7-5 情報交換
(今更だけど加齢臭って、王に対してかなりの不敬だと思う……)
先程の合言葉を交わすやり取りを思い出しながら、プラチナは湯気立つ白湯とお菓子を口に含んだ。
一行は隠れ家の厨房と思われる場所で小休止を取っていた。
裏路地にある住宅のため、陽の光が入らず家全体が薄暗い。
厨房も同様で、長い木のテーブルの上に蝋燭を複数個置いて明かりを確保していた。
既に女性陣とスターはシャワーを浴びてさっぱり済みだ。今は各自が疲労の回復に努めている。
ジクルドが汚れを落として戻り次第、目を閉じて椅子に座っているライネルと情報交換、そして今後の方針を検討する手筈になっている。
プラチナは手持ち無沙汰で厨房内を見回した。
あまり使われていないためか、所々が埃っぽく掃除は行き届いていない。
それは他の部屋も同じで荒れ果てている感じだった。
裏方の隠れ家には初めて入った。アルマンもここを一時の拠点にして活動していたのか、とプラチナは何となく思った。
「終わった」
「よし」
ジクルドが戻って来てエネルが口を開いた。
ライネルも目を開けて、情報交換が始まった。
「まずは裏方側の情報から話せ。こちとら偽物とは思ってもいなかったレスティア王と謁見した結果、逃亡するハメなったんだから。ゾルダンディーで何が起きているのか正確に知っておきたい」
眼光鋭いエネルの声は、いつものような親しみさは全くない。
追跡の手を逃れた今も、ライネルを警戒している。
そのライネルが真剣な表情変わらず、頷いた。
「分かりました。それでは私から……」
どう話そうか思案してから、ゆっくりと情報を開示していく。
五年前の戦争より前のゾルダンディーの鎖国と、その後に起きた二つの都市がメラギラドラゴンに滅ぼされた災害までは、騎士団が事前に得ていた情報と一致していた。
違うのはそれからの話であった。
「ゾルダンディーを統治していたレスティア王が、偽物だと判明したのです」
一体いつ、本物と偽物が入れ替わったのか、具体的な時期や方法は分からない。
しかし一人称の言い間違いから始まり、部下の名前忘れや言い間違い、本物と比較して極端に少なくなった口数、その他違和感を覚える言動が、王との距離が近い者達に不審を抱かせた。
「当初は激務からの疲労のせいだと思われていました。……本当に忙しかったですから。しかし、裏方などレスティア王の人となりを知っている者達の疑念は段々と深まっていきました」
疑念は深まれど、偽物の統治に対する姿勢は真剣そのものだった。それは国の発展に結果として現れ出ていた。
レスティア王は偽物と知らない国民から支持されている。それは国の中枢で働く人間も同様だ。
王に対して違和感を覚える者は裏方以外にも勿論いたが、壊滅した二つの都市の復興、国の発展、疑念の指摘が間違っていた場合の保身、鎖国解除による増加する仕事量。それに特に何かの問題が起こる気配はなかった事。
疑念を抱く人間は中々言い出せず、時間の経過と共に数を減らし、裏方などのごく少数となっていた。
「その時現れたのがアルマン・アルメイダという老人でした。彼は既に引退した元裏方で、レスティア王に最も近しい存在で私達裏方の信頼も厚い……エネル剣、どうかしましたか?」
「う、……いや、続けて」
「は……はあ」
プラチナとスターとエネルの困惑に、首を傾げたライネルが続ける。
「アルマンは本体ではなく分身体でした。ですが彼は裏方を統括する立場いた者。あのレスティア王は間違いなく偽物だ、という号令の元に本物を探し出し救出する作戦が組まれ、実行されました」
結果はライネル以外の全滅で終わった。裏方は皆死亡した。
偽レスティア王は裏方の動きを、事前に察知していたのだ。
裏方は表に出せない任務に従事する者達。その存在を知る人間はごく僅かに限られている。
本物のレスティア王を救出しようとする彼らを、表の人間は誰も知らなかった。
偽レスティア王の命令の元、国を脅かす危険分子として処理されていったのだ。
「………………………………」
ライネル以外の全員が、彼の境遇に絶句した。
国のため尽くしてきたのに、その国の人間に仲間が殺された。一人だけ残された当時の絶望は、想像を絶するものだったはずだ。
ライネルが続ける。
「その後は、私ともう一人の協力者で再度、レスティア王救出の計画を立てていました。移動された王の監禁場所を探し出して接触もしました。ですがその時の王の様子には覇気がなく……救出を望んでいなかったのです」
「望んでいなかった……?」
「はい」
プラチナの真剣な問いに、ライネルは頷いた。
「一度目のように救出を待っていた時とは違う、全てを諦めているような感情がありありと出ていて……警備の僅かな隙を突いた接触のため、時間もなかったので詳しくは聞けませんでしたが、私は拒否されたのです」
そして太陽の騎士団がゾルダンディーに来るという情報を得て、無理やりの救出を一旦中止にして、王の間で潜んで事の成り行きを見守っていた。
そうライネルは情報の開示を締め括った。
隠れ家にある厨房では、沈黙が色濃くなっている。太陽の騎士団とプラチナが得た情報の処理に苦戦していた。
やがてエネルが、こめかみを指で叩きながら口を開いた。先程の警戒心は既に薄れている。
「わらわ聞いてもいい?」
「勿論です。どうぞ」
エネルは隣に座るプラチナを恭しく紹介した。
「こちらに座すお方をどなたと心得ているか答えよ」
「エネルちゃん……」
プラチナはツッコミとも呆れともつかない声を出した。しかしそれは、自分が知りたい事でもあった。
ライネルはゾルダンディーの王女である自分に、関心がないように見えたからだ。その理由を知りたかった。
「あなただけ騎士団の人間ではないみたいですね。それにレスティア王が偽物だと看破した。一体どうやって……?」
裏方のライネルは、プラチナにとって見当はずれの回答をした。
プラチナは少々自信をなくして呟いた。
「スター、エネルちゃん……もしかして私は、自分をゾルダンディーの王女だと思い込んでいるただの一般人かもしれない」
「いや落ち着けって、プラチナは王女でしょうが」
エネルのツッコミが入り、ライネルが反応する。
「王女……? レスティア王の娘……?」
「そうなんだよね。プラチナはレスティア王の娘なのです。裏方なら把握してると思ったけど……スター、この反応をどう思う?」
スターが少し思案してから答えた。
「ここまで来ると何らかの呪文の影響を受けている可能性があるな。裏方に所属しているなら王の娘は把握していて当然のはず……アルマンが死に際に言い残したレスティア王の事情が関係しているのかもしれない」
「うん、同感」
スターの指摘にエネルが頷いた。ライネルが困惑を抑え込めずに問いかける。
「今度は騎士団側の情報を開示して頂きたい。王女の件も、アルマンの事をご存じのご様子も……情報の擦り合わせが必要です」
「それはそうだけど、プラチナはいい? プラチナの事も話しても……」
「うん、大丈夫」
プラチナは頷き、確認を取ったエネルがこれまでの事を簡潔にライネルに説明した。
少しして、説明を聞き終えたライネルが口元に手を当てて考え込む。困惑はより深まった様子だ。
「幽閉、イビスへの連れ出し、……レスティア王の何らかの事情。私は、そんな情報は聞いていない。死んだ仲間達も……アルマンと王は一体何を考えて?」
既にエネルがスケッチブックを出して、アルマンの絵を見せて確認済みだ。
プラチナが知るアルマンと、ライネルが知るアルマンは同一人物だった。
エネルが質問した。
「二回目の救出作戦で言っていた協力者って誰?」
「……あなた方を王の間に案内したシンシアです。人間ではなく人形のオーバーパーツ。彼女が私の協力者になります」
「えっ、あの無愛想なメイドが?」
「はい。彼女のおかげでレスティア王の監禁場所を割り出せました。自他共に認める人間嫌いとして有名です」
「有名ってどのくらい? それとプラチナが幽閉される前からいた?」
「城にいるほとんどの人間が知っているくらい有名です。そして幽閉の前からメイドとして仕事をしていました」
「プラチナはあのメイド知ってた?」
エネルの問いにプラチナは、動揺しながら返した。
「知らない、初めて見た……聞いた」
静観して話を聞いてたヴァニラとエーテルが指摘した。
「何らかの呪文の影響を受けている可能性が高くなったわね。記憶を弄る呪文とかその辺の」
「そうだよね。それとプラチナがどうやって偽物の正体が、バルガス・ストライクだと看破したのもボクは気になるよ」
その指摘に、全員の視線がプラチナに集まった。
プラチナは自身を支配する困惑と動揺を脇に置いて、あの場面を思い出しながら言葉を繋いだ。
「王の間に、入った時から違和感があって……何となくお父さんじゃない感じがしました。でも外見とか声とかは、お父さんで少し観察しようって決めて、そうしたら……感覚が急におかしくなっていって」
「感覚がおかしくって、具体的には?」
エネルの声にプラチナは、何故自分にそんな現象が起こったのか疑問に思いながら続ける。
「料理の匂いが消えて、目に見えるものが白黒になって、会話が遠く聞こえなくなった感じがして……でも懐かしい声が聞こえてきて」
皆が見守る中、プラチナは答えた。
「バルガス・ストライクって叫んでいて……懐かしい声はお母さんの声だった。あの時は分からなかったけど、今となってはお母さんの声だと、思う」
「オ、リビアの……?」
エネルが困惑の声を出して、ライネルが説明した。
「ゾルダンディーの王妃、オリビア・アリエール。レスティア王の奥方様になりますね。数年前に病死しております」
「いや既に死んでる人間がどうして? わらわ意味不明なんだけど」
「ごめんエネルちゃん。私にも、よく分かんない……」
プラチナは語気弱く返す事しかできなかった。
ゾルダンディーの裏方と太陽の騎士団の、情報の擦り合わせは終わった。
今後の活動方針へと、話は移行していった。




