した。
ただただ、逃げるしかなかった。




