11-5 待ち伏せ
「見てプラチナ、あれがメタルサソリ。岩場と草むらの境目に銀のサソリが見えるでしょ?」
「あれが……大きいね」
プラチナはエネルが指差す方向を双眼鏡で視認した。確かに資料の写真に写っていた個体と同じ外見の召喚生物が一体そこにいた。
前に二つの鋏に大きな尾。等身大サイズで銀の外皮。メタルサソリである。
プラチナは双眼鏡を構えたまま疑問を呈した。
「見えたけど全然動かないね。距離的にもこっちに気付いてるはずなのに襲って来ないし……もしかして寝てる?」
拡大された視界に映るメタルサソリは微動だにしない。両手の鋏を前に伸ばし、尾は力無く地面にへたりつかせ、全体が姿勢低く伏せている。
しかし顔面にある目は全て赤く点灯し続けている。悪性のメタルサソリ。
「いや機械だから睡眠は取らない。あれは死んだふりと断定する。まあ破損とかで停止中の可能性もあるけど」
「死んだふり……そう言えば資料にも書かれてたっけ」
「メタルサソリは死んだふりをして欺いてくる。油断して近づいてくる人間をそれでがばっ! ってな感じで」
少し離れた位置いるジクルドがライフル銃を構え発砲した。銃声直後に弾丸が銀の外皮に命中する。メタルサソリは衝撃で少しだけ傾き外皮に傷が付いた。しかし無反応である。
「で、銃じゃ効果が薄いから呪文で駆除する。スターの爆裂剣を使ってね」
そこでエネルはプラチナに顔を向けた。
「でもこの場はプラチナが……駆除、やってみる? 拘束じゃなくて電撃をぶつけての破壊になるけど」
プラチナは双眼鏡を外して小さくなったメタルサソリを眺めて、エネルに顔を戻し頷いた。
「やる。こういう事にも慣れとかないとだし……いざその時が来て足踏みなんてしたくない」
「お、おう……やる気があるのは結構だけど、あまり気負わないようにね」
「一応聞くけど、メタルサソリは機械なんだよね?」
「機械の認識で良いよ。便宜上召喚生物に分類されているだけで生命体ではない」
「……分かった」
ヒカリの指示の元、タナチが呪文の間合いまで警戒しつつ近づいていく。スター側は不意の横槍をすぐさま察知できるように周囲を見渡し、上空ではヒトガタ二体が旋回していた。
メタルサソリは変わらず伏せたままで動かない。プラチナは右腕を突き出し標準を合わせた。
「……ふぅ」
プラチナは息を吸って吐いて、心を落ち着かせる。呪文を実践で使うのはバルガス・ストライクの時以来だ。多分普通のボルトティアでは火力が足りない。
エネルが合図した。
「じゃあ、お願い」
「エクス・ボルトティア!!」
コモドドラゴン原種の背上から電撃が発現された。迸る膨大な金色の奔流は、障害もなく宙を走り無抵抗のメタルサソリに辿り着く。
そして着弾。大仰な破壊音と共に電撃が拡散され、晴れた視界には黒焦げに壊れたメタルサソリの残骸が散らばっていた。オーバーキルである。
初めての駆除を終えたプラチナにヒカリが肩越しに振り向いて言った。
「今の気持ちは?」
プラチナは息を深く吐いて返す。
「気持ち……はよく分からない。なんて言ったらいいのか。実感がまだ、湧かない」
ヒカリが続けて質問した。
「ぶっ壊して気分が良いとか、人にも電撃ぶつけたいとかの感情は湧いてきた?」
「ううん、それは全く」
首を振って否定するプラチナを見て、ヒカリは頷いた。
「なら大丈夫そうだね。呪文を発現するにつれて、呪文の魅力に取り憑かれて人が変わったりのケースもあるから心配しちゃった」
「そんな事があるの?」
「あるよ。呪文という自身に備わる力に触れて、一種の全能感を味わっちゃうと色々とね。調子に乗っちゃうんだよ。大昔にもそれで身を滅ぼした奴がいたし」
「大昔ってヒカリちゃん、年齢……」
「おっと秘密秘密。聞こえなーい」
戯けるヒカリにツッコミを入れないで、エネルが口を開いた。破壊されたメタルサソリの残骸を眺めている。
「それにしても、無抵抗だったか……」
「エネルちゃん?」
「いやちょっとね。電撃が命中する前に動き出して迎撃すると思って備えてたんだけど、問題なく駆除されたから気になって……」
エネル曰く、通常メタルサソリは無抵抗でやられる事はほぼないそうだ。死んだふりが失敗しても、攻撃される前に襲い掛かる性質がある。この駆除はレアなケースだった。
「機械だから何処か破損して身動きができなかった? それとも無抵抗そのものに何かしらの目的が?」
エネルはぶつぶつと呟いて思考していたが、やがて顔を上げて切り替えた。
「駄目だわらわ分からん! とりあえず任務は続行!」
それからもメタルサソリの駆除は続いた。稼働中で脚を動かして襲い掛かってくる個体もいたが、その多くは先程と同じく、銀の塊が停止しているだけだった。
岩場、短い雑草の中、平原の丘の上、浅い川などの目立つ箇所にメタルサソリはいて、プラチナが何回も呪文を唱えるのではなく、体力消費がないスターの爆裂剣も織り交ぜて駆除していった。
太陽の騎士団は次第に、そのメタルサソリの在り方に疑問を抱き警戒した。どれも死んだふりではなく停止中で、一切攻撃してこないレアなケースが続く。
ファングによる襲撃もピタリと止んで、不穏な空気が漂っていた。
「次の目的地で今日の任務は終了。余程の事がない限りは支部に帰還する」
再度の小休止の後、エネルの提案に全員が頷いた。気力と体力を回復させて目的地に向かう。
騎士団一行は平原内のハイキングコースに脚を踏み入れた。
山間にある緩やかな傾斜で、サイズ様々の召喚生物とのハイキングが可能な、横幅が広い凸凹した道を登る。左右の山には草が生い茂っていて、これも傾斜が緩やかだった。
「で、またメタルサソリか……」
頂上にある豪邸を目指して一本道を進行する中、エネルが眉を顰めた。通り道の端に銀のサソリがまた伏せていた。
「流石にこう何度も無抵抗だと気味が悪い。スター、遠距離から確かめて」
「ああ、ノビタ・ブレイド」
スターが刀身が伸びる剣を発現して、遠距離から突いたり叩いたりする。変わらずメタルサソリは無抵抗で、尾と鋏の関節部分を切り落とされても反応を示さなかった。
「エネル、どう思う?」
「引き続き分からん。ただ向こうも死んだふりが失敗してるのは分かってるはず。……ここまで何もしないのは記憶にないよ」
視界にうつるメタルサソリの目は変わらず点灯中、人間を襲う在り方の危険な悪性召喚生物。野生化ではない。
最終的に細かく切り刻んでヒカリのメラギラの火炎で焼却し、炎ごとタナチが踏み潰した。
そしてハイキングコースのゴール、頂上の豪邸に辿り着いた。とある召喚生物愛好家である富豪が建てた屋敷のような豪邸である。
程々に高い白壁で囲まれた広い敷地内には、水が入ってないプールがあった。駐車用のスペースもあり放棄され朽ちた自動車が二台転がっている。建設用に整えられた真四角に長い木材が乱雑に散らばっている。敷地内に何かを建てる予定でもあったのだろう。当然人の気配はない。
エネルが周囲を見渡した。
「それじゃあ、豪邸内部の状態確認を済ましちゃおうか。広くて面倒だけどカメラでパパッと撮って手早くね」
コモドドラゴン原種二体が敷地内に入り玄関口に進む。しかし到着前でその脚は止まり、タナチが警戒の唸り声を出した。
「前方、扉向こうの玄関ホールに何かいる」
ヒカリが注意喚起の声を出した直後、その扉が勢い良く飛ばされて玄関ホールを背景に何者かが姿を現した。
弧を描くように細められた目、歪に引き上げられた口角。騎士団の全員がその醜悪な笑みを見とめて、プラチナ以外が即臨戦体勢を取る。現れたのは悪性モクリュウだった。
「ラウンセント・ツノドリル!!」
次の瞬間、間髪入れずにヒカリが呪文を唱えた。回転する巨大ドリルがモクリュウ目掛けて飛来する。しかしモクリュウは即座に屋敷内に引っ込み攻撃を回避した。正面玄関は削り込むように破壊された。
「ヒカリ!」
「分かってる、反転!! 全員しっかり掴まって!!」
状況的に悪性モクリュウは待ち伏せをしていた。ならば騎士団を殺すための、何かしらの策を講じてるはず。一度安全圏まで撤退して仕切り直す必要がある。
コモドドラゴン原種二体はヒカリの指示により後退し、一目散に先程通過した白壁の出入口へと脱出を図る。
しかしその逃走を皮切りに事態が動く。豪邸の窓をぶち破って後ろから、または水のないプール内から這い出て斜め前から、豪邸の敷地外からも、周囲のあちこちからメタルサソリが群がってきたのだ。
「ちょ、多いだろ!! こいつら一体何処から!?」
エネルがそう焦るのは無理はなかった。騎士団と原種二体、上空にいるヒトガタ二体の感知を掻い潜り、気付かれずに大量の銀のサソリが殺しに掛かってくるのだから。
しかもその奇襲は統率が取れている。既に敷地外に出れる唯一の白壁出入口を、しっかりと十数体のメタルサソリが重なり合い壁となり、厚く固められていた。
「ランザック・グラゴング!!」
その妨害に対してヒカリが呪文を唱えた。上から押し潰す重力系の呪文で動きを封じる。
そして二体のコモドドラゴン原種による超同時突進が当たる直前に呪文を解除して、弛緩した踏ん張れない状態になったメタルサソリ達の壁を強引にぶち破った。
「やった、突破した……!」
派手な衝突音と共に突進の衝撃によって吹き飛ばされるメタルサソリ達を見て、プラチナは息を吐いた。その緩みをヒカリが咎める。
「まだだよ、気を抜かない!! まだ危機は脱していない!!」
プラチナは後ろを振り返りギョッとした。無数のメタルサソリと複数の悪性モクリュウが猛スピードで殺しに掛かって来ていた。吹き飛ばされ散らばったメタルサソリ達も体勢を立て直している。
タナチともう一体の原種は即座に走り出した。
風を切って登ってきたハイキングコースを全速力で下る。追撃は後ろからだけでなく、左右の緩やかな山からもメタルサソリが雪崩れ降りてくる。
その数は多い。左右後ろ合わせて百に届く悪性召喚生物達が騎士団を包囲し、仕留めようと結集してきていた。
それを呪文で迎撃し阻む。スターが無数の盾手裏剣を発現し続けて設置し、ジクルドがその補助をしつつその要所要所にブロレジの障壁を展開し、プラチナもエネルの指示の元、自身の電撃呪文を駆使して接近を拒否した。
緊急事態のため今のプラチナはあれこれ考えてる暇なんてない。
「おいおいマジか!? それを持ち上げて……!?」
撤退の最中にエネルが驚愕の声を吐き出した。目線の先は右の山の中腹。
丁度、二体の悪性モクリュウがかがみ込んで、メタルサソリの身体を両腕で持ち上げた場面だった。そしてそのまま疾走する目標目掛けて、木でできた腕を振り下ろし高所からぶん投げてきた。
「ヤマチ、頼む!!」
その攻撃を棒人間であるヤマチが防ぐ。スターの声に応じ空高く跳躍して正確に投擲されたメタルサソリに蹴りを入れ、もう一つの投擲された銀のサソリにぶつけたのだ。
ヤマチは重力に従い地面に落ちていく。落下地点にはメタルサソリ達が鋏を鳴らして待ち構えている。このままではヤマチはズタズタに殺されてしまう。
「ヒカリちゃん!!」
プラチナはヒカリに助けを求めた。ヒカリは振り向きもせず、降下していたヒトガタ二体に指示を出していた。
「なるほど、そういう事か……擬態できるのは知らなかったな。もう索敵はいらない。支部に直行して増援を呼んできて。裏切り者や敵対者がいたら殺していいから」
「アクセル・ボルトティア!! ヒカリちゃん!!」
電撃の大玉を射出し、迫り来るメタルサソリを退けて、プラチナは再度呼びかけた。ヒトガタを送り出したヒカリは肩越しに振り返った。
「どうしたの?」
「ヤマチが、もう……!」
「ああ」
ヒカリは何でもないように地面に落下する直前のヤマチを見据えると、召喚生物を呼び出す光のゲートを発現した。そしてヤマチがゲートをくぐって騎士団の元へ戻ってきた。
「勿論、ヤマチを見捨てる気はないよ。この子は長年私を支えてくれた大事な家族だし」
「あっ、そうなんだ……」
ヤマチはいつでも回収できる。多少の無茶も効く。置き去り寄りの殿も可能。だからヒカリはヤマチの危機でも冷静だったのだ。
プラチナは見当違いの発言をしてしまった。これも経験不足からくるものだった。
ヒカリが全員に聞こえるよう大声で呼びかけた。
「状況説明!! 妨害しながら聞いて!!」
ヒカリが続ける。
「進行方向先にメタルサソリがかなりの数待ち伏せ中! このままじゃ前後左右に挟まれて数の暴力!」
危機的状況を聞いて全員がヒカリの方を振り向いた。
「でも既に突破方法は考案済み! 問題はその方法が失敗した時の場合!」
「失敗した場合? 何か不安要素が?」
もう一体のコモドドラゴン原種がタナチの横についた。その背中に騎乗するスターが聞いた。
ヒカリはスターの顔をじっと見つめ、そして続けた。
「失敗した場合も問題ない。その時は私が本気を出してモクリュウとメタルサソリの大軍を蹴散らすから。……ただそうなったら私は騎士団にいられなくなる。騎士団を抜けなければならなくなる」
「ヒカリ……それは一体どういう意味で?」
スターの困惑声にヒカリは目を伏せて首を振った。
「……秘密。でもこれだけは言える。スター、あなたは何も悪くない」
「いやヒカリ……それは答えになってない」
ヒカリはスターの声を無視した。
「これよりブロレジの障壁を足場にして、空中を駆ける形で突破する!! 各員振り落とされないようにしっかり掴まっておく事!! そして妨害してくる敵を阻み続けて!!」
進行方向の先にメタルサソリの赤い目が大量に待ち構えていた。ヒカリが接敵する前に呪文を唱えた。
「ブロレジ・ラウンセント!!」
騎士団の周囲に巨大なブロレジの障壁が十数枚発現された。ヒカリはその障壁を右手で操り、地面斜めにまるで雨上がりの虹のように、アーチ半分を描いて展開していく。
前後左右が塞がれているなら空中を。ヒカリの機転で騎士団は、タナチを先頭に一列で障壁を足場に宙を駆け登っていった。
窮地を脱したのだ。
通り過ぎた障壁を一番前に動かして、繰り返しの足場にする。既に空高い位置を平行に走り続けて、メタルサソリのぶん投げ投擲も範囲外。悪性召喚生物達は地を蹴って走り出した。
仕留めるチャンスは体力切れで障壁が消え、地上に降りてくる時。このまま呪文を発現し続けて宙を駆けれるわけがない。大軍で移動していれば必ず殺せる。
彼らはそう指示され、街の方角に向けて疾走する。
しかし一向に地上に降りてくる気配はなかった。横一線に障壁を展開しつつ騎士団は未だ走り続けている。
上空から落ちてくる爆裂剣による被害も割合大きい。スター・スタイリッシュは無限に呪文を発現できる。このままでは無意味に数を減らしてしまう。
そうこうしている内に街の境界線、騎士団支部が遠目で確認できる位置まで辿り着いてしまった。支部の騎士団員達が増援で駆けつけてきている。
悪性召喚生物達を指揮していたカーモンは、それを別の遠くからの位置で視認して指示を出した。
「クソが。普通に殺す気で、全力奇襲を仕掛けたのに凌いでくるか。オリビアに似ているガキだけじゃねぇ。ブロレジで空中走りを成し遂げたあのガキも何なんだ一体……」
指示を受け、モクリュウ含めたメタルサソリ達は狙いを分散させるように、それぞれ散開していった。カーモンは警戒を続ける太陽の騎士団を見やった。
そして舌打ちを一回。
「まあいい、戦力の確認は済んだんだ。これを元に計画を立てて殺してやる。どうやら藪蛇はなさそうだしな」
カーモンの身体はすり抜けるように、地面に沈んでいった。
悪性召喚生物達も支部から遠ざかってもういない。
ウイタレンに隣接する大平原は普段の、境界線付近に召喚生物がいない元の状態に戻った。




