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10-1 ヴァニラ&エーテルによる呪文訓練

「というわけでプラチナ、まずは限界まで走りなさい」

「準備運動は終わってるから位置についてぇ……はい、スタート!」


 ヴァニラとエーテルの号令の元、プラチナは走り出した。

 どうやら走る事も呪文訓練の一環らしい。



 最近は薄ら寒い気温が続いたが、今日は少し暑かった。身体を動かしていれば程良く汗をかく、運動日和の一日と言っていいのかもしれない。


 そんな日にプラチナは、ヴァニラとエーテルに連れられて騎士団敷地内にある訓練場に来ていた。

 訓練場と言うよりは運動場のような屋外施設で、天井は開かれ日差しが爛々と降り注いでいる。


 運動に適した格好を指示されたので、ゾルダンディーから持ってきた軽装で臨んだ。ヴァニラとエーテルもラフな格好をしている。


 最初の内は一定の速いスピードで走り続けていたプラチナだったが、徐々に息切れを起こし肺が悲鳴を上げてきた。

 そこにエーテルの軽い叱咤が飛ぶ。


「プラチナー、スピード落ちてるよー。上げて上げてもっと走ってー!」

「うっ、分かってる……けど、はぁ、結構……かなり、キツイ」


 設定した時間内を決められた速度で走り切る、三十分走をプラチナはやらされていた。

 時間内を常に一定の、ジョギングより速いペースで走り続けるため、これが結構キツイ。

 しかも後ろから、ヴァニラが発現した氷の姫騎士少女が追いかけてきて、速度が落ちる度に尻を叩いてくる。

 これも結構強く叩いてくるので、プラチナは体力が続く限り全力で走り続けた。


「ヴァ、ヴァニラちゃん! はぁ、あと……何分!?」

「そうね……あと、一分」

「えっ、本当!?」

「あ、違った。後二十分ね、いや三分? やり直しかもしれないわね」

「え、えぇ〜」

「まあ、時間はしっかり正確に測ってるから、限界まで走り切りなさい。完走は無理だと思うけど」


 やがてプラチナは限界を迎え、地面に大の字で倒れ込んだ。

 体力には自信があったが、三十分走を完走するのは無理だった。

 不意に冷たい感触が額と頬に伝わった。見れば姫騎士少女がしゃがみ込んで氷の人差し指で突いてきていた。触れる指先はひんやりして実に気持ちがいい。

 プラチナは呼吸を整えて、上体を起こした。


「はい、プラチナ。ドリンク」

「うん……ありがとう」

「ガブ飲みは駄目だよ。ちびちびと飲むように」


 エーテルに言われて、プラチナは水筒のドリンクをちびちび飲んだ。

 確か、一気飲みは水分補給に適さないと本で読んだ事がある。記憶は定かではないが。

 プラチナの呼吸が整ったと判断して、ヴァニラが言った。


「プラチナ、今の気分は?」

「凄い疲れたよ。……体力には自信があったのに」

「そう、次は電撃呪文をあれに撃ち込んでみて」

「あれ?」


 ヴァニラが指差す方向を見ると、離れた位置に見覚えがある大剣が地面に突き刺さっていた。


「あれって、ジクルドさんの壊れない剣? オーバーパーツの……」

「頑丈だし目印に丁度いいから借りてきたの。呪文を試し撃ちする練習台にもなるし。発現する電撃呪文は好きなやつでいいから」

「分かった……ボルトティア!」


 地面に座ったままで発現した電撃は、壊れない剣に到達したが、その出力は控えめだった。

 そしてプラチナは急激な疲労感に襲われて、また走り切った直後のように息を切らした。体力を消費したのだ。

 エーテルが言った。


「ま、これが今のプラチナが限界って所かな」

「そうね。やっぱり体力作りから始めないと」

「えっ……と、はぁ、それは……どういう、事?」

「呪文の発現には体力を消費する。プラチナは今、限界まで走って体力が低下中。その状態で呪文を唱えて発現できても、その出力は弱くなる。そういう事だね」


 どんな人間でも永遠に走り続ける事はできないし、筋トレにも限界はある。エネルギーは無限ではない。

 体力とはすなわち身体を動かす力。それは呪文を発現する時にも消費される。

 呪文を発現すればするほど、疲労が溜まり出力が落ちていく。

 そして最終的には、呪文を唱えても超常現象は発現せず、疲労蓄積により身体を動かす事は困難になってしまう。今のプラチナのように。


 ヴァニラが言った。


「別にそんな難しく考える必要はないわ。呪文の発現には体力を消費する。戦闘での回避や移動とかにも体力は消費する。だから呪文使いは体力が多ければ多い方が良いってだけの話」


 プラチナはレスティア王の要請で、最低限自分の身を守れるくらいには、呪文の訓練を課す事になっていた。

 故にまずは体力作りから。プラチナのアノマリーに関しての話は、その後になる。


「ヴァニラちゃんも、エーテルちゃんも体力があって、三十分走を完走できるの?」


 プラチナの素朴な疑問に二人は頷いた。


「勿論、当然でしょ。二、三セットは余裕よ」

「太陽の騎士団の訓練方針は心技体、じゃなくて心体技、だからね。団員も全員技術よりも先に体力作りから始めているよ。プラチナも同じく身体から」

「う、うへぇ……」


 プラチナは少々げんなりした。

 訓練は色んな呪文を唱えたりするのかと思っていた。でも初めは体力作りから。また三十分走をやらなければならないのか。


 そのプラチナの様子を見て、ヴァニラが言った。


「まだ体力が戻ってないようだし、無言呪文や複数発現についても説明しておきましょうか」

「無言呪文、複数発現?」

「いや、……ちょっと待って。呪文の基本的な種類は知ってる? 条件呪文とか共唱呪文とかの」

「それは大丈夫。エネルちゃんに教えてもらったから」

「そう、じゃあ無言呪文と複数発現ね。実際に見た方が早いから……エーテル」

「オッケー」


 ヴァニラの視線に頷いてエーテルが呪文を発現した。極太の黒紫光線が突き出した右手から射出され、壊れない剣に着弾する。

 エーテルは呪文を口で唱えずにバルガライ・ブラストホウを発現した。プラチナは目を見開いた。


 ヴァニラが説明した。


「これが無言呪文。口で呪文を唱えずに呪文を発現する。割と難易度が高いから呪文使いの力量を測る一つの目安になるわ」

「あ、スターもよく唱えないで盾手裏剣を発現してた」


 スターだけではなく、今のエーテルもコミタバのレオナルドも同じ事をしていたのをプラチナは思い出した。


「で、複数発現。これも言葉通りのイメージでいいわ」

「ソード・ブレイド・バルガライ」


 エーテルが黒紫の剣を右手に発現し握った。続けざま二つの呪文を唱えた。


「ヴォルドア・グラズ・バルガライ。ディアニガル・キュール・バルガライ」


 エーテルの足元の地面に、黒紫色の魔法陣が展開される。

 エーテルの左手に黒紫の超特大球が発現されて、壊れない剣に射出された。着弾時の風圧と衝撃音が訓練場に広がる。


 ヴァニラがまた説明した。


「一つの呪文を発現している最中に、同じ呪文もしくは別の呪文を唱えて、複数の呪文を発現する。これが複数発現。まあ、そのまんまね」

「これも力量を測る一つの目安?」

「そーだよ」


 バルガライの剣を解除したエーテルが応えた。少しだけ息が弾んでいる。


「ドバードの秘密都市でのレオナルドがそれだね。ボクとスターとジクさん三人相手でも、複数同時に発現して迎撃してたでしょ?」

「うん。あれって、やっぱり凄い事だったの?」

「かなり凄い事だったよ。しかもあれは分身体。多分本体よりも火力は低かったはずだし」


 でもレオナルドの心配はする必要はない、とエーテルは肩をすくめた。既に死亡している。


 プラチナはコミタバのレオナルドを頭に浮かべた。

 敵だったが同じ電撃呪文の使い手になる。立体的な矢印電撃や電撃網を発現して、太陽の騎士団を追い詰めていた。

 その時に唱えていた呪文は耳に届いていた。だからガンシーム・ボルトティアやアーミーボルトティアも自分も唱えれば発現できるかもしれない。


「ボルトティアの呪文、色々と発現してみる?」


 ヴァニラの言葉にプラチナは、ぴくりと反応した。


「いいの?」

「……さあ、どうかしら? エーテルはどう思う?」

「うーん、プラチナにお任せします」

「じゃあ、やる!」


 決定権を持たされたプラチナは即断した。自分がどんな呪文を発現できるのかを試してみたかった。


 ヴァニラが観察するように言った。


「なら、標的は壊れない剣に。威力は抑えて発現してみて」

「うん……ガンシーム・ボルトティア!」


 感覚的に呪文の威力の調整はできていた。細長い立体的な矢印電撃が目標に射出される。

 プラチナは続けて呪文を唱えた。


「アーミーボルトティア!」

「エクス・ボルトティア!」

「ロンゴ・ボルトティ、ア……!」


 すぐに体力は限界を迎えて、発現していた電撃槍は消失した。しかしレオナルドが発現していた電撃呪文は、自分も発現できると分かった。


 プラチナは呼吸を乱しながら、二人に視線を移した。ヴァニラが言った。


「プラチナ、ちょっとタイム。エーテルと少し会議するから休んでて」

「えっ、うん……」


氷の姫騎士を残してその場から離れて、ヴァニラとエーテルは声を顰めて話し合った。


「全部レオナルドが発現してた呪文と同じのを、プラチナは発現できてた。多分電撃鹿も発現できると思うよ」

「それに加えてアノマリーも使える。実践経験がないプラチナが強大な力を持っている。……どう教育するべきかしら?」

「とりあえず釘を刺した方がいいんじゃない? 呪文を鍛えれば鍛えるほど戦闘をする事になる。それは殺人に繋がる事を伝えて気付いてもらって」

「プラチナ本人はアノマリーを含め、呪文を鍛えるのに乗り気なのがね……悪い事じゃないけど幽閉されていたせいで、人を殺す覚悟なんてないだろうし。難しいわね」


 会議が終わってヴァニラとエーテルは戻って来た。プラチナは姫騎士の両手を握って涼んでいた。


「プラチナ、ついでだしアノマリーついても少しだけやるよ」

「うん、分かった」


 二人が先程より真面目な雰囲気だったため、プラチナも気を引き締めた。

 ヴァニラが言った。


「さて、プラチナもアノマリーの呪文使いのように、私もアノマリーの呪文使い」

「うん」

「そもそもアノマリーの呪文の定義って何? プラチナは答えられる?」

「えっと……」


 プラチナは無論分かっているが、今一度知識を思い起こして答えた。


「使い方次第で国を落とせる呪文。アノマリーって文言が必ず付く言葉」

「そう。でも結局は呪文。その言葉を聞いた悪人に才能があった場合、アノマリーの呪文を唱えれば発現できてしまう」

「アノマリーじゃないけど、レオナルドが発現した呪文を聞いて私が発現できたように、だよね?」

「その通り。でも見聞きするだけじゃなく色々とあって……」


 そう言ってヴァニラは口を閉ざして黙り込んだ。エーテルも同じく黙ってプラチナを眺めている。

 約五秒、時間が経過した。静寂が周囲に行き渡る。流石のプラチナも首を傾げ、何事かを聞こうとした。


 その時、エーテルが吐血した。すぐに手で口を押さえるが赤い鮮血は口から漏れ出してくる。


「こっ、ふうぅ……」


 両膝を折って崩れ落ちるエーテルを、すぐ横にいたヴァニラが支えた。

 プラチナも焦りを充満させて近寄った。


「エーテルちゃん! 何で、どうして……!?」

「こんな時に持病が……! 不味い、間に合わないかも……!」

「持病!?」


 プラチナの知らない情報だった。ヴァニラが顔を歪めて嘆願する。


「プラチナ、間に合わないから言うわ。エーテルにアノマリーを使って!」

「えっ、その……付与を!?」

「ちょっと今は都合が悪いの。このままじゃ間に合わない、早く!!」

「私は……えと、分かった!」


 事情は分からないが吐血したなら緊急事態なのは分かった。それにヴァニラが嘘を言うわけがない。エーテルは自分のアノマリーを必要としている。


 プラチナは付与のアノマリーを持って、エーテルを救おうとした。しかし……。


「はい、この袋の中にオエーってして」

「オエー」


 ヴァニラが袋を広げてエーテルが血を吐き捨てていた。

 顔を上げたエーテルの状態は健康そのものだ。口の周りは赤いが先程と何ら変わりがない。


「ソード・ブレイド・バルガライ」


 呆気に取られているプラチナを無視して、エーテルがヴァニラの後ろに回り込んで、その首元に黒紫の剣を突き付けた。


「プラチナ、ヴァニラを殺されてほしくないなら……今すぐにアノマリーを発現してスターを無力化して。距離は関係ないんでしょ?」


 殺気溢れるその言動は敵対そのものだ。だがヴァニラの態度がそれを台無しにする。


「きゃー、助けてー」


 両手を上げての棒読みだった。プラチナも演技だとすぐに理解できた。


「……何これ? 茶番?」

「ただの茶番じゃないよ、プラチナにとって大事な茶番だよ」

「その、エーテルちゃんは吐血したけど身体は大丈夫?」

「大丈夫。あれ、口の中に赤い液体を発現する呪文だからね。無言呪文で唱えた」

「そんなのがあるんだ……」


 ヴァニラが話を進めた。


「演技に脅迫。プラチナにアノマリーの呪文を、情報として喋らすやり取り。今のはアノマリー相手に正面からではなく、搦手を使ってプラチナを動かそうそしたのよ」

「……なるほど。イェーイ、死者くん見てる〜みたいなもんか」

「え、何それは?」


 エーテルの疑問を無視して、プラチナは呪文教で助け出された後の事を思い出した。

 あの時教主カーネは、人気のない地下で自分を待ち構えていた。自身のアノマリーを外部に流出させないためにだ。

 カーネは脳内閲覧のアノマリー。人の記憶や知識、感情を見る事ができる。その事はスターとエネル、プラチナ三人の秘密になっていた。

 つまり、カーネは凶悪なアノマリーの呪文を発現できたのである。そしてそれは、自分も同じだ。


 ヴァニラ曰く、演技に脅迫。変身呪文で親しい人物になりすまして、聞き出す搦手もあるとの事だった。

 カーネもそれを理解していた。だから地下で待ち構えていた。

 そこまで考え至ってプラチナはぽつりと呟いた。


「アノマリーの呪文使いって、大変だ」


 ヴァニラが応えた。


「まあね。でも方向性を定めれば簡単よ」

「方向性って?」

「もう演技とか脅迫とか面倒臭いから、敵対者や疑わしい者には普通に呪文をぶっ放す。必要ならアノマリーもね」

「……それは、いいの?」

「さあ? でも私とニールのアホはそうだし、必要性があれば躊躇なく発現するのも一つの手だと思う」


 ヴァニラとニールは必要とあれば、自身の呪文を躊躇なく発現する。

 これまで騎士団の活動でアノマリーの呪文使いだと露見している部分もあるが、殺られる前に殺れの精神を基本スタンスにしているのだ。

 自身の強大な力を全面的に示して、抑止として機能させる側面もあった。一線を超えたら殺すぞ的な。


 ヴァニラが言った。


「まあ色々と面倒なのよね、アノマリーは。だからプラチナは、今後自分の呪文とどう付き合っていくのかをしっかりと考える事」

「それは……鍛えるか鍛えないか?」

「アノマリー含めて呪文を発現するか、それとも死ぬまで発現しないようにするか」


 エーテルが真剣に言葉を継いだ。


「呪文を鍛えれば鍛えるほど、戦闘する事になる。それって殺人に直結しちゃうかもだからね」

「……殺人」

「プラチナは人を殺す覚悟はある?」


 目を見開いてプラチナは首を振った。そんな覚悟あるわけがない。


「だよね。でも悪人側はプラチナの事情なんて知ったこっちゃない。あの手この手でアノマリーの情報を聞き出そうとしてくる。利用しようともしてくる。正当防衛をしなきゃいけない時が来るかもしれない」

「その時になったらプラチナは、どう行動するのか? レスティア王もそれを懸念していたみたいね」

「お父さん、シンシアに蹴り飛ばされた後、後悔しない選択をって言ってた。あれはそういう意味で……」


 プラチナが思考の海に沈んだ所で、ヴァニラが引っ張り上げて言った。


「まあ、今は体力作りが優先されるし、考え事は後にしなさい。それよりもプラチナ、二セット目やるから準備して」


 思考を掻き乱されたプラチナは嫌な声を出した。


「うぇっ、その……もうちょっと休んでから」

「はいダメー! 考えても纏まらないなら体力作りからー、位置についてぇ」


 エーテルが言って、氷の姫騎士もプラチナの背後に回り込んだ。プラチナはまた三十分走をやる事になってげんなりしながら重い腰を上げた。


「よーいスタート!」


 考え事を後回しにして、エーテルの合図が宣言された。プラチナはまた、一定の速度で走り出した。


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