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9-1 バルガス・ストライクの死

 ゾルダンディーの首都リベヤには自然保護区があり、それは城外の近くに存在していた。

 バルガスはその保護区にある湖付近の森に墜落し、背の高い樹木の根元で腰を下ろしていた。


「はぁ……痛ってぇ」


 這いずってここまで来たがもう動けない。膨大な電撃球の一撃を見舞われため、全身大火傷の瀕死の重体だ。

 しかもアノマリーが解除された生身で墜落した事もあって、身体のあちこちが折れて正直呼吸するのも酷く辛い。

 迫り来る死の気配が段々と色濃くなっていくのを実感していた。


「……………………眩しいな」


 バルガスは潰れてない方の目で、夕日が反射する湖の景色を眺めた。

 景観が素晴らしい湖の水面は橙色に染まり、大きな樹木が空から降り注ぐ光を遮り、明暗入り混じった幻想的な風景を作り出していた。

 

 まさに観光スポットにはぴったりの場所だ。

 しかしその光景から、バルガスの脳裏に連想されるのは火災。

 五年前の戦争で起こったアカムの内乱であった。




 当時、重要任務をやり遂げて何とか帰還したバルガスが目にしたのは、首都オレアンでの内乱だった。


 もう陽も落ちて宵闇が広がっていく中、多くの建物に放火が行われ赤焼けの炎が拡散されていた。

 内乱により治安も機能しておらず、略奪や殺人が各地で横行し住人は逃げ惑うばかり。

 首都の秩序は失われ、誰もが他人の事など気にする余裕などなかった状態だ。


「サーシャ……ルイス……!」


 それはバルガスも同じだった。彼は一目散に家族の無事を確かめるために街中を疾走した。


 バルガス・ストライクは孤児院出身であったが、軍の任務の過程でとある貴族の令嬢サーシャを救出し、その後惚れられて押し切られる形で結婚した。

 最初の内は身分の違いや他貴族の冷笑などに見舞われたが、妻である彼女と共に乗り越えて幸せな夫婦関係を築いていた。

 そして第一子のルイスを授かりその幸福を噛み締めて、家族のために頑張ろうと決めた。

 それはもう四年前の話。娘はもう四歳になろうとしている。


 邪魔する暴徒らを蹴散らし、妻と娘が暮らす貴族の屋敷に到着した。

 暴動の波はここにも及んでおり、火災が起こっていて、破壊箇所も散見された。

 その光景に衝撃を受けたバルガスだったが、すぐに気を持ち直し屋敷内に突入した。目指すは妻と娘がいる場所。


 そして寝室で、惨殺された愛する妻子の亡骸と対面した。


「………………………ぁ?」


 バルガスはしばらくの間呆然と立ち尽くしていた。視界に映る凄惨な光景に脳の処理が追いついていなかった。

 しばらく立ち尽くしていたら、強い衝撃を身体に受けた。バルガスは呪文で吹っ飛ばされてしまった。


「痛っ……何、が?」


 壁に激突し床にずり落ち、虚な瞳が捉えるのは下品な笑みを浮かべる男達。暴徒。

 貴金属を手に持ち、中身が詰まったリュックサックや膨らんだ袋を背負っている。火事場強盗に殺人。


(そうか……こいつらが)


 心に湧いたドス黒い憎悪は一気に身体全体を支配した。バルガスは肉体変化のアノマリーを発現し暴徒達を皆殺しにした。

 バルガスは隠れアノマリーだった。


「……………………」


 暴徒達を殺した後、愛する家族の亡骸を抱き抱え続けてしばらく経った。その間バルガスは茫然自失の状態だったため、どれだけの時間が経過したのかは分からない。

 やがて、バルガスの頭の中に一つの考えが浮かんだ。それはこの戦争を引き起こしたと噂されていたゾルダンディーという国だった。


 ゾルダンディーは戦争が始まる前に鎖国した国。外国との交易や交流を全て禁止にして国を閉ざした状態にした。

 ゾルダンディーには内乱が起こらず、戦争の被害は軽微。鎖国をした事により今なお存続している。

 内乱も暴動もなく愛する家族が死ぬ事なく、自国以外の国を操り、滅んでいくのを笑いながら眺めている。

 バルガスの心が再び憎悪に染まった。


「ふざけやがって……!」


 勿論、これはバルガスの何の根拠もない最悪の思い違いだ。ゾルダンディーは戦争に全く関与していない。

 しかしその思い違いは復讐心となり、その復讐心の行き先はゾルダンディーの都市に住む人々へと向かう。

 復讐を果たすために。


「アノマリー・テラス・ルイケスチルマ」


 一つ目の都市を蹂躙するのは簡単だった。ただ単にメラギラドラゴンに変身して、いきなり滅ぼしに掛かるだけだったからだ。

 途中、都市の治安維持部隊との戦闘もあったが、既に発現できた液体のアノマリーと、コピーのアノマリーを行使して蹴散らした。

 そして逃げ惑う無実の人々を醤油の大海に沈めて殺し、泣き叫び助けを請う人々をメラギラの火炎で焼殺し、憎悪に満ちて迎撃する無実の人々をコピーのアノマリーで大勢虐殺した。


 その時のバルガスは全く満たされなかった。十万を超える人間を殺しても一向に復讐の炎は消失しない。

 それはバルガスが思い違いで虐殺しているからだった。そもそも復讐の対象が違う。その事に彼はまだ、気付いていなかった。

 体力を回復させた後、人が多い次の都市へと向かった。


 流石に都市一つを滅ぼせば、ゾルダンディー側も最大限の戦力を結集して迎え撃ってきた。

 第二の都市ではゾルダンディーのアノマリーと軍が動員されて苦戦を強いられた。

 しかし肉体変化のアノマリーであるバルガスは強かった。辛勝とまではいかないが勝利した。

 二つ目の都市を壊滅させたバルガスは次の都市を求め旅立った。


「……スター、生きていたのか」


 その過程で、スターが戦争からの復興を目指している事をバルガスは知った。

 太陽の騎士団を設立し、ハゲが治る洞窟を平和のシンボルとして活用し、復興を成し遂げようとしているのを知った。

 髪の毛がフサフサなバルガスはスターに困惑した。ハゲが治る洞窟で戦争からの復興を目指すなんて、意味が分からなかったからだ。


 しかし実際に、太陽の騎士団は洞窟を駆使して復興を進めていく。時間と共に洞窟周辺は活気に満ちて、平和の輪が広がっていった。

 それは憎しみと悲しみを撒き散らしていた自分とは真逆の、人として正しい行動だった。それを見てバルガスは正気に戻った。


「お、俺は……今まで何て酷い事を……!」


 そして同時に、自分が実行してきた悪逆も実感してしまった。


「一体何人殺した……根も歯もない噂を元に罪のない人々を何人、殺した?」


 正気に戻れば戻るほど、自分がやってきた悪逆に苛まれる。今となってはもう遅い、到底償いきれない事をしてしまった。

 それでもバルガスは贖罪をしなくてはならない。焦燥に駆られながら、必死に悩み続けて答えを出した。


「そうだ、レスティア王に変身すればいい。国のトップとしての権力と肉体変化のアノマリーを駆使すれば償いはできる……!」


 どう見ても頭がイカれている償いの方法だった。正気に戻ったバルガスは、同時に錯乱もしていた。

 当時のバルガスは妻子を失った絶望と何の罪のない人々を大勢殺した罪悪感、スターと自分との比較で、もはや正常な判断はできていなかった。

 ただ償いをしたい一心で、一番効率の良いやり方を選択して実行しただけだった。


 そして本物のレスティア王を幽閉し、なり変わったバルガスによる、ゾルダンディーへの贖罪が始まった。


「改めて、思えば……本物の馬鹿だな、俺は」


 しかし当然、十万人を超える人々を虐殺した罪の贖罪などできるわけがない。

 いくら滅ぼした二つの都市を復興させようが、いくらゾルダンディーという国を豊かに発展させようが、いくら社会のゴミであるコミタバを内側から見張ろうが、コミタバのメンバーを一人排除しようが、犯した罪と過去は消えない。

 バルガス・ストライクという人物が、歴史上類を見ない極悪人である事実は何も変わらなかった。


 それはバルガス自身も分かっていた。善行をいくら積もうが、過去に犯した大罪の罪悪感に苛まれてしまう。

 それにバルガスはスターとの合流を果たしたかった。お互いの無事を喜びあって、スターの探しものの手伝いを、スターの力になりたかった。


「合流の、チャンスはあった……俺が、臆病だっただけ」


 今までスターの元に向かう機会はいくらでもあった。実際にレスティア王の姿で、ハゲが治る洞窟がある街にも行ってスターと話もした。

 だが正体を明かす勇気がなかった。自分の悪行を知られて軽蔑されるのが怖かった。

 それはドバードの秘密都市でも同様だった。


 善行を積んでも償いにならない焦燥と、スターと合流できない辛さが、バルガスを精神的に肉体的に追い詰めていく。


 そして時は流れて、謁見の手紙が来ると分かった。バルガスはすぐに返事を返した。

 限界だったバルガスは自身をスターに断罪してもらおうと思った。そしてその後の処遇は、ゾルダンディーと太陽の騎士団に任せようとした。

 謁見の後、スターと二人っきりになって、正体を明かして白状をして、それで……。


「まさかあのタイミングで、正体がバレるとは……あの時、動揺して攻撃、しなけば……」


 その後は断罪から討伐に切り替えた。バルガスはスターに退治してもらう事にした。

 アノマリーの呪文なしで戦い、勝者に後の事を委ねる。自分が勝った場合は考えてなかった。

 しかしまた、プラチナの邪魔が入ってこのザマだ。

 全身大火傷に骨折、致命傷。もうすぐ死ぬだろう。


「………………………ごふっ」


 死の気配はもうそこまで来ていた。バルガスは吐血しながら片目をその気配の方向へ向ける。

 夕日を背に一人の男が息を切らして近づいて来ていた。


 いつか共に着て、太陽の騎士団として、一緒に活動したいと思っていた団服姿。左手には見慣れたひし形の盾手裏剣。自分の罪を告白したいと思っていた人物。


 スター・スタイリッシュがバルガスの元へ到着した。



○○○



 脇目も振らず息も絶え絶えに、全力で探していたスターは、バルガスの姿を見つけて顔を歪めた。

 どう見てもバルガスは死に体だった。全身が焼き焦げていて、身体から流れ出る血が広がっている。

 スターはすぐに、プラチナから付与された回復呪文を唱えようと急いで駆け寄って手を伸ばした。


「いいんだ、スター」


 しかしそれをバルガスに止められた。


「その回復呪文は、お前のものじゃないだろ……スター・スタイリッシュは、回復呪文を、発現できない。それでいいんだ」


 その指摘で、スターはバルガスが敵ではないと判断した。バルガスは自分の身を案じている。


 スターは付与のアノマリーにより、プラチナが発現できる呪文を付与された。

 そしてプラチナは強制的にそれらを発現して、いつでもスターを体力切れの行動不能にする事ができる。


 その事実が敵対する勢力に知られたら大変だ。プラチナを無理矢理脅して、スターを無力化してしまうかもしれない。

 もしかすると今、敵対勢力が何処か遠くでこの場面を見ているかもしれない。スターが使えないはずの回復呪文を使えば何故と疑問に思うだろう。

 呪文は超常現象を起こす不思議な言葉。言葉は人に伝わる情報。そして情報をコミタバなどの悪人達に渡してはならない。

 バルガスはスターだけではなく、プラチナの身も案じていた。


「そもそも俺は……都市二つを滅ぼしたゴミ。今更助けた所で処刑されるだけだ」

「……っ、なら何故レスティア王に成り変わってゾルダンディーを発展させていた?」


 掠れ声のバルガスは生存を諦めている。その事実がスターの心を深く抉る。


「それは……」


 バルガスは少し逡巡してから答えた。


「償い、だ。無実の人々を大勢虐殺した……」

「償い? メラギラドラゴンの、か? ……そもそも都市を滅ぼした理由は何だ? コミタバのレオナルドと普通に会話していたのも」


 バルガスはスターから目を逸らして苦笑した。


「言えねえよ。最悪の理由、だからな」

「バルガス……」


 バルガスはもうじき死ぬ。全身の大火傷と出血で、その命は消え去るだろう。

 スターにとって今の状況は、五年前のサニーが死んだ時とビルが死んだ時とに酷似していた。

 あの時も夕日が降り注ぐ中、死んでいく二人を見る事しかできなかった。

 しかし今回は回復呪文を発現すれば見送らずに済むかもしれない。だがその後の未来を考えてしまう。

 

 一命を取り留めたバルガスは、ゾルダンディーに処刑される。

 本物のレスティア王が救助された以上、それは間違いなかった。


「ぐっ…………!」


 スターは必死に状況の打開を考える。勿論、バルガスに死んでほしくはない。

 回復させて見逃すのは無理だ。バルガスは都市二つを滅ぼした罪は償わなければならない。

 だがそれは、この五年間探していたバルガスを処刑するという事に繋がって……。


「スター」

「っ、バルガス!」


 思考が上手くまとまらない状況に陥っていたスターに、バルガスが最後の力を振り絞った。


「秘密都市でも言った事だが……お前は何も悪くない」


 ジクルドに化けていた時と同じ言葉。


「あの戦争は大人が始めた戦争だ。全部、大人が悪い……子供だったお前が気に病む事なんて何一つ……」


 既に流れ出ていた血は止まり、その瞳に光は失われていた。最期の言葉。


「スターは……復興を成し遂げた。それは人として正しい、凄い事をした」


 回復呪文はもう間に合わない。結局スターは、サニーとビルの時と同じ、何もできずに見送るだけ。


「だから、どうか前向きに……ネイトや、クレアさんもきっと見つかるさ。サニー、ビ……ル……お前、は」


 バルガスは最期の言葉を残して息を引き取った。


「前……向きに」


 もはや二度と起きる事はない。この世を去ってしまった。


「…………………………………」


 ゾルダンディーの自然保護区で、夕日の影が色濃くなった。

 周りは静かで風すら吹いていない。まるで死んでいるかのようだった。

 スターはそのまま、死者となったバルガスを見つめ続けていた。


「……スター」


 やがて一緒にいたエネルがスターの気持ちを察した上で、その後ろ姿に声を掛けた。


「遺体を、処理しないと。……モノリスが今やって来て、バルガスを回収されるわけには……いかないよ」


 スターは無言のまま数分、返答に時間を要した。


「………………………………あぁ、分かってる」


 スターが動き出したのは、それからしばらく後の事だった。


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