16-1 アルマンを忘れていたプラチナ
そして、太陽の騎士団主催の復興祭が開幕した。
朝の澄んだ青空にドンッ、ドンッ、ドンッ、と少し離れた街で号砲が打ち上げられた。
続けて、開幕を告げるラッパの音色がリズムカルに鳴り響き、祭りを待ち侘びた人々がガヤガヤと入場していく。
そんな喧騒が騎士団本部にも届き、それは自室のベッドでゴロゴロしていたプラチナにも聞こえていた。
「お祭り……始まったんだ」
耳を傾け呟いて寝転ぶ。既に目を覚ましているが寝巻き姿のままでイマイチ気分が上がらない。ニールの呪文訓練での疲労も僅かに残っているが、祭りを堪能したいという気持ちが湧いてこないのだ。
「楽しみにしていたのに……」
何処か他人事のようにまた呟いた。
ウイタレンで起きた予想外任務のお詫びと、祭りを楽しんでもらいたいとして騎士団が休暇を与えてくれたにゴロゴロしている。少し前までは普通に楽しみにしていたのに、何となく気怠い。
「まあ、理由は分かっているけど」
プラチナはうつ伏せになって枕に顔をうずめた。脱力してベッドに身体を預けようとする。
きっと、祭りより気になる事があるからこんなありさまなのだ。
祭りの終了後に伝えられる話とスターの心配。この二つがどうしても頭から離れない。
多分、事前通告の様子からして面白いとか楽しい内容ではないはずだ。付与のアノマリーを今後も使用するかの確認をしてきたし、父が関係すると言っていた。ならば早く伝えてもらいたい。
どちらかといえば自分は、悪い話と良い話どっちを先に聞く? と言われれば悪い話を優先するタイプなのだ。嫌な事は先に済ませて楽しい事に集中するのが一番だと思う。
そしてスターの様子が心配だ。
駆除任務後のスターはずっと自室に篭りっぱなしになった。おそらく作業に没頭して落ち込んでる気持ちを追いやろうとしているのだろう。
だがそれは健全ではない。篭りっぱなしの日々は身体に良くない。自分だけが祭りを堪能する気にはなれないのは、そこが一番占めている。スターの力になると決めたのだから。
しかし元気付ける方法が思いつかなかった。作業の手伝いをしようと申し出ても、今までスターの部屋に入室できたのに拒否されるようになった。困惑に疑問、自分の不甲斐なさが身体に去来してくる。
というわけでプラチナは気怠い感じでゴロゴロしていた。何処からともなく出るため息が、口からこぼれ落ちる。
「プラチナ様、起きていますか?」
その時、部屋の扉がノックされた。返事をするとシンシアが入ってきた。
「うっわ、だらしない。何ですかそのグータラさは」
「シンシア……」
「今日はお祭り当日です。早く街に繰り出しましょう。私も同行します」
「……行かないよ。やる気が出ないし」
横になっていたプラチナは寝転がって背を向けた。シンシアは何かを思い出した顔をした後、腰に手を当てて言った。
「どうして行かないのです? あなたの性格からして祭りは楽しみにしていたのでしょうに」
「楽しみにはしてたけど……それよりも気になる事があって」
「気になる事?」
「祭りの後に伝えられる内容は何なのかって」
丁度良いし、交渉してみようと考えプラチナは上体を起こした。拒否されたらそれはそれで仕方がない。
「ねえ、シンシア。先に教えてよ。私に何を知らせるの?」
「……それは答えられません。ゾルダンディーと太陽の騎士団との協議で『後で』と決定しましたから」
「そっか」
「ですが代わりに、ちょっとした情報なら提供できます。それで我慢してください」
「それってどんな情報?」
「祭りに赴くなら教えます」
「じゃあ、良いや」
断られたプラチナはばふんっ、と上体を倒した。そのまま毛布を全身に被りまたベッドの上でのグータラに戻った。
シンシアが毛布を引き剥がしに掛かる。
「このクソガキ、普段猫被った真面目さは何処行ったんですか。せっかくの祭り、見て回らない選択肢はないでしょうに……! 剥がせない、これは肉体強化か……!」
「呪文で力込めてるから無理だよ。便利な呪文だよね、これ」
「やはりオリビアの娘ですね、このずうずうしさはっ……そもそも日常で肉体強化呪文を発現すんな。感覚のズレが生じるでしょうがっ」
散々引き剥がそうと奮闘していたシンシアは諦めた。嘆息してから諭すように言葉を続ける。
「今回の休暇は駆除任務のお詫びよりかは、祭りを楽しんでもらいたいという願いの方が大きいのです。レスティア王も騎士団も……幽閉された後、イビスの田舎にいたクソガキ様に祭りを堪能してもらいたく」
「それは、嬉しいけど……今はそんな気分じゃないんだよ」
「そしてこれはアルマンの願いでもあります」
「アルマンの……?」
「彼は死の間際に言っていたのでしょう? プラチナ様の幸せを願っていると」
「あっ……」
そこでプラチナは言葉に詰まった。思考に空白ができた状態で身体を起こし、被っていた毛布がするりと床に落ちる。
呆然としたプラチナにシンシアは首を傾げた。
「何です? 急に呆けて」
プラチナは後ろめたい感情そのままで言った。
「今の今までアルマンの事、忘れてた」
「ほう」
「……忘れてたわけじゃないけど、言われるまで頭に思い浮かべる事すらしていなかった」
「そうなんですか」
「あんなに私のために尽くしてくれたのに……」
罪悪感で押し潰されそうになる。
幽閉されていた頃から度々付き添ってくれて、裏方を引退したのに最期まで想ってくれて、無知な自分を守り抜いてくれた従者だが祖父のような人物。
そのアルマンを自分は忘れていた。付与のアノマリーだったとか、これからのスタンスを考えていたなんて言い訳にはならない。
恩人を知らんぷり。自分が嫌になる。
「酷い奴だ……本当に最低」
「? 客観的には最低かもしれませんが、アルマン的にはどうでも良いのでは?」
「えっ」
予想外の返しにプラチナは顔を上げた。
「いやだって、私もアルマンの人となりを知ってますし……笑って気にするな、と言うんじゃありませんか?」
「そうかもしれないけど……」
「なら良いじゃないですか。気にすんな。彼を想うのなら楽しい体験をして幸せな時間を過ごせば良いのです。プラチナ様が祭りなんてクッソどうでも良い猿の運動会というのなら話は別ですが」
「いや、それはないよ」
アルマンは自分の幸せを願って逝った。祭りは世界の中心地で開催される大規模な催し。それを楽しむのは、きっと自分にとって心躍る幸せな時間になる。
(お祭りに行くのがアルマンの供養になるのかな?)
彼の遺骨はデュラハンと意志のある家が持っていってしまった。何かを供えるなんて事はできない。この世を去ったアルマンが少しでも喜んでくれるのなら……。
プラチナはベッドから降りた。寝巻きを脱いで団服に着替えようとする。
「む、外に出ます?」
「うん。お祭り、見て回るよ」
「分かりました。では久しぶりに身支度を手伝ってあげますか」
「うん。シンシア、ありがとう」
「ええ、存分に恩に着てください」
祭りの後に伝えられる事も気になるけど、スターを心配する気持ちもあるけれど、今はアルマンの供養をする事にした。
それに日頃お世話になっている人達がいるのだ。僅かながら気持ちとして街中で何かプレゼントを買おう。
スターにエネル。太陽の騎士団。それに父へと話のきっかけとして。
プラチナはシンシアと一緒に祭りに出る準備を始めた。




