11-1 召喚生物について
「ヴァニラちゃんは今回、一緒じゃないんだね」
「ええ、私アノマリーだし。そもそもアノマリーの呪文使いは気軽に遠征なんてできないのよ。基本的に組織や国の中枢に配置される。貴重な戦力をわざわざ遠ざけたりはしないわ」
「……でもヴァニラちゃん、ゾルダンディーに来てくれたよね? それは何で?」
エネルとエーテル、ベネットの声が重なった。
「「「ツンデレ」」」
「あ、なるほど」
「ぶっ飛ばすわよ、駄剣と多重人格者とモヒカンが。あとプラチナも納得しない」
ヴァニラがツッコミを入れて否定した。
大勢の人達でごった返す駅構内のプラットホームでの会話だった。既にプラチナとエネルは騎士団専用の汽車に乗り込み窓から顔を出し、任務に同行しない三人は見送りに来てくれていた。
まだ祭りが開催される前なのに、当初想定していた以上の観光客が既に押し寄せているらしい。皆祭りに先立っての宿泊客がほとんどだった。
そのせいで騎士団の仕事は増加し、多忙に追われていた。カインもニールも見送りには来られなかった。ベネットも非モヒカンの分身体だ。
しかし太陽の騎士団は祭りを成功させようと、めげずに頑張っている。後日開催されるのが、これからも平和が続くのを願う祭典だからだ。
彼らは戦争からの復興を成し遂げた組織の人達。想いの内容に差異はあれど、誰もが平和を望む気持ちを持っていた。
「だから騎士団の事は気にせず任務に集中してください」
見送りのベネットが言った。
「此度の任務は、エーテルが拒否するぐらいの胸糞悪い任務になりますから」
「そうなの、エーテルちゃん?」
エーテルは顔を嫌そうに歪めて首肯した。
「他に人員がいなくて、ボクしか適任がいないのならやるけど……積極的には参加したくない。気分が悪くなるからね」
「う、うん……」
その任務に自分は向かう。具体的な内容は汽車の中で説明される。
プラチナは少し暗い心持ちになった。騎士団の仕事に積極的なエーテルが拒否するほどの任務。不安な感情が身体に立ち込めてくる。
「ごめん、お待たせ〜」
「悪い、長引いた」
話しているとスターとヒカリが合流した。ジクルドは既に汽車に乗り込み済みだ。
スターが近づいてプラチナの心が跳ねたが、すぐさま跳ねた心を沈めた。ベネットの言う通り任務に集中しなくてはならない。
ヴァニラが腕を伸ばしてスターの眉間を強く摘む。
「ヒカリ、また行方不明にならないように馬鹿二人をちゃんと見張っておく事」
「ラジャー!」
「ヴァニラ、痛いんだが……」
「黙って、私に指図しないで」
スターの眉間をつねる、ではなく皮を伸ばすように引っ張って摘んでいたヴァニラは、やがて手を離した。そしてスターとヒカリが汽車に乗って汽笛が鳴った。
「それじゃあ行ってらっしゃい。ちゃんと無事に全員が帰って来るように」
「プラチナ、無理なら見学でも良いからね。あまり深く考え過ぎちゃ駄目だよ」
「現地ではオーハマーが待機しています。到着後の段取りは彼女に。それではどうかお気をつけて」
白煙を吐き出しながら汽車は走り出した。見送りの三人が徐々に遠ざかっていく。
プラチナは窓から顔を出して久しぶりの、アルマンに言った以来の決まり文句を口にした。
「行ってきます!」
三人は頷いたり、手を振って応えてくれた。プラチナはその姿が見えなくなるまで、そのままの状態で眺めていた。
汽車はウイタレンという街を目指して東に進んで行く。
○○○
雑木林地帯の線路を滑る汽車は速かった。まるで矢のように鋭く風を切って走行していく。その理由は連結されている車両の数が少ないせいだった。
客車が一つにウイタレンに輸送する物資が入った貨車が一つ。牽引する蒸気機関車の高性能さも相まって、猛スピードで目的地へと向かう。
しかしそれでも、ニールが発現した空中列車よりは遅いとプラチナは思った。
「これが普通の移動方法。呪文で発現されたニールちゃんの空中列車が凄いだけで……」
流れ続ける景色を見ながらプラチナが呟くと、エネルが肩をすくめた。
「いくら呪文が凄かろうが思想がねぇ。確かに味方で復興貢献度はトップクラスだけど、人類八割虐殺の思想がもうメチャクチャ。何故天はあいつにアノマリーを与えたのか分からない」
「今でも思想はあるって言ってたっけ……」
プラチナが洞窟内部の会話を思い出してドン引きしていると、ヒカリが言葉を繋いだ。
「ニール曰く具体的な虐殺方法は、空中列車で超上空から各国の都市に侵攻、インフラや重要施設目掛けてアノマリーを投下して即時撤退、後日混乱の最中に再度アノマリーを狙い撃ち、らしいよ」
「……何で味方なんだろう? それもうコミタバじゃん」
「その気持ちは分かる。まあ味方で良かったよ」
一行が乗車する車両は騎士団の車両のため、他に乗客はおらず秘密話をするのに適していた。汽車を運転しているのはベネットの分身体である。
宿の一室のような内装の縦長の車内で、中央にある黒のテーブルに飲み物を置き、各々がソファに座りくつろいでいた。
「さて! 任務説明!」
エネルが手を叩いて本題に入った。プラチナはドン引きの感情を消して集中した。
「この度の任務内容はいたってシンプル、召喚生物の駆除です」
「召喚生物の……駆除?」
「そう、駆除。現地に赴いて殺す」
不穏な言葉を聞いて眉を顰めるプラチナに、エネルが尋ねた。
「プラチナ、召喚生物の定義は?」
「えっと……呪文で発現した生き物」
「正解。じゃあ実際に発現する場面を見た事は?」
「そういえば……ない」
これまでコモドドラゴン原種やガチオーガといった大型種、ファングや棒人間といった小型な召喚生物を目にしてきたが、どのように発現するのかは知らなかった。
「今からヒカリが召喚生物の発現を実演します」
「了解」
エネルが合図をしてヒカリが応えた。プラチナが視線を向けると、ヒカリが無言呪文で淡く輝く球体を掌に発現させた。
球体は手元を離れて宙に、薄く広がり楕円形に。まるで光のゲートのように浮かび上がった。
そしてそこから棒人間が一体、ゲートをくぐって走行中の車内に降り立った。そのままスターの隣に偉そうに腰を下ろす。
プラチナはその棒人間には、おそらく見覚えがあった。いつも騎士団の食堂でヒカリの手伝いをしている記憶がある。
つまりヒカリの召喚生物、という事になる。
初めて見る光景に、目を丸くするプラチナを眺めながらヒカリが言った。
「以上が召喚生物の発現の仕方。例外はあるけど基本はこんな感じで現れ出てくるよ」
「……例外って?」
少し反応に遅れたプラチナにエネルが答えた。
「ツチノコクリスタル。呪文教地下の教主」
「あっ、……確かあれは合わせ鏡の扉から出てきたっけ?」
「あれは条件召喚呪文だからね。通常の発現とは違う特殊な条件の元で発現する生き物。棒人間やファングみたいに普通に唱えるのとは違う」
プラチナはまじまじと棒人間を見とめた。今はスターに対して、偉そうな態度そのままで肩を組んでいる。
丸い白の頭部に黒の棒が繋がって、胴体と手足が構成されている簡易的な人間のような外見。紙に描かれる棒人間が、そのままの姿で現実世界に存在していた。
プラチナがヒカリに疑問を呈した。
「この棒人間って何処から発現されたの?」
「私の部屋から。さっきのゲートをくぐってこの車両内に発現された。ちなみに名前はヤマチ」
「えっ、つまりそれって……」
「召喚生物は空間を超えて、呪文使いの元へと強制的に発現される。一種のワープみたいな事が可能って認識で良いよ」
呪文は超常現象を発現する不思議な言葉。そのため召喚生物達が初回の発現で、一体何処からこの世界にやって来ているのかは誰にも分からない。
しかし二回目からの発現に関しては、既に召喚生物が呪文でこの世界に来ているため、別の場所に存在していようが呪文使いの元へと発現される。
この原理原則は解明されていない。他の呪文もそうだが、呪文使いはある意味雰囲気で呪文を唱え、発現していた。
「プラチナ、話を駆除に戻すよ」
エネルが声を掛け、話の主導権を取った。
「秘密都市でも言ったけど、召喚生物は割とその扱いが悪い場合がある。だから彼らは友好的から非友好的へ、野生化から悪性召喚生物になってしまう」
ファングや棒人間、その他召喚生物はどんな人間に発現されるかは分からない。もしかすると雑に扱ってくる人間の元に発現してしまうのかもしれない。
具体的には、無意味な虐待、呪文の練習台、臨時の食糧、召喚して盾に、他人の召喚生物を誘拐、呪文やワープの原理原則を科学的解明するための実験台などが挙げられる。
人間の悪意の数だけ雑に扱う手段はある。調教した召喚生物達をバトルコロシアムで戦わせて、賭け事に利用する国も過去には存在した。
そしてそれらのせいで、本来友好的な召喚生物達も非友好的になってしまう。雑に扱い続ける人間から逃れ野生化してしまう。人間に恨み憎しみを抱き、野生化に止まらず人間を視界に入れ次第、憎悪を漲らせ殺しに掛かるという性質を持った悪性召喚生物になってしまう場合もある。
そこまで行くと、人間社会を脅かす害獣として人間が駆除しなければならなくなる。人間のエゴで勝手に発現された何の罪のない生き物達を。
「………………ぅ、うぅ」
凄惨なエネルの説明を飲み込めずプラチナは呻き声を出した。先程の棒人間が発現される瞬間を見た時の、物珍しい気持ちは吹っ飛んでしまった。
まさかそんな非道い事を行う人がいるなんて思わなかった。ドミスボのデイパーマー以来の胸糞悪さが身体に染み渡っていく。
ヒカリが補足した。
「一応発現した呪文使いが死んでしまっての、野生化するケースもあるよ。特に五年前の世界的な戦争で飼い主が殺されて、いなくなったりもしたからね」
「ヒカリちゃんも、その……駆除を」
「勿論やったよ。やりたくない仕事だけど、やらなければならない仕事だったからね」
「……そうだよね」
気さくで思いやりがあるエーテルが任務を拒否する気持ちを、プラチナは理解した。こんなの普通の神経ではやってられない。
そして太陽の騎士団は、今回の任務を社会勉強だと言った。つまり五年前の戦争より前にも、召喚生物を駆除する仕事は当たり前にあったのだ。アカムにもゾルダンディーにも。
スターもアルマンもその作業をこなしてきた。
(私は幽閉されてたから、そんなのは知らない)
自身の呪文を鍛える事は、その駆除をする仕事にも繋がる。そもそも今回の駆除任務に自分は同行する。
いざその場面に出くわしたならば、どう行動すれば良いのか。プラチナは思いつかなかった。
スターが気遣った。
「プラチナ、人には向き不向きがある。やれる人員で今回の任務に来ているし無理をする必要はない。ベネットも言ったと思うが、見学でも何も問題はないよ」
「スター……」
スターに膝上に乗っかってポーズを取っている、棒人間ことヤマチを見ながらプラチナは息を吐いた。今の感情では羨ましいという気持ちは浮かび上がらない。
スターの気遣いは嬉しく思う。でもそれでは自分は何も変わらない。もらってばかりの役立たず。
しかし今すぐに、駆除任務に対して集中はできそうにない。これから駆除されるという召喚生物達に同情してしまう。
プラチナは別のジレンマに陥ってしまった。
「見学でもオーケーな理由はもう一つあるよ」
エネルが補足を挟んだ。
「召喚生物の駆除は呪文だけじゃなく銃も使う。だから銃を撃った事がないプラチナは見学でも構わない」
「……エネルちゃん、今銃って聞こえたけど?」
「そうだよ、銃を使用するって言った」
ジレンマの他に困惑がプラチナに加わった。




