13-4 ペロイセンを集団リンチする前に
片腕を失うのはこれで二度目。スターは過去に自身の腕を切り落としている。そのためか動じずに先程の問いの答えを実感する事ができた。
すり抜けの最中に実体化すると重なった部分はペロイセンの身体が優先される。言い換えるのなら接した物体の箇所は消滅してしまう。だからペロイセンの手刀が腕を通過した時、三本の腕は千切れるように切り離され宙を舞ったのだ。おそらく徒手空拳のデュラハンに完勝した要因もこれだ。
一秒の時間でそこまで分析した。だがほんの僅かとは言え時間は進み事態は継続している。
一回転したペロイセンはスターの息の根を止めるべく次の行動へと移った。横薙ぎに振った右腕を天井に伸ばし今にも振り落とそうとしている。
それを阻止したのはヤマチだった。間に割り込みスターを庇い、縦一線に切り離そうとした攻撃を防いだのだ。
いや、防いだわけではない。ペロイセンはヤマチに手刀を当てる寸前でその右手を止めた。
「……察しが良いな棒人間。召喚生物である事を活かしたか」
即座にヤマチが頭突きを炸裂させ、ペロイセンと一緒に暗闇の奥へと消えていった。
「ジクルド、メラギラだ!! 止血するには傷口を焼くしかない!!」
「ああ、メラギラ」
ヤマチが時間を稼いでくれている間に体勢を立て直さなければならない。スターは遅れて生じてきた痛みを押し殺し、柄を右手で持って壊れない剣を炎で炙った。
焼灼止血。切断面を熱した剣で焼いて傷口を塞ぐ止血方法。復興時にも同じ方法を行ったからもう慣れている。
ここで付与された回復呪文を発現する気はなかった。何処に監視の目があるか分からない。今まで発現していない回復呪文を何故、スター・スタイリッシュが発現できるのかと知られれば、プラチナの今後の悪因になるやもしれないからだ。ジクルドは回復呪文を発現できない。
腕の傷口を焼いて止血を完了させた。壮絶な苦痛が続く時間だったが何とか耐えた。
ジクルドに腕の回収を任せ、スターは壊れない剣を支えに立ち上がった。暗闇の奥から微かに格闘の打撃音が聞こえてくる。
おそらくあそこでヤマチが懸命に足止めをしているのだろう。彼を死なせるわけにはいかない。ふらつく脚と乱れる呼吸を叱咤しスターは地を蹴って急行した。
「で、結局お前は何で人間の味方をしてんの?」
棒人間の巧みな攻撃を捌きながらペロイセンは質問した。小柄ながらも的確で重い打撃。その合間に語りかけてくる。
「なになに……お前には関係ねえ? マジで複雑な事情があるからしゃーない? そりゃあ色々と事情があるんだろうが正気とは思えないな。人間はゴミだし」
棒人間の飛び蹴りを横に動いて回避する。しかしすぐさま折り返して攻撃してきた。それを防いで棒人間を見ると、この空間にある柱を蹴り跳ねて立体的に飛び回っている。
「姿形は違えど俺達は呪文でこの世界に発現した存在同士。正直お前を殺すのは気が進まない」
この棒人間はやり手だ。悪性達に人間を優先して殺せと命令していた事も、先程の戦闘でも自身は狙われていない事を勘付いていた。だからわざと被弾するようにスター・スタイリッシュを庇い攻撃を中断させた。
「だが物事には限度がある。これ以上邪魔をするつもりなら殺さなければならない。それは分かっているよな?」
棒人間は跳躍を止め地面に降りてきた。そして右腕を首元で曲げそのまま横に引いた。首を掻っ切る動作だ。加えて中指を立てる動作も続けてきた。
「そうか……なら情け容赦は不要だ。ここで死ね召喚生物」
何て馬鹿正直な棒人間、と呆れながらペロイセンは突っ込んでくる敵を迎え撃った。
その瞬間、黒紫の光線が飛来してきた。続けて黒紫の鎖が身体を拘束しようと蛇の如く巻き付いてくる。
バルガライの拘束呪文。バルガライ・グリングリング。すり抜けで回避して呪文が発現された方向を見やる。
あるはずのない穴から出てきたのは白髪の少女。殺意と静かなブチギレを顔に滲ませたヒカリをペロイセンは目撃した。
「おいおい、流石に来るのが早過ぎだろ。しかも通路からじゃなく壁を掘って? 駆除任務の時といい何なんだおま」
「ユーラシア・ブレイド!!」
腕を切り落としたスター・スタイリッシュまでも戦闘に復帰した。壊れない剣を巨大化させ、剣の腹で上から殴り掛かってくる。それを再度すり抜けて加勢がまだいる事に気付いた。
一番得体の知れない正体不明のガキ。プラチナとか言う金髪もこの空間に遅れて到着した。
「これは退散だ。気味が悪いったらありゃしない」
オリビアに似たガキがいないのなら調子に乗るが、いるのなら調子には乗れない。壁を開通させたのはプラチナかもしれないのだ。
しかし青ざめた顔でスター・スタイリッシュに駆け寄る様子を見れば別に脅威ではなさそうに見える。駆除任務の時を含めて考えれば、刺すような殺意を向けながら棒人間に情報を聞いているヒカリの方がよほど強敵だ。
「スター! テメェ、ペロイセン!!」
「スターだけじゃなくジクルドも深手っすね……」
エネルとオーハマーの残り二人も既に到着している。ペロイセンは思考を切り替えた。
「やめやめ、まずは離れてから」
ペロイセンは後退し地面から柱への跳躍で、天井にすり抜けていった。
スターのボロボロな姿を視認して、プラチナは慌てて駆け出した。
どう見ても重傷だ。側頭部からの出血と疲弊し切った顔。団服を染め上げるべっとりとした返り血。左腕肘から先が何処にもなく、肉が焼け焦げたような匂いがする。
酷い光景を間近で見たショックより、心配とすぐにでも傷を癒そうとする気持ちが優先された。
「私はジクルドに回復呪文を施すっす! プラチナはスターに!」
「はいっ!! レコーション!!」
オーハマーの指示に従いプラチナは呪文を唱えた。両腕を伸ばし掌から溢れる光でスターを包み込み、左腕を中心に傷を癒していく。
その腕をスターが右手で掴んだ。突然の事で身体が跳ねたプラチナに周囲を警戒しながらスターが告げる。
「助かる。だが回復は最低限で良い。ペロイセンの能力はすり抜け。何処から強襲してくるから分からない以上、回復呪文の体力消費でプラチナが即応できなくなるのは駄目だ」
「スター。今、すり抜けって言った?」
エネルも傍に駆け寄った。ポケットからチョコの余りを取り出し、スターの口の中に次々と突っ込んで尋ねる。
「ああ。しかもすり抜けで重なった部分は実体化して消滅させる事もできる。奴は騎士団のアノマリーすらもすり抜け回避が可能だと豪語した。カーモン・ハワードにも成りすましていた。正直、倒す手段が見つからない」
「すり抜け……! あのドブカス、一連の余裕はそれがあるからか!」
ヤマチからの情報を聞き終えたヒカリも合流した。普段のような快活で愛想の良い雰囲気はまるでなく、静かにブチギレているのがプラチナにも分かった。
「私は体力の方を。リコーション」
体力と傷、二つの回復呪文で左肘から先がないまでもスターは動けるようになった。プラチナは流れる汗を拭う。
オーハマーの方も呪文が終わりジクルド共々合流を果たした。騎士団は次の行動をどうするかの選択に移行した。
「さっさと決めよう。ペロイセンを殺しに向かうか、それとも撤退か」
いや状況的に撤退の一択じゃ、とエネルの声を制してヒカリが続ける。
「撤退はすぐできる。もう既に地上へ向かうルートを発見済みだから。ペロイセンの攻略については私の視線で察して」
ヒカリはプラチナの方を向いた。いつの間にかのルート発見に驚いてから、全員がプラチナに注目する。
流石に何を言いたいのかプラチナにも理解できた。付与のアノマリーを使うのだ。
エネルが今度こそ口を挟む。
「ちょい待ち。攻略方法は理解できたけど、ぶっつけ本番でしょそれ。わらわは賛成しかねるよ」
「でもプラチナならそれができるかもしれない。実験もやったし才能の凄さは確認済み。実行する価値はあるでしょ?」
「それは……そうだけど」
オーハマーも会話に参加した。
「姿を眩ましたペロイセンはどうするっすか? 地の利がない地下で探し出すのは難しいっすよ」
「ギネスファングの鼻で見つける。ペロイセンにはヤマチの匂いが付いているから。今のスターの姿を見れば呼び出してもブチギレは我慢するはず。バンシーは空気を読める、絶対」
「……殺す選択を取るなら早めに仕留めないと。全員が疲弊してるしこれ以上は体力的に厳しいっす」
スターはプラチナを眺めた後言った。
「俺は反対だ。プラチナの安全が最優先だ」
「プラチナの安全を優先するならペロイセンをここで排除すべきでしょ。すり抜けで今後いつ襲ってくるか分かったもんじゃない。理由は不明だけどペロイセンはプラチナに注目していた。可能性があるなら今仕留めるべきだと私は考える」
「むっ……」
「プラチナの付与が失敗していた場合は即時撤退。私が責任持って全員を帰還させるから」
押し黙るスターを見て、ヒカリは若干怒気を収め肩をすくめた。そして改めてプラチナの方を向いた。
「最終的にはプラチナの意志を尊重する。でも、ペロイセンは騎士団とゾルダンディーの未来の邪魔になる。それを頭に入れてプラチナが選択して」
プラチナは即断した。
「やる。何処に何を付与したら良いか教えて」
「ちょっ、やるのプラチナ!?」
「やるよエネルちゃん。ここで倒さないと駄目。そもそも……今回の騒動全部ペロイセンのせいなんでしょ? 逃してまたこんなのが起きたら、次はもっと大勢の人が酷い目に合うかもしれない。絶対に阻止しないと」
それにスターを負傷させた借りも返さないとならない。私怨も混ざっているが全て自分の本心。
スタンス的にもこの選択は覆しようがなかった。きっとペロイセンは、この世に現れ出た瞬間から悪性召喚生物だったのだ。他の悪性になってしまった彼らとは違う。
「良し、じゃあ壊れない剣に二つ付与してもらう。具体的には……」
騎士団の方針は決まった。プラチナはヒカリの指示を聞き漏らさまいと全力で耳を傾けた。




