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17-3 液体のアノマリー

 男の声だった。モノリスから聞こえてくる。


「ぷっ、くく……くふっ」


 最初に吹き出しすぐに声を押し殺して我慢する。しかし口からの空気がどうしても漏れてしまう。


「くくく……ぷっ、ぶはははははははははは!!!」


 結局堪え切れず感情のまま大笑いが始まった。本当に可笑しくてたまらない様子の声が辺りに響く。

 騎士団でもライネルでもない。突如として湧き出した笑い声に全員がモノリスを凝視した。


「はー、ウケるウケる。ダサいにも程があるだろ。くくっ」


 ひとしきり笑ったモノリスは感想を口にした。そしてすぐさま我に返った。


「…………やべ、ミスった」


 間髪入れずに死体ではなく黒の液体が大量に溢れ出してきた。瞬く間に騎士団を呑み込もうとする。

 しかし当然全員が即応して退避した。スターがレアを、ライネルがプラチナとエネルを抱え、ブロレジの障壁を経て近場の三角屋根を足場にする。


「この液体は……」


 更に距離を取りながらライネルが訝しんだ。視線をアカム出身の二人、スターとジクルドに向ける。

 ジクルドは鉄兜のため表情は窺えないが、スターは別の困惑と驚愕をはっきりと顔に滲ませていた。


 黒の液体の追尾は建物三軒分の距離で収まった。だが液体は引き続きモノリスから大量に溢れ出している。

 その量は大きな滝に匹敵する。このまま夥しい液体が流れ続けホムランを浸せば、都市全体が黒の液体浸しになってしまうのは目に見えていた。


 騎士団とライネルが漂う匂いに顔を顰めた。嗅いだ事のある独特な濃い香り。全員がこの液体は醤油だと思った。


「まさか……ネイト……っ!?」


 エネルの沈痛な驚愕声にモノリスが応えた。実際に巨石表面からスターとジクルド、ライネルが知る醤油を発現している死者が現れ出てきた。

 アカムの軍服を身に纏った年老いた女性。五年前の醤油特攻の際と同じ外見。のっぺらぼうの顔でも誰だか分かる。

 それは正しくアカムの液体のアノマリー、ネイト・ネッシーだった。


「スター、落ち着きなさい!! 勝手に前に出ては駄目!!」


 即座にヴァニラが叫んだ。すぐさまベネットがスターの動きを止めようとする。


「……………………いや」


 予想に反してスターはその場から動かなかった。レアを抱えたまま重い声を出すだけ。


「一周回って冷静になった。流石に、立て続けに色々な事が起こりすぎだ」


 だが……。スターは顔を歪めて心の底から悔やむ。


「そうか。ネイトさんは既に……」


 モノリスから新たな人物が出てきた。死者ではなくコミタバの黒コートを纏った生者。背中まで伸びた長い髪の男。横に佇むネイトより背が高い太陽の騎士団が把握していない敵。


「そういや、こうやって対面するのは初めてかあ?」

「お前ぇっ!!!」

「このゴミカスがぁっ!!!」


 姿を現し早々、モノリスの兵隊と化したネイトの頭をぶっ叩く。スターとエネルがブチギレた。


「はははは、おいおい怒るな手が滑っただけだ。たかが肉の塊だろ? 気にすんな」


 先にキレた二人だけではなく悲しみに暮れていたプラチナさえも憎悪した。このコミタバは頭のネジがぶっ飛んでいる。

 スターが歯を食いしばり口を開いた。


「……可能性はゼロではないと思ってはいたが、オーバーパーツではなく呪文か?」

「ああ当たり当たり。死体操作のアノマリーって所か。性質上正体がバレると絶対面倒だからオーバーパーツって事にしていたわけだ」

「……なら五年前、戦争で介入してきたのはお前の意志か?」


 コミタバの男は巨石から椅子を吐き出させ、腰を下ろして馬鹿にするように笑う。


「懐かしいな。戦場に民間人突っ込んでアカムの軍を襲わせて、排除された死体を操作しまたアカムの軍を襲わせる。くくっ、あれは実に良いショーだった」


 五年前の戦争でドバードが劣勢の時、空から民間人が降ってきた。

 彼らは身体を操られているらしく否応なしにアカムの兵士達に襲い掛かってくる。

 唐突な事態で他に方法がなく、やむを得ず彼らを排除すると今度は巨石モノリスが降ってきて死体を動かし始めた。

 その介入にドバードも好機と盛り返し、罪のない民間人を殺したアカム側の動揺も広がり戦線は後退した。

 結果、この馬鹿げた戦争の早期終結のため、ネイトが醤油特攻をドバードの首都へと仕掛ける羽目になってしまった。


 その特攻作戦にはバルガスにサニー、ビルも参加していた。

 つまり、少し先の屋上で嘲笑するコミタバが遠因で彼らは死んだとも言える。

 スターのレアを抱き抱える手に力が入った。


「……あまり時間がないようです」


 状況を把握しながら静かなブチギレを内心に秘めていたベネットが言った。


「見てください。発現され続けている醤油は流れずに水位を増しています」


 ネイトから溢れ出す醤油は徐々にその水位を増していた。本来ならば増水せず街の排水溝や壁外へ流れ出るはずが、既に周辺一帯の家々を浸水し始めている。


「アノマリーで発現した醤油です。操作されている。敵はこのまま水かさを増して我々を飲み込む腹積りかと」

「なら、私の出番ね。一掃の邪魔だから全員下がってなさい」

「いえ、その選択は悪手と思われます」


 ヴァニラの宣言に、敵から目を離さずのベネットが否定した。


「どうして? プラチナを取り戻せたし後は殺すだけじゃない?」

「コミタバはこの都市で待ち構えていました。アノマリーを発現できる死体を用意して。流石にネイト・ネッシーだけのばすがない。複数のアノマリー相手に単騎で殺し切れますか?」

「……ちっ」


 ヴァニラのアノマリーは二つの性質を持つ。そのどちらもが基本は単騎運用。標的近くに味方がいれば最大限の成果は出し難い。


「人質を奪還されたのに敵は撤退していない。ヴァニラ・コースキーを迎撃できる手段はあると考えるべきです。……それと醤油の中に死体を潜ませている可能性を留意してください。私が敵の立場ならそうします」


 依然コミタバは椅子に座ってこちらを眺めている。三軒分の建物の距離で様子を見ている感じだ。

 エーテルの問いにエネルが応じる。


「じゃあどうするの? このままじゃ醤油の海に溺れちゃうよ」

「エーテルはとりあえずテンに変わって。テンの火力が必要になるから」


 エーテルはテンに変わった。


「ボクっ娘より火力は高いですが燃費は悪い。それをお忘れなく」

「分かってる。今はその火力が必要」


 エネルはベネットに視線を移した。


「外の状況はどうなってる?」

「デイパーマーは既に鎮圧済み。ですが洞窟の方がまだ時間が掛かります。空いた人員を増援に向かわせていますが……ここに来るまでの要所にモノリスの兵隊が潜んでいて増援は間に合わないかと」

「分かった。どの道このメンツでぶっ殺すから増援はどうでも良い」

「エッ、エ……エネルちゃん!」


 未だ混乱冷めやらぬプラチナが口を挟んだ。たどたどしい言葉を発する様子をエネルはしっかりと観察した。


「わっわ、わたしも……私もアノマリー、だから何か、何か……」

「ライネル」


 エネルは顎で指示した。


「しゃーないから、やって」

「え?」

「……これは嫌われてしまうかもしれませんね」

「ここを乗り越えないと嫌われる事すらできない」

「ええ、その通りです。デュクシ」

「うっ!?」


 首トン呪文でプラチナは気絶させられた。

 明らかに今のプラチナは冷静さを失っていた。例えアノマリーの呪文使いでも、この状況下では足手纏いだった。


 プラチナとレアをベネットに任せる。痺れを切らしたヴァニラが言った。


「それで、いい加減教えなさい。もう建物一階全部が醤油に浸かってる。猶予はもうないわよ」

「私も手があるなら早急にお聞きしたい。私の事は使い捨てて構いませんので」

「いや、死体特効呪文とステルス、ショートワープは敵の注意を引けるからそれはない。ヴァニラのアノマリーとテンの火力と一緒に陽動してもらう。後はスターとわらわ、そしてジクルドで場を整える」


 スターは一歩前に出た。度重なる衝撃に困惑はしたが、確かに一周回って冷静になっている。

 スターは敵意を漲らせ言った。


「ヴァニラは場を整えた後のトドメを頼む。それまでは今から伝える指示に全員従ってくれ。ジクルド」

「ああ、分かってる」


 ジクルドもスターの隣に並んだ。

 エネルを含めて三人ともアノマリーではない。それなのにコミタバを倒すために場を整えるという。

 それは一体どのような方法なのか。三人以外には分からなかった。



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