9-3 プラチナのこれからについて
「はぁ〜」
城の女性浴場の湯に浸かって、プラチナは顔を綻ばせた。
今思えばずっとシャワーばかりで、湯船に浸かるのは久しぶりだ。緊張や疲労が身体から抜けて、湯に溶けている感じがする。
太陽の騎士団のヴァニラとエーテル、ゾルダンディーのスピカも、同じく湯に浸かり疲れを癒していた。シンシアは近くで待機している。
「疲れた……本当に疲れたぁ。何なのあの硬い奴、殴っても殴っても硬すぎるし」
ヴァニラがぐでっ、と浴槽の縁に寄り掛かって白い背中を見せている。陽動組で負担が一番高かったため、疲労の度合いがピカイチだった。
そんなヴァニラにスピカが小馬鹿にするように指を振った。
「チッチッチッ、全くだらしないですねぇ。鍛錬が足りてないんですよ鍛錬が。兄さんが強いのもありますが」
「……まあ確かに身体は鈍っていたかもしれないか。壁に突っ込んでたゾルダンディーのケツデカに言われるまでもないけど」
「いやケツデカじゃありませんよ、美人最強剣士ですよ。間違いないでください」
「はいはい、ポンコツも加えてね」
「ちーがーいーまーすー!」
ヴァニラにあしらわれて文句を垂れるスピカは、昔と変わらない。幽閉される前も二人で遊んだ記憶が今のプラチナにはある。
もう既に知っている事だが、母オリビアは自分の記憶を封印していた。そして思い出した。
今のプラチナは、忘れていた事を思い出す感覚を何度も何度も実感していた。
「ハンバーガー、ですか?」
「うん、ボクはハンバーガーが好物なんだよね。百年以上稼働してる人形が作ったバーガーを食べてみたい。メイドさんだから料理できるでしょ?」
「できますが拒否します。私、人間が嫌いですから。好感度を上げてから出直してください」
「えー、好感度ってどう上げるの?」
「私に忖度を。私がいい気分になればなるほど、まあやってやるかって気にはなります」
「忖度……ニールと同じ事言ってる」
「同じ事? 太陽の騎士団にも私のようなオーバーパーツがいるのですか?」
「いや違うよ、騎士団のアノマリーの事。人類を虐殺したいと思ってるニールって奴がいてね」
「えぇ……何ですかそれ、頭おかしいですよ」
「ボクもそう思う」
一方、シンシアは困惑しながらエーテルと話していた。そのシンシアもプラチナの記憶にある。
幽閉されてる最中も自分の世話をしてくれて、勉強やらを教えてくれた。何でも母の古くからの付き人をやっていたらしい。
そしてアルマンと同じく幽閉された事情を知っていた。
「おや?」
ぼんやりとした意識で眺めていたら目が合った。シンシアが首を傾げる。
「プラチナ様、どうかしましたか?」
既に分かっているが改めて、プラチナは確認を取る事にした。
「私ってアノマリーの呪文使いだったんだ……」
「そうですね。プラチナ様はアノマリーです。オリビアが記憶を封印していて、今まで忘れていたのです」
「うん」
「しかもただのアノマリーではありません。付与です。幽閉されていたとはいえ、呪文常識がないクソガキンチョが発現していい呪文ではありません」
「相変わらず口が悪いね」
プラチナの返しを受けたシンシアが、少し思案した後に続ける。
「……付与する数には上限はありません。その気になって機会があれば、全世界の対象にプラチナ様の呪文を付与できるでしょう。お手軽パワーアップです」
「えっ、上限ないの……?」
「おそらく、ないかと。そして付与した呪文を強制的に発現させて呪文過剰発現のスタミナ切れに追い込む事ができます。逆らう奴らは全員それで無力化、距離問わず。他の特性も追加付与可能。使い方次第で世界を支配できるアノマリーと言ってもいいくらいです」
話を聞いていたエーテルが質問を挟んだ。
「ちなみに電撃呪文だけでなく、アノマリー自体も付与できるんじゃないの?」
「不明です。今後の練度次第……もしかしたら付与のアノマリーすらも、付与可能になるかもしれません」
「仮にできたとしたら私のアノマリーよりヤバいじゃない、プラチナ。しかも現時点でスターとエネル、レスティア王をいつでも無力化できるし」
ヴァニラの声の後、全員の視線がプラチナに向いた。
プラチナは分かっていたつもりだったけど、甘く見ていたと自分を恥じた。ぼんやりとした意識は既に薄れている。
(今ならお父さんが幽閉したわけが、ちゃんと理解できる。物心がついた直後の私じゃ、事情を説明しても飲み込めない)
プラチナは視線を自身の両手に落とした。
何の変哲もない開かれた二つの掌。でも父に成り変わっていたバルガスを退け、父より信頼しているスターとエネルに呪文を付与した。
あの時は役に立てると思って、その勢いで二人の元へ駆けつけた。けれど考えなしの軽率な行動だった。
もっと慎重に行動すれば、付与する必要もなかったし、スターはバルガスと話ができたかもしれない。
(いや、バルガス・ストライクは都市を二つ滅ぼしたから……拘束して話をできたとしても罰を受けないといけない。でもスターはバルガスが生きてて嬉しいって言ってた)
仮にバルガスを拘束したとしても、その未来は処刑になるだろう。それはスターとしては受け入れ難いはずだ。
今回バルガスは逃亡してしまったが、また会った時はスターはどんな行動をするのか。
そしてその時、スターの役に立つにはどうすればいいか、とプラチナは思った。
バルガス・ストライクはプラチナが殺害した。
それはレスティア王とエネルの要請で、プラチナには秘密となっていた。
幽閉されていて無垢なプラチナには、人殺しという事実は荷が重いと判断されたからだ。
それにバルガスはスターの友人でもある。それを殺したと聞けば、プラチナが受けるショックは大きいとエネルが指摘した。
故にプラチナはバルガスが逃亡したと認識している。今ここにいるプラチナ以外はそれを知っている。
知らないのはプラチナだけ。
「まあ、深刻に考えなくても良いかと」
「シンシア?」
プラチナが思案して押し黙っていると、シンシアが会話を再開させた。
「今後のプラチナ様は太陽の騎士団所属になります。騎士団の仕事を通じて色々と経験してください」
「そうなの?」
プラチナが騎士団の二人に視線を向けると、エーテルが頷いた。
「ゾルダンディーと騎士団は同盟関係になったからね。街に帰還してちょっと経ったら、呪文講義とか訓練とかもするよ。プラチナのこれからを見据えてね」
「訓練……」
ヴァニラが言った。
「私もアノマリーだし教えられる事はあると思うわ。聞いて感じて、自分の呪文と将来に向き合えばいいんじゃない?」
「将来……」
シンシアが言った。
「幽閉されて国外追放されたプラチナ様には、社会勉強が必要です。今後、アノマリーの自分がどういった人生を歩むかを考える時期が来たというわけです。かなり変則的で唐突ではありますが」
「……社会勉強かぁ」
話を聞いていたスピカが言った。
「はえー、プラチナ様大変。ま、頑張ってください」
「スピカ……凄い他人事」
「いえ、普通にエールを送ってますよ? ただアノマリーの呪文なんて、発現するもんじゃないと思っているだけで」
「どういう事?」
「面倒くさい輩がハイエナのように集まって来るからですね。呪文という超常現象を起こす不思議な言葉を狙って」
「あっ、そうだった。……うん、そうだよね」
当たり前の事を言われて、プラチナは気付いた。既にエネルに、アノマリーの呪文については教えてもらっている。
どうやら色々な事が続けざまに起きて、注意が散漫しているらしい。
プラチナは今一度、エネルの呪文講義内容を思い起こして気を引き締めた。
その時、浴場の出入口が開いて全裸のエネルが入ってきた。そのまま歩いて浴槽に入って一息をつく。
「あぁ〜」
その疲れた声を出して、天井を見上げるエネルにエーテルが言った。
「エネル、年寄りくさいよ」
「わらわ、これでも百年以上生きてるから年寄りは合ってる。プロ少女ともロリババアとも言う」
「百年も生きてるの?」
「そうなんです」
エネルは何だか非常に気疲れをしている様子だった。ヴァニラが尋ねた。
「男湯で今後の方針を話してたんでしょ? どうなったの?」
「同盟関係、情報提携、貿易内容、今後の会合予定とか組んだよ。成り行きだけどレスティア王との信頼は築けてたからね。……あと、スターはデカかったよ」
「「ぶっ!?」」
エネルの感想を聞いてプラチナとヴァニラが噴き出した。シンシアが首を傾げる。
「スター・スタイリッシュは資料室で、入浴していないのでは?」
「その通り。どんな想像をしたのかな、お二人さん?」
「そうだったけど……エネル、あなたねぇ」
「エネルちゃんさぁ……」
エネルのボケに対して、プラチナとヴァニラが苦言を呈した。
しかしエネルは天井を見上げたままで、そのボケは考え事のついでに言ったような声色だったため、二人の気恥ずかしさはすぐに消えた。
エネルは静かに黄昏ている感じだ。
数秒後、エネルが首を動かしプラチナの方を向いた。
「プラチナは、これから騎士団所属になるから」
「うん、さっき聞いたよ」
「騎士団の仕事とかしてもらうし、呪文の訓練もするから」
「それも聞いた」
「わらわとスターはプラチナの呪文を付与されたわけだけど、よっぽどの事がない限り発現しない事になったから」
「それって……つまり」
「今まで電撃呪文を発現しなかった奴が急に発現できるようになった。何故って疑問に思う敵対勢力が原因を調べて、プラチナに行き着くのを防ぐため」
「やっぱり」
「あとレスティア王はプラチナと、親子愛溢れるハートフルストーリーを展開したいって言ってたよ」
「……えっ、そうなの?」
「うん。その様子だと気まずい感じ?」
プラチナは少し考えてから、父に対する気持ちを吐露した。
「正直、気まずい。どう接したらいいか全然分かんないよ」
「まあ、ほぼ強制からの幽閉と連れ出しだから、すぐの仲直りは無理。時間が必要か」
「うん……」
「まずは数発ぶん殴ればいいんじゃないですか? 何幽閉してくれてんだオラァ!! って」
スピカが腕を振り上げて言った。シンシアも頷いて同調する。
「そうですね。レスティア王は雑に扱っても構わないと思います。王ですし」
「王に対して不敬すぎるってわらわ思うんですが」
「王って大体そういうものでは? 小説とかの創作でも大体がそうでしょう?」
「紙の話を現実に持ち込んじゃいかんでしょ……ああそうだ、スターについてプラチナに注意事項があった」
「注意事項?」
エネルはツッコミを入れた後、再度プラチナの方を向いてお願いするように言った。
「スターの奴、バルガスを取り逃して少し気落ちしてるんだよね。だから……ちょっとの間、そっとしていて欲しい」
「エネルちゃん……」
事務的な注意事項を伝えるではなく、それは嘆願に近かった。プラチナも真剣に頷き応えた。
「分かった、そうする。ずっと探していたバルガス・ストライクがまたどっか行っちゃったから……スターも落ち込んでいるよね」
「そう、何だよね……まあ数日くらいの時間が経てば、スターも調子を取り戻すと思うから、さ」
「うん、スターが早く元気になってくれれば良いなぁ」
「……………………本当にね」
エネルは心配するように目を伏せて呟いた。
プラチナも同じように、スターを心配した。早く調子が元に戻ればと思う。
バルガスが死亡している事を知らずに。
不意にスピカが口を開いた。言葉の途中でシンシアがその背後に回り込む。
「えっ? バルガス・ストライクはプラチナ様がぶっこがあああああああああああああっ!!??!」
「はいアームロック。相変わらずポンコツですねこのポンコツが」
「そうだった忘れてた、最強美人剣士の腕がああああああああっ!!?!」
メイド服のまま湯に入ったシンシアの関節技がスピカに炸裂し、プラチナが首を傾げる中、浴場内に絶叫が響き渡った。




