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15-2 ヴァニラのツンデレ ①

 太陽の騎士団本部にあるスターの部屋だった。二つのソファーが向かい合いテーブルがその間に挟まれ、すぐ近くには暖炉が備え付けられていた。

 暖炉の炎は元気よく燃え盛り、二階への階段付きの小さな図書館のような室内を暖めている。

 出入り口の他に一つだけ扉があった。その先は寝室。スターは長い間使用していない。


「おはよう、ヒカリ」


 挨拶してスターは上体を起こした。胸元にこびりついていた召喚生物イーブックを、持ち主であるヒカリに手渡しヒカリが本棚に放る。

 無造作な投擲だが扱いは慣れたもの。しかし今回のイーブックは回転しながら本棚の隙間へと収まる事なく、カーブを描いてスターの顔面へと戻ってきた。


「ぐえっ」

「離れたくないって」


 この召喚生物もヤマチ達と同様、スターに好意的でこの部屋の番本を務めていた。


「………………」


 まだ半覚醒の状態でイーブックを頭に乗せ、テーブルの上に散らばる資料を眺めた。暗号化された何らかの軍事書類。

 戦後は残存する殺傷力の高い武器兵器の廃棄が騎士団の目的の一つだった。これから平和な世の中になるのだからそんな物はいらない。

 復興を成し遂げた功績をたてに、収集を行い解読をして現地に赴き地雷や不発弾を含む撤去・廃棄作業を任務として今までやってきた。それはこれからも続く。


「コーヒーとか、飲む?」

「……うん、飲む」

「待ってて。美味しいの淹れてくるから」


 パタパタとヒカリが部屋を出て近くの給湯室に向かった。

 クレアとネイト。この二人の足取りは未だ掴めていない。各地を巡って様々な情報を集めているが成果はなし。

 確かな実力者だった二人が今何処にいるのかとスターは思う。生きていてほしい。


「……何をやってるんだ、二人とも」


 そこでスターは気が付いた。視線を上に向け怪訝な表情を浮かべる。

 この部屋にはヒカリの他にも騎士団員がいた。この資料部屋と化した空間に入れる二人の人物。ベネットとカインだった。


「ふっ、質問を質問で返して悪いが何をしているように見える?」

「寝起きにおっさん二人が縛られてて申し訳ありません。ですが趣味とかじゃないので」

「いやうん、それはそうだろ」

 

 カインはキメ顔でベネットはぷらんぷらんさせながら答えた。二人は天井から吊るされた縄で拘束されていた。ぐるぐると巻かされ身動きが取れそうにない。

 しかし両人ともに危機感はなかった。緩和した空気の中でカインが言った。


「ツンデレの一環だな。これは……」

「ツンデレ?」

「お客さん、お触りは厳禁ですよって二人で冗談を口にしたんだが……元々イライラしていたから問答無用でこうなってしまった」


 ぷらんぷらんを止めたベネットが相槌を打つ。


「最近は上機嫌だったんですがほら、今はスターが落ち込んでいるので半年前の行方不明時の口数が少ない状態なのです。怖くて恐ろしくて、気持ちは理解できますが正直難儀ですよね、ツンデレは」

「それなぁ、ツンデレってほんと面倒くせー。いや属性として一定の需要はあるだろうし、そういうのは全然良いんだが、俺の趣味じゃない。幼馴染系昔遠くに引っ越して疎遠になり大学で再開する系女子を早急に出してくれ。ハイスクールでも可」

「カイン元裏方じゃないですか。子供の頃から裏方なのに幼馴染系……? 何故そのような嗜好に? 後系を二回言ってますよ」

「幼馴染が存在しないからこそ、体験した事がないからこそ恋憧れる。そういう感覚は誰にでもあると思うんだよ」

「体験した事がないから……ふむふむ、守護者の私でも理解ができそうです」

「お前の守護者って自称じゃん」

「悪い、何を言ってるのか分からない……」


 意味不明でスターが首を傾げていると、寝室に繋がる扉が開いてヴァニラが現れた。起きたスターを見るなりおっさん二人に目もくれず、スタスタと眼前まで歩いて覗き込んでくる。


「スター、起きたのね」

「ん、ああ……いや何で寝室から出てき」


 スターが言い終わる前にヴァニラは右手を伸ばし、眉間を人差し指と親指で引っ張るように摘んだ。


「ヴァニラ?」

「…………」

「その、痛いんだが」

「私は私のやりたいようにやってるだけ。指図しないで」


 ひとしきりスターの眉間の皮を伸ばしたヴァニラは手を離した。軽く息を吐いて向かい側のソファーに座る。


「それで?」

「ん?」

「いい加減教えなさいよ。あなたが気落ちしている理由を」

「気落ちなんてしていないが」

「イライラするのよ。あなたの辛気臭い顔を見ると。私の精神衛生上のためにさっさと言いなさい」


 唐突で意味が全く分からず、ぽかんとしているスターにヴァニラは舌打ちをした。


「バルガス・ストライクの事じゃなくて、五年前から続いている事よ。ハゲが治る洞窟とかいうわけの分からない物で復興を成し遂げたのに、あなたは当時から眉間に皺を寄せるばかり。それが気に入らないって言ってるの」

「…………」

「退屈だし暇だから相談に乗ってあげる。後サニーって誰……」

「その事に関しては話せないよ。ヴァニラは部外者だし」


 ヤマチが扉を開けて、五個のカップをお盆に乗せたヒカリが戻ってきた。湯気昇るコーヒーを受け取ったヴァニラがムッとして睨む。


「私は部外者じゃないでしょ。今まで騎士団に貢献してきたの忘れたの?」

「訂正すると部外者じゃなく協力者だね。言っちゃ悪いけど、あくまで外部の存在。だってヴァニラは過去に……」


『私がいる場所にこの建物が建ってるのよ。使ってあげてるんだから光栄に思いなさい』


「って言って勝手に居着いただけし。団服も着ないし。太陽の騎士団に何故かいる野良アノマリーって感じの人だよ。ヴァニラは」

「……え、そういう扱いなの私?」

「そうだよ、だから話せない。協力してくれているのは物凄く助かっているし、信頼はしてるけどね」


 吊られて縛られた状態の二人が口を挟む。


「日頃の行いって大事ですよね。ツンデレのアノマリーさん」

「ほんそれツンデレのアノマリー。ぶっちゃけ、この資料部屋に入れてるのも特例だからな。ヴァニラ・コースキーが入れるのではなく俺らが入れてやってるだけ。騎士団初期メンバー以外は普通に入室禁止だし」

「フロスト。フロスト」

「ぶべらっ!?」

「あべしっ!?」


 カインとベネットの顔面に氷塊を当てたヴァニラは、顔を顰めて質問を変えた。ヒカリはスターの隣に腰を下ろした。


「別にそんな事はどうでも良いのよ。聞きたくもない情報を寄越しやがって、ふざけないでもらえる?」

「えぇ……先に質問したのはヴァニラの方じゃん」

「黙りなさいヒカリ。私が聞きたいのは別……クレアとネイト・ネッシーについて具体的に教えなさい。この五年間探しているのでしょう?」


 ヴァニラ以外の全員が顔を見合わせて、ヒカリが返した。


「それ、誰に聞いたの?」

「ニールのアホを絞ったら答えてくれたわ。夏に氷を発現しないって口にしたら逡巡して」

「それって無理矢理かぁ。どうする、おじさん二人?」

「スター次第だろ。が、個人的には教えても良いとは思う。そのくらいの信用度はあるし」

「同意です。スターに任せます」


 スターは少し考えてから応えた。


「……まあ隠すほどじゃないか。カイン、頼む」

「ん、分かった。元裏方だし客観的には俺が伝えるのが適任か。……まあベクトルは違えど知っている奴は知っている。それぐらい有名だった。それがクレアとネイト・ネッシーの二人って感じだな」


 ネイト・ネッシーはアカム国のアノマリーだった。

 軍に所属していた高齢の彼女の呪文は液体のアノマリー。あらゆる液体を発現して自在に操る事ができる。水、熱湯、マグマに硫酸、ヨーグルトに燃料など多種多量。

 中でもよく発現するのは醤油だった。戦闘の際には醤油の塊に敵を溺れさせたり、醤油で作成した分身体を用いて戦況を優位に進める。破壊された分身体は醤油に戻り最後の手段として相手の口の中に潜り込もうとする。

 そのためアカムを警戒する国々では、醤油ババアとしてネイトは恐れられていた。


 カインが裏方の頃を思い出して、うんうんと頷く。


「一回だけ分身体と交戦した経験があるが強敵だったな。本体より弱いはずなのに醤油まみれにされたし、味方の死因が醤油ってお前って思ったわ」

「カインの感想なんて要らないわよ。クレアの方は?」

「おおう超辛辣……で、クレアの方は善人として知られていた。アカムに在籍していた年齢不詳の孤児院運営者。おそらく百年以上、身寄りのない子供を大人になるまで育て上げた偉人。謎に包まれた存在」

「……百年以上? ネイトと同じ高齢なのね」

「いや、その外見は若々しかった。おそらく何ならの呪文やアノマリーで老化を抑制していたと考えられていた」


 一体いつから、クレアがその活動をしていたのかは定かではない。ただ長年孤児を引き取り成長させ、世に送り出したのは確かだった。

 しかし百年というのは流石に長すぎた。年を経てもその外見は二十代後半の女性のまま。アノマリーを含む呪文か何かで老化をしていないとされたため、老化を望まない者達によってのトラブルが少なからずあったのだ。


「孤児達に思想を植え付け自分のために利用する気配はなし。俺らが調べた限りじゃ本当に普通の孤児院運営者で、育てた孤児を世に送り出していた善人。ただそのありようからアノマリーの呪文使いではないかと疑問視されていた。アカムとのいざこざもあったと聞く」

「騎士団的にもクレアとネイトの行方を捜索していました。二人とも強力な呪文使いとされていましたし、仲間に迎えられれば信頼できる戦力になるので」

「……で、その二人が未だ見つからないわけね」


 カインの説明を聞き終えたヴァニラが視線を移した。スターは両手に持ったカップに目を落とした。


「ああ」

「手掛かりは何もないの?」

「ない。アカムとドバードの戦争終結のため、ネイトさんはドバードの首都に醤油特攻を仕掛けたのを最後に行方不明になった。……ビルがそう言ってたから確かなはずだ」


 ビルはスターの友達。アカムの軍属時代からの付き合い。既に死亡している。


「クレアさんについても今何処にいるか分からない。……生きていてほしいと思うと同時に、彼女には聞きたい事がある」

「……それって?」

「ビル曰く、五年前孤児院にいた皆は死んでいた。俺以外の全員が刃物か何かで斬られて息絶えていたらしい。中には爆発に巻き込まれた火傷の跡もあったと」


 予想外の言葉でヴァニラは息を詰まらせた。


「なに、それ、どういう事? 誰かに殺されたの?」

「分からない。それに俺は何故か軍施設ではなく目を覚ますと孤児院のすぐ外にいたんだ。あの時高熱で倒れてしまった俺を、どうやらクレアさんが軍から無理矢理連れ帰ったと……これもビルから聞いた」

「意味が分からないわね。どんな理由があってそのクレアってのが……」

「大人の死体は見当たらなかったらしい。彼女は何かしら知っているはず。だから」

「探しているってわけね。生存してほしいと思う理由の他に、クレアに関しては聞きたい事があるから」

「そうなる」


 スターは頷いた。ヴァニラは手に持ったカップを一気に飲み干した。


「クレアとネイトの人相はどんな感じなの?」

「どんな感じ……二人の似顔絵はエネルのスケッチブックを見た方が早いな」

「なら、駄剣に見せてもらえば良いわね。まあ暇だから二人の捜索を手伝ってあげる。それじゃ」


 そうしてヴァニラはソファーから立ち上がり、すぐさま部屋を出ていった。

 カインが嘆息して強風が過ぎ去った後の景色を見るように口を開いた。


「……ぷりっぷりの海老か何かか、あれ? 探す当てもないのに飛び出してツンデレにもほどがあるだろ。素直に手伝うって言えば良いのにぷりぷり」

「見事なツンデレでしたね。最初はツンドラかと思いきや変化球で最後には直球ツンデレストレートとは。おみそれしましたぷりぷり」

「語尾が変になってるぞ二人とも……」


 困惑しているスターにヒカリが言った。


「念のため言っとくけど、ヴァニラはスターを心配してるんだよ。嫌がらせとかではないよ絶対」

「うん、それは分かってるよ」

「……それとちょっと詰め込みすぎ。これからも平和を願ってのお祭りがあるんだから、暗い感じは良くない」

「うん……それも分かってる」


 そこでスターは少々考え込んだ。

 前にも、少し前にも今吊られているベネットとカインにも同じ事を言われた。どうやら自分は根を詰めすぎていると。

 それで騎士団に迷惑を掛けているのは反省した。確かに祭りなのに辛気臭い顔をしているわけにはいかない。


「祭り、か……」


 だが祭りを楽しむ資格があるのかと思ってしまう。そう思える二つの理由が自分にはあるのだ。


 それはスター・スタイリッシュが孤児院の家族を虐殺したかもしれないという錯覚だった。この五年間度々そのような夢を見てしまう。発現した通常の剣と爆裂剣を使って次々に殺していく。

 無論それは夢で実際には自分は殺してはいないはずだ。夢は夢で実際に殺した記憶は存在しない。当時の暴徒の方がよっぽど可能性は高い。

 しかし同じような夢を何度も見ると、それは現実のように思えてくる。高熱でうなされていた自分が錯乱して看病をしてくれていた家族を切り刻んだと錯覚してしまう。

 それにサニーの死因になった傷跡も気になった。彼女は鋭利な刃物で突き刺されてこの世を去った。心臓を正確に一突きだ。

 自分は剣の呪文を発現できる。その種類は様々で剣の刀身を伸ばして刺殺する事が可能だ。もしや本当に自分が虐殺して……。

 そう考えると気分が悪くなった。頭がガンガン鳴って吐き気がする。二つ目の理由は……。



 そこまで思考してスターは首を振った。

 そんなわけがないのだから、考えても無駄だ。今まで集めた資料の暗号解読に勤しんで余計な事を頭から追いやれば良い。

 スターはコーヒーの残りを飲み干して、テーブルに置かれた資料を手に取った。


 その姿を、根を詰めすぎと心配している三人がため息混じりに見つめていた。勿論ヤマチも。

 スターはその視線に気付かないまま作業を続けた。


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