18-3 スターの悩み
ジャポニから遠く離れた異国の地、アカム。
そこはまるで別世界のように思えて、スターは心の底からの驚愕を受けた。
目に見えるもの全てが知らないものばかり。周囲の建物はどれも健在で瓦礫に成り果てる事もなく、道端に放置されている死体なんて何処にもない。
匂いもそうだ。もう慣れてしまった鼻を刺すような悪臭はなく、それどころか嗅ぐと腹が鳴る良い匂いが何処からともなく漂ってくる。
そして何より、大勢の人達が平和に暮らしていた。
今まで自分が経験してきたものは、一体何だったのかと思うくらい非現実的で圧倒された。
ジャポニとは全くの真逆の世界。ここにはジャポニにないもの全てが揃っていた。
「スター、安心して。怖がる事なんて何もないから」
街中を歩きながらスターをおんぶしていたクレアが言った。
「アタシの子供達は皆優しい子ばかり。最初は戸惑う事が多いかもしれないけど大丈夫だから。……だから、あなたはこれから幸せになって。過去ではなく未来に目を向けて。それだけでアタシは、また頑張れるから」
クレアの言う通りだった。
初めのうちはギャップのある環境に置かれとても苦労した。暖かな食事と暖かな寝床、清潔な水。何事もなく平和に過ぎ去る日々など違和感だらけで大変だった。
しかし同じ孤児院で暮らす孤児達は優しく迎え接してくれた。孤児院を卒業したバルガスも度々やって来て遊んでくれた。
そのおかげで、スターは時間を掛けて新しい居場所に溶け込んでいく事ができた。
ジャポニでの過去を忘れる事ができた。
しかしある日事件が起こった。
サニーが新しく家族になってから少し経った頃に、路地裏で孤児院の家族二人の死体が撲殺された状態で見つかったのだ。
その理不尽な訃報を聞いたスターはショックを受けた。平和な生活に慣れた分だけその衝撃は大きかった。
そして悲しみと共にこう実感した。
結局、悪い人間というのは何処にでもいて犯罪は起こる。いくらジャポニと別世界のように思えても人間がいる限りそれはなくならない。
スターはジャポニの時と同じように大事な家族を失ってしまった。失ってばかりの毎日を思い出してしまった。
幸せな日々で心の奥底で眠っていた『行かないで』の気持ちが目を覚まし大きくなっていく。
同時に、いつの間にか存在していた『悪を憎む正義の心』がスターを強く揺さぶった。
その二つの感情は、その後に発生したアカムのクーデターで爆発した。
スターはクーデターを聞き付けすぐさま直行し、事を起こしたコピーのアノマリーを打ち破ったのだ。
どうやって打ち破ったのかは、スター自身覚えていなかった。
ただクーデターというのがとても危険なもので、それを放置したらまた、大事な人達を失う羽目になるかもしれない悪い事だから阻止ししようと思っただけ。
剣の呪文を発現できる事もこの時初めて知った。軍に所属していたバルガスは特大の驚愕を受けていた。
それからは軍に勧誘され軍所属になり任務に精を出した。
当時はドバードからの一方的な挑発行為で関係が悪化し、衝突は度々あった。
このままではまた、衝突が原因で家族を失う経験をするかもしれない。それを厭ったスターは一心不乱にドバードの兵達と交戦した。
「………………」
任務の中で不意に、戦死したドバード兵士の死体が目に映った。うつ伏せの状態で絶命し伸ばした手に写真を握っている。おそらく彼の家族だと思われる写真だ。
また不意に、違う兵士の死体を見た。壁に寄りかかり崩れ死んでいる手元にはロケットが開かれていた。ペットのファングを抱いた女性の写真。恋人だろうか。いや奥さんだ。兵士は指輪をしている。
「………………」
スターは少し考える。直接的に間接的に自分は一体何人もの人を殺害したのだろうか。
斬り伏せはした。爆裂剣で爆殺もした。軍の指示で敵が集まる所に大量の爆裂剣を設置し爆破もした。盾手裏剣の多数発現で味方を援護したりもした。
ビルは言った。
「軍隊にいる以上、死ぬ覚悟は向こうもできているはずだ。考え出したらキリがないぜ」
しかし自分のやっている事は、自分が憎む行為と同じではないのか。
殺したドバードの兵士達にも家族はいる。仲間がいる。当然だ。自分と同じように大切な人達がいる。
その彼らは散っていった兵士達の帰りを待っている。殺されなければ無事に再開を果たし幸せに過ごす未来があったはずだ。
それを自分が奪い去った。孤児院の家族を失った時のような気持ちを帰りを待つ人達にもさせてしまった。あんなに厭っていた行為をしてしまった。
だが殺さないとこっちが殺られる。それは失う事に繋がる。しかし殺せば向こう側に悲しい想いをさせる。だが……。
スターはジレンマに陥っていた。
スターは任務に集中できなくなった。しかしアカムとドバードの関係は悪化を極め、遂には戦争にまで発展した。
スターは呪文を際限なく半永久的に発現できるため戦争に必要。そして軍所属は自らが志願したため参戦しなければならない。戦争に負ければまた失ってしまう。
自分の今の在り方に対し、正しいかどうかという疑問と戸惑い、ジレンマを感じつつスターは戦争に身を投じた。
「スター……今まで、ごめんね」
そんな時、サニーが謝ってきた。
ネイトが醤油特攻を仕掛ける前にクレアに孤児院に連れ戻され、高熱から目を覚ました時に彼女は謝罪の言葉を口にしたのだ。
スターにとって、それは何の心当たりがない言葉だった。サニーは孤児院の中で一番関係が短い間柄だったからだ。彼女はレアを保護してそれから孤児院に入ってきた。
それなのに死の間際に謝ってこの世を去った。謝れるような事をされた覚えはないのに。むしろ、助けられなかった自分の方が謝るべきなのに。
スターはサニーの意図が知りたくなった。
謝った理由もそうだが孤児院の家族が死んでいた当時の状況も聞きたかった。突如として軍に入隊してきた理由も。特攻作戦に参加していたネイトとバルガスの行方も。
それに何となくだが、サニーに聞けばジレンマが解決するような予感もしたのだ。
その予感はホムランを経て、洞窟が見つかって五年後の今になっても続く。その中でサニーの最期の言葉は常に頭の片隅で引っかかる。
サニーと話すためには死者と対話の方法を見つけるしかない。呪文かオーバーパーツかは分からないが方法などそれぐらいしかないだろう。
「………………」
しかしスターには懸念すべき点があった。死者からの罵倒が気掛かりだった。
戦争と復興の過程で大勢を殺した。殺さざるを得なかった。彼らには自分に対して恨み憎しみがある。
仮に対話方法を見つけた場合、それはどのような対話になるのか分からない。もしかすると殺してしまった死者達とも邂逅するかもしれない。
そう考えると胸が痛み気後れした。殺人という罪を犯した自分が楽になろうとしているのを咎められるのが怖かった。憎悪の言葉を浴びせられるのが怖かった。
だから一生懸命戦争からの復興に励んだ。困っている人達を助け善行を積めば、少しでも贖罪をすれば許してくれると思ったから。
でも結局は自己満足。どれだけ救っても復興しても、積もりに積もった己の罪は消えてなくならない。スターもそれは分かっている。
でもサニーに理由を聞きたい。死者との対話を応用してクレア、バルガス、ネイトの生死確認もしたい。だが自分の事しか考えてないという自己嫌悪も出てくる。
スターは別のジレンマにも陥っていた。
そして時間が経過しバルガスが死んだ。ついさっきネイトが既に死亡しているのが判明した。ビルは死亡済み。
更には身に覚えのない孤児院の家族への凶行がレアによって伝えられた。
変わらず死者との対話方法は見つからない。クレアも見つかっていない。もう死んでいるかもしれない。
スターは相談できる相手を亡くしてしまった。復興初期のメンバーは関係が浅いため相談には時間が掛かった。答えは出なかった。
もう、どうすれば良いのか分からない。
それがスターの悩みだった。彼は二つのジレンマを心の内に宿し続けている。
でもサニーと話せば、謝ってきた彼女と話せば色々と解決する予感がするのだ。
だからスター・スタイリッシュは探してる。その予感を心の支えにして。
○○○
「と、いう事があったんだよ」
騎士団本部にある談話室で、『行かないで』を知らないエネルが簡潔に説明した。
「だからレスティア王救出前に自分だけが陽動を担当して、騎士団にヘイトを向かわせないよう言い出した。スターなりの善行を積むためにね」
「……うん」
「ドミスボの時もそう。街の住民に石を投げられている時、スターは停止してたでしょ? あれは殺した死者達に恨みつらみを吐かれるのを連想してたんだよ。だから行動が止まってしまった」
「……ゔん」
プラチナは顔をくしゃくしゃにして涙声で相槌を打った。
昔読んだ本には涙はいつか枯れると書いてあった。しかしいつになっても枯れる事はない。どうしても涙が流れ出てしまう。
「秘密都市よりもアルマンの依頼を優先したのも同じ。全ては良い事をして死者達の許しを得るための準備。……あの時のアルマン、分身体だけどスターが即座に承諾して心底驚いてたっけ」
隣に座っているエネルはプラチナの涙をハンカチで拭ってやった。
「髪切った時に言ったけど、スターは自分のために行動していた。善行を積むために。だからプラチナが悪く思う事なんて一つもないんだよ」
「でも、私は、私はバルガスを殺して……スターがあんなに生きてて良かったって、言ったのに、安心してたのに」
「……仮にバルガスを生捕りにできてもその末路は処刑しかない。あいつがやった事は絶対に許されるわけがない。スターだってプラチナを恨んじゃいない。それはプラチナだって分かるでしょ?」
「ううっ……私は何も知らなくて……!」
「プラチナは幽閉されてたんだから、仕方ないよ」
プラチナは思わずまた呻いた。それは分かり切っている。ゾルダンディーから騎士団に戻ってのスターの態度で自分の事を恨んだりは絶対にしていない。
だがスターの希望を打ち砕いたのも、恩人に対して何も知らずに恩を仇で返していた事実が何度も胸の内で暴れ回る。
その都度、感情が制御できなくなる。
「つーか、そもそもはサ……」
言葉を続けようとしたエネルは苦虫を噛み潰したような顔をして止めた。
瞑目してから深く嘆息し、向かい側のソファでだらけていたニールを見た。
「助けてニール……」
「しゃーねえなあ」
ニールは姿勢を正した。
「おい、よく聞けプラチナ。落ち込む必要なんざ全然ねえって」
「……ニールぢゃん」
「俺なんて昔、故郷の村にいた人間ぶっ殺した過去があるんだから。それに比べたらプラチナはぺーぺーよ」
「えっ、わらわ初耳なんですが」
「人類虐殺を計画する前の話よ。ある夏の気温と湿度が高い日、発狂して所構わずアノマリーを発現しまくった。結果村人のほとんどを潰して殺した」
ドン引きする二人にニールは手を振った。
「待て待て、今になってはオレも反省したんだぜ? 両親祖父母も殺っちまったし……それ以来自制を心掛けてるし」
「いやお前……結局夏は発狂するじゃん。建造物発現乱舞かましてさ。あれクッソ迷惑なんだけど」
「まあそれは横に置いといて……」
「おいコラ」
「伊達に社会のゴミとか太陽の騎士団キチガイ担当とか言われてねーんだわオレ。で、そんなオレに比べたらプラチナのやった事なんて極小だろ? スターだって気にしてねえってんだし。だからプラチナ気にすんな! 前向きに行こうぜ前向きに!!」
「………………」
プラチナは抱いていたクッションに顔を埋めた。ニールはエネルを見た。
「駄目みたいですね」
「この役立たずがっ」
「しゃーねえじゃん。自分よりも底辺を知れば気が楽になるかと思ったんだよ。つーか誰かを元気付けるって難しいわ」
プラチナは変わらず積もる罪悪感に苛まれ続けている。ライネルからの首トン呪文から目覚めてからずっとこの状態だった。
時間を経るにつれ様々な過去が胸に去来してくる。
人質に取られた自分への不甲斐なさ、戦力外のみじめさ。バルガスの殺害。スターへの罪悪感。許されない事したのに陽気に元気付けようと振る舞っていた。
スターがあれだけ探していたバルガスを殺害したのに。
エネルやシンシアが言っていた祭りの後に伝える話はバルガスの事だった。
それは自分以外は知っていた。自分だけが知らなかった。何も知らずに日々を謳歌していた。不甲斐なさとみじめさ、罪悪感が増幅する。
同じ事を何度も考えて潰れそうになる。このまま消えてしまいたい。そう思ってしまう程に。
そんなプラチナをエネルとニールがため息混じりに眺めていた。二人とも最早どう慰めて良いのか分からない。
既に場を和ませる手段はやり切った。戯けてみたり冗談を口にしてみたり。ババ抜きを提案したり。
最後にスターの事を話して全て空振りに終わった。
しばらくの間、沈黙が談話室を包み込む。三人全員が口をつぐみ時間だけが過ぎ去っていく。
それを破ったのはシンシアだった。ノックの後、返事をするよりも早く談話室の扉を開けた。
入って来て早々、シンシアはプラチナを見、エネルに尋ねた。
「彼女は今、話せる状態ですか?」
「塞ぎ込んでるけど会話はできるよ」
「そうですか……なら、早急に取り掛かりましょう。こうなってしまった以上早い方が良い」
「取り掛かるって……何を?」
「レスティア王と話をしてもらいます。そしてその後、時間を設けてご決断を」
唐突な話の流れにプラチナは思わず顔を上げた。その涙でくしゃくしゃになった顔に構わずシンシアは続けて言った。
「それでは王様。お入りください」
扉のすぐ側でスタンバっていたレスティア王は、談話室の中に足を踏み入れた。




