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20-5 状況悪化

 状況は悪化の一歩を辿った。

 明らかに許容量を超えた勢力がホムラン周辺を壊滅させていく結果となった。


 その主な外的要因は四つ。まず一つ目はビルの予想に反して暴徒の数が増加した事である。

 このまま混乱が拡大し続ければ、元の生活に戻れる所ではなくなるのに、彼らの略奪と破壊行為は止まらない。しかも避難民のフリをして保護された直後に攻撃を仕掛けてくるケースもあった。

 平和な世の中に、復興を目指すホムラン側は全くもって意味が分からなかった。


 二つ目。コミタバの戦力が増強された。コミタバが所持するオーバーパーツ、モノリスが投入されたのだ。

 このモノリスは本当に厄介極まりなかった。死者の身体を操作できるその特性上、各地で屍が増えれば増えるほど、その石板の効果が発揮されコミタバは戦況を有利に進めていく。

 更にはホムラン側の死者すらも手駒に加え、感情を逆撫でしてくる。

 モノリスの早期破壊が優先目標だった。


 三つ目。悪性のメタルサソリの群れが何度も確認された。何処からともなく彼らは現れ蹂躙してくる。

 無論、悪性のため暴徒やモノリスの兵隊にも、死体だが動いているためか攻撃は行う。しかしその狙いの比率はホムラン側に多く被害は拡大する。

 悪性になってしまう他の召喚生物達もいるが、このメタルサソリの登場は流石に何者かの意図が絡んでいるようにしか思えなかった。

 

 そして四つ目、ネイトとバルガスの合流は未だできていない。ホムラン周辺で呼び掛けは行っているが影も形も見つからない。

 ある意味、この二人の合流は希望であった。それなのに何の音沙汰もないため期待する側に焦りが生まれる。

 ビルは死ぬようなタマじゃない、と手を振って否定するが、スターとビルとエネル以外の脳裏にもしかしたらの予感が浮かんでしまっていた。



○○○



 拠点となっていた都市ラクーンでの攻防だった。

 殺し合いの最中、ビルとデイパーマーが二階建て建物の二階部分に窓から突っ込んでいく。


 中はどうやら本屋のようだ。程々な広さの空間に本棚がいくつも並び会計用のカウンターが置かれている。手に取った本を腰を落ち着かせて読むためのソファや椅子が床に転がっていた。


 デイパーマーは突っ込んだ拍子に距離を取ってその身を隠した。死角が多いこの空間で息を潜めチャンスを狙う腹積りだとビルは考えた。


(中は無人……それなら)


 ビルはこれから起こるであろう面倒な駆け引きを全て拒否する選択をした。規模が大きい呪文でこの本屋ごとデイパーマーを吹き飛ばそうと着弾地点に狙いを定める。

 しかし奇しくもデイパーマーも同じく考えだった。無人の本屋内に朱色の巨大爆発蛇と黒紫の大玉が激突する。


「ユーラシア・ザサボン・カロソクヴァ!!」

「ディアニガル・キュール・バルガライ」


 本屋内中央付近に二人の呪文が炸裂した。威力も大きさも同程度なもの同士の衝突で、周囲の物々がその衝撃に巻き込まれていく。

 その結果、建物二階部分は半壊した。無秩序に天井が吹き飛び壁も壊れ、もうもうと黒煙が上がる。


 その光景を目撃したのはオーハマーだった。建物近くで悪性メタルサソリ数体を呪文で蹴散らした直後に爆発が起こったのだ。

 新手か、と睨んでいるとビルが咳き込みながら黒煙から飛び出してきた。


「ビル! ここにいたっすか!」

「オーハマーか!」


 合流したビルはすぐさま現在の状況を尋ねる。


「オーハマー、今はどうなっている!?」

「劣勢過ぎてこの街はもう駄目っす。今は撤退作業中で最終列車がもうそろ出て、そっちは?」

「デイパーマーと交戦中だ。……時間はないが少し手伝ってくれ。もう四の五のは言ってられない」

「短時間での撃破っすか。念のため言っておくけど、乗り遅れたらそれでアウトっす」

「ああ、分かってる。だが狙いはデイパーマーじゃないぞ」

「えっ?」


 ビルは反転して先程の戦場へと視線を巡らした。

 オーハマーも疑問に思いながら同じように半壊した建物を見上げた。


 そして次の瞬間、オーハマーは硬直した。視線の先に姿を現したのは、負傷状態のビルだったのだ。


「違う、オーハマー! そっちの俺がデイパーマーだ!!」

「「なっ!?」」


 そのビルは大声で指摘した。


 コンマ数秒の空白を経てオーハマーは、即座に近くのビルからバックステップで距離を取ろうとする。

 偽物と指摘されたビルは思わず「違っ……」とオーハマーを見返り敵から目を離してしまった。

 その数瞬の隙をデイパーマーは見逃さない。


「オンゼ・フォデュオン」


 ショートワープの呪文を唱えて二人の間に割り込んだ。そして変身呪文を解除しながら左腕をビルへと向ける。


「ザサボン・ルクセルト」

「ま、ぶっ!?」


 弾力性を持つ等身大サイズのシャボン玉を最速で射出し、ぶつけ包み込む事で行動の阻害に成功した。

 続けて地を蹴った直後のオーハマーに対しては、透明剣を発現するミラロス・ブレイドを唱えて逆袈裟に振るう。


「ぁぎっ……!」


 剣の切っ先がオーハマーの顔面を掠めた形となった。その右頬から右目、額にかけて斜めに切り傷が刻まれる。血飛沫と切断された髪が地面に落ちた。

 オーハマーは右目を失ってしまった。


「ドリ・グラジドン!!」


 しかしオーハマーはすぐさま呪文を唱えて反撃に転じた。急所パンチを右手に宿し殺意を持ってデイパーマーを殴り殺そうとする。

 顔を切り裂かれたくらいでは戦意は衰えない。裏方だった彼女が怯むのはほんの僅かな時間だけ。

 ビルもシャボン玉を退かして距離を詰めていた。その手にはバルガライの剣が握られていた。


「オンゼ・フォデュオン」


 ところがまたしてもショートワープ呪文を唱えられ逃げられた。剣と拳が命中する刹那、二人から五メートル離れた位置にデイパーマーは冷静に移動した。

 オーハマーが流れ出る血を左手で押さえながら歯を剥き出しに怒った。


「こんのっ、小賢しいマネしやがってぇ……!」


 ビルがすぐさま念話呪文を唱えオーハマーの頭の中に語りかける。


(おい、オーハマー。聞こえるか?)

(んがっ、急に念話するなっす!)

(すまん、だが時間がない。攻勢を仕掛けるから補助を頼む)

(いや、その前に確認するっす。お前は本物?)


 ビルは一瞬、何の事か理解しかねたが直前の戦闘を思い出し自己紹介をした。


(俺はスターをイジメていた過去がある)

(良し、本物! で、具体的にはどうするっすか?)

(パスピルガ三段階をぶっ込む)

(パスっ、……ちょっ、それって!)

(元裏方だからやはり知っていたか。だがさっきも言った通りもう四の五のは言ってられない。少しの間俺を守ってくれ)


 具体的な作戦を伝えて念話を切ったビルは、動向を注視しながら静観していたデイパーマーに向けて呪文を唱えた。


「レイフォ・ノゾヒ!」

「むっ」


 知らない呪文を唱えられデイパーマーは回避のため足に力を込めた。しかし何も起こらなかった。

 オーハマーがビルを守るために攻撃呪文を発現した。


「カムツクド・ツノドリル!」


 一斉に手のひらサイズの回転ドリルを十数個射出しデイパーマーを牽制する。

 ビルが敵から距離を取り、続けて呪文を唱えた。


「スティル・クライマ!!」

「もう一回! カムツクド・ツノドリル!!」

「これは条件呪文か……!」


 そこでデイパーマーはビルのやりたい事を察知した。肉体強化呪文を駆使して肉薄しようとする。


 それは条件呪文の一種だった。一つ一つの呪文には何の効果はないが、一定の順番で連続で詠唱すれば超常現象が発現する系統の呪文である。

 そもそも条件呪文は滅多に発現される事がない。呪文の中でもレア度が高い性質上、どんな現象が起きるのかは分からない。

 だが視界に映る二人が殺る気に満ちているのであれば、何らかの攻撃呪文だと想像できる。デイパーマーは阻止の方向性を変える事にした。


「オンゼ・フォデュオン」

「ちょ、来んなっ……!」


 ビルの場所までは遠いためショートワープ呪文でオーハマーに接近する。だが無論倒すためではなく、彼女の攻撃を捌ける距離でなおかつ巻き込めるように、間に挟む障害物になるように立ち回る。

 これでビル・フキャナンは誤射を恐れて不用意に発現し攻撃は行わないはずだ。後は呪文の時間切れを待てば良い。連続で詠唱する条件呪文は一定の時間を過ぎると、また一から唱え直さなければならないからだ。


(直接止めるより、慎重を期すならこの方法がベターだと思うが果たして……)


 しかしその思惑に反してビルは何の躊躇いもなく呪文を唱え切った。そして……。


「バード・ドーラ・パスピルガ!!!」


 条件呪文による超常現象を発現させた。


 それは巨大な砲だった。天へと伸ばしたビルの右腕が唱えた途端に大砲へと変貌した。

 砲身は極太で長さは三メートルを超えている。傍目から見てシンプルな円柱で重量がありそうだ。色は黒。他に目を引く特徴はない。


 それをそのまま振り下ろしてこちらに向けてぶっ放すのか? 破壊規模はどれ程か? オーハマーを巻き込むつもりか? 今すぐこの場を離脱すべきか?


 デイパーマーがそう眉を顰めていると、ビルがその砲身を明後日の方向へ、後方斜め上の空へと向けた。

 そしてしっかりと腰を落として左手で大砲を支え敵の邪魔が入る前に、その砲口から出るであろう特大サイズの弾を発射した。


 周囲の大気を震え上がらせる程の轟音が響き渡った。勢い良く撃ち出された黒の丸玉が空気を切り裂き空を飛んでいく。

 撃ち込む場所はオーハマーから情報を受け取った時点で決めていた。それは今なお破壊行為が多く繰り返されているこの街の大通り地帯である。

 少し前まではモノリスの兵隊がそこで大量に蔓延っているのを、デイパーマーとの殺し合いの最中に確認した。逃げ遅れや隠れている民間人もいるかもしれないが、それらも含めてまとめて吹き飛ばす覚悟を決めた。

 何処にあるか不明なオーバーパーツ、モノリスを巻き込んで破壊できれば上出来だ。

 ビルの狙いは撤退支援。敵の数を減らすために条件呪文を発現したのだった。


 そして着弾、爆発、轟音、爆風。離れたこの位置からでも届いてくる吹き荒れる強風が、その砲撃の威力を物語っていた。

 最早着弾地点は吹き飛ばされ、ボロボロの壊滅状態になったのは疑う余地がなかった。


 強風が止んだ。デイパーマーが着弾地点の方角に首を向けながら口を開いた。


「前にも言ったが、やはり呪文というのは興味深い。才能がある者が口で唱えるだけで、一個人がこれ程までの破壊をもたらすとは……が」


 デイパーマーはその首を元に戻してビルを見据えた。


「しかしだ、ビル・フキャナン。少しばかり不用心じゃないのか? 立場が逆になるのを望んでいるようなものだ。おそらく……俺は発現できるぞ」


 デイパーマーは僅かに口角を上げ呪文を唱えた。


「レイフォ・ノゾヒ」


 次の瞬間、デイパーマーの後方にある物陰や家屋の屋根からモノリスの兵隊が多数出現し、わらわらと襲い掛かって来た。

 そののっぺらぼうの死者達は統率が取れており、条件呪文の発現を邪魔されないような動きである。

 それは直前のオーハマーと同じ役割で、そしてモノリスが健在だと示していた。


(ビル!)

(ああ、指示通りに。発現した場合は痛い目を見せてやる)

(頼むっすよ、本当に!)


 接近して自爆しようとする兵隊達を二人で捌きながら念話で囁く。その間もデイパーマーの詠唱は続く。


「スティル・クライマ」


 ビルは肉体収納化を発現し、大砲化を解除した右手から手鏡を一枚、敵から見えないように取り出した。片目のオーハマー共々肉体強化呪文を発現して既に準備は整えてある。

 後は条件呪文が空振りに終わるかどうかだ。仮に発現できた場合は狙いが二つに絞られるだろう。しかし両方とも対応できるから何も問題はない。


 モノリスの兵隊に守られたデイパーマーが最後の呪文を唱えた。


「バード・ドーラ・パスピルガ」


 どうやらデイパーマーは適正があったようだった。見る見る内にその右腕が巨大な砲へと変貌していく。

 先程のビルが発現した砲と同じものである。オーハマーがその姿を見とめてごくりと唾を飲んだ。


「さて、宣言通り立場が逆になったな。攻撃目標は勿論……」


 まるで新しいオモチャを手に入れた子供のようにデイパーマーが笑う。そうして大砲の照準を別の場所へと向けた。

 ビルはその方角を見て内心ほくそ笑んだ。予想通り、コミタバが狙う先は撤退作業中のこの街の駅だった。


「オーハマー!」

「はいっ!」


 声を掛けて即座に退避を実行した。狙われている駅に一直線に、一刻も早くこの場を離れないと巻き込まれてしまう。

 デイパーマーは勿論、モノリスの兵隊も追撃を仕掛ける事はしなかった。砲の発射を優先しているからだろう。

 ビルは後方を振り返りながら、いつでも投擲できるよう手鏡を持つ右手に力を込めた。


「なるほど……ここを強く握ればそれで」


 初めて発現する呪文の扱い方をデイパーマーは経験で理解した。

 程なくして駅の方角へと向けられている大砲から轟音が鳴り響き、砲弾が発射された。

 その前後を見定めてビルが呪文を唱えた。


「カレイド・パルブンレイト!」


 すぐに下から上に空へとぶん投げた。呪文の効果で眩しいほどに光り輝き巨大化する手鏡はくるくると回り目標へと到達していく。

 手鏡は正確に砲弾の進行を妨げるよう投擲された。何も障害もなく空を飛ぶ砲弾に同じサイズになった手鏡が正面衝突する。


 ぎゅいんっ!


 その刹那、どう考えても有り得ない衝突音がして、砲弾はまるで時間を巻き戻すように発射された場所へと勢い良く引き返していく。

 これにはデイパーマーも目を見開いて驚愕をその顔に露わにするしかなかった。


「反射じゅも……っ!!」


 砲弾はデイパーマーの手前に着弾した。地面に接した瞬間、黒の丸玉が怒ったように真っ赤に染め上がりひび割れて爆発する。それをコミタバが止める手段はない。

 先程まで戦闘を行われていた場所は爆風で薙ぎ倒され、半壊した本屋もデイパーマーもモノリスの兵隊もまとめて吹き飛ばされていった。


「……ビル、これって」

「ああ、存在強化のアノマリーだ」

「やっぱそうっすよね」


 しかし建物の屋根を足場にしながら駅へと直行する二人の顔は訝しいものになっていた。今現在も感じる気配に身に覚えがあって、デイパーマーの死が確実とは言えなかったのだ。


「爆発の直前、近くにいた兵隊がデイパーマーを庇ったのを見た。そしてすぐに今も続く猛烈な存在感の発生。存在強化は肉体強化呪文の完全上位互換だから……殺し切れてはいないはずだ」

「なら、確かめに戻るっすか? 負傷はしてるはずだから今すぐ息の根を止めて……」

「いや」


 オーハマーの声にビルが首を振った。


「最終便に乗り遅れるわけにはいかない。俺達は疲弊している。存在強化とも戦り合う事になる。無理だ」

「むぅ」

「それにオーハマーの右目を治さないと……どんな感じだ?」

「視力はもう戻らないかと。今日から眼帯生活っす」

「……すまん、防げなかった」

「ビルの所為じゃないっすよ」

「うん……まあ、だから撤退だ。アノマリーを発現する兵隊も出てきた以上、早く合流して今後の打開策を練らないと」

「了解っす」


 デイパーマーを殺したいオーハマーは不承不承で頷いた。

 状況を確認しに戻りたい気持ちはあるが、二人は撤退を優先して急いで駅を目指した。



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