13-3 ペロイセン ②
連戦に連戦。間を置かず繰り広げられる殺し合いの連続だった。
周囲の地下景色はもはや死屍累々。多くの悪性召喚生物が地に伏し、臓物と血、棒と機械で遺跡を汚している。
ファング、モクリュウ、棒人間、コモドドラゴン、メタルサソリ。
たった今、やっとの思いで悪性ハードボイルド棒人間をヤマチと共に無力化した。目の前の棒マントが横に倒れると同時にスターも膝をつく。肩で大きく息して地面に差し込んだ剣に寄り掛からずにはいられなかった。
しかし周囲を揺らす大きな振動が近づいてきて、再度臨戦姿勢を取る。大きめの通路口から悪性コモドドラゴン原種が姿を現した。
その赤ではない黒光りする巨体は真っ直ぐにこちらを目指し、その瞳は殺意に満ちて禍々しい。
まだ動けるがこのまま悪性との戦闘が続けば彼らの餌になるのは時間の問題だろう、と思考の片隅でスターはそう思った。
「牙と爪、口からの溶解液」
「分かってる」
一緒に地下に落ちたジクルドと分かれ、原種の両側面を取る。狙いを分散させて最小の労力で処理する手筈だ。
ヤマチはスター側に付いたため、原種は数が多い方に意識を向ける。コモドドラゴンの剣と同じように牙と爪には、傷口を広げる効果があるため基本その攻撃は避けねばならない。ウエイト差もある。勝ち筋はあるが駆除任務と違い狭所での戦闘のため強敵だった。
攻防が数度続く中でヤマチに爆裂剣を複数持たせ準備を整える。わざと隙を作り、スターがその強靭な尾によって壁まで薙ぎ飛ばされ戦況は動いた。
「ドリ・グラジドン」
全力で尾を打ち付けた瞬間を狙って、ジクルドが原種の懐に潜り込む。そして命中した箇所に悶絶に等しい衝撃を与える急所パンチの呪文を下から突き上げた。
「カッ……!?!?」
堪らずコモドドラゴン原種は口を開けて喘いだ。例え砲弾を受けても軽傷で済む鱗だろうが、急所パンチの前では無力。その隙を見逃さずヤマチが爆裂剣を口の中に投擲していく。
即座にスターが爆破、爆発の衝撃が内部を壊す。間髪入れずに次の急所パンチ。吐き出す黒の煙に血が混ざる。再度口の中に爆裂剣を投下し爆破。三発目の急所パンチ。四発目、五発目、同じ箇所……。
そして悪性コモドドラゴン原種は体液を撒き散らし絶命した。
彼にとっては初見の相手。しかし騎士団側にとっては事前情報がある召喚生物で急所パンチの呪文があった。
仮に互いの前提条件が逆ならば、三対一でなければ絶命したのは騎士団側の可能性が高い勝利だった。
「……ジクルド、これで全部か?」
「ああ、第二波が来るかもしれないが……ひとまず終わった」
「なら、ぐずぐずはしていられない。早く地上へ戻らないと」
呼吸を整えつつ、地下に落ちる前の街中を思い出す。あの時、何処からともなく現れた悪性召喚生物達に現場はパニックになった。
寝静まる前のため野次馬が多く、複数箇所がまた爆発して混乱は更に拡大した。
それでも何とか事態の収集に努めていると、また数回爆発が起こり周囲が揺れた。どうやらその衝撃で足元の地面にはひびが入ったらしく、複数の悪性に飛び掛かられ重みが増し、この地下までジクルドとヤマチ共々落下してしまった。
それからは戦闘続きで今いる場所までやって来た。落ちた穴から街に戻ろうとしたが、穴から無数の悪性が襲来してそれは叶わなかった。
地の利がない迷宮のような地下空間。一体自分達は何処に迷い込んだのか、街と支部の状況は、早く戻らなければならないという焦燥にスターは駆られる。
「ジクルド、ヤマチ。ここから落下した場所までの道のりは覚えているか?」
しかし一心不乱に迎撃しつつ、退避してきたスターに地上に戻る術はない。ここまで来た道のりを覚えてないから時間が掛かる。二人に尋ねる事にした。
「ヤマチは……分からないか」
肩をすくめて分からない意を表すヤマチからジクルドに視線を移す。
ジクルドは少し思案した後、言葉を選ぶように答えた。
「道のりは覚えていない」
「そうか……」
「だが考えてみれば、駆除任務時に待ち伏せをしたメタルサソリは一体何処からやってきたのか?」
「ジクルド?」
「オーハマーが任務の下調べをした時には見つからなかった。……裏切ってない前提で言うなら、あいつは仕事に手は抜かないだろう」
「ああ、それは疑いようがない」
オーハマーは元裏方の騎士団設立初期のメンバー。一年前までは本部に在籍しており、ここウイタレンでも裏方達の仕事の補佐をしていた信用と信頼ができる人物。
「それでも百体以上いるメタルサソリの痕跡を発見できなかった。という事はあの悪性達は別の場所で潜伏していたかもしれない。……例えばこの広大な地下空間。大平原の何処かに繋がっていると仮定して」
ジクルドは鉄兜を傾けて周囲を見回した。スターもヤマチも吊られてそれに倣う。
「ドバードの秘密都市でも経験したが、地下に赴くルートは複数あった。スターは重要施設、俺とエーテルは適当に入った民家から。つい先ほど街中に突如出現した悪性達も秘密都市と同じように、空き家等の複数のルートを経由し地上へ這い出たのかもしれない」
「つまり大平原や街中に繋がるルートを見つけ出し、地上への帰還を目指すべきだと?」
「ああ、落ちた穴を探しながら戻るよりはマシだと思う。……根拠のない希望的観測になるが」
「いや、そんな事はない」
スターは言った。
「ジクルドのおかげで方針が定まった。少なくともその方が俺も早いと思う。礼を言う」
「………………」
ジクルドはほんの少しの間だけ無言でスターを見つめて、今いる場所にある複数の通路口に鉄兜を向けた。
「これより遺跡内部の探索を開始する。推測通り地上へ繋がって外に出られれば良いが……」
ヤマチに新しい剣を装備させ盾手裏剣を防御に適した箇所にばら撒き、罠の有無を確認しつつ進んでいく。ジクルドとヤマチには斥候の心得があるため、スムーズに進行する事ができた。
簡易的な地図の作成と印を付けた探索で判明したのは二つ。遺跡内部を照らす白濁の結晶はほぼ全てのエリアに存在し、不気味に光を放ち続けている事。そして人骨が所々に点在している事だった。
「ジクルド、また聞くがこれ……何だと思う?」
「頭蓋骨、人間の」
とあるエリアで、罠がないか確認してから長剣の先で突いて角度を変える。頭部が大きく欠けているが間違いなく人間の頭蓋骨が地面に転がっていた。
「これで五回目か。こんな所に人骨があるのは……」
「所感、比較的新しく見える。この遺跡ように長い年月地下で転がっていた骨ではないはずだ」
「この地下でファングやコモドドラゴンの餌食になって……?」
「カーモン・ハワードに拉致された街の住民の骨かもしれない」
「カーモン・ハワードか……今、何処にいるのか」
「何にせよ考えるのは後の方が良い。まずは脱出が優先だ」
悪性召喚生物の襲撃も二度あった。彼らは多量に通路口から湧き出て殺しに掛かってくる。
事前に設置していた盾手裏剣地帯まで後退して撃退した。しかし特殊個体はいなくとも、連戦で疲弊している三人にはキツい相手だった。
身体が重くなるのを自覚し、五分間休息を取ってから地上に出れるルート探索を再開した。
それから然程時間が経過してない内に、三人は広い空間に足を踏み入れた。
「……死角が多いな」
「無数の柱が天井に繋がっている。おそらく違うだろうが地下貯水槽を彷彿させる」
ジクルドが言うように幾本の極太柱が地面と天井に繋がり、等間隔に連なっている。中は他のどのエリアよりも広大で、白濁の結晶が余り多くないため薄暗く先を見通せない。
仮に柱の陰に悪性が潜んでいるならば面倒だ。特殊個体なら尚更。馬鹿正直の進行よりも別のエリアを探索する方が良いのでは、という思考がスターの頭に浮かんだ。
「どうする? わざわざ通るのもどうかと思うが……」
ジクルドからの返答はなかった。柱が続く前方に鉄兜を向けたまま停止している。
スターは再び疑問の声を出した。
「ジクルド?」
「……僅かに音がする。上手く聞き取れないが」
スターはすぐさま耳を澄ませた。前方暗がりの向こう側から音が微かに漏れている気がする。ジクルドと同じように良く聞き取れないが間違いはない。
反応が欲しくて試しに右手の剣で壁を叩いてみた。当たって反響した瞬間、前方の音は強さを増した。声がこもるような音だった。
「フォスン」
ジクルドが光球を発現して音の方角に放った。地下空間に光が転がりその周辺が照らされる。音の出どころはまだ見えないが何かを引きずるような音が加わる。
三人は顔を見合わせた後、盾手裏剣を構えながら慎重に歩を進めた。近づくにつれ声がこもる音がはっきりと聞こえてくる。
「フォスン」
先程投げた光球の元に到着し、更に光球を発現してまた放る。今度は音の発生源が光に照らされしっかりと視認できた。
カーモン・ハワード。行方不明になっていたウイタレンのトップが、身体を縛られ身動きできない状態で地面に転がっていた。
「なっ!?」
「……」
スターは驚いてカーモンを観察する。
顔に複数の傷跡がある白髪短髪の初老の男。駆除任務前の挨拶で会った時と同じ服装。手脚は縄で縛られ、口には白い布を嵌められて声は出せない。時間帯的に約半日その状態でいたと思われ疲労の色が濃く、必死に助けを求め騎士団を見上げていた。
「んー! んー! んー!」
聞こえてきたのは救出を嘆願するこの音だった。カーモンは布を噛まされ後頭部に結ばされている。しかし騎士団はすぐには動けない。罠かもしれないのだ。
「ノビタ・ブレイド……喋れるようにするから動かないように」
ジクルドとヤマチに視線を送り、スターは呪文で剣の刀身を伸ばす。まずは救助せずに、猿ぐつわになっている布だけを切る事にした。
カーモン・ハワードは今回の騒動の黒幕かもしれない存在。そのため彼が騎士団の敵かどうかを見極めなければならない。瞬時に次の行動に移れるよう脚に力を入れてながら、首元に伸びる布を慎重に切り落とした。
喋れるようになったカーモンは体勢そのままで、すぐに捲し立ててきた。
「た、太陽の騎士団の方々ですよね!? 助けてください、お願いします! 早くこの縄も解いて、どうか!!」
スターよりも早くジクルドが救いを求める声に応じる。
「落ち着け。お前には嫌疑が掛かっている。助けるのは質問に答えてからだ」
「し、質問……?」
「お前は何者だ?」
ジクルドの問いかけにカーモンは少し息を詰まらせ、やや困惑した様子を見せた後に返した。
「……カーモン・ハワード、です。地上にある街ウイタレンを運営してい」
言い終わらない内にジクルドが真っ直ぐに駆け出した。スターが反応すると同時に右手に持ったままの壊れない剣を上から力一杯振り下ろす。
広大な地下空間内に地面を砕く音が響いた。その間際、黒い影が飛び上がり回転したように見えた。舞い上がった土煙からジクルドがバックステップで戻ってきた。
「ジクルド、一体何をやって……?」
「気持ち悪い気配がしない以上、あれは人間じゃない。最速で叩きつけたが避けられた」
ジクルド・ハーツラストは人間を感知すると気持ち悪い気分に駆られる鉄兜を被っている。つまり拘束された存在はカーモンの名を騙る非人間の敵性。
そうスターが把握すると土煙の向こう側から溜息が漏れてきた。
「はぁー、何だよバレてたのか」
直前のカーモン・ハワードとは全く違う呆れ声。スターもヤマチも臨戦体勢を取る。
そしてその姿が露わになってスターは顔を歪めた。
「ペロイセン……! 悪性召喚生物!」
「流石に知ってたか。まあエネルのアホと一緒に活動してれば俺の事くらい聞いてるよな」
既に拘束状態ではなく、腰に手を当て佇んでいるペロイセンをスターは睨んだ。同時に刀身の短い剣をヤマチに手渡し、自身も同じ剣を装備する。
「本物のカーモン・ハワードはどうした?」
「数年前の昔に殺したに決まってんだろ。いたぶってあの世行きさ」
ペロイセンは単眼の瞳を弓なりに曲げて心底可笑そうに笑った。
「くくっ、長年髪が白くなるまで召喚生物を愛護してきたのにその末路が召喚生物に殺されるなんて傑作だ。いやー、あの拷問は楽しかったねえ……徐々に壊れていくさまを堪能できたんだから」
「お前、なら任務前の挨拶の時点で」
「その通りスター・スタイリッシュ。あれ、俺。五年前の戦争時に便乗して今日まで街の運営ごっこやってきたわけ。悪性共のストレス解消は大変でさぁ、街の独り身とか拉致してこの地下で玩具にしてたんだよ。必要ない人間っての何処にでもいるからな」
スターはエネルと一緒に行動する過程でペロイセンの事は聞いていた。割とお喋りで言動はガサツで雑食、そして自分勝手の悪性クソ野郎。
しかし実際に対面した感想は、それを遥かに超えるクソ野郎だった。おそらく駆除任務の時の待ち伏せに関してもペロイセンが指揮したのだろう。エネルは召喚生物と会話ができるとも言っていた。
「まあそれはどうでも良いから置いといて」
ペロイセンは下卑た笑いを真面目なものに変えた。
「ちょっと聞きたい事あるから答えてくんね?」
「敵のお前に教える事があると思うか?」
「えー、こっちは質問に答えたやったのに。これだから人間って奴は」
ペロイセンはやれやれと肩をすくめた。だがその仕草に直前までの軽薄さはなくなった。騎士団の敵意をしっかりと感じ取っている。
もはや会話の余地は消え失せた。今いる場所に敵意がぶつかり合い充満していく。そして数秒睨み合った後、不意にジクルドが足元の光球をペロイセン目掛けて蹴り飛ばし戦いの火蓋が切られた。
「ヤマチ!」
一瞬の内に距離を詰め、スターとヤマチが同時に飛び掛かった。既に所持していた剣で仕留めようとする。
ペロイセンは腕で目前に迫る光を遮りながら後退した。唐突の光球でその動きはワンテンポ鈍く、初動が遅れて攻撃は届く。二つの剣の切っ先はペロイセンのコートに食い込んでいき……。
「なっ……!」
ペロイセン背後の極太の柱に命中した。それだけではない。後退していたペロイセンの身体全てが柱の中に吸い込まれてしまったのだ。
予想外の出来事でスターとヤマチはその場に止まる。今見た光景が信じられなかった。
確かに突き刺そうと伸ばした剣は、ペロイセンに潜り込んだ。スターは喉元、ヤマチは左胸。しかし実際に伝わる感触は柱に当たった反動と音だけ。エネルも知らないペロイセンの能力なのか。
「呆ける余裕があるのか?」
「がっ!?」
右から声がした瞬間、スターは側頭部に強い衝撃を受けた。被弾箇所を手で抑えて見れば、いつの間にかペロイセンが柱の陰から半身を覗かせせら笑っている。
ヤマチとジクルドが即座にその間に入る。ペロイセンは手に持った礫を自身の膂力を持って投擲し牽制した。そしてまた、その姿は柱の中に吸い込まれていった。
スターは血を滴らせながらブレる視界に歯噛みした。
ペロイセンの能力が掴めない。三人はそれぞれの死角をカバーするために背中合わせの陣形を組んだ。
「スター、傷は?」
「問題ない。だが状況が悪すぎる」
現状は騎士団が不利だ。ペロイセンの力量が不明瞭、度重なる戦闘での疲労困憊、地の利が向こうにあり爆裂剣が容易に使えない地下遺跡、明かりが少ない暗闇。闇に紛れるペロイセンの服装。未だ地上へ戻れるルートは見つかってない。
可能なら後退して少しでも不利が緩和される場所で戦いたい。しかし乗ってくる保証はない。それどころか援軍の悪性達を呼ばれるのも問題だ。早急にペロイセンを打破しなければならなかった。
どうにか突破口を模索していると、何処からともなくペロイセンの声が聞こえてきた。
「ま、所詮は敵ではない。別に疲弊させなくても俺に勝てる奴なんざ滅多にいるわけがないしな」
勝ちを確信している飄々とした声だった。明らかに慢心している。悪性達を呼ばれる前に一撃で葬らねばとスターは息を吸う。
「だってすり抜けの能力だしぃ、その気にならなくてもアノマリーの呪文だって無傷でいられるしぃ、おほほほ、言っちゃった」
「すり抜け……!?」
「その通り。例え太陽の騎士団のアノマリーすらも、すり抜けて見せるさ。時間に建造物にブライニクルとかとか。上位存在なんだよ俺は」
それが本当ならば倒す手段は限られている。ペロイセンが攻撃時に実体化する瞬間を狙って、カウンターを当てるしかない。
だがその方法を取る事ぐらい奴も分かっているはずだ。警戒している相手にどう攻撃するのか。スターが考えている間もペロイセンの余裕声は続く。
「で、ここで問題だ。俺にはすり抜けの能力があるわけだが……実際にすり抜けている時に、能力を解除して実体化したら重なった部分はどうなると思う?」
「何を言って……?」
「おっとすまん。下等生物に分かるわけがないよな。答えは自分の身体で味わってくれ」
ペロイセンそう言い残し、完全に気配すらも眩ませた。周囲はひっそりと静まり返り三人は何処からの攻撃でも対応できるよう、再度背中合わせの陣形を組み直した。
特に何かが起こる感じはしない。しかしペロイセンはしっかりと行動していた。足元の地面に潜り込み、ゆっくりと移動して騎士団の死角に辿り着く。
背中合わせの三角形の陣形。それぞれの視界をカバーしているその裏側。三角の中心、人二人分の隙間。
ペロイセンはスゥーと地面からその隙間へ浮かび上がった。そして両腕を横に開いて一回転する。
その気配に気付いだ時にはもう遅かった。振り返ったスターの左腕とジクルドの両腕が、通過したペロイセンの手刀によって切断された。




