18-1 ヴァニラのツンデレ ②
例えばベネットのアノマリー。便宜上、時間と称されいるこの呪文の効果は絶大だ。
ひとたび発現すれば死の一歩手前の身体すら全快させる。壊れた物を元の状態に修復できる。人の老化や若返りすらも思いのまま。他にも用途はある。
仮にどんな呪文が凄いか選手権が開催されれば、間違いなく上位に食い込むスペックがある呪文となるだろう。
建造物のアノマリー。様々な建造物を発現できるこの呪文も同様だ。
例えば一軒家。あれは一軒家の中に備わってる物もまとめて発現している。ソファがあればソファも。本棚があれば本棚も。ハンマーがあればハンマーすらも。
ニールはそれらを一軒家なしで、単体で発現する事ができる。復興貢献度ナンバーワンを自分で口にするのは全くの間違いというわけではない。
戦争が始まる前の国々では、呪文という言葉を解明し科学的に超常現象の発現を目指す研究が多くなされていた。
呪文は超常現象を起こす不思議な言葉。資源というエネルギーを必要とせずに口で唱えるだけで火や電撃を起こせるのなら、その現象を科学的に実現できれば人々の生活はとても豊かになるからだ。
しかし光ある所には影があるように、生活の向上ではなく人殺しの道具としての研究も行われていた。
例えばブライニクルのアノマリー。問答無用で凍結凍死させるブリザードを放つ呪文。
唱えるだけで大勢の命を簡単に刈り取るこの呪文を科学的に実現できれば、滅多に見つからないアノマリーを用意しなくても、ほぼ全ての事柄を暴力で支配し言う事を聞かせられる。
各国は秘密裏に呪文という言葉の解明に力を注いでいた。時には非人道的な手段も使って。
ヴァニラ・コースキーはとある農村の出身である。都会から遠く離れた何処にでもある閑静な田舎で、両親と三人仲良く暮らしていた。
その生活はごく当たり前のもので、畑仕事を手伝ったり野山を駆け回ったりと毎日が幸せだった。
しかし何の前触れもなく彼女の人生は一変した。
母親がブライニクルの隠れアノマリーだった。それが国にバレてある日突然、家に軍が押し入り家族全員拉致されてしまった。
それ以来、生活感のある風景から窓のない無機質な部屋がヴァニラの家となった。
来る日も来る日も良く分からない実験の数々。三人それぞれが人質に取られているため、母親とヴァニラは否応なしに人殺しを含む呪文関連の実験を強制される。
どうやら呪文の才能は遺伝する傾向にあるらしい。まだ幼いヴァニラは実験の過程で、自分には呪文の才能があると知った。
実験の日々は続く。痛くて苦しい思いもした。実験で疲弊する母親の姿を見るのも辛かった。ヴァニラは早く解放してほしいと研究員達に嘆願した。
しかし彼らはほぼ取り合わず、ゴミを見るような目をするばかり。更には呪文を研究して暴力での支配を目指していると言う。
その薄情な対応と身勝手な理由に憎しみと恨みがヴァニラの心に蓄積する。
少しして父親が惨殺された。人質は二人で充分だと判断されたらしい。それと惨い殺され方によって感情の起伏が呪文の発現にどう影響するかの実験も含まれていた。
どうしてこんな酷い事ができるのか、とヴァニラは思った。悲しみ以上に強い憎しみと恨みの感情が胸に去来し続けた。
そして、拉致られてからどれくらいの時間が経ったか分からないある日、ヴァニラと母親は研究施設からの脱走を試みた。
後から知った事だが当時はアカムとドバードの戦争拡大で、研究施設にも対応のしわ寄せが来ていたらしく脱走の隙が生じていたのだ。
母親と二人、逃亡生活が始まった。
辛い、本当に辛い逃避行だった。頼れる者は誰一人もいなく、犯罪者としての指名手配もされていて息つく暇もない。
いつ、何処で追跡者が現れるかなんて分からない地獄のような時間だった。
だがそれでも、母親が犯罪に手を染める事はなかった。物を盗んだりせず路地裏のゴミ箱の残飯を漁り、ギリギリで食せる一欠片の食料を見つけては手渡してくる。
その時のヴァニラには、もはやその行動が理解できなかった。
誰も助けてはくれないのだ。手段など選んではいられない。物を盗んだり人から財布を盗んだり。家に踏み込んで人を殺して雨風を凌いだって良い。
何故母はそれをしないのか。全く持って意味が分からなかった。
やがて混乱は世界規模に拡大した。どうやらそのおかげで国からの追跡は止んだようだった。
しかしヴァニラは母親と離れ離れになってしまった。戦争の余波で各地で暴動や内乱が起こり治安の維持が困難になって逸れたのだ。
世界中で起こる壊滅的な混乱。
ヴァニラは暴動を起こしている不法者達を、家族を拉致した軍と実験施設にいた研究員達と重ね合わせた。
なんて身勝手な奴ら。一気に憎悪が吹き出し身体を支配する。
ヴァニラは片っ端から暴れている暴徒達を叩き潰す事に決めた。
それからはスカッと気分が晴れやかになるようだった。自身の呪文を発現しながら各地を巡る。
実験で呪文は既に何度も発現している。才能もあった。今更人に向けて発現するのに何の躊躇もありはしない。
アノマリーも度々撃ち込んだ。調子に乗っているいる暴徒がそのままの姿で凍死するのが面白おかしくて堪らなかった。
手を替え品を替え、楽しくなったヴァニラは次々と蹴散らしていく。
氷の兵隊達を発現して死ぬまでボコボコにする。巨大氷塊を何度もぶつけて圧殺する。
白銀の雪崩呪文で飲み込んだって良い。尖った氷柱で突き刺したっても良い。やりたい放題。
中には呪文に巻き込まれて死んだ者もいた。暴れ散らかしている自分を退治しようとしてくる人間も現れてきた。
それらもまとめて吹き飛ばした。清々しい気分になっているのに水を刺さないでほしい。
何やら見覚えのある女が何度もやってきた。いい加減しつこいから氷漬けにして殺してやった。
自分を探し出して見つけてくれていた母親だった。
「………………………………………」
凍死した母親を眺めながらヴァニラの胸に様々な感情が生まれては弾けた。去来しては混ざり合う。混ざり合っては反発する。もうぐちゃぐちゃ。
ヴァニラはしばらくの間、その場に佇んでいた。
不意に、がさがさと茂みをかき分ける音が聞こえてきた。
ヴァニラは、スター・スタイリッシュに出会った。
○○○
「クソがっ」
騎士団本部の司令室に入り扉を閉めるなり、カインは側にあったゴミ箱を蹴り飛ばした。
既に中にいてエネルのスケッチブックを眺めていたオーハマーが苦言を呈す。
「ちょっ、物に当たるなっす!」
「ぬ……いやむしろ、蹴り一つで怒気を抑え込んだ俺を褒めてほしいくらいだわ」
「マジで落ち着けっす」
一緒に入室したベネットの分身体と共に中央のソファに腰を下ろす。
「で、どうだったんすか? レア・ヨンドウへの尋問は」
「見事にふんぞり返っていました。死ぬ事も捕まる事も織り込み済みだったようです」
「ただの嫌がらせが目的だってよ。コミタバは本当に祭りをぶち壊しに来ただけ。通りで襲撃が雑すぎるわけだ。デイパーマーも同一体だったし」
「相変わらずクソっすねコミタバは……何で今日まで息を顰めていたんだか」
ベネットは瞑目し、カインはソファの背もたれに身体を預けて息を吐いた。
オーハマーが首を傾げる。
「……あれ? 他には?」
「もうないぞ。情報はそれだけ」
「いやいやいや、嘘っすよね?」
「強いて挙げるなら、今までモノリスと定義付けてきたあの巨石はエネルの無限カバンと同じようなオーバーパーツと判明したぐらいです。死体操作のアノマリーを初めて発現した際に一緒に現れ出る物体とレアは唄ってました」
「後はスターへの復讐の動機、人質を取って実際にどう殺す予定だったかの聞き取り……コミタバはレアに対して情報をあまり与えていなかった。出オチの男の方が情報は持っていただろう」
「アノマリーの呪文使いっすからね。コミタバの主要メンバー。……でも首尾良く殺す事ができた。ただの嫌がらせのはずが戦力を失う結果になってコミタバは痛い目を見たと思うっす」
「それが今回唯一の良いニュースです。複数の死体アノマリーを所持していたみたいですし」
「ザマァねえよな」
「全くです」
若干溜飲を下げたカインが聞いた。
「街の様子は?」
「混乱はもう落ち着いたっす。元々デイパーマーが単独で暴れただけだから被害は最初の火炎竜巻がほとんど。……ただ死傷者達が全員民間人だったから、祭りの主催者である騎士団にクレームが大量に来てるっす」
「遺憾の意を表明するしかないな。……くそっ、スターに意識を割いていたのが逆手に取られた」
「そのクレームにはコミタバが関与してそうですね。文句を言うだけ言っての嫌がらせになりますし」
「……全員しょっぴいて尋問でもするか?」
「だから落ち着けっす!」
「それは現実的ではありません。ですがシンプルにムカつきますね」
「悪いのはコミタバだろ。入れるならコミタバにクレームを入れろっての」
話題は騎士団領域内で起こった襲撃、初めて確認されたコミタバ、テッカ・バウアーに移った。
カインが苛立たしげに頭を掻いて言った。
「テッカ・バウアーはコミタバだった」
「ええ、コミタバの黒コートを着てこれ見よがしの襲撃でした」
「私はデイパーマーの方だから見てないっすけど、テッカ・バウアーがいたんすよね?」
「ああ、エネルが描いた似顔絵と酷似していた。肉体収納化の呪文で死者達を二度繰り出して来たし、条件召喚生物"蟲王"の発現もして来やがった」
ぞぞぞ、と身体全体を強ばらせたオーハマーが呻いた。
「うげげ、虫の王様召喚生物。この世に現れ出た瞬間から悪性……!」
「複数の死者達も強力な呪文使いだったため鎮圧に時間が掛かりました。しかしそれでも数の暴力で追い詰めていったのですが……」
「テッカ・バウアーだけいつの間にか姿を眩ましやがった。奴だけ取り逃してしまった」
カインは歯噛みした。
本当にいつの間にか何処にも見当たらなくなったのだ。死者達を盾に活用し目線を切った一瞬の間に姿を消した。ステルスやワープ呪文ではないはずだ。それとも何らかのオーバーパーツか。
またキレられるのは嫌ったオーハマーが話題を変えた。
「それにしても、コミタバは何で洞窟破壊を目指してるんすかね?」
「むっ」
「復興初期段階ならまだ分かるんすよ。だって洞窟をシンボルにして人を集めてたし……だけど復興を成し遂げて世界の中心地なって制度とかシステムって言うんすか? 今更洞窟がなくなったって少し足を運ぶ人が減るぐらいで街そのものの動きがなくなるわけじゃないっすよね?」
オーハマーは再度確認して頷いた。
洞窟が破壊されても今まで培われてきた世界の中心地としての機能はなくならないはずだ。物流だって街の活気さだって、今更根付いているものが他所に行くとはあまり思えない。
なのにコミタバは洞窟の破壊を目論んでいる。今回も洞窟がある騎士団本部への襲撃だと聞いた。破壊しても騎士団の影響力はなくならないはずなのに。
コミタバはハゲが治る洞窟の何を知っているのか。オーハマーには分からなかった。
カインが言った。
「レアもそれについて言及していたな。今更どうしてって」
「そうなんすか?」
「ああ……で、ベネットならわけを知っているんじゃないかと口にした。ハゲが治る洞窟の守護者ならと」
「いや、それは自称のはずじゃ……そもそもハゲが治る洞窟の守護者とか頭おかしいし」
「そのリアクションが普通です。やはりハゲが治る洞窟の守護者など、意味不明で馬鹿みたいなものですから。まあだからこそ、今まで自称で通していたわけですが……」
カインとオーハマーの二人はベネットを見た。ベネットは窓の方に顔を向けたままの返しだった。
「おいベネット、尋問の後に教えるって言ってただろ。聞くだけ聞くから早く言ってくれ」
ベネットは顔を戻した。
「その前にスターとプラチナが先です。オーハマー、プラチナは今どのように?」
「メディカルチェックを受けた後別室に。エネルとニールが側に付いてるっす。……やっぱショックが大きくてプラチナは塞ぎ込むばかりっす」
「今回のプラチナは普通に足手纏いだったからな。つーか奇跡だろ。良く無事に生還したもんだあれ」
「ゾルダンディーの裏方もギリギリで間に合ったと言っていました。プラチナが殺される未来もあり得たかもしれませんね」
「貢献しようと頑張っていたのにな……コミタバのカス共が」
オーハマーが聞いた。
「で、スターは?」
「……スターの精神的ダメージは甚大です。元々あった悩みに加えて、探していたバルガスとネイトの死。それに身に覚えのない孤児院での凶行が一気にのしかかっています。現在墓地にて、私本体とヒカリが遠くから見守っています」
「……もはやクレアの生存だけが望みっすね。最後の彼女は一体何処にいるのやら」
「ああそうか、だからエネルが描いた似顔絵を眺めていたのか」
「そうっす。クレアについてちょっと気になる点を見つけて」
「気になる点?」
オーハマーはテーブルにあるスケッチブックを手に取り、色鉛筆で描かれたクレアの似顔絵を二人に見せた。
「誰かに似てる気がするんすよ。その誰が思い当たらなくて」
白髪の髪に碧眼の瞳。妙齢の女性。
似顔絵を眺めたカインが首を傾げた。
「似てるって誰にだよ?」
「思い当たらないって言ったじゃないすか。分かれば苦労しないっす」
「はぁ、期待させる事を言うなよ」
「んな事言われても」
嘆息したカインは改めてベネットを見た。
「それで? 守護者について話してくれ」
少しの間、黙考したベネットは顔を上げた。
「そろそろ伝えても良い頃合いですね。カインとオーハマーは復興を目指した付き合いですし。信頼ができる」
「……それじゃあ、自称じゃなくて本当にっすか?」
「ええ、ただ今はこの三人だけの話に留めてください。……私はアポロクロイツル。ベネット・ウォーリャーは私が第二の人生で付けた名前。私は自称ではなく正真正銘のハゲが治る洞窟の守護者なのです」
ベネットの声色はギャグではなく真剣そのものだ。
二人は真面目な話だと気を引き締めて聞き入った。
○○○
ハゲが治る洞窟がある街には広い墓地があった。
まるでそこだけが街から隔絶しているように物静かで儚げな土地が、騎士団領域外のすぐ近くに鎮座している。
中にある墓石の数は非常に多い。
洞窟が見つかる前から死んでいた者、見つかった後から死んだ者、復興を成し遂げる過程で死んだ者の墓が規則正しく整列している。
その中に一際大きく横に長い墓石があった。それは騎士団が一番最初に建てた墓石だった。
死んだ騎士団員と騎士団関係者の名前がそこに書き連ねられている。ビルとサニーの名前も。
そして今日、ネイト・ネッシーの名前が新たに刻まれる。
その墓石の前にスターは佇んでいた。ホムランから戻り詳細報告をベネットに任せてここに来た。
既に一時間はそこにいる。陽が傾き始め、吹く風が周囲の芝生や木々を揺らす。
「………………っ」
スターはアカムの軍属時代を思い出し胸が痛んだ。
当時は軍に入隊して半年を経て、ネイトの直属部隊に入れられた。部隊にはビルにバルガス、一度の顔合わせしかなかった裏方のジクルド、後から入ってきたサニーがいた。彼らとネイトと一緒に苦楽を共にした。
しかしジクルド以外はもういない。スターはこれからどう罪を償っていくのかの相談相手を失くしてしまった。
後に残る希望はクレアのみ。だが約五年間クレアは見つかっていない。今回のネイトの件から既に死んでいるのかもと考えてしまう。唐突に出てきたレアの件もある。
もう、どうしたら良いのか分からない。
「スター」
しばらく佇んでいるとヴァニラがやって来た。反応を示さないスターにヴァニラは淡々と告げた。
「ここにいたのね。少しだけ探してしまったわ」
「……………」
「今、私はイラついているの。これからあなたに八つ当たりをするから」
唐突な宣言にスターは顔だけをヴァニラに向けた。
「八つ当たり?」
「ええ、コミタバが途中で出してきた死者を覚えてる? あの中に私の母親がいたのよ」
「……アノマリー直前に出てきたヴァニラと同じ髪色の女性?」
「どうやら死体を回収されてたみたい。あなたと初めて出会ったあの場所でね」
当時はホムランから近い場所で、氷の呪文使いが暴れている情報をスターは得た。
ビルと一緒に現場に急行し森の中でヴァニラと遭遇した。
「でも、コミタバはぶっ殺せたしそれは割とどうでも良いの。……イラつく理由は別、私はあなたの辛気臭い顔を見るとイライラするのよ」
突如としてヴァニラが白銀の冷気を発生させたため、スターは目を剥いて驚愕した。
墓地の空間内に冷たい空気がばら撒かれる。
「ヴァニラ、何のつもりだ……!」
「何のつもり? 決まってるじゃない。私のアノマリーを街中にぶち込むのよ。腕を伸ばした先に街があるのが見えないの?」
周囲の冷気はヴァニラの左腕に収束し始めた。このままアノマリーが射出されたら、先程のホムランような絶対零度が街に猛威を振るってしまう。
「忘れてるかもしれないけど、私野良アノマリーだから。騎士団の味方というわけではない」
「ヴァニラ……!」
「なら気分次第で虐殺行動にも出る。当たり前の事でしょう? スター」
ヴァニラは空いた右手に黒の太い十字剣を発現し嘲るように笑った。
「墓石の数を増やしてあげる。無様に死んだビルみたいに大勢ね」
その言葉がスターの琴線に触れた。本来ならヴァニラの態度に疑問を抱き、発現ギリギリまで説得を試みる。
しかし今のスターには余裕がなかった。即座に肉体強化の剣を発現し、ヴァニラを取り押さえようと地を蹴り肉薄した。
そのスターの顎をヴァニラは殴り飛ばした。
カウンターの要領で十字剣の腹を用い、下から上へ掬い上げるように。




