16-2 復興祭 ①
「それで?」
「はい?」
「ちょっとした情報って何なの?」
「ああ、それですか」
シンシアに身支度を手伝ってもらい、部屋を出て食堂へ向かう。朝起きてからゴロゴロしていただけなので朝食はまだだった。
「面倒臭いのでまた今度にしましょう……ああっ、手刀を脇腹に突き刺すのは辞めてくださいクソガキ様っ……!」
「それで?」
脇腹をさすりつつ、くの字になった身体を戻したシンシアが言った。
「ベネット・ウォーリャーの件ですよ。どうせプラチナ様はこの先、ゾルダンディーには戻らないだろうし教えておくべきだと考えた次第です」
「ベネットの……秘密?」
「ええ、私は王様救出前にこう言いました。ハゲが治る洞窟に興味があると」
「そういや言ってたね……案内の最後に意味深な言葉を残して」
「守護者であるベネットに聞きたかったのです。何故洞窟が今更機能したのか、そして何故太陽の騎士団なんてものが組織できたのか。気になりましたから」
興味深げな視線を送るプラチナにシンシアは続けた。
「少し考えてみてください。太陽の騎士団の団員は、元を辿れば一般人。一部を除いて戦争の被災者達で構成されています」
「うん、ヒカリちゃんが言ってた」
「言い換えるのなら、それは烏合の衆です。しかし騎士団は協力し合って復興を成し遂げました」
「それは皆が頑張ったからで……」
「私にはそれが不思議で堪らなかったのです。人が大勢集まれば対立が生まれ、組織間には派閥が形成されるのは必然。だというのに太陽の騎士団は一枚岩。内心不平不満があるかもですが、誰もが騎士団の意向に素直に従って活動しています。しかも諜報班や科学班や医療班等の専門部署、本部以外には支部があり、裏方もいる……ただの烏合の衆がです。本来ならばこれらはあり得ない事、できた理由を守護者なら知っていると思いました」
プラチナは思わず歩みを止めた。
シンシアは真面目に伝えてくれている。嘘偽りはない。しかし先に確認したい事があった。
「さっきから……ベネットがハゲが治る洞窟の守護者みたいな口ぶりだけど、それは自称のはずじゃ?」
「違います。あれは自称ではなくガチモンの洞窟守護者なのです」
「ええっ!?」
「マジですよ。ガチのマジ、ガチマジです」
食堂へ向かう途中、二人は騎士団本部の一角の吹き抜け空間へと辿り着いた。
手すりに手を置いて階下を眺めると団員達が各々活動している。仕事がある者、仕事がない者。
当然ベネットの分身体も散見された。本当にいくつの分身体が騎士団本部や街にいるのだろうとプラチナは思う。
「丁度三体いますね。分身体が」
シンシアも隣に立ち階下を見下ろした。団員達は不規則に動き回っているが、警備担当だろう、三体のベネットの分身体はその場に留まり周囲の様子を眺めている。
不意に、その内の一体と目がこちらに気付いた。気さくに微笑んで手を振ってくれた。
シンシアが言った。
「さて、今からプラチナ様が実験をして守護者だと証明してもらいましょうか」
「いや私が? 証明ってどうやって……」
「簡単です。ハゲが治る洞窟に悪意を持ってください。ドス黒い悪意が良いですね。下にいる分身体を観察しながら」
シンシア曰く、守護者は洞窟への悪意を感知できるとの事だった。
プラチナはまさか、と思いながら心の中で洞窟への悪意を滲ませていく。洞窟なんていらない、ぶっ壊してやる。そんな感じの悪意を。
すると次の瞬間、階下のベネット達が一斉に振り向きこちらを仰ぎ見た。それはもう、首の動きは敵性に向けるが如く敵意に満ちた動作だった。
三体の分身体はこちらを凝視している。あまりの静かな剣幕にプラチナは一歩後退りした。先程気さくに手を振ってくれた温厚なベネットとは程遠い雰囲気が溢れ出ている。
「職務質問の時間です」
「うわっ!?」
意識を前方下に向きすぎていたため、プラチナは突如として後ろから聞こえた無機質な声に驚いてしまった。
それだけではなく、その声はたった今観察していた人物と同じ声。真剣な顔をした非モヒカン状態のベネットがいつの間にか背後に佇んでいた。
ベネットは丸眼鏡を右手で上げた。丁度光の加減で奥にある瞳は伺えない。手で顔を覆っているため表情も読めない。
下の二体の分身体もいつの間にか登って来ていたため、挟まれる形となった。
「まずは……二人は本物ですか?」
変わらず無機質な冷たい声色だった。
シンシアはプラチナの頭を少し強めにチョップし、その後首を取って胴体と分離した。
「この通り、変身呪文で化けてないプラチナ・アリエールとメイド人形のシンシアです」
「……わざわざ姿を現し、強めの悪意を持った理由は?」
「プラチナ様の今後のためです。どうせ祭りが終わっても騎士団にいるだろうし、守護者の事を伝えておいた方が良いと判断しました。……後、ガス抜きもあるか。祭りの後でと秘密にされて彼女はフラストレーションが溜まっていましたから」
「………………」
「………………」
シンシアは分離した頭を元に戻し、胴体にくっ付けた。首が離れている間も淀みなく会話できており、それは非人間の証。意図があって敵性ではないと言っている。
対してベネットは少しの間、プラチナとシンシアを色濃く警戒していた。油断なく見据えてすぐにでも動けるように臨戦体勢を取っていた。
やがてベネットは警戒を緩めて嘆息した。
「なるほど分かりました。プラチナために、ね」
「そうです。もう一度言いますが彼女のためにです」
「……ですがそれは意味のない行為です。私は騎士団の誰にも本物の守護者とは伝えていませんから。自称で通しています」
「えっ、マジですか?」
「ええ、マジです」
思わず、といった様子でシンシアは聞き返した。どうやら彼女には予想外の返答だったらしい。
ベネットがため息混じりに首を振る。
「だってハゲが治る洞窟の守護者って、意味不明で馬鹿みたいじゃないですか。洞窟が見つかる前の自己紹介でも、見つかった後も言う必要はないと考えるのが正常です」
「……確かにその通りですね。頭おかしいと捉えられるのが当たり前。錯乱を疑われ発言力の低下。復興するのによろしくない。……騎士団上層部くらいは把握していると判断した私のミスですね」
シンシアはプラチナに向き直り手を振った。
「プラチナ様、一連の話は全部嘘です。忘れてください」
「いやいやいや、それは無理だよシンシア」
「ちなみに何処まで話したのですか?」
「守護者だという話までです」
「そうですか……」
ベネットはプラチナに頭を下げた。
「プラチナ、この事はどうか内密でお願いします。私が守護者という情報はタイミングを見計らって話す予定なのです」
「ベネット、頭を上げてください。誰にも言いませんから。そもそもシンシアのせいですし……!」
ベネットの態度は真剣だ。本当に守護者と知られるのを嫌がっている。
タイミングの内容を知りたくもあるが、日頃から世話になっているのでプラチナは欲求をすぐにかき消し、慌てながら言葉を返した。
「それでは、私はこれで」
用は済んだベネットは踵を返してその場を後にした。登ってきていた二体も元の位置へと戻っていった。
プラチナは一安心して息を吐いた後、シンシアの横腹をつねった。
「おおうっ!? 分かってます、今回は流石に私が悪かったです」
「全くもう。私のためを思っては嬉しいんだけどね」
「ですが裏目に出てしまった。反省をしなければ……さて、朝食を取りましょうか。食べ歩きをするので軽くになりますが」
「食べ歩きかぁ……なら食べないでそのまま祭りに出ても良いかも」
「いえ、その前に寄る所があるので少しだけ腹に入れといてください」
「寄る所?」
「資金集め……ギャンブルをやりに行きます」
○○○
『お前らーっ! 賭けの準備はよろしいかーっ!!』
「「「「「うぉおおおおおおおおお!!!」」」」」
『ハゲが治る洞窟優先権も対象になってるぞーっ!』
「「「「「うぉおおおおおおおおお!!!」」」」」
楕円形の競技場はハイテンションな熱気に包まれていた。カインのマイク音声に観客席からの唸り声が呼応し鼓膜を揺らす。
プラチナは競技場内にあるボックス席、一般座席と隔てられたテーブル付きの特別席から雪合戦の光景を観戦していた。
復興祭の出し物の一つ、ギャンブル。
街の区切られた一画が賭博エリアになっており、スロットやカードができるカジノ施設がある。
施設には競技場があって、中で行われてる雪合戦も賭け事の対象になっていた。どちらのチームが勝ったのか、誰が勝利のMVPか、勝つまでに何人落とされたのか、負けた方も同様に、決着のタイムは、その他諸々。
それら予想項目全てを的中した者に『転売可能のハゲが治る洞窟優先権』を進呈されるらしく、それはもう観客達は莫大な利益を得るために、試合の行方を一喜一憂の大騒ぎで見守る状態だった。
プラチナは頭を抱えた。一緒にいるシンシアが応じる。
「お祭り、どこ……? 皆でワイワイできて食べ物があって色んなものが見れるお祭りは?」
「これもお祭りでは? 観客全員がワイワイヒートアップして百面相が鑑賞できる。食べ物は売店で買える」
「そうだけどそうじゃない……これは私が想像するお祭りとは全然違うよ」
「まあ言いたい事は分かっています。それはもう少々だけお待ちください」
かれこれ一時間はここにいる。
勝ちすぎは良くないとの事で、少額中額の負けを程々入れてシンシアは成果を上げていた。まるで結果が分かってるようだった。
「そもそもシンシア、お金持って来てないの? メイド業務の給料とか」
「給金は出てますし多少持って来てはいます。ただ今後の事を考えると金を集めておきたいのです。祭りが終わればゾルダンディーと騎士団と合同で、本格的に活動する機会が増えるでしょうから」
シンシアは目線と顎で試合を見るように促した。
「訓練もこれまでと違い過激に、実戦を想定したものに変わります。今やってる雪合戦のように戦略性を含んで」
「え、どういう事?」
「プラチナ様がスピカとジョズと組んで訓練で敵を無力化したり、騎士団の誰かと連携して模擬戦で実際に相手と戦ったり、対召喚生物戦を行ったり」
「それは私が……呪文を使って?」
「そうです。スター・スタイリッシュとの模擬戦闘もやる事になるでしょう。対剣の呪文使いの訓練として」
今までプラチナは誰とも連携はしていない。それはアノマリーと判明したのが最近で、自身の方針が定まってなかったからだ。
しかしプラチナは自分がどうしたいのかを、付与のアノマリーを鍛えて太陽の騎士団の敵と戦うと決めた。
ならば今後は一人で戦う他にも連携も重視しなければならない。ウイタレンでのヒカリとオーハマーのような即興の連携ができるように。訓練でそれは培われていく。
プラチナはぽつりと呟いた。
「そうだよね。私はこれから皆のように戦って……」
「イメージが湧きませんか?」
「うん、実際に呪文を唱えて戦っていく姿は正直ちょっと……湧かないね」
「まあ今は祭りを楽しめば良いのです。次の一戦で八百長も終わるのでパンフレットでも眺めててください」
と言ったシンシアはテーブルの上に複数の紙を束ねた小冊子を置いた。水色の模様を基調とした騎士団発行の復興祭パンフレット。
プラチナはそういえばまだ見てないな、と思いパンフレットを手に取った。
「えっ、八百長?」
プラチナが聞き返した瞬間、カインの新たな実況が競技場内に響き渡る。
『ベータブロック決勝戦の時間だぁーっ!!』
「「「「「うぉおおおおおおおおお!!!」」」」」
『でもその前にレスティア王の紹介だぁーっ!!』
「「「「うぉおおおおおおおおお!?!?!?!?」」」」
突然の話題転換に観客達も熱狂から困惑へと移り変わった。プラチナも父が話に出て、思わず実況席方面に視線を巡らせる。
本当に父レスティアはカインの横に着席していた。プラチナは呆けた顔で成り行きを見守った。
『それではレスティア王、御言葉をよろしく』
『あーはい、まさかカイン・アンダーソンとも対面する日が来るとは……』
『御宅は良いから早く盛り上げてどうぞ』
『おおう、超不敬。まあ祭りだし多少はね……』
話は太陽の騎士団とゾルダンディーと同盟関係が正式に公言される内容だった。ここまで来る途中で、ゾルダンディーの軍人が警備に当たっていた理由をプラチナは理解した。
そしてそれは、ゾルダンディー側もハゲが治る洞窟を利用できる事を示していた。
『てなわけでゾルダンディーの利益になる成果を上げれば、洞窟優先権を下賜するぞぉーっ!!』
「「「「「うぉおおおおおおおおお!!!」」」」」
『犯罪組織コミタバの壊滅や有力情報の提供も該当するぞぉーっ!!』
「「「「「うぉおおおおおおおおお!!!」」」」」
『それでは、決勝戦まで勝ち進んだ選手の入場です!!』
多分、戦争から五年経過した久しぶりのお祭りだから、皆はこんなにも熱狂している部分があるんだなとプラチナは思った。
シンシアが入場している選手達を見ながら言った。
「ほら、あれがこのブロックの八百長内容です」
「両チームとも太陽の騎士団……!」
整列して睨み合ってる計二十人は全員が騎士団員だった。ベネットのモヒカン分身複数やエーテルもゼッケンを上に着て参戦していた。
カインの解説が聞こえる。
『えー、盛り上げ要員として参加した騎士団チームですが……強すぎて決勝まで来てしまったようです。これは仕方がない。うん』
『うわぁ……』
『どうした王様、絶句して?』
『そりゃ絶句もするだろこれ……いざ目にするとなぁ』
プラチナも何となく八百長の内容を理解した。彼らは事前に打ち合わせをしているのだ。決着の仕方を。
そしてそれを把握しているシンシアは、一部分を当てて金銭を得る。おそらく関係者以外に察している者はいないだろう。
プラチナはドン引きしながら涼しい顔をしたシンシアを見た。
「良いの、これ?」
「勿論。そもそもギャンブルというのは胴元が勝つようにできているのですから。勉強になりましたね」
「うわぁ……」
「まあ全額真面目に活用されるので安心してください。太陽の騎士団は中抜きなどしないでしょうし」
「うーん」
「これで私はリッチになります。この試合が終わり次第、換金して旨い物でも食べ歩きしましょう」
『それでは、試合開始ーっ!!』
カインの宣言で雪合戦決勝が始まった。
まあ騎士団側もリスクは承知のはずだし、多分大丈夫だろう。祭りの運営には関与していないのだから口出しは無用だ。
「街中の簡単な地図とお祭りのスケジュール……あ、召喚生物の写真展覧会とかもあるんだ」
プラチナは試合が終わるまで、パンフレットを見て祭りの行動計画を立てる事にした。




