18-2 ヴァニラのツンデレ ③
殴られたスターは宙に浮かんだ。間髪入れずにヴァニラは呪文を唱える。
「ユーラシア・フロスト」
しゃがみ込み腕を突き上げての全力巨大氷塊射出。
スターは身体全体で氷塊にぶち当たり、射出された勢いそのままで空を飛び、騎士団本部方面へ飛ばされていった。
そうして着弾したのは自動車教習所の建物。氷塊に押し潰される形で屋根へと直撃し、建物中央は衝撃でバラバラに破壊されてしまう。
「ぐっ……!」
スターは砕けた氷塊を急いで押し退け、軋む身体に鞭を打ち建物の外に出た。肉体強化を最大まで引き上げてはいたが鈍く響く痛みがある。
すぐさま状況確認のため周囲を見回すと、今いる場所が騎士団の敷地内だと分かった。
「自動車教習所か……! 今すぐ戻らない」
言葉を切ったスターは空を見上げた。突然辺りが薄暗くなったと思うや、みるみるうちに上空にあった白い点が大きくなっていく。
上空で発現した大玉の氷塊をヴァニラがスターへと叩き込もうとしているのだ。それをすぐさま回避する。
直後に轟音と衝撃。ばらばらに砕けた氷塊を無造作に踏みつけヴァニラもこの場に降り立った。
「???」
スターは困惑した。
今さっき、街中にアノマリーを放とうとしたヴァニラはここにいる。墓石の数を増やすと口にしたのに追撃にやって来た。白銀の冷気も発現を止めたようで消え失せている。
虐殺行動に出るのではなかったのか。ヴァニラの行動の意図が読めなかった。
「……何よ、馬鹿みたいな顔しちゃって」
「ヴァニラ」
ビルを侮辱された事よりも困惑が上回ったスターが言った。
「冷気が途絶えているが……」
「ええ、出しっぱなしは疲れるし」
「街中にアノマリーをぶち込むんじゃなかったのか?」
「………………」
ヴァニラはぷいっと顔を逸らした。しかし数秒後、黒の十字剣を握り直してスターに突撃した。
スターは困惑しながらも応戦するしかなかった。
○○○
一応保護の形でホムランに連れられて、戦争からの復興を目指していると聞かされて、当時のヴァニラはスターの事を馬鹿だと思った。
アカムとドバードから始まった戦争で衝突は何処にでも起きているし、世界的な混乱で滅んだ国もあったと知った。
更には、今は自身を含めて身勝手な連中が多い世の中だ。誰かを助ける行動よりも自分を優先する。
そんな余裕のない状況下で復興なんてできるわけがない。頑張って活動しているが無理に決まってる。そう確信して……。
そして案の定、彼らは復興に失敗した。ホムランは中と外からの暴徒達のせいで火の海になった。
挙げ句の果てには親友のビルも亡くしてしまった。ヴァニラはその過程を見届けて「だから言ったじゃない」と言い残し、ビルの死に呆然と崩れ落ちていたスターの元を去った。
それから少し時間が経って、彼らがまた復興を目指していると知った。今度はハゲが治る洞窟をシンボルにしての復興との事だった。スターが見つけたらしい。
「ああ……ついに狂ったのね」
ヴァニラはそう思った。
ハゲが治る洞窟とかいうわけの分からない物で復興を目指すなんて馬鹿げている。どう考えても頭がイカれている。
きっとスターはビルが死んで壊れてしまったのだ。
しかし予想に反して彼らは有言実行した。洞窟をシンボルにして人を集め、復興の人員を募り、近くの都市を援助し、避難民を受け入れ、ニールの夏の発狂を乗り越え、暴徒を鎮圧しコミタバと戦った。
ヴァニラは本当に凄いと思った。まさかハゲが治る洞窟なんて物で復興を実現するとは思いもしなかった。
だが着実に復興の輪が広がっていくのを遠くから見届けた。彼らは見事、戦争からの復興をやり遂げたのだ。
「……………………」
しかし、平和になってもスターは落ち込み続けていた。ニールの建造物の他にも建物ができ、街が作られていく中でも、他の大勢の人達と違い眉間に皺を寄せて顔に影を落とすばかり。
それがヴァニラは気に食わなかった。
どうして達成できたのか良く分からないが、ハゲが治る洞窟で平和を取り戻したのだ。
それなのに誰よりも力を尽くして頑張った功労者が、暗く眉間に皺を寄せ続けるなんて絶対に間違っている。
尊敬とほんの僅かな崇拝から始まった気持ち。そこから変化して心配する気持ち。何故かイライラする理由が分からないスターへの想い。
やがて、変わらないスターに対してどうしてイライラするのか理解した。
しかし拉致られて研究施設にいたヴァニラは、この気持ちにどう向き合えば良いのかなんて分からない。落ち込んでいる人の励まし方なんて知らない。
でもヴァニラは、スターが眉間に皺を寄せて落ち込んでる姿は見たくなかった。
それは五年経った今でも同じ。だからスターを挑発して殴り飛ばす事にした。
○○○
ヴァニラが攻めスターが守勢に回る。その間に挑発の言葉は続く。
「今更だけど、ビルって馬鹿丸出しだったわよね?」
「…………」
「私が復興なんて無理って言ったら、できるだろって返して」
「…………」
「それで結局は死んでしまった。自分の事すら守れないのに他人を助けようとするなんて馬鹿以外、該当する言葉が見当たらないわ」
戦闘の余波で教習所にある自動車の燃料が爆発したら堪らない。スターはヴァニラを誘導するように逃げ戦いの場を変えた。
「ネイトもそうね。私は会った事がないけど最終的には敵の手駒になった。アノマリーなんだから迷惑になるような末路は迎えないでほしいわ」
「…………」
「そしてバルガスはゾルダンディーに迷惑を掛けて死んだ。都市二つ滅ぼすとか歴史上類を見ない大馬鹿ね。あなたの知り合いは馬鹿ばっか」
スターの剣とヴァニラの剣が重なり合い鋭い音を幾度と鳴らす。その剣撃の合間合間に互いが呪文の応酬を繰り広げ、既に困惑から立ち直ったスターが距離を取った。
「……ヴァニラ」
「何よ、この馬鹿」
「味方じゃないと口しても、ヴァニラは街に攻撃するような奴じゃない。それはこれまでの活動で証明している」
「あっそ」
「何かしらの理由があるんだと思う。だが今は、これ以上街と騎士団に混乱を起こさせるわけにはいかない。先に無力化してから事を起こしたわけを聞く」
「……自分の方が大変なのに他人を気にして」
眉を顰め口を尖らせたヴァニラが肉薄し戦闘が再開された。騎士団の敷地内での剣と氷雪が殴り合い鎬を削る。
それから移動しながらの戦闘で噴水広場が半壊し訓練所の一部も崩落した。
二人の呪文衝突で通り過ぎた道に剣や氷柱、氷塊や雪々が散らばる。
形勢は次第にスター側に傾いていった。
ヴァニラは移動に攻撃、防御に呪文の発現で体力を消費する。それに対してスターは呪文の発現で消耗する事はない。
それに近接戦の力量の差、元々あった体力の差、ヴァニラは何故か氷の兵隊を発現しないで応戦してくる。
やがて余裕ができたスターが準備を整え攻勢に動いた。
「シュリ・ブレイド」
盾手裏剣を発現して防御姿勢を取る。即座に後方に設置しておいた爆裂剣四本を爆破させ、その爆風による加速を利用してヴァニラに接近する。
「シールドバッシュ……!?」
疲弊していたヴァニラは十字剣とブロレジの障壁でスターの突進を受け止めた。だが勢いを殺しきれず衝突音と同時に吹き飛ばされ体勢を崩した。
スターは踏ん張って止まったヴァニラの足元付近に爆裂剣二本投擲して爆破する。
そして肉体強化の効果で大きく跳躍し、爆発でヴァニラの視界の外に逃れ呪文を唱えた。
「ユーラシア・ブレイド」
スターは空中で剣を横にして落下と同時に振り下ろした。その場から動かず急いで防御姿勢を取ろうとしていたヴァニラの頭に剣の腹を叩き込んだ。
「んぐっ!?」
打撃音とヴァニラの痛打に対する反応が戦闘の終了を告げた。
騎士団敷地内の芝生の上、周囲に戦闘の爪痕が残る屋外で、ヴァニラはドサッと大の字に倒れた。
「………………」
地に足をつけたスターはヴァニラ見下ろした。気絶はしておらず、疲れた顔を右腕で覆いながら息を整えている。
スターも同じように息を整えた。そして改めてヴァニラに尋ねた。
「それで……一体何が目的だったんだ?」
「墓地でも言ったでしょ。ただの八つ当たりよ……私はあなたの辛気臭い顔を見るとイライラするのよ」
「それだけで、こんな規模の大きい攻撃を?」
「だって、おかしいじゃない。あなたは……あなたが思ってる以上に凄い事をやり遂げたのよ。それなのに当時から顔を顰めて眉間に皺を寄せるばかり。イラつきもするわ」
「……すまん、言ってる事が良く分からないんだが」
スター目線だと突如墓地に足を踏み入れて、虐殺宣言をした後に氷塊を撃ち込んできた。
その後は街中にアノマリーを発現せず、追撃に移り纏わせる冷気も消したヴァニラと戦闘する羽目になった。
八つ当たりにしてもやり過ぎである。記憶の中にあるヴァニラは幾ら苛ついていても、感情任せにそんな事はしないはず。
意図を掴みかねているとベネットがやって来た。
「ヴァニラは心配してるんですよ。スターの事を」
「心配?」
「資料部屋の時と同じように落ち込み続けているスターを心配しているのです。だから奮起させようと挑発して怒らせ発散するように仕向けた。まあやり方は少々、いやかなり強引すぎでしたが」
「急に現れてペラペラとうるさい奴ね……仕方ないじゃない。誰かを元気付ける経験なんて今までなかったもの」
足を止めたベネットはスターの方を向いた。
「つまりツンデレなのです。奥底にあるのはスターを心配する気持ち」
「ツンデレ……」
「そうです。そして言い換えるのならヴァニラはスターの事が」
「ユーラシア・フロスト」
「ぶべらっ!?」
ヴァニラが巨大氷塊を発現して下から上へと射出した。ベネットはその氷塊をぶち当てられ空へと飛ばされていった。
キラーン、と空の星になったように消えたベネットを見て、流石にスターはツッコミを入れた。
「ヴァニラ……今ベネットが」
「ベネットが言う事なんて聞く必要ないわ。ハゲが治る洞窟の守護者とかいう、意味不明な身分を自称するおっさんの言葉なんて聞くに値しないし」
「いや俺が言いたいのはそうではなく」
「何よ?」
「今のベネットはおそらく本体……氷塊が命中しても分身体のように消滅しなかった」
「別にどうでも良いでしょ。仮にもアノマリーなんだし」
少し弱い風が吹いた。冬に近づく冷たい風が二人を撫でる。
途切れた会話を倒れたままのヴァニラが繋いだ。
「それで?」
「えっ」
「あなた悩み事は何なのよ?」
「それは……」
「フロスト、フロスト」
「んぐ、痛い痛い。氷塊をぶつけるのは止めてくれ」
「今更言葉を濁すような馬鹿な真似はしないように。私が直々に聞いてあげるのだからさっさと五年前から悩みを教えなさい。私の精神衛生上のために」
スターは仰向けに倒れるヴァニラの横に腰を下ろした。
伝えたからどうにかなるわけではないが、ヴァニラの気持ちは理解した。
このまま言葉を濁して余計な心労を掛けるより話をした方が良いと考える。また八つ当たりをされて仲間同士で規模が大きい戦闘をするわけにもいかない。
「……個人的な話になるが」
「勿体ぶらないで。騎士団本部にアノマリーするわよ」
口をへの字曲げたヴァニラの不満げな言葉を受けてスターは話した。
アカムの軍属時代の頃からの悩み。これから先も解消される事はない事柄。それに関連して死者との対話する方法を探している理由。サニー。
言葉を選ぶようにぽつり、ぽつりと。
その様子を遠くから、ヒカリが悲しげに見つめていた。




