8-3 陽動組と救出組
様々な式典が行われるであろう王の間は、もはやその体をなしてはいなかった。
綺麗な大理石の床は巨大化したエネルのボディプレスで砕かれ、天井に吊るされた装飾性の高いシャンデリアは弾かれたスターの爆裂剣で破壊され、周囲のあちこちにはバルガスの火炎による黒い焦げ目が散見される。
そしてスターの投擲済みの盾手裏剣や爆裂剣が所々に散らばり突き刺さっていた。
王の間で起きている二対一の戦闘の衝撃は、確実にゾルダンディー側に伝わっている。
時間を掛けてはいられない。最短でバルガスを半殺しにする。
そのためにスターは戦闘の最中にケリを付ける準備をしていた。
「早よ死ねぇ! ゴラァ!!」
巨大化エネルの何度目かのボディプレスが王の間を揺らした。それに合わせてスターがバルガスに接敵する。
しかしバルガスは焦る事なく二人を対処した。
上から落下してくる巨大エネルを持ち上げてスターの方へぶん投げる。またはエネルを自身とスターの間の仕切りに使って立ち回る。
三回の攻防の末、エネルの巨大化による攻略は諦めてスターがユーラシア・ブレイドを解除した。
「アイシオ・ブレイド!」
今度は投擲した複数の剣をバルガスに避けられた状態で、剣引き寄せの呪文を唱えた。バルガスを通り過ぎて後方の空中にある剣は、引き戻され同時にスターが地を蹴り肉薄をする。
前と後ろでの疑似的な挟み撃ちだった。
しかしバルガスは動揺する事なくブロレジの障壁で引き寄せの剣を防ぎ、攻勢に転じて呪文を唱えてきた。
「ラウンセント・オルギニス」
「っ! 拘束呪文か……!」
バルガスが突如発現したのは白い手袋を装着した巨大な右手だった。手首や腕は存在しないで空中に浮いている。
スターの右方に現れ出てそのまま直進し、握り込む形で拘束しようとする。
同時にバルガスの足元の地面が盛り上がったと思えば、その盛り上がりが連続してスターの足元へ進行していく。
そして最後に射出されたのは、バルガスによる正面からの大玉火球。
右からは巨大手の拘束呪文。下から火柱を発現する呪文。前方からはラウンセント・メラギラドン。
バルガスによる三方向、多角呪文攻撃だった。
「ノビタ・ブレイド!」
その攻撃をスターは、剣の刀身を伸ばす呪文で対処した。
発現した剣を地面に突き刺し刀身を伸ばす。柄を掴んだままで上空へ回避をする。
予め天井に突き刺しておいた盾手裏剣数個を引き寄せ、方向転換してきた拘束巨大手と下から噴き上げ迫る火柱に投擲、スターは剣を蹴り地面に着地し事なきを得た。
王の間でスターとバルガスが初めて相対する。エネルはスターの元に合流済みだ。
スターに寄り添いエネルが小声で口を開いた。
「やっぱ互いに手の内は分かってるし、一筋縄には行かないね」
「ああ。そして気掛かりが一つある。今更になるが何故バルガスは分身呪文を発現できたのかだ」
「バルガスって分身できなかったの?」
「少なくともアカムの軍で発現していた記憶はない」
「それが秘密都市で発現できるようになって……他の呪文も同様かもで、しかも今のバルガスは分身体の可能性もある。どうするスター、撤退する?」
陽動による奇襲も失敗し、不安要素も出てきた。ドバードの秘密都市での出来事も連想される。
半殺しにする成功率がかなり低下した事を危惧してエネルが提案した。
スターは目を細めてこちらを見ているバルガスの一挙手一投足を警戒しながら返した。
「本体か分身かは別として、バルガスを半殺しにする準備は八割方既に終わってる」
「えっ、マジで!?」
「ああマジで。だがフィニッシュまでの道筋がまだ構築できてない。気付かれたら簡単に対処されてしまう」
「でも時間がないよ。十分はまだだと思うけど、もう五分は絶対経過してる」
「分かってる。何とかバルガスの虚を突いて動きを封じる事ができればいいんだが……」
睨み合いが続く中、スターは思いついた。
「よし、これで行こう」
「わらわはどうすればいい?」
「俺が合図したらすぐに距離を取れ。それまでは危険だから俺の服の中に潜んでいてくれ」
剣縮小呪文のバチカン・ブレイドを唱えて、エネルがスターの首元に潜り込む。
掌サイズになったエネルが不安と心配を織り交ぜた声を出した。
「スター、本当に大丈夫? わらわスターが死ぬのは嫌だよ」
「問題ない。死ぬ気もない。これでも仕留められないのなら撤退する。これ以上の時間は掛けられない」
「う、うん……」
正直危険な事はしないでほしい、とエネルは思った。しかしバルガスに相対できたスターの気持ちも理解している。
この五年間探していた人物の一人。分身体かもしれないが、それが目の前にいる。色々と聞きたい事があるのだ。
(次の一手が終われば撤退するって言ってるし……)
その心情を想い、エネルはスターの意向に任せる事にした。
○○○
牢屋の数は少なかった。それはそもそもの話、犯罪者を投獄する必要性がほぼないからだ。
呪文は超常現象を発現する不思議な言葉。唱えれば牢から出る自体は比較的容易だ。猿ぐつわで口を塞いでも無言呪文が存在するためあまり意味はない。
十個以下の牢屋の内、ライネルが一つの牢屋の中に足を踏み入れた。そして呪文を唱える。
「ドリ・グラジドン」
金色に光る拳を牢屋の壁に叩き込んだ。石壁はその急所パンチに耐える事なく破壊され崩れた。先に見えるのは地下へと続く石階段。
「階段を降りきった先の牢獄にレスティア王はいるはずです。罠の観点から私が先に向かいます。お二人は少し離れてから続いてください」
ライネルはそう言って即座に階段を駆け降りていった。
数秒後、隠し階段を覗き込みながらエーテルが言った。
「どうやら罠とかはなさそうだし……ボクが前、プラチナが後ろで行くよ」
「うん、……分かった」
果たして、この先に父は存在しているのか。プラチナは唾を飲み込んでエーテルの後ろに続いた。
隠し階段には光源がないため、エーテルがフォスンを発現して駆け降りる。
天井も壁も全てが岩だ。こんな場所で何年も監禁だなんて気が狂いそうになる。
父は自分が幽閉されていた部屋より過酷な場所に一人でいた。今の精神状態は大丈夫だろうか。
程なく階段は降りきり正面に人影と牢獄の鉄格子が見えてきた。
ライネルと誰か話している。聞き慣れた父の声が耳に届いた。
「だから何度も言っているだろう。放っておけ。儂にここを出る資格なんてない。そしてお前は裏方を辞め自由になれ」
「王、今回ばかりは譲れません。何の関係のない人達が命懸けで協力してくれているのです。それにプラチナ様も王の救出を望んでいます」
「……今、何て言った?」
ライネルがプラチナとエーテルに気付き、道を開けた。プラチナの目の前に自分を幽閉した父の姿が現れた。
「お父さん!」
「お前……プラチナか!?」
実の娘を視認して驚愕する父親を見て、プラチナは言葉を失った。今牢屋にいる父は記憶にある姿とはまるで違った。
老けている。痩せこけている。ライネルが言ったように覇気がない。ずっとこの暗い牢獄にいたため死人のように肌白い。声も嗄れている。
一体何が、勿論バルガス・ストライクが、いやそれよりも早く救出しないとならない。
プラチナは駆け出し鉄格子を掴んで呼びかけた。
「お父さん! 助けに来た、早くここから出て!」
娘の声にレスティアはまだ困惑の中にいた。
「プラチナ、アルマンはどうした!? それに何故ゾルダンディーに来た!?」
「お父さん、アルマンは死んじゃったよ……」
「な、に……どうして?」
「寿命で、三年前から身体の調子が悪くて……幽閉には理由があるって言ってた」
「っ、そうかアルマンが……」
沈痛な心の内が表情に滲み出しながらも、レスティアは声を振り絞るようにプラチナに伝えた。
「プラチナ、儂の事はいい。今すぐ逃げるんだ」
「お父さん!」
「いいかよく聞け、バルガス・ストライクはアノマリーの呪文使いだ。肉体変化のアノマリーであらゆる万物に変身できる。発現中は不死身と言ってもいい。そしてアノマリーを含む全ての呪文を発現できる。奴は今この状況を把握しているはずだ。退路がないこの場所は危険だ、早く逃げろ!!」
プラチナは絶句した。言っている事が本当なら陽動してくれている三人が非常に危険だ。
ぐずぐずなんてしていられない。救出対象の父が生きているのなら早く連れ出さないと。
動かないプラチナを見てレスティアがライネルに吠える。
「ライネル! 王としての命令だ、早くプラチナを連れ出せ!!」
ライネルが目を鋭く拒否をする。
「その命令には従えません。先程も言った通り太陽の騎士団が協力してくれているのです。テロリストの誤解を考慮した上でです。さあ王、早く出て!!」
「た、太陽の騎士団……? ハゲが治る洞窟のか?」
「バルガライ・ブラストホウ」
突如、黒紫の光線がプラチナの横から放たれ牢屋の中を埋め尽くした。
発現したのはエーテルだった。プラチナとライネルが驚愕する中、頬を描きながら弁明した。
「えーと、話が長くなりそうだし……気絶させて運んだ方が早いかなって」
ライネルが何とか反応して返した。
「い、いえ……、現状ベストな判断かと」
「なるほど、そいつが太陽の騎士団が……」
光線で壁まで吹き飛ばされたレスティアが横たわりながら口を開いた。エーテルが再度呪文を唱えようと右手を上げる。
「ごめん、手加減しすぎた。もう一発……ディアニガル」
「いや、待て。儂大人しく救出されるから。そもそも無能な儂の考えや方法が間違っていたからこそ、今の現状がある。全てが裏目だ……また間違う前に大人しく従うさ」
急に態度を変えた父をプラチナは怪訝に思ったが、その声は明らかに自責の念が込められていた。表情にもそれが滲み出ているように見えた。
「プラチナ、ライネル、手を出してくれ。ここを出る前に二人の記憶を元に戻す」
レスティアはよろめきながら立ち上がり、二人の目の前で歩いて手を出してきた。プラチナが驚きと共に聞き返す。
「記憶、を……?」
「そう、記憶だ。それに何故儂がプラチナを幽閉したか……その理由も同時にな」
プラチナは目を見開いた。
隠れ家での会話の通り、自分は呪文の影響を受けていたのだ。そして今それが解かれて幽閉の理由が明らかになる。
横を見ればライネルが既に手を置いていた。淡い光が地下牢を照らしている。
プラチナも数年ぶりに会う父の手を握った。
「あっ……」
エーテルが見守る中、手から光が溢れ出し更に地下牢を明るく照らす。
プラチナの頭に様々な記憶と情報が交錯し渦巻いていく。思わず声が漏れる。
まだ幽閉される前、スピカにジョズにシンシア、その他ゾルダンディーにいた人達との日々を思い出した。
自分がアノマリーの呪文を発現できる事を思い出した。
その自分に対してどれだけ悩み苦悩した父の気持ちを知り、理解した。そして……。
スターとエネルの今の現状を知った。アノマリーの呪文を使えば二人の力になれると思った。
手から溢れていた光は消え、地下牢にはフォスンの光源だけが残された。ライネルの記憶も既に戻っていた。
「そういう事が、あったのですね。アルマンは使命を全うした。そして裏目……」
俯くその顔には先程のレスティアと同じ沈痛な思いが滲んでいた。しかしすぐに切り替えて顔を上げる。
「感傷に浸るのは後ですね。まずは今すぐ脱出を、協力してくれた彼らのためにも」
「すまん儂、走れないかも。筋力低下とさっきのバルガライで……プラチナ!?」
よろめきながら口を開いたレスティアの顔が驚愕に満ちた。エーテルもライネルもその光景に二秒ほど呆気に取られてしまった。
実の父親を助けに来たはずのプラチナが踵を返して階段を駆け登って行ったのだ。
「プラチナ! 何で……!?」
エーテルが後を追おうと地面を蹴った瞬間、城全体を揺るがす大衝撃が地下まで響いてきた。まるで巨大地震のような揺れだ。
三人はその揺れにたたらを踏んで動けなかった。しかしプラチナだけがそのまま石階段を駆け登り地下牢から出て行った。
○○○
数回の攻防の末、再びバルガスに相対したスターは呪文を唱えた。
「シュリ・ブレイド、ユーラシア・ブレイド、バチカン・ブレイド、ザンボムボ・ブレイド、シュリ・ブレイド、ブレイド……」
次々に剣を発現しては手に取らず地面に落としていく。スターの足元には発現した様々な剣が散らばっていく。
今まで呪文を唱える以外はほぼ無言だったバルガスもその様子に疑問を呈した。
「何をしている……スター?」
「ザンボムボ・ブレイド」
バルガスの問いを無視したスターは、爆裂剣を四本発現して上空に放り投げた。
爆裂剣はくるくると回転しながらスターの後方の地面に突き刺さる。
「シュリ・ブレイド」
そしてスターは盾手裏剣を発現し、腰を深く落として防御の姿勢を取った。
睨み合いが再開された。バルガスは動かず相手の出方を待った。
スターもどっしりと構えて、動かなかった。
「…………………………」
「…………………………」
不意に、スターが肉薄しようと足に力を込めた、次の瞬間。
スターの後方にある爆裂剣が爆発した。同時に爆風でスターが加速する。
「シールドバッシュかっ!!」
バルガスが行動の意図を理解して吠えた。しかしスターの接近を許しても冷静に対処しようとする。
「メラギラ・ベ・エクゾ!」
肉体変化呪文を唱えて右腕をメラギラドラゴンの腕に変化させる。屈強な赤黒の極太爬虫類の腕。それでスターの突進を防ごうとした。
しかしスターは盾手裏剣を投擲するだけで、姿勢低くバルガスの懐へ潜り込む。バルガスは巨大化した腕で視界を塞がれ、スターを視認できなかった。
「ブレイド!」
スターは剣を発現して逆袈裟に振るう。バルガスは膝を折って回避した。
スターは途中で発現した剣を解除しバルガスの顔の位置に拳を止める。
そのまま切っ先を下向きに剣を発現し突き刺そうとした。スターが狙うのはバルガスの右足だった。
「んぐっ……!」
バルガスは右足に二度の痛みが走った。
一度目はスターがバルガスの足を強く踏んづけた衝撃。二度目はそのすぐ後に足を突き刺された痛み。
見ればスターは自身の足ごと、バルガスの右足を剣で貫いていた。
「エネル、離れろっ!!」
バルガスの動きを封じたスターが強く指示を出す。心配の最中であったエネルが元のサイズに戻ってスターから距離を取る。
そしてスターは剣引き寄せの呪文を唱えた。
「アイシオ・ブレイド!!」
「なっ、スターお前っ!!」
エネルの顔と声が驚愕に染まった。スターとバルガスの周囲に散らばる爆裂剣全てが一斉に引き寄せられたからだ。
床、天井、壁、あちこちに散らばる爆裂剣の数は本当に多い。五十を超えているかもしれない。
それらがスターの元に集まっていく。
無数の爆裂剣が迫り来る僅かな時間にバルガスは確信した。殺すぐらいが丁度いい。スターは確実に爆破させると。
(自分もろともは……無茶が過ぎるぞスター)
バルガスはなんて無茶を、と思った。
そして目線を右に、左に。回避は不可能だと判断し呪文を唱えた。
「アノマリー・テラス・ルイケスチルマ」
エネルが慌てて駆け寄ろうとしたその時、全ての爆裂剣が光り輝き、大爆発が王の間に広がり渡った。




