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20-6 状況最悪

 ビルとオーハマーを回収してすぐ、蒸気機関車は白煙を上げて発進した。都市の線路を走り郊外へ、ホムランへと撤退する。


 最早、都市ラクーンは完全に壊滅した。

 誰の目から見ても街の至る所に破壊が及び、人々がそこで暮らすのは不可能だと分かる様相になってしまった。

 おそらく他の拠点も同じように壊滅していると思われた。ホムランから遠い拠点ほど、既に連絡が取れなくなっているのだ。


 状況は最悪である。

 一刻も早くこの盤面をひっくり返す打開策を考え、実行しなければならなかった。



 ホムランに最も近い拠点の駅まで来たので、スターとビルとニールの三人は、ベネットの分身体三体と共に途中下車をした。

 オーハマーを含めた負傷者達を乗せた汽車が小さくなるまで見送り、一息つくために拠点内の家屋へと歩いていく。

 どうやら、ラクーンが壊滅した情報は既に知れ渡っているようだった。拠点にいる者は皆、顔に覇気がない。暗く陰鬱な空気が漂っている。

 動揺もかなりのもので、疲弊したスター達を見とめては不安そうに囁き合っていた。


 ベネットの分身体二体に情報伝達等の対応を任せ、四人は家屋に入った。

 携帯食や水を口に入れながらの方針の話し合いを始める。


「とりま、オーハマーの奴はリタイアか?」


 ニールが携帯食の封を苛立ち混じりで開けながら言った。壁際に静かに佇んでいたベネットが頷く。


「ええ、彼女はここまでです。これ以上の活動は許可できません」

「まあ、そうなるか」

「ただ、オーハマー本人は活動の続行を望んでいます。回復呪文や戦闘以外で奮闘すると言い、デイパーマーをぶっ殺せと強く主張しています。……ですが」


 そこでベネットは鋭く、より一層重々しい声色で切り出した。


「私としてはここらが潮時だと考えます。あなた方三人とエネルも含め、外部協力者は逃げ延びるべきです」


 二回目の休息日から数日後、ホムランにとある団体が到着し保護を求めてきた。

 それはこの国の政府高官や上流階級で構成され、メタルサソリの大軍によって壊滅した首都から落ち延びて来た団体だった。

 キャパは限界だったがホムランは城壁内に彼らを受け入れる事にした。人手不足と流石地位が高い事もあり護衛の呪文使い達が粒揃いだったからだ。

 優先目標はコミタバの殲滅である。スター達と合同で今後投入されるであろうモノリスを破壊できれば戦況は確実に優位になる。そう期待して。


 しかし彼らが自分達の護衛を手の届かない場所へ遠ざける気は全くなかった。それどころか元の権力者としての地位を理由に、活動方針への口出しをしてきたのだ。

 結果として、それがホムランの活動の妨げとなり今の状況へと繋がる一因になってしまった。


 そして彼らは現状に焦りを覚え、備蓄していた物資を持てるだけ持って、まだ騒動が遠いウイタレン方面へと逃げて行った。迷惑以外の何者でもなかった。

 ホムランは城壁内外の要因から窮地に立たされていた。


 分身体のベネットが深々と頭を下げる。


「今まで本当にありがとうございました。我々が未だ持ち堪えられているのは、間違いなくあなた方のおかげです。心の底からの感謝を。どうか逃げ延びた先でもお元気で」

「いやいやいや」

「ちょい待てって、早計すぎるわ」


 唐突な提案にビルとニールが異議を唱える。


「まだ完全に負けたってわけじゃない。状況が最悪なのは分かっているが、ネイトのばーさんとバルガスが必ずやって来るはずだから持ち堪えるべきだ」

「そうだぜ。いや、それは期待してねえけどまだ一応は拠点はあるしホムラン以上に再起が望める街もねえし……後あれだ、クソ邪魔だったカス共もようやく消えてったんだからこれからだろ」

「もしかしたら味方側から隠れアノマリーが出てくる可能性もある」

「しかし先のラクーンの攻防で、コミタバ側に遠距離砲撃の呪文が知られてしまいました」

「うぐっ……!?」

「デイパーマー以外のメンバーが今後発現してくるやもしれません。一層こちら側が不利に……ああ、違います。微塵も責めていません。あの撤退支援は助かりました」

「……いや、後になって考えれば浅はかだった。何らかの方法で防ぐのを想定しとくべきだった」


 気落ちするビルを気遣ってからベネットは続けた。


「それにネイト・ネッシーとバルガス・ストライクは最早来ないものと考えています。味方側から隠れアノマリーが出てくる可能性も期待できません。モノリスからアノマリーの死体の投入も想定されます。……そして、私はこう思うのです。正しい行いをしてきたあなた方が損をする、犠牲になる。そのような事はあってはならないと。生き延びるべきだと強く思うのです」


 分身体だが、ベネット・ウォーリャーの意思が揺るぎないのは三人の目から見ても明らかだった。彼が口にしているのは紛れもなく本心だ。

 だがその場合ホムランに残る人達は、残される人達はどうなるのか。特にこの騒動で誰よりも早くから動き出し、多くの避難民を受け入れ、周辺の援助に力を注いできたベネット・ウォーリャーはこれから……。


「首長は、避難したりは……?」


 スターは気になって尋ねてみた。するとベネットはこう言った。


「私は最後まで残ります。自己紹介の時に少し言いましたが、あの街から私の第二の人生が始まったのです。……ホムランを捨て避難する選択は存在しません」


 穏やからながらも直前と同じ、その言葉には確固たる決意が備わっていた。

 聞いた三人は返す言葉が見当たらず押し黙るしかなかった。


 それから休息の時間が続いた。その間、スターとビルは黙して打開策を考えていた。

 どうやらニールの方も同じように考えてるようだった。度々唸りながら何かを思案している。


「うーん、んあー……ぬううぅ」


 腕を組んで身体を軽く傾けながらの唸りだった。それが何度も続くため鬱陶しくなったビルが疑問を呈した。


「おいニール」

「ん?」

「何だよさっきから。腹痛か?」


 その疑問に対してニールは無言を貫いた。しかし少し経ってからスターとビルに視線を巡らせた。


「……てめーら。ちょいと確認させろ」

「何だよ?」

「お前ら二人は、今さっき避難を勧められたわけだが……まだまだやる気って事で良いんだよな?」


 唐突な質問にスターとビルは顔を見合わせた。

 無論、今更聞かれても答えは決まっている。視線を戻したビルが即答した。


「そりゃそうだろ。最悪な状況だが諦めてはねえよ。俺とスターは残るぜ、なあ?」

「うん」

「残るのですか。……私として早急に避難を、ウイタレン方面へとお願いしたいのですが」

「……やる気は、充分か」


 もう一度ひとしきり悩んでからニールは頷き告げた。


「良し、しゃーない。ならオレも覚悟を決めるか。お前らを信じて自己紹介をしてやる」

「自己紹介?」

「実はオレってアノマリーなんだよ。内容は建造物。アノマリー・シロデリカ」


 ニールはさらりと呪文を唱えた。

 そして次の瞬間、超常現象が発現されその手元には現れ出た槌が握られていた。何処にでもありそうなシンプルな黒のハンマーである。

 ニール以外の三人は驚愕で固まるしかなかった。


「こんな感じでハンマーとか一軒家を発現できる。んで、投擲や投下、射出で潰して殺す」


 まだ困惑の渦中にあるベネットが、何とか気を振り絞り尋ねた。


「えっ、いや、その……あなたはアノマリー、だったのですか?」

「おうよ。もう一回言うけど建造物のアノマリーな。色々な建造物を発現できる」

「何故、唐突に明かして……」

「そろそろ夏が到来する時期だからだよ。このままじゃ故郷の村を虐殺したように、発狂してお前らをフレンドリーファイアしちまう。そうなる前にケリをつけねえと」

「今……虐殺と耳にしましたが?」

「うい」


 意味不明であったベネットに変わって、混乱から立ち直ったビルが口を挟んだ。スターは依然、呆気に取られている。


「すまん、その、わけ分からん。一体何を言ってんのお前」

「端的に言うならオレはキチガイって話よ」

「いやキチガイって、えっ?」

「まあ、今から軽く自己紹介するわ。とりまドン引きせずに聞いてくれ」


 そしてニールは簡潔に自身の経歴を話し始めた。

 様々な建造物を発現できるアノマリーの呪文使いである事を。

 汗っかきの体質で夏にこれでもかの憎悪を抱いている事を。

 ある夏の高温多湿の時期に発狂して故郷を滅ぼした事を。それを反省した事を。

 戦火の拡大に便乗して人類八割虐殺計画を始動させようとした事を。その直前で辞めた事を。

 このままでは避暑地に向かえないため発狂を回避できない事を。今も割と我慢しながら活動している事を。

 常に風呂から上がって十分くらい経った状態でありたい事を。

 発現した車椅子に乗っている時は発狂直前の合図だという事を。


 自己紹介を終えたニールは自身の運用方法の説明に移った。

 スターとビルとベネットのドン引は引き続き継続中である。


「敵を殺す以外にも色々と活用の幅はある。オレの建造物は一週間くらいなら継続発現できるから、避難民に屋根がある暮らしをさせられる。建造物の中にある物も単体で発現できる。さっきのハンマーとかな。それと空中列車も発現できるから上空からの輸送もできる。まあ空中列車はまだまだ練度が低いからそんな長くは……っておい、ドン引きするなら忖度してくれ」

「いや忖度って」


 ビルは顔を引き攣らせながら言った。


「何も汗をかくくらいで虐殺せんでも……」

「夏の高温多湿は死活問題なんだよ。汗っかきじゃない奴には分からんのです」

「いや俺も汗はかくわけで……夏をそんなに嫌わんでも」

「馬鹿め、何もしないで背中を起点に汗が噴き出る苦しみがお前に理解できるか。ブチ切れそうになるぜ。汗がだらだらダラダラ、ぺちゃぺちゃベタベタ」

「……ちなみに発狂って具体的にどんな感じ?」

「四方八方に建造物射出乱舞。一軒家とかトロイの木馬とか、木彫りの深海魚とかトーテムポールとか。故郷の村をそれらで滅ぼしました」

「……………………(絶句)」

「絶句するより忖度してくれ」

「お前何で味方なんだよ……」

「何でだろうねえ?」

「作戦タイムを所望する」

「認める」


 ニールの許可を得て三人は集まり小声で囁き合った。ビルが思いっきり困惑の声を出した。


「おいぃ、何だよあいつ! コミタバくらいヤバい奴が味方にいるじゃねーか!! どうなってんだ!!」

「まさかまさかの展開でしたね。彼女が隠れアノマリーだったとは予想外です。本体の私も今、ドン引きしています」

「でも今は復興に力を入れるって言って……」

「だが夏が嫌いだからって、故郷を滅ぼしたのはイカれているぞ。危険人物だあいつ。キチガイだ」

「ですが有用であるのも事実です。この段階までアノマリーを伏せていた理由も納得はできます」

「まあ、出会ったばかりの間柄じゃ話すわけがねえか……。それにしても奇想天外な奴がこんな近くにいたとは」


 会話ができるキチガイ。しかしアノマリーである事実を伝えた以上、ニールはスター達を信頼したという事だった。

 三人はそう認識した。


「それで、これからどう防衛する?」


 発現したハンマーを消したニールが話を進めた。


「オレが中心になって活動する事になるだろうが、具体的にはどう運用すんの?」


 ニールの申し出で現状打破の道が少しだけ切り開けそうだった。多少元気になった四人でその可能性を広げようとする。


 ビルが言った。


「まず先に何をやれるのかを把握するべきだと思う。発現できる建造物の種類、量、実際にどう現れ出るのか。それを確認しないと運用なんて……いや、そもそも切り札だしギリギリまで伏せた方が良いのか? モノリスに対してニールをぶつけて撃破確率を上げて……」

「どっちだよ」

「ビル、俺は伏せない方が良いと思う。ホムラン側に希望がある事を示して士気を上げないと」

「ん、まあそうなるか。それに加えて俺も知ってる呪文を開示するわ。勿論これまでの活動で信頼できる奴ら限定で」


 ニールがビルに尋ねた。


「具体的にどんな呪文なん?」

「ステルス、石化光線、急所パンチ、首トン、遠距離砲撃、条件呪文、共唱呪文、存在強化のアノマリーとかも色々、な」

「……最初から開示しろよって言うのは野暮か」

「野暮だな。才能次第に練度問題もある。つーか呪文は情報だから信頼できる奴にしか伝えないのが当たり前だ」


 ビルは黙していたベネットを見た。


「ホムラン側も信頼できる奴らを、ヴァニラ・コースキーを監視中のヨビも呼んで……ベネット?」


 ビルは怪訝になって聞いた。

 話を聞いていたベネットは途中から首を背け、ある一点を見つめ始めていた。驚いたように目を見開き硬直している。


「おい、どうした?」


 スターもニールも疑問に思ってベネットを見やる。

 ベネットは驚愕そのままでこぼれ落ちるように言葉を吐いた。


「このタイミングで……? 馬鹿な、いくら何でも早すぎる……!!」


 ぐるん、とすぐさま首を戻してベネットは叫んだ。


「今現在、ホムランは襲撃を受けています……! これはモノリスの兵隊……? コミタバです!!」


 その声に真っ先に反応したのはビルだった。

 本体と分身体間で情報を送れる事を思い出し、立ち上がってすぐ指示を出す。


「ニール! 空中列車は発現できるか!?」

「え、あ、おう! ホムラン直行だよな!?」

「ああ、今すぐ救援に向かう! ベネット!!」


 ベネットはビルを見上げた。


「今更逃げろはナシだ! 俺達も手伝う!」


 その言葉を聞いてベネットは、顔を申し訳ない気持ち一杯で歪めながらも頷いた。


「ええ、お力をお借りします。ですが自分の身を第一に。あなた方は疲弊しています」

「ああ、分かってる。出るぞ、スター!!」

「ああ!!」


 まもなく夕焼けが近づきつつある空の下、ニールが発現した空中列車に乗って四人はホムランへと急行した。


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