14-2 夜が明けて
「それではプラチナ、お手を拝借」
「はい……全快、するんですよね?」
「そうです、私は時間のアノマリー。瞬時の回復が可能ですから」
騎士団支部の支部長室でのやり取りだった。プラチナは徹夜明けのヘトヘトな状態で、分身体のベネットが呪文を発現するのを待った。
刹那、疲れ切っていた身体が万全な状態に変わった。まるでぐっすり睡眠を取って朝の起床から一時間経った体力満タン時のように力が漲ってくる。
これがベネットのアノマリー。何て凄まじい呪文なのだろうとプラチナは思った。同時に何故この凄い呪文の発現者が、ハゲが治る洞窟の守護者を自称しているのかとも思った。
ベネット・ウォーリャーは時間のアノマリーである。しかしそれは、便宜上そう言われているだけで時を巻き戻したり進めたりはできない。
だがそれ以外なら結構できる。人を若返らせたり老化させたり、物体のスピードを遅くしたり早めたり、死んでいなければ対象の肉体を万全に怪我一つない状態に戻せる。無論ベネット本人や消滅間際の分身体にも。
スターとジクルドの腕もベネットが元通りにした。夜通しで行われた悪性達への警戒で疲労が蓄積していた支部団員も同様に回復した。
しかしそれは騎士団限定で、ウイタレンの住民には発現する事はない。ベネット自身、アノマリーの呪文をどのように駆使するかの線引きはしっかりしていた。
「終わりましたが身体の状態は? 何処か変な感じはしませんか?」
「全然大丈夫です。疲れて重かった身体がこんなにも軽くなるなんて。凄いアノマリーですね」
「……ええ、死んでいなければ元に戻せますから。死んでいなければ」
ベネットは普通だった声のトーンを若干落としたようだった。プラチナがどうしたのかと首を傾げると瞑目してから話題を逸らした。
「まあ凄いのはプラチナも同じですよ。報告によれば、太陽の騎士団はプラチナがいなければ敗れ去っていた。それほどまでにペロイセンは強敵でした」
「それはペロイセンがすり抜けをできて……」
「騎士団のアノマリーすらも回避できると豪語した。しかもすり抜けを応用した破壊もしてくる。今回の任務は運が良かった面もあると言えるでしょう」
大平原にある待ち伏せされた豪邸には、地下遺跡に繋がる隠し通路があった。通路は大きくコモドドラゴン原種の巨体でも、複数のメタルサソリでも楽々出入り可能だ。
カーモン・ハワードに成りすましていたペロイセンは、悪性達に指示を出して地下経由で待ち伏せをしていた。
仮にペロイセンが駆除任務の時に悪性達と一緒に、または街中で地下に落とされた直後に襲撃していれば、殺されていたかもしれない。主導権は向こうにあったのだから。
その他諸々の、変身能力などの条件を含めても確かに運が良かったとプラチナも同意した。
「回復は終わりましたか? 守護者とプラチナ様」
その時、支部長室の扉を開けシンシアが入って来た。前に別れた時と同じ紫色の髪にメイド服姿、祭りのヘルプ要員としてゾルダンディーから派遣されていた。
ベネット達と同じ汽車に乗って真夜中に再会済み。相変わらず口が悪い。
「プラチナ様、終わったのなら街中へ。修復作業の手伝いをするのでしょう?」
「あっ、そうだった行かなきゃ。回復ありがとうございますベネット」
「どういたしまして。まだ騒動があるかもしれませんし、一人にならず適度に休憩を入れて作業してくださいね」
ベネットに会釈してシンシアと一緒に騎士団支部を出た。既に夜は明けて日は登り、どんよりとした曇り空から光が漏れたり漏れなかったりしている。
二人で現場に向かう。道すがら丁度良いと思いプラチナは尋ねた。
「そう言えばさ、シンシア」
「何ですか?」
「シンシアはお母さんと長い間一緒にいたんだよね?」
「まあそれなりに長くいましたね。それが?」
「ペロイセン、私をお母さんだと勘違いしていた。結局その理由は分からず仕舞いになったけど、昔のお母さんを知ってるシンシアなら気付く事があるかと思って聞いてみた」
「ふーん、オリビアだと勘違いねぇ」
少し考え、あくまで推測ですがと前置きしてシンシアは質問に答えた。
「おそらくペロイセンは、オリビアに殺されかけた過去があったのだと思います。オリビアはくっそ強いし」
「お母さんに?」
「ええ、彼女は私と出会う前から人助けをしていました。何やら盛大な思い違いで大勢の人間を虐殺して、その償いをしていたらしいのです」
「ぎゃ、虐殺……!?」
プラチナは驚いた。自分が知る母には虐殺なんて言葉は存在しない。病弱で優しさに溢れている。それが母オリビア・アリエール。まさかまさかの返答だった。
「話しを聞く限り悪性ペロイセンは調子に乗っていた。すり抜けという能力があればやりたい放題は当然。そこで当時、人助けの最中にペロイセンを知って無双した。だから似ているプラチナ様を勘違いした。……まあそんな所ではないかと。知らんけど」
推測の域は出ないがプラチナは納得した。カーモン・ハワードの初対面時、地下遺跡に落とされる直前の会話。母に殺されかけた過去があるならペロイセンが自分に注目していたのも頷ける。
しかしプラチナは新たな疑問が浮かび上がった。母の年齢は一体?
シンシアと古くからの付き合いがある。でも幽閉されていた時に見た姿は二十代後半。シンシアに出会う前からの人助け。
プラチナが聞くとシンシアは肩をすくめた。
「愚問ですね。呪文とかオーバーパーツがあるのに」
「あっ、お母さんアノマリーだった」
「ええ、それで肉体の老化を止めて長い間人助けをしていた。最後の方では辞めてのんびりしてましたけど」
「そうだったんだ……」
知らない母の話を聞けてプラチナは息を吐いた。嬉しい気持ちと残念に思う気持ちが一緒に混ざり合う。
幽閉されていた事情が事情だから仕方がないが、もっと母の口から色々過去の事を聞きたかった。もう死んでいるからそれは叶わないけれど……。
(いや、スターと同じように死者と対話する方法を探せば……それで)
そこまで考えてプラチナは首を振った。対話の方法を見つける事のデメリットは既に教えられている。単に死んだ人間と話がしたいだけで見つけるのは駄目だ。
しかしそれなら、スターは何故対話方法を探しているのかと思う。彼には探している三人が生きているかの確認以外に欲している理由がある。エネルは「とある死者と話しがしたい」と言っていた。
その内容は、話したい人物とは誰なのか?
「着きましたよプラチナ様」
「あ、うん」
考えながら歩いてるとウイタレンの爆発現場周辺に到着した。太陽の騎士団は今、街の修復作業の手伝いをしている。
建物の爆発と悪性召喚生物の襲撃。野次馬が多かった現場はパニックになり、ヴァニラとベネット達が到着するまでの騒動は、街側の秩序皆無の抵抗で被害は拡大した。
壊れた家屋に荒れた店々。ペロイセンが爆破したであろう警察署に病院や役所。死傷者もそれなりに出て、駆除任務にやって来た時のような平和さは何処にもない。修復作業は騎士団主導で行われていた。
大平原の警戒人員と、現在地下遺跡を探索している人員以外の支部団員はここにいる。皆が各々の呪文を発現して作業に精を出していた。
分身呪文や肉体強化の呪文を駆使する団員達。ヒカリとヒカリの召喚生物達。ベネットの分身体。ヴァニラの氷の兵隊達。腕が治ったスターとジクルドの姿もそこにはあった。が、流石に今聞ける場面ではない。
シンシアが腕まくりをした。
「さて、それでは私達もやりますか」
「シンシアもやるんだ? 面倒くせーって言うと思った」
「一応同盟関係ですからね。最低限の働きはしないとですし」
「なるほど」
プラチナも腕まくりをして街の修復作業に加わった。
それから時間が経っての昼休憩。プラチナは支部の与えられた部屋で休息を取っていた。シンシアも一緒にいる。何故かヤマチもいる。
今日の午後、駆除任務にやって来た面々は騎士団本部に戻る事になった。今回の騒動で任務の続きは取り消し。社会勉強の一環で街にやって来たのに予想外の結果になったと思う。
でも経験できて良かった。街の住民やカーモン・ハワードには申し訳ないが、騎士団側の犠牲はゼロだったし自分のスタンスも確立できた。
後はそれを元に、呪文を酷い事に利用する行為を減らす過程で、騎士団やスターとエネルへの恩を返せるよう頑張って努力していこう。
そう思いながら三人でトランプの大富豪を遊んでいると、扉がノックされエネルが部屋に入って来た。
「おっ、トランプやってる。わらわも参加して良い?」
「構いませんよ。今私連敗中ですし、一度おじゃん。ノーカンにしましょう」
「うーん、このゴミカスオーバーパーツ」
「特に賭けてもないのでセーフセーフ」
ただの暇潰し。エネルを含めた四人で大富豪が再開された。エネルから順にカードを切っていく。
「それにしてもただの駆除任務のはずが色々あったねぇ」
次のシンシアが手札を眺めながら相槌を打つ。
「そのようですね。すり抜けの能力を持った悪性が襲って来るなんて予想外にもほどがありますよ。下手すりゃ全滅。今回生還できたのは間違いなくプラチナ様のおかげです。よーやってる」
「そうそう、プラチナはよーやってる」
「……んん!? え、シンシア気持ち悪い」
三番目のヤマチが流れを切って、即座に革命を起こした。誰も返せないのでヤマチからまた始まる。
次の番のプラチナは眉を顰めた後、シンシアに対し怪訝な視線を送った。
「……何その態度。他人を褒めるタイプじゃないのに」
「失敬な。私だって褒める時くらいはありますよ」
「いや昔、褒めるなんてありえないって言ってたでしょ。幽閉の時だって勉強教えてくれたけど貶してくるばかりだったし。何を企んでるの?」
「……むぅ、まさか速攻で見破られるとは。変な所で勘が冴えてますねプラチナ様」
「何か意図があって褒めてたの?」
「太陽の騎士団とゾルダンディーとで聞きたい事があったのです。とても大事な意思確認。少々回りくどくてもプラチナ様の今後のために必要な事なので誘導しようとした次第です。でもまずはカードを切って、ゲームが続かない」
「あ、うん」
無表情ながらもシンシアの声色は真剣そのものだった。カードを出すとエネルが言葉を繋ぐ。
「今回さ、ペロイセンにアノマリーの使用を即断したけど……それは何で?」
「えっ、……あの時言った通りだよ。野放しにしたら今度はもっと大勢の被害が生じるかと思って壊れない剣に付与した」
「そうだね。プラチナが付与したからペロイセンを打破できた。さっきもシンシアが言ったけど、生還できたのはプラチナのおかげ」
ベネットの回復の時を合わせるとこれで三回目の言葉だ。自分のおかげ。何だか強調しているように感じる。
エネルが続けた。
「じゃあさ、また同じ場面に遭遇したらどうする? コミタバでも何でもいいけど……プラチナがアノマリーを発現しなければならない場面が来たのなら、その時は?」
「発現する。私のできる事なら。スタンスはもう決まったし」
「例え人間相手でも、それが人殺しとかに繋がったとしても?」
「……繋がったとしても。私は呪文が悪用される場面は見たくないから」
「そっか……」
未だ、悪性だとしても召喚生物に呪文を発現するのは気が進まない。しかし必要だからこそやらねばならないのは、今までの経験で理解した。コミタバ等の悪人達にも同様に。自分だけが安全圏で守られているとか手を汚さないはできない。
意思を聞いて、息を大きく吐いたエネルにシンシアが声を掛ける。
「このクソガキは割と頑固です。もうその方向性で行くしかないかと」
「オリビアの……って言う人の娘だからね。いやわらわ会った事ないから知らんけど」
「それで、意思確認してどうなるの? 今度のためって言ってたけど」
「意思を確認した以上、プラチナには伝えなければならない事ができた。それを祭りが終わった後に伝える」
伝えるのは、プラチナがバルガス・ストライクを殺害してしまった事実。
プラチナが今後も付与のアノマリーを発現していくなら、絶対に伝えなければならない事柄。
しかしそれを知らないプラチナは首を傾げて言った。
「別に今教えてよ。祭りの後じゃなくても」
「いやレスティア王との調整や祭りを無事に終えないとだし、ベストは今じゃない」
「え、お父さんも関係してるの……?」
「関係はしてる。まあこの件は絶対に伝えるから待ってて。……それと明言しておくのが一つ」
エネルは瞑目してから、プラチナを見据えた。
「プラチナは、何も悪くないから」
それっきりこの話題はここで終わってしまった。この後、折りを見て再度伝える内容を聞いても、エネルやシンシアは「祭りの後で」としか言わなくなった。
騎士団本部に帰還してもそれは同じ。ベネットやカインなど、上層部の団員に聞いてみたが言葉を濁すばかり。
プラチナは悶々とした時間を過ごす羽目になってしまった。
第2章はこれで終わりです。3章へ続きます。
良ければ評価のほどをよろしくお願い致します。
ここまで読んで頂きありがとうございました。




