9-2 プラチナが幽閉された理由
レスティア・アリエールは王族の第六王子としてこの世に生を受けた。
生まれの順が一番最後だったのと、王位に関心が皆無だったため、上の兄達が繰り広げる王位継承の争いには巻き込まれる事はなかった。
ただ自分の私欲のために毎日争い続ける兄達を、気持ち悪いなと思いながら平穏に暮らしていた。
やがて年を経て十八歳になった。レスティアの関心は国外に向いており旅に出る事にした。
様々な国を旅行して文化に触れる。とても充実した日々を送っていた。
そしてその過程で、レスティアは運命的な出会いを果たす。
今でもその時の光景を鮮明に思い出せる、妻オリビアと邂逅だった。
「一目見た瞬間に、儂ピンと来たんだよね。まさか一目惚れを体験する事になるとは思ってもいなかった」
迷い込んだとある森の中の一軒家。その庭に置いてあった椅子で読書をしていたオリビアに、出会って即愛の告白をした。
気持ち悪い、と心底嫌な顔をされた。
「それから儂のアプローチが始まった。毎日足を運んでオリビアや、付き人のシンシアに雑に扱われ続けた」
時にデコピンの風圧で吹っ飛ばされたり、空から槍や剣を降らされたり、シンシアにフライパンで顔面をフルスイングされたりしてもレスティアは諦めなかった。
初めて恋をする感覚にときめきを覚え、甲斐甲斐しく足を運んでは追い出されていった。
「しかしある日、裏方のアルマンが儂の前に現れた。どうやら国が滅ぶ直前だったらしい」
アルマン曰く、上の兄達の王位継承争いは、結果として内乱にまで発展したとの事だった。
しかも始末の悪い事に兄達は皆共倒れをしてしまい、国は荒れ果てた状態になっている。
兄達は嫌いだが流石のレスティアもヤバいと思い、オリビアを口説くのを中止して、ゾルダンディーに戻って国の立て直しに精を出した。
「紆余曲折あったが内乱は何とかなった。儂は成り行きでゾルダンディーの王に君臨した。そうしたら……」
オリビアがゾルダンディーにやって来た。仕方ないから告白を受けてやると言った。
レスティアは勿論驚愕したが、自身の恋が実って大喜びをし、王であるレスティアと王妃であるオリビアがここに誕生した。
それからしばらくは、レスティア王は幸せだった。第一子であるプラチナも生まれて、まさに順風満帆の時を過ごした。
しかしある日、その幸せな時間は終わりを告げた。
「プラチナが付与のアノマリーを発現できると判明した。まだ物心がついて間もない無知なプラチナが……」
当時の世界情勢は、アカムとドバードを中心として非常に不安定に推移していた。
いつ戦争が起きても不思議ではない、緊迫した空気が国際間に流れ、各国は情報収集に勤しんでいた。
そんな時に、プラチナがレスティア王の手に触れて、電撃呪文の才能を付与してきた。
それはプラチナにとって、こんな呪文を発現できるのだ、と褒められたい一心での行動だった。
だがアノマリーの呪文だったため、レスティア王はプラチナの対応に苦悩する事になった。
「まだ幼いプラチナに対し、アノマリーの呪文の重要性を説いた所で理解できるわけがない。そして当時は各国が戦争に備えて情報収集に躍起になっていた。ゾルダンディーにもスパイが紛れ込んでいて、付与のアノマリーの情報を取得しているのかもしれない。プラチナの身に迫る危険性を考えると……戦争が終結するまで、信頼できる人間に任せて幽閉するしかないと思った」
全てはプラチナのための行動だった。
ゾルダンディーの鎖国により情報の流出を遮断したのも、プラチナを守るために幽閉したのも、その後のアルマンによる連れ出しも、考え得る中でもっとも適した選択をしたつもりだった。
「しかし全てが裏目になった。突然の幽閉でプラチナには嫌われ、元々持病があったオリビアには先立たれ、裏方を引退して自由になったアルマンに、また仕事を押し付けてしまった」
そしてレスティア王はバルガスによって襲撃、監禁された。一度監禁場所を移されて、今まで地下の牢屋で国外に遠ざけたプラチナの無事を祈っていた。
「とまあ、こんな感じ。幽閉した理由はプラチナがアノマリーだったから、だな」
レスティア王はそう言って、プラチナを幽閉した理由も含め、後悔ばかりが滲む事の経緯の説明を締め括った。
城にある王専用の豪勢な浴場での話であった。
レスティア王と部下のジョズ、剣状態のエネルが湯に浸かって事の次第を聞いていた。
あの後、救出作戦は抜き打ちテロ訓練として処理された。
ゾルダンディーの平和ボケを危惧したレスティア王が、秘密裏に太陽の騎士団と交渉して行われたという事にしてゴリ押したのだ。
このゴリ押しが受け入れられた理由は主に四つ。
太陽の騎士団が死者を出さなかった事、ゾルダンディーの人間も全員ではないがレスティア王が偽物だと思っていた事、そして偽物と思っていても保身によって行動を起こさなかった負い目がある事、既にあったレスティア王の支持の厚さが挙げられる。
勿論スピカや負傷した者など不平を言う者も少なからずいたが、臨時ボーナスや補償、休暇を与えるなどして最終的には事なきを得た。
一国にテロ行為を実行するという太陽の騎士団の暴挙は、僅かな悪感情を残しながらも解決した。
救出されたレスティア王は、万全ではないが大分回復していた。バルガスという障害がなくなり、プラチナとの誤解も解けて憑き物が取れた顔をしている。
しかし後悔する部分もあるようで、時折気落ちした様子を何度も見せていた。
剣状態のままのエネルが尋ねた。
「つまりアルマンは知ってたわけだ。プラチナがアノマリーだって事を」
「その通り。アルマンは儂の右腕だからな。二つの都市がバルガス・ストライクに滅ぼされた時点で、郊外にある裏方の隠れ家にプラチナを避難させた。その後の国外への移動はアルマンの判断になる」
「でも、そのアルマンは死んでしまって……」
「死ぬ前に太陽の騎士団にプラチナを託した。……おそらくアルマンにとって苦渋の決断だったはずだ。奴は長年裏方に所属していて疑い深い。それはデュラハンをぶつけて来た事が証明している。保護を求めている立場の者がデュラハンを繰り出すなんてどう考えてもやり過ぎだからな……おっと、アルマンへのクレームは儂によろしく。もうこの世にいないからな」
「いや、それは全然気にしてないけど」
そこでレスティア王は言葉を切って上を見上げた。
湯から立ち昇る湯気は天井に到達する前に霧散して消えていく。
それを眺めた後、ため息をついて続けた。
「アルマンは見事、死の間際まで儂からの任務をやり遂げた。しかし裏方を引退して自由になったというのに……儂はアルマンに任務を押し付けてしまった。自由になったからには、やりたい事が色々とあっただろうに……儂には申し訳ない気持ちしかない」
既に死亡しているアルマンに対し、後悔を寄せるレスティア王にエネルが言った。
「でもアルマンは、プラチナに孫ができたみたいで幸せだって言ってたよ。死の直前にわらわとスターもその場にいたから、その言葉に間違いはないし」
「……それは、アルマンが口にしたのか?」
「え? まあ……そうだけど」
「果たしてそれは、本心だったかどうか」
「……どういう意味?」
訝しむような声を出したエネルに、レスティア王は目を細めながら言った。
「事情を知らないプラチナがいるから、アルマンは優しい言葉を残したのかもしれない。本心ではもっとやりたい事があったと後悔しながらこの世を去ったのかもしれない」
「いや、それは考えすぎでしょ。あの死に際の言葉は嘘じゃないはずだし」
「嘘じゃなかったとしてもだ。儂は長年裏方に所属して国に尽くしてくれたアルマンに命令して、馴染みのない土地での最期を迎えさせてしまった。もっと別な、マシな結末があったかもしれないのに。……そしてそれは他の裏方達も同じだ。同じ国の人間に殺されるという悲惨な目に遭わせてしまった。彼らもアルマン同様、この国に尽くしてくれたというのに」
自分の間違った選択によって生じた結果。その被害。仮に別の選択をすれば、もっとマシな未来があったのかもしれない。
今更後悔しても遅いが、無事に落ち着ける状態になった今、レスティア王は死んでいった信頼できる者達に想いを馳せていた。
「申し訳ない気持ちしかない、とはそういう事だな。二回目の救出に関してはそれでやる気をなくしてしまった。地下牢の監禁を一種の罰だと思っていた」
「……済まない、王」
レスティア王とエネルの会話に、ジョズが口を挟んだ。罪悪感がありありと含まれている。
「俺がもっと早くに行動を起こしていれば……あるいは」
レスティア王が首を振って否定した。
「まあ、いいって。スピカを一人にさせないために何もしなかったんだろう?」
「ああ……」
「納得が無理なら、今までの功績と相殺という形で無罪放免とする。王の命令な」
「…………」
「ジョズだけではなく、他の奴らも保身があって行動を起こさなかった。その気持ちは理解できる。そもそも話、儂が選択を誤ったからだ。……あの時、まだ理解は無理だと決めつけていた幼いプラチナを信じて、根気良く話せていればもっと別な今があったのだから」
レスティア王は後悔ばかりの感情を吐露し続ける。それは浴場内にも広がり、しばらくの間誰も言葉を発しなかった。
だが少しして、レスティア王が朗らかに仕切り直した。
「まあ、いつまでも悩んでも仕方がない! これからの話だ、これからの!!」
「え、わらわ切り替え早すぎと思うんですが」
「儂、これでも王だからな。よく部下に不敬な態度取られたり、スピカ同様ギャグキャラとか言われる時があるけど王だから」
「あ、うん。……そうなの?」
「ああ、王は信頼できる者には結構甘い。敵には情け容赦もないが」
「あーなるほどね。加齢臭ヤバいの合言葉が許されてるのはそれかぁ」
「話はズバリ、プラチナの事だ!」
レスティア王は声を大きく、話の主導権を握った。
「確認だがエネル剣、お前はプラチナの呪文を発現できるな?」
「そりゃ、ね。スターもわらわも呪文の才能を付与されたわけだし」
「儂も同じだ。ボルトティア!」
レスティア王は証拠を見せるために電撃呪文を唱えた。しかし湯に浸かっているため当然三人に感電する。
「「「あばばばばばばばばばらばばばっ!!!」」」
王専用の浴槽に感電した二人と剣が、水死体のようにぷかぷかと浮かび上がる。
エネルが不満を口にした。
「あのさぁ……」
「うん、すまん。でも儂数年監禁されてたからね。その、大目に見てほしい。王目に……」
「王、真面目に頼む」
「儂、ごめんなさい」
感電から回復して、レスティア王から会話が再開させた。
「で、もう一回。エネル剣は電撃呪文を発現できるな?」
「うん、わらわ発現できる。ボルトティア」
「「「あばばばばばばばばばらばばばっ!!!」」」
再度浴槽に電撃が行き渡り、二人と剣がぷかぷかと浮かぶ。今度はエネルが謝った。
「ごめん……今のは素で間違った。流石にわざとじゃない」
「まあ儂もやっちまったし……お互い様って事で」
「二人とも、今回ばかりは俺に何か言う事があるんじゃないか?」
「「誠にごめんなさい」」
ジョズに謝り気を取り直して慎重に、呪文を発現しないようにレスティアが切り出した。
「話を戻す。付与のアノマリーをどう思う?」
「かなりヤバいアノマリー。レスティア王が幽閉したのも納得はできるほどに」
「ふむ、ジョズは?」
「おそらく応用度がズバ抜けて高いな。自身の呪文を付与可能なら、他にも様々な特性を付与できるはずだ。……もしかしたら精神汚染、洗脳なども」
「うん、儂と同じ感想だな。だが幽閉されて連れ出されたプラチナに、アノマリーの呪文使いとしての心構えなどない。生まれたての子鹿のようなものだ」
子鹿ではないだろ、とエネルは思ったがツッコミは入れずにした。
「そこで太陽の騎士団にプラチナを預けたい。ぶっちゃけ、儂より騎士団の方が話を聞いてくれるだろうし、呪文使いの常識も叩き込んでほしい」
「あーはいはい、プラチナと和解はしたけど仲直りはできてないもんね」
「事情はあれど王は幽閉したからな」
「ぐはっ!」
エネルとジョズの言葉が刺さり、レスティア王はしょぼくれて落ち込んだ。
「大丈夫かなぁ儂、数年間娘を幽閉して国外に追い出したわけだけど……元通りの親子間に戻れる方法とかないかなぁ?」
「まあすぐには無理でしょ。つーか、それは二人の問題だから騎士団はあまり介入しないからね」
「そうだよなぁ……どうしたものか」
「それよりもさ」
エネルが言った。
「騎士団は見返りに、色々と便宜図ってもらうわけだけど」
「ああ、それは勿論。同盟関係含め既にスター・スタイリッシュとジクルド・ハーツラストに資料室を解放して調べ物の許可をしてるしな。……ていうか大丈夫なのか奴は? 初対面の儂でもかなり気落ちしているように見えたが?」
バルガスの遺体を処理して戻ったスターの様子を思い浮かべてレスティア王が言った。
その純粋な心配にエネルが淡々と答えた。
「それは大丈夫。スターはこっちで何とかするから」
「あ、うん」
湯に浸かる無機質な剣と同じ、エネルの拒絶の声にレスティア王は言葉を止めた。
数秒後、ジョズが質問した。
「そう言えば……王」
「なんだジョズ?」
「プラチナ様や俺、それ以外の人間の記憶を弄っていたのは誰なんだ? ゾルダンディーのアノマリーにそんなのはいなかったはずだが」
「……それ、わらわも気になっていた」
「ふむ……」
レスティア王は少し逡巡して、もう死んでいるしな、と口にしてから答えた。
「オリビアだよ。アノマリーの呪文使いだったオリビアが皆の記憶を改竄した。あいつは昔から色んな事ができたからな」




