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20-2 二回目の休息日

 まだ暴動の波が街まで及んでいなかったからか、ホムランの治安は特に混乱もなく穏やかだった。

 加えて偶然、当時ホムランの首長だったベネットの事前準備が功を奏した。彼は災害等の万が一のために大量の物資を常に備蓄しており、結果的に現状の備えになっていたのだ。


 しかし暴動から逃れようと街にやって来る難民が増え始めていた。ホムラン近郊にある村や都市が被害にあった話も入ってきた。

 それにより住民達の不安に思う気持ちが少しずつ大きくなる。ピリピリとした空気が段々と伝播する。

 今の所特に混乱はない。が、街の雰囲気は暗く活気がなくなってきていた。


 そんな街中の空き家、ホムランでは珍しい三角屋根ではない空き家から一筋の煙が薄く伸びていた。

 それは昼食には遅く、夕食にはまだ早い炊事の煙。エネルが四人のために料理を拵えていた。


「ん……ちょい薄いか。少しだけ付け足して」

 

 キッチンに立って慣れた手付きで調理を進める。外見は少女だが非人間でこの世に百年以上は存在する剣のため料理は造作もない。

 程なくして、シチューが出来上がり鍋を持って運ぶ。

 食卓では寝起きのビルが席に着いていた。


「お待たせ。シチューだけど」

「…………」


 ビルはうつらうつらと船を漕ぐ。調理の途中で起き出しては来たが、再び眠りに引き込まれようとしている。

 先程淹れたコーヒーはもう冷めていた。


「おーい、ビルー」

「……ん。あぁ、飯か。ありがとな」

「うん。小さく刻んでトロトロになるまで柔らかく煮込みました」

「おー、人間ではなく剣が作った料理を食べる日が来るとは……いただきます」


 覇気がないビルは匙を手に持ち、ゆっくりと冷ましながら皿に盛られたシチューを口に入れた。

 それを向かいに座って眺めたエネルは、疲れているのも無理はないなと思った。


 本日は一日オフ。連日連夜各地を飛び回ったスター達が心と身体を休めるためにベネットが設けた二回目の休日だった。

 やはり馴染みのない環境での活動はとても骨が折れ中々慣れない。不規則で途切れ途切れの休憩と戦闘で疲労も蓄積してしまう。

 そこでベネットが彼らに与えていたこの空き家で休むように命じた。外部協力者には行き過ぎた待遇だったが、疲弊していた四人はホムランに帰還するなり泥のように眠った。


 そして夜明け前の眠りから今になってビルが最初に起き出して来た。アカムでの軍所属の経験から疲れていても目が覚めたらしい。


「ま、眠りかけてたけどな」

「十日間休みなしだったからしゃーない」


 シチューを食べ終えたビルはようやく覚醒したようだった。席を立ってパキポキと骨を鳴らして身体をほぐしている。

 肩を上下に動かし首をぐるりと回し上半身を伸ばす。それを何となく見ているとビルが尋ねてきた。


「ちょっと意見を聞きたいんだが良いか?」


 そう言えば、戦争中はサニーの服の中に隠れて静観してたためビル・フキャナンとしっかり会話するのはこれが初めてか、と思いながらエネルは応じた。


「全然良いよ。わらわに答えられる事なら、だけど」


 ビルは席に座り少し思案してから言った。


「……やっぱ各国の民衆って普段から不満とか溜まってたりしてんのかな?」

「ん? どういう事?」

「いくら何でも暴徒の数が多すぎるんだよ。混乱に乗じて略奪や破壊行為が横行しまくっている。挙げ句の果てには過疎地に出向いてまで事を起こすケースもあった。そんな事を続けても未来なんてないって奴らも分かっているとは思うんだが……」


 今はホムランを中心とした奮闘により小康状態を保ってる。しかし明らかに各地で起こる暴動は異常だった。賊になった一般市民達が意味もなく暴れ散らかしている。

 ビルはその理由を為政者や権力者への不平不満が爆発したと考えていた。


「別にコミタバとかは暴れてて良いんだよ。……いや駄目だけど。あいつらはカスだし犯罪組織が何かをする理由なんて知る必要はねえ、殺すだけだ」

「でも民衆は別。誰かに煽動される様子もなく勝手に暴動を起こしている」

「ああ、勿論起こしてない一般市民も大勢いるけど流石にこうも散発的に暴動が起こればな。コミタバがいない場所でもそうだったし……そこで聞いてみたんだよ。百年以上この世で生きてて剣旅行で世界各地を巡っていたんだろ?」

「まあ巡ってはいたけど……」

「やっぱ長年の不満ってのが各地にあって、今は爆発してんのか?」


 うーん、とエネルは腕を組んで過去を思い起こしてみた。ぶっちゃけ適当に剣旅行してたからそんな事考えてもみなかった。

 それにペロイセンが悪性だと知る前までは人間を嫌悪していた部分が大きかった。無論仲が良い人間もいたけどペロイセンの後も人間の内面を知ろうとは思わなかった。この空き家の持ち主だってそうだ。

 エネルは申し訳ない気持ちで首を振った。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。つまり、わらわ分かんない」

「そうか……」

「ごめんね。役立たずで」

「いや良いよ別に。原因がそれかもと思っただけだし。……ちなみに呪文やオーバーパーツが原因って線は?」

「呪文やオーバーパーツ……そんなのは聞いた事がないね」

「まあそうだよな」

「何にせよ早く平和になってほしいってわらわ思う」

「ほんとそれな」


 ハゲが治る洞窟が見つかる前に発生していた各地の混乱。それは復興を成し遂げた後でも、何故あれ程発生していたのかは判明していなかった。



「起きたっす〜」

「暴徒とコミタバは死ね……平穏が一番よ」


 それから同じ鎮圧作業に当たる二人、オーハマーとニールもとぼとぼと起き出してきた。

 二人ともラフな格好をしているが、ニールは髪を纏めておらず寝癖が壮絶だった。あらぬ方向に伸びうねり、何かのアート作品のようになっている。

 それを見上げたビルが感想を漏らした。


「おー、見事な寝癖だな。それ」

「オレは寝相が凄まじいタイプだからな。ぐっすり寝れりゃ毎回こんな感じよ」

「えっと、スター……スタイリッシュはまだ寝てるっすか?」

「ああ、スターの奴はまだ寝かしとく。少しでも休ませねえと」

「彼が一番動いてたっすからねぇ……鬼気迫る感じだったすけど大丈夫っすか?」

「スターのコントロールはこっちでやっとくから問題なし。色々とあるんだよ色々と……」

「色々っすか」

「ああ、色々あって色々で色々だから色々と色々なんだよ」

「何回言うんだよ」

「スルーしてくれ。アイスあげるから」

「あっ良いっすね〜。朝起きて食うアイスって最高じゃねーか」

「もう昼すぎてるけどな」


 追加のコーヒーを淹れながらエネルは席に着いている三人を盗み見た。自分を含めて改めて奇妙なメンツがこの場に揃っていると思う。

 アカムの軍人に元裏方のオーハマー。ニールに至っては一般人だが、複数の呪文を質良く発現できる時点で呪文使いとしては上澄みだ。大抵は一つか二つ。呪文を唱えても発現できない人間だっている。

 今はこの場に居ないがスター・スタイリッシュもメンバーだ。それに自分は非人間の剣。自分でもお前一体何者なんだと思う時もある。

 そんなメンバーがこうして会話をしている。こんな事態になっていなければ出会う事すらなかっただろう。


(……本当ならサニーもこの場に居たはずなんだよなぁ)


 どうして死んだのか、という内心のため息を表に出さないようエネルはビルの分も淹れ直した。


 少し経って玄関の鍵が開けられた音がした。すぐに反応した四人の視界に扉を開けて今いる空間に静かに入ってくるベネットの姿が映った。


「おや、皆さん起きていたのですか? てっきりまだ眠っているかと……」


 今日はオフのためベネットが来訪する予定はなかったはず。その四人の疑問を壮絶な寝癖そのままのニールが代弁した。


「どしたん? 何か問題でも起きたか?」

「いえ問題はありません。エネル剣の無限カバンを引き取りに来たのです」

「わらわの無限カバンを?」

「ええ、再度検討した結果活用する決定に至りました」


 無限カバンはエネルが所持しているオーバーパーツである。縦長の茶色いショルダーバッグのような外見で中に入る物なら何でも収納できる。しかもどれだけ収納しても鞄の重量は加算される事はない。超優れ物。

 ベネットは以前エネルに活用するかどうかを聞かれたが、ほぼ初対面と余りにも得体の知れないオーバーパーツのためその提案を一度断っていた。

 

「主に物資運搬の面で有効に活用します。食料や医薬品、その他中に収納できる物資を入れ輸送コストを抑えます。これで一々箱に入れ汽車に積み込みしないで済みますから。無論、無限カバンだとバレないよう扱いには細心の注意を払います。こんな凄い物を持っていると知られたら大変ですから」

「過去に所持していた人が入れといた保存食とかは手を付けず?」

「ええ、あくまで街にある物資限定です。あなたや過去の所持者が入れておいた物資を取り出し提供し、何かトラブルが起こっても困ります」

「そりゃそうか」


 用件を言い終わったベネットは視線を動かし室内を見渡した。


「所で彼……スター・スタイリッシュはまだお休みですか?」

「ああ、スターの奴はまだ寝かしとく」

「ふむ……そうですか」


 本日二度目の返答を口にしたビルが首を傾げた。


「やっぱり何か厄介事が?」


 黙考していたベネットが顔を上げて首を振った。


「いえ都合が良ければもう一度、自己紹介をお願いしたいと思いまして。とりあえず今はこの四人にやってもらって構わないでしょうか?」

「また自己紹介を?」

「あなた達は外部協力者として良く働いてくれています。それはホムランの中でも一番働いていると言っても良いでしょう。そこで改めて自己紹介をしてもらい何故協力してくれるかの理由を聞き、それを聞き入れ信頼できるホムランの戦力として扱いたいのです」

「って事はこれからは外部から内部に……」

「そうです。これからはあなた方を中心として防衛を行いたいと考えています。方針の意見も積極的に取り入れる所存です。……負担が増えて申し訳ありませんが待遇はできる限りの事をしますので」


 つまり儀式か、とエネルは思った。

 ホムランの協力者となって数週間経過したスター達だが所詮は外部の存在だ。本質的には他所者である。

 だがこれからコミタバのモノリスが出てくるだろうと予測すれば彼らの存在は必要不可欠である。別の要因も合わさって更に状況が悪化する場合の備えもいる。

 そこでベネットは協力理由を聞いて、信用ではなく信頼できる存在という呈を取りたいのだ。


(このベネット・ウォーリャーは街の住民に信頼されている。彼が外部の彼らを信じられると言えば住民もそう認識する。それは今後のホムラン内外の活動をより一層円滑に行える事に繋がる)


 ベネットはこれまでの活動を通じて、外部のスター達を信頼したという事だった。


 同じくベネットの意図を理解したオーハマーが頬杖を付いた。


「もしかして割と切羽詰まってる感じっすか?」

「……正直異常だと思います。明らかに暴動の数が多すぎます。何故暴徒達はあれほどまでに暴れ回ってているのか」

「しかもコミタバのモノリスが控えてる。確かドバードとの戦争で投入されたんすよね? ビル」

「塹壕戦の時にな。空から操られた民間人が降ってきてアカムの軍が襲われて、他に手段がなく民間人を排除したらモノリスが降ってきて兵隊化してきやがった。そして再び死体の襲撃。巻き返しも試みたが軍は大混乱に陥り戦線は大きく後退した」


 悲惨で倫理観が皆無な説明を聞いてニールが呻いた。


「うへぇ……頭おかしいだろコミタバ」

「あの時、ネイトのばーさんも唖然としてたっけか」

「誰でも唖然となるっすよそんなの……てかネイト・ネッシーの行方は? 液体のアノマリーの彼女が合流すれば事態はかなり楽になるっすよ」

「あ、それわらわも気になる。ネイトは知り合いだから」

「えっ?」


 知り合いという言葉にビルが目を剥いた。エネルは内心失言したと焦った。


「お前、あの偏屈頑固ばーさんに会った事あるのか?」

「…………」


 エネルは慎重に言葉を選んで応対した。


「アカムと、ドバードの戦争が始まる前にちょっとね。……詳細は省くけど人の趣味趣向の話から小説の話になったりして」

「……んん? 小説? もしかして"転校生サキュバス"とか"尋問官インキュバス"?」

「えっと、そう、それ。ネイトに貸した小説」

「え、何すかそれ?」


 思わずオーハマーは疑問を呈した。ビルが記憶を探るように額に手をやって言った。


「確か急にばーさんが読書に目覚めて読み出した本だった……ドバードへの醤油特攻前の会議で『まだ尋問官インキュバス読み終えてないから死ねねぇ』と言ってたな」

「……そっか、そうだね。そんな事を言ってたんだ」

「あれってお前が貸した小説だったのか」

「そう。わらわが貸した小説。さっきも言ったけど人の趣味趣向の話になったからね。無限カバンに入ってたから他にも色々渡したよ」

「へー」


 自己紹介をしてもらうつもりが大幅に話が逸れている。ベネットが口を挟んだ。


「あのー、皆さん。脱線しています。そろそろ」

「あっ、そうっすね。それでネイトは今何処に? それとバルガス・ストライクも。彼もビルと同じネイト直属の部隊に所属していたはずっす」

「オーハマーってそんな事も知っていたのか」

「私は裏方をやってたっすから」

「あ、あれ……軽い自己紹介」

「バルガスの奴もばーさんも、醤油特攻の任務を最後に行方不明になった。今何処にいるのか全く分からねえ。が、百パー無事。あの二人はマジで強いから。その内合流できる」

「そうっすかぁ……早く合流できれば楽になるんすけどねー」

「おう、てめーら」

 

 ニールがベネットに親指を示して言った。


「首長を無視したらいかんでしょ。まずは先に自己紹介やっちまおうぜ」

「「あっ」」


 ぷるぷると震えていたベネットは安心したように顔を綻ばせた。



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