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10-2 エネルとの雑談と自動車教習所

 呪文の訓練では、プラチナは筋トレにも励む事になった。ヴァニラとエーテルの指示の元、身体の様々な部位をいじめ抜いたのだ。

 そのおかげで訓練から数日は筋肉痛になり、プラチナはとても苦労した。



 ゾルダンディーから帰還して二週間と数日が経過した。プラチナは既に太陽の騎士団所属の身になっているため、騎士団の仕事に従事している。

 食堂の手伝いや清掃、警備や街の巡回などが今のプラチナの仕事である。

 慣れない部分もあるが精力的に取り組み、初対面の他の団員達やエネル達の助けもあって概ね上手く行っている。

 騎士団の団員達は皆、とても親切だった。


 そんなある日の休日。街中のファング触れ合い店を堪能したプラチナは、騎士団の敷地内を歩いていた。


 太陽の騎士団のフェンスに囲まれた領域は、小さな街のようだった。

 消耗品等を売ってる雑貨屋や銭湯、訓練場など色々あって、わざわざ大きな街中まで足を伸ばさなくても大抵の物は買える。

 そのためベネットのモヒカン分身を含めて、騎士団の団員達が度々散見されていた。


 プラチナはエネルに呼び出されて、敷地内の噴水広場に来ていた。

 瑞々しい景観の広場にはゆっくりな雰囲気が流れ、陽の光が降り注ぎ所々に反射している。


「あ、いたいた」


 エネルは既に到着していて、ベンチに座りスケッチブックに広場の風景画を描いて時間を潰していた。

 プラチナは歩いて行って、後ろから声をかけた。

 

「エネルちゃん、来たよ」

「んお、来てくれてありがとね。プラチナ」

「ううん全然」


 エネルの隣に腰掛けて、完成間近の風景画を眺める。相変わらず絵が上手い。


「前々から思ってたけど、エネルちゃん凄く絵が上手だよね。練習したの?」

「練習……ってよりは暇つぶしの延長かな。わらわ百年以上生きてるし、……いや二百年か。暇つぶしで描いてれば絵も上手くなるよ」


 エネルはそう言って風景画を完成させた。プラチナは記憶を辿って疑問を呈した。


「二百年? 百年じゃなくて?」

「プラチナは忘れてると思うけど、わらわ剣なんです。睡眠は不用。年数では百年だけど体感ではその倍って事だね」

「へぇ〜」


 知らないエネルの一面を聞いて、プラチナは関心ありげにリアクションをした。

 エネルが筆記用具とスケッチブックを無限カバンに収納した。


「やっぱ長く生きていると暇なんだよ。だから剣旅行で世界各地を巡ったりもした」

「剣旅行?」


 エネルが紙袋から数種類の飲み物を取り出し、プラチナに選ばせながら続ける。


「わらわは剣。旅行資金が切れたら剣になって適当な道端に転がる」

「うん」

「通行人が、おっ剣じゃーん、と家に持ち帰ったり店で売る。真夜中にわらわが人間の姿に戻って静かにお金を拝借して次の街に。その繰り返し」


 リンゴジュースを両手に持ったプラチナは、少しの唖然と少しのドン引きを含めて言った。


「エネルちゃん、それ犯罪……窃盗」

「昔の話だから時効で、あと当時は住所不定無職の国籍なしだったし、わらわ人権なんてないし……駄目?」

「多分、駄目」

「駄目かぁ」


 エネルがプラチナの様子を見て穏やかに笑った。


「まあその過程で、世界各地を巡って気持ちが良い人間がいると分かった。でも逆にゴミみたいな人間もいると分かった。……そして比率で言うのなら、ゴミの方が多かった」


 エネルの声が穏やかながらも、真剣味を含んでいく。


「プラチナは、最近どう? 騎士団に入団して半月が経過したわけだけど」

「毎日が楽しいよ。団員の皆が優しくしてくれるし充実してる」

「それは良かった。訓練の方は?」

「体力作りから。……呪文は鍛えていくつもりだけど、人を殺す覚悟は、まだない」


 スターと同じ最も信頼できるエネルだからこそ、プラチナは正直に自分の気持ちを吐露した。


「私は知らなかった。ヴァニラちゃんもエーテルちゃんも人を殺した経験があるなんて。今までの話を考えてみたら当たり前なのに」

「そりゃね。コミタバやコミタバ以外にも、騎士団に敵対してくる勢力がいたし、話せば分かる状況なんてなかったよ。復興を目指す過程でやりたくない事も色々とあった」

「うん……それで二人に、呪文を鍛える事は人殺しに繋がっていく可能性が高いって教えられた」


 更に自分はアノマリーの呪文使いだ。使い方によっては一国を落とせる呪文を持つために、様々な不利益が生じてくるかもしれない。


「でも私は、スターとエネルちゃんに恩返しがしたい。役に立ちたい。今まで貰ってばかりで、本当に何も返せてないし」


 エネルが右手を振って否定した。


「いや、別に気にしなくても良いのに。アルマンの件に関しても、レスティア王の件でも、わらわとスターは好きでやっただけだし」

「それは関係ないよ。恩を返さないと私の気が済まない」

「……うん」

「だから自分の呪文を鍛えようと思うし、勿論応用力があるってシンシアが言ってたアレも練度を上げようと思ってる……けど」


 アレとは付与のアノマリーの事。

 エネルがプラチナの言葉を継いだ。


「思ってはいるが、人殺しに繋がるかもだしその覚悟はない、でも役に立ちたいってループばかりしているわけだ。ぐるぐる、ぐるぐると」

「そうなんだよ……」


 プラチナは嘆息した。

 アノマリーの呪文を鍛えた事で逆に太陽の騎士団に、スターとエネルに迷惑が掛からない事も懸念していた。

 だがデュラハンの時もガチオーガの時も、レオナルドの時も感じた足手纏いにはなりたくない気持ちもある。役にも立ちたい。でも人を殺す覚悟もない。

 一種のジレンマに陥っていた。


「なるほどね」


 エネルが言った。


「プラチナの考えは理解した。そして呼び出した本題に入ります」

「……そう言えば、まだ用件を聞いてなかったね。午後から何かするって話だったけど」

「休日のプラチナには申し訳ないけど、別の訓練と、わらわなりの呪文使いの心構えを教えようと思ってね。境遇が特殊で色々悩んでるようだし、少しでも今後の手助けになるように。ハゲが治る洞窟内部にも入るよ」


 エネルは立ち上がって親指を指し示した。その先に見えるのは太陽の騎士団本部。


「午後からはちょっとした経験を積んで、さらにプラチナの力量をある程度見極めさせて貰います。というわけで、わらわの後について来て」


 ハゲが治る洞窟に行けると聞き、プラチナはすぐに立ち上がってエネルの後に続いた。



○○○



「ベネット、カイン、いるー?」


 エネルに案内されたのは騎士団の司令室だった。ゾルダンディーに赴く前の変わらない室内に、とある二人の男がソファーに座り作業をしている。


「おっ、来たな」

「時間ピッタリですね。丁度いいですし私達も一息入れましょうか」

「だな。事務仕事は肩がこって仕方ねえ」


 一人は非モヒカン状態のベネット。慣れた手つきで紅茶の準備をしてくれている。

 もう一人はカイン・アンダーソン。クリーム色の髪で三十路前後の男。太陽の騎士団とハゲが治る洞窟がある街の内政を統括している偉い立場の人物。

 ゾルダンディーから帰還してすぐに、紹介されたためプラチナも既に知っていた。


「おっと、先にこれをプラチナに」


 テーブルの上にあった書類を片付けて、四人で紅茶を飲んでからカインが言った。

 封筒をテーブルに置いて、すすすとプラチナの方に進める。


「今月のお給料。まあ半月分しか入ってないけどな」

「お給料……!」


 プラチナは封筒を受け取って中を覗き込んだ。確かにお札と少量の硬貨が入っている。

 生まれて初めての労働で得た給料を手にして、気分が高揚した。かなり嬉しい。


「そっか、今日は給料日だったんですね」


 金銭入る封筒が、何だか光り輝いて神々しく見える。

 しかし三人の微笑ましい視線に気付いてプラチナは気恥ずかしくなった。

 カインが感慨深げに頷いて言った。


「俺も初めて給料貰った時は目を輝かせて何に使うか考えていたっけ……懐かしいなぁ」

「昔の事をしみじみと思い出す。カインおっさん臭いよ」

「正直もうおっさんだと思う。最近脂っこいもので胃もたれするし、寝ても疲れが取れない時あるし。体力の最大値が下がってるわこれ」

「温泉でもどう? って聞かれたら、あぁ良いっすねーっていう気持ちになる?」

「あぁ良いっすねーって気持ちになるわ。やはり俺は……」

「わらわ断言してあげる。カインはおっさんです」

「……やはり、か。まあ薄々そうだと思っていたが、いざ自覚すると心に来るものがあるよなぁ」

「人は皆、何かを失って成長するものなのです」

「二人とも、馬鹿やってないで話を戻してください」


 ベネットの指摘で、エネルとカインが姿勢を正す。何て言えばいいか分からなかったプラチナは、話が戻されて良かったと思った。

 カインが言った。


「さて、エネルから話は聞いてる?」

「はい、訓練と呪文使いの心構えを教えてくれるって聞いてます」


 カインにもプラチナの事情は話してある。騎士団においてスターとエネル、ベネットと同じ信頼をカインは持っているのだ。


「レスティア王からの同盟締結上の条件で、プラチナには社会勉強をしてもらう事になっている。そしてそれは、この街の中だけではなく、今後騎士団の団員として外に出て任務をこなす事も含まれている」

「えっ、私街の外に出て任務をこなすんですか?」

「そうだよ」

「それは……コミタバを排除したり、秘密都市みたいなのを調査したりの?」

「いや、ないないない。それは流石にプラチナには荷が重すぎるから」


 カインが手を振って否定して、プラチナはほっとした。

 今までの同行した騎士団の活動から、考えられる任務に就くのかと思ってしまった。


「だが……割と胸糞悪い任務なのは覚悟してほしい。呪文使いの常識として必要な事柄とは言え、正直幽閉されてたプラチナに就かせるのは……ちょっとなぁ」


 カインはベネットとエネルに顔を向けた。二人は真面目に頷いた。


「必要性のある任務とは言え、仕事として割り切らなければなりません。普通に見学でも良いです」

「わらわが人間三割死ねって思う一つの要素になるぐらいは胸糞悪いよ」

「そ、そんなに……」


 二人の言葉にプラチナは息を呑んだ。一体どんな任務なのか。

 カインが安心させるように続けた。


「勿論、スターとエネルも同行させるから一人で気負う必要はないよ。あと二人加えて計五人で任務に向かってもらう予定。……まだ調整中だけど」


 その時、司令室に備え付けられている通信機器から通話要請の音が鳴った。カインが立ち上がって受話器を取る。

 そしてカインがげんなり嘆息した様子で受話器を置いた。


「急な仕事が入った泣きそう。この後のプラチナに同行する予定だったが俺はちょっと抜ける。ベネット、代わりを頼んだ」

「了解しました。行ってらっしゃい」


 カインは掛けていた騎士団のコートを羽織って、足早に司令室から出て行った。

 エネルが見送って同情するように口を開いた。


「やっぱ今の時期は忙しいから、カインは引っ張りだこで大変だ。可哀想……」

「確かお祭りの準備があるんだよね? 各地から人が集まるこの街で」

「そうなんです。復興から五年の経過したからね。これからも平和が続くのを願っての、大きなお祭りが後日開催されます」


 元々あったハゲを治る洞窟がある街の運営、騎士団の敵の情報収集、ゾルダンディーとの同盟締結による交易開始、そして太陽の騎士団は今、とある祭りの準備をしていた。

 その祭りは世界の中心地であるこの街で開催されるため、規模がとても大きく準備の作業量も膨大だ。

 騎士団と街を統括する立場にあるカインは、連日の激務に汗水流して精を出していた。


「さて」


 ベネットが言った。


「それでは移動しましょうか。騎士団の敷地内に目的の訓練施設がありますから」



 騎士団本部を出てベネットの運転で二人は車に乗って敷地内を走る。

 プラチナがどんな施設かと尋ねると、ベネットはこう答えた。


「別に重要ではありませんが、ある意味ハゲの治る洞窟と負けず劣らずの人気度を誇る、この街の施設になります」

「そ、そんな施設がハゲが治る洞窟の他にも……?」

「ええ、連日連夜その施設を求めて多くの人々が街に来訪するくらいには人気です。今日は貸切にしましたが」


 ハゲが治る洞窟と同じくらいの人気がある施設。それを一体どんな施設なのか。

 プラチナは今から体験する事になる施設に、緊張の心持ちとなった。


 十分くらいの移動で目的地に到着した。車から降りてその広々した空間にプラチナは目を見開いた。


「道路があって車が沢山停まってる……」


 そこは見晴らしが良い大きな道路空間だった。

 色々な道路がある。直線、S字、クランク、踏切に接している道路、交差点、坂道。

 近くに建物が数軒あって、その内の一つは受付だ。免許の取得更新のために日夜、多くの人々が出入りしている。

 プラチナは困惑と期待混じりで後ろの二人に振り返った。


「エネルちゃん、ベネット、もしかしてここは……」


 エネルが応えた。


「そうだよ、ここは自動車教習所。今からプラチナには車の運転をしてもらいます」


 不意に車のクラクションの音が鳴った。視線を動かすと、モヒカン分身が運転する車が近づいてきた。

 そして車から降り、分身体はコース内にある歩道に佇んだ。


「と、いうわけでプラチナ」


 ベネットが朗らかに言った。


「運転をお願いしますね」


 元々車の運転に興味があったプラチナの自動車教習が始まった。



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