10-3 かもしれない運転と街のお祭り準備
太陽の騎士団敷地内にある自動車教習所は、今日は貸切。閑散としている道路コース内には、プラチナが運転する車一台と多数のモヒカン分身が配置されていた。
エネルとベネットから説明を受けて、実際に車を動かしてみる。
ハンドルから伝わってくるエンジンによる振動の感触と、アクセルを踏んで発進させる感覚がプラチナの気分を高揚させる。
「う、おぉ……おっ、わっ、おぉ〜」
運転に慣れるまで精一杯だったプラチナは、しばらくの間感嘆詞の言葉しか口に出せなかった。
だが何事も慣れである。やがてプラチナはスムーズに車を運転する事ができるようになってきた。
アクセルとブレーキの切り替えも、ハンドル捌きも、坂道発進も問題なくこなせている。失敗はS字とクランクの狭路が上手くいかないくらいだ。
プラチナは運転が楽しくなってきた。
停車した時、後部座席でタイミングを見計らっていたエネルが指を鳴らした。
「じゃあベネット、レッスントゥ〜」
「了解です」
少しして、道路コース上に複数台の車が追加された。モヒカン分身が運転している。
「プラチナ、今度は周りにも気を配って運転してみて」
「私の分身体も歩行者として活動させます。道路では様々な事が起こり得ます。かもしれない運転を心掛けてください」
「かもしれない運転?」
「事故を起こさないよう、危険を予測して運転をする。建物の陰からモヒカンが飛び出してくるかもしれない、だから徐行していつでも止まれるようにしよう。みたいな感じで」
「わ、分かった……」
エネルとベネットの言葉をしっかりと聞いて、プラチナは運転を再開させた。
三十分後、プラチナは路傍に車を停車させてハンドルに寄りかかった。既に最初の高揚感はなくなり、運転疲れでぐったりしている。
「モ、モヒカン尽くし……」
レッスントゥの運転内容は、まさにモヒカン尽くしだった。
運転の難易度が上がってプラチナはびっくりした。
歩行者のモヒカン分身が当たり屋になって突っ込んでくる。モヒカンがモヒカンを肩車して、道路を斜め横断してきた。運転の進行が遅くなると、後続の車から柄悪くクラクションを鳴らされてプラチナは動揺してエンストを起こしてしまった。右折時に対向車が猛スピードで進行したりもした。
その他多種多様な嫌がらせに、プラチナは辟易の状態になっていた。今も前方で複数のモヒカン分身にメンチを切られている。
エネルが労った。
「お疲れプラチナ。こんなにも早く運転できるようになるなんて、筋が良いね」
「うん……でも疲れたよ」
同じく後部座席に座っているベネットが言った。プラチナは丸めていた背中を戻し、座席に預けた。
「初心者の九割は、車を発進させる段階でエンストを起こしてしまいます。それを普通にこなせて運転もスムーズにできている。プラチナは凄いですよ」
「ありがとうございます。でも、ベネット……これが呪文使いの心構えに必要な訓練何ですか……?」
車の運転は運転で楽しかったが、今日の目的とはかけ離れているはずだ。
自分は今後を考える上での心構えを教えてもらう。自動車教習がそれとどう繋がるのだろうか。
バックミラー越しにベネットとエネルを見やる。二人は目線を合わせてから元に戻し首肯した。
「呪文に限らず、かもしれないという思考は全ての物事に必要な事だよ。行動した結果による未来を予測する能力は非常に大事」
「そしてそれは呪文使いも同じです。自身の力量をどれぐらい示すべきなのか。示した結果、どんな利益不利益が起こるのか。かもしれないの未来を見据えて行動しなくてはなりません。……まあニールとかは割と、そんなの気にせずに呪文を行使しますが」
ベネットが、続けてぽつりと呟いた。
「テッカ・バウアー」
「っ!?」
「覚えていますか? タミヤの街で出会った彼女を」
「も、勿論です」
忘れるわけがない。太陽の騎士団と称して呪文教地下で誘導してきたあの女。忘れたくても忘れられない。
「未だ、太陽の騎士団はテッカ・バウアーの行方を掴めていません。彼女が何処の勢力なのか、どんな目的があったのかも不明のままです。ですがプラチナに害を成そうとしていたのは確か。ならば、もしかすると今この瞬間も、プラチナを狙っているのかもしれません」
「そこでかもしれないって、その場面に遭遇したらどうするのかを事前に考え準備をしておく。予め想定していれば咄嗟の行動に素早く移れる。自動車のかもしれない運転に似てると思わない?」
プラチナは二人の言葉を飲み込んでから聞いた。
「じゃあ今日の自動車教習もそれを伝えるために行って……」
「車の中はある意味密室だからね。大事な事を伝えるのには適しているし」
「類似点や体験を通した方が理解しやすいと思いますし」
エネルがプラチナに人差し指を向けた。
「ただ! これはあくまでも一意見。正解なんて何処にもない。わらわとベネットが言いたいのは、参考程度に、鵜呑みにせずに考えて自分なりの答えを出す。これが大事」
「説教みたいなのでもう終わりにしますが、色々と聞いて考えて自分の呪文と向き合えばいいと思いますよ」
「……ベネットは」
「はい?」
プラチナは頭に浮かんだ疑問を尋ねた。
「アノマリーで、呪文使いとしてのスタンスは既に確立していて、それは一体どんなスタンス、何ですか……?」
自分と同じアノマリーの呪文使い。ヴァニラとニールのスタンスは既に聞いていたがベネットはまだだった。
ベネットは頷いて、穏やかな口調で正面からはっきりと答えてくれた。
「私の呪文や能力は全て、太陽の騎士団のためにあります。使う必要性があればそれは躊躇なく。信頼できる仲間達と一緒に少しでも長くいるために。……笑い合っていた方が楽しいですから」
エネルが口を曲げて同調した。
「ほんそれ。皆で助け合って笑って生きていけばいいんだよ。何でコミタバとか秘密都市みたいに自分の事しか考えないカス共がいるんだが。わらわには分からない」
「まあ、その答えは永遠に出ませんし今は……プラチナにこれを渡しておきます」
ベネットは車内の引き出しを開け、一冊の冊子をプラチナに手渡した。
「自動車免許取得には座学を履修して、定期的に出されるテストをクリアしなければなりません。免許取得の意欲があるなら熟読しといてください」
エネルがプラチナに問題を出した。
「ちなみにこんな問題があります。夜の道路は危険だから気を付けて走行する。丸かバツか?」
「え? それが問題? 誰にでも分かるんじゃ…….」
「いいから答えてみて」
「普通に丸」
エネルが口を尖らせて解答した。
「ぶっぶー! 正解はバツです。昼夜問わず気を付けて運転しないといけません」
「えぇ……」
プラチナは困惑した。
「何その引っかけ。頭おかしい」
「ですよねぇ。出題者は何故そんな問題を考案したのか。戦争前の問題ですからその理由は分からないまま……世界の不思議の一つかもですね」
「まあどうでも良いじゃん。さ、プラチナ。車庫入れの練習をして今日の教習は終了。車を動かして」
「あ、うん」
エネルに言われ、プラチナは車を発進させた。
○○○
「はい! というわけで何か説教みたいで訓練は中止。街中を散策する事に急遽決まりました!」
「テンション高いカインおじさん、本音は?」
「決まってるだろエネル。激務続きで俺にも休憩を取らせて頂きたい。勿論プラチナのリフレッシュも兼ねてるけど」
助手席に座るエネルのツッコミに、急に入った仕事を片付けた運転中のカインが答えた。
自動車教習は車庫入れを練習して終わった。これは数回の失敗を経て難なくこなせた。
聞けば教習は騎士団員ならば優先的に受けられるとの事だった。
また車を運転したいと思ったプラチナの趣味が、ファングとの触れ合い以外にも増えた形となった。
三人は車でハゲが治る洞窟の街中に向かっていた。
何でも呪文使いの心構えや常識の教え方が、説教臭く感じたらしく気分転換をする事に決めたらしい。
別にプラチナは、説教とは感じておらずこのまま続けても良かったが、特に拒否する理由もなかったため素直に従った。
祭りの事が気になるし、街中を歩きながら教わった事を自分なりに考えていけば良いとも思ったのだ。
到着し車から降りて、いつもの賑やかな街並を見た。祭りの準備で大忙しだった。
「なんかもう、お店を出して販売してる人もいるけど?」
「先行販売だね。一足先に店を出して、固定客とかリピート客とか口コミとか広げてたいんじゃないかな」
「本番に向けて、だな。騎士団で金を取って許可出してるし」
カインとエネルと一緒に街中を練り歩く。世界の中心地での祭りのため、今はまだ準備期間中だが、出し物や屋台は先行で出店している所があり多種多様だ。
世界の色んな料理が食べられる屋台食べ歩きエリアがあれば、絵画や工芸品などが多数展示されてるアートエリアがあって、観光客や街の住人も眺めて歩いている。
広めのスペースには、祭りで芸を披露したいストリートパフォーマンスの練習をしている人達がいる。交通整理もされていて当日には道路でパレードも行われるとの事だ。
それに伴い騎士団の仕事量も増えていく。交通整理に警備、事務方の処理、街の飾り付け、各種調整、その他。
ベネットのモヒカン分身達もかなりの数が投入されていて、あちこちで散見された。
騎士団の人間は皆、祭りを成功させようと頑張っている。
プラチナも手伝いたかったが、入団して日が浅いため祭りの仕事の割り振りは既に終わっており出番はなかった。
「それにしても……」
「どしたの、プラチナ?」
ふと気になった事があったので、プラチナは出店で貰った味見用の料理をつまみながらエネルに尋ねた。
「何だか準備している人達が鬼気迫るような雰囲気を出してる感じがする……まだお祭りが始まってもないのに、かなり真剣な顔だし……」
「そりゃそうだよ。何たってハゲが治る洞窟優先権が進呈されるかもしれないんだから」
「えっ、何それは?」
カインが説明を継いだ。
「名前の通り、ハゲが治る洞窟に優先的に入れる権利の事。騎士団的に評判が良かった出し物を出した人間上位三名に進呈される。今現在洞窟に入れる予約は五年先まで埋まってるから、新規で入りたい人間にとってはまたとないチャンスになってるんだよ」
しかもハゲが治る洞窟優先権は一度だけ、太陽の騎士団の見守る中での転売が許可されている。その利益は無論莫大だ。
だからハゲてない人間も騎士団の評価を得ようと、懸命に出し物や出店の準備をしていたのだった。
ちなみに祭り以外でも、騎士団に貢献した人物や団体に贈られる場合もある。
プラチナは申し訳なく言った。
「……説明してもらってアレですけど、全然分かりません。前提として私は、洞窟を求める気持ちが理解できないみたいです」
カインが肩をすくめた。
「気にする必要はないさ。ハゲた事がないプラチナには理解できない感情だからな。ハゲが治る洞窟を求める気持ちなんざ」
「男が女の痛みを理解できないように、女が男の痛みを理解できないように、ハゲじゃない奴がハゲの痛みなんて理解できるわけがないからね」
「エネルちゃん、それ前も聞いたよ」
「おっと、そうだっけ?」
三人は騎士団の出店スペースに足を進めた。
騎士団員でも休日や有給を使って出店する事ができ、そこで得た利益は臨時ボーナスになるため、団員達のやる気も十分だった。
「おや、いらっしゃい」
「あ、アルスさん」
プラチナ唯一の入団同期である、アルス・リザードもスペースの一角に出店を出していた。
小さな屋台で焼きそばと綿あめを準備しており、クソデカファングことパトラッシュが店番の如く、屋台の横でおすわりしている。
そして首元には「焼きそばか綿あめ購入時に、記念撮影無料」という木の札がぶら下げられていた。
「アルスさんもお店を出してたんですね」
「ええ、私も祭りの仕事はありませんから。少量ながら飲食でもやろうかなと思いまして」
プラチナはもう一度パトラッシュにぶら下げらている木札を眺めた。そして首を傾げた。
「焼きそばは分かるけど、綿あめって何ですか?」
「おや、綿あめを知らない?」
「ああそうか。プラチナの境遇的に綿あめは知らないか。じゃあ、綿あめ一つ」
「お買い上げありがとうごさいます」
エネルがアルスに代金を支払って綿あめを購入し、プラチナに手渡した。
「はい、プラチナ。綿あめを食べてどうぞ。お菓子です」
「あ、ありがとうエネルちゃん。後でお金は渡すね」
「ういうい」
プラチナは包装された袋を外し、露わになった雲みたいなふわふわの菓子を口に含んだ。
「あっ、美味しい……!」
すぐに口の中で溶けて甘さが広がる食感にプラチナは目を輝かした。
アルスが満足そうに微笑んだ。
「お口に合って良かったです。パトラッシュと記念撮影していきますか?」
「はい、それはもう!」
「それでは、はいチーズ」
プラチナは嬉しい気持ちで答え、パトラッシュの横に立ち身体を寄せて、屋台と一緒にアルスに写真を撮ってもらった。
かしゃり、とシャッター音の後に現像された写真を手に取って笑顔になる。気分転換以上の楽しい時間に心が弾む。
おそらくアルスもそうだろうと思った。彼はある意味、第四の人生を謳歌している。
それはアルスの、普段の明るい朗らかな様子や、騎士団員としての精力的活動から、何となくだがプラチナは推察できた。
そんなアルスとプラチナの様子を、少し離れた位置で眺めていたカインがぽつりと呟いた。
「プラチナが楽しそうで何より。だが逆にスターは曇る一方か……表面上は変わらないが」
カインの隣で同じく眺めていたエネルが応えた。
「騎士団的にもレオナルドをぶっ殺せて、ゾルダンディーとの信頼度の高い同盟を締結できて順調そのもの。マイナスなのはスターだけ」
「そうなんだよなぁ……何とかならないものか。今もゾルダンディーの資料やこれまでのコミタバの動向を調べ直しているし、スターには本当に元気になってほしいんだが」
「探しものが見つかれば多少マシにはなるんだけどね……クレアとネイト・ネッシーの捜索状況はどうなってんの? 相変わらず?」
「悪い、相変わらず成果なしだ。リソースを割いているが影も形も掴まらない」
「そっか……まあ数年前から探しているのに今更見つかる可能性も低いしね。仕方ないよ」
「だが一応バルガス・ストライクが見つかったんだ、生きているのなら見つけ出すさ。……ビルのためにもな」
カインの言葉にエネルは同調し、頷いた。
「うん、そうだね」
プラチナが戻ってきてまた三人で街中を歩く。その途中でカインが口を開いた。
「おっと、言い忘れていた。プラチナ」
「はい?」
「開催されるお祭りだが……レスティア王が来訪します」
「ゔえっ!?」
「めっちゃ嫌そうなリアクション……」
「いえ、別に嫌ってわけじゃないんですけど……ないんですけど」
祭りの準備期間を楽しんでいたプラチナは、一気に萎むような心持ちになってしまった。
一応父の幽閉の理由は判明し納得もしているが、それで昔のような親子間に戻るわけではない。
正直、今更どう話したらいいのか分からない、気まずい感情にどうしてもなってしまう。
エネルが言った。
「一応レスティア王が仲直りしたいってのは改めて伝えておくよ。騎士団的にはアドバイスはしてもいいけど、結局は二人の問題だし首はあまり突っ込む事はできないから」
「うん、それは……当然だから」
本当にどうしたら良いのか、シンシアやスピカが言ってたように数発殴ってみるか。
そう考えてプラチナは首を振った。そうはならないだろう。
不意に子供が泣く声が聞こえた。視線を向けるとエネルと同じくらいの背丈の茶髪の少女が一人、両目を手で押さえて泣きじゃくっている。
迷子だと思いプラチナは駆け寄った。すぐに二人も続く。
「大丈夫? 迷子? お父さんやお母さんは?」
「お父さん……お母さん……う、ぐすっ、うう、うわあぁぁあぁんっ!!」
迷子の少女は蛇口を捻った水のように、更に激しく声を上げて泣いてしまった。
対応を間違えたと思ったプラチナは、エネルとカインに助けを求めた。
「えっと、その……どうしたら?」
「迷子か。まあ普通にアナウンスで親を探すから騎士団支部に連れて行かないとな」
「街の治安的な事柄も騎士団の仕事だし、とりあえず身長が近いわらわがその子の手を繋ぐ。プラチナは離れて」
「分かった」
エネルが迷子の手を繋いだ。泣きじゃくっていた割にはすぐに応じてくれた。
三人は迷子の子供と共に、騎士団支部の方向へと歩いて行った。




