7-4 隠れ家まで
ゾルダンディーの捜索の手は衰える事なく続いている。それは壁を隔てた隠し通路内でも感じられた。
襲撃者たちは、盾手裏剣を持つジクルドを先頭にゆっくりと階段を降りていた。
仮に、この場所にいるのが判明してしまった場合、相手方は壁を壊して仕留めに掛かるだろう。
今いるのは先が見通せない隠し通路の階段。
察知されるわけにはいかない全員が、最新の注意を払って静かに進行していた。
次第に下水の匂いが僅かに漂ってくる。それに比例して捜索の喧騒も遠く聞こえなくなっていった。
そして階段の終わりに辿り着いた。
正面は石の壁に阻まれて、これ以上の進行ができない。
「行き止まり、ですか?」
「いや」
プラチナの問いにスターが応えた。
ジクルドが光源である盾手裏剣を、高く掲げた。
石壁の上端に、小さな丸時計が嵌め込まれていた。
隠し通路を開くために触れた、先程の大きなノッポの古時計と同一の物だった。
「エネル」
「はいはい」
スターが剣の刀身を伸ばす呪文を唱えて、エネルを胴長にさせる。
そのままエネルが腕を伸ばして時計の長針を回した。
するとごごご、と仕掛けが作動する音と共に石壁が横にスライドし、石造りの水路への道が開かれた。
「ゔっ……」
「ぐむぅ」
「あ、これヤバイ。わらわ以外早く中に入って」
全員が下水道の匂いに顔を顰めたその時、エネルが即座に皆を促した。
そして中に入ったのを確認して、設置されていた丸時計の長針を急いで元に戻す。
石壁が再度ごごご、と音を立てて閉じる前にエネルが身体を滑らせて水路側に入った。
エネルが囁くように言った。
「下水の匂いが上に伝わって、隠し通路の存在が露見しなければいいけど……」
捜索には当然、匂いを追って襲撃者達を見つけ出すための召喚生物ファングが導入されている。
万が一にでも、漏れた下水の匂いが探知されたら大変だ。今いる場所も安全地帯ではなかった。
「それでどうするの? この下水道結構広いけど……これじゃ隠れ家への道筋が分かんないよね?」
エーテルが団服の袖で鼻を覆いながら言った。
ゾルダンディーの首都全域の下水を処理する下水道は、無数に分岐していた。
一応壁に等間隔の橙色の灯りが備え付けられてはいるが、それは小さく心許ない。
音に関しては、汚水が流れる音しか聞こえず、多少喧しく行動しても問題なさそうだった。
だが匂いがキツイ。特にヴァニラとプラチナの顰めた表情が、ここに長く留まる事の拒否を物語っていた。
「まあ流石に……あの裏方が何らかの目印か何かを残していると思うけど」
エネルがきょろきょろと周囲を見渡す。
エネル以外もそれに倣って、フォスンを設置したり氷の鎧兵士を発現したりして目印を探す。
「あ、あれっ!」
やがてプラチナが鼻を抑えながら見つけた。
天井の隅に、水に濡れないよう保護された小さな紙切れが貼り付けられていた。
赤い矢印が書かれており、その方向に視線を移せば通路が続いている。
「他に目印はなさそうだし、多分あの矢印がそうだと思うけど。罠の可能性は……今更か?」
「私が斥候を出すわ。グリッド・ビィ・フロスト」
エネルの呟きに、ヴァニラが呪文を唱えた。
今度は鎧兵士ではなく、氷で生成された可憐で凛々しい姫騎士少女が発現した。氷だから銀髪だ。
「この子なら何があっても基本大丈夫でしょうし」
「あらま、ニールの被害者騎士。わらわ久しぶりに見た」
姫騎士の少女はヴァニラの指示を受け、矢印方向へ走り出して行った。
一行はライネルが設置したと思われる目印を破棄して先を急ぐ。
地下下水道では汚水が流れる音だけが、その存在を示していた。
太陽の騎士団もプラチナも最小限の会話で突き進む。極力下水の悪臭を鼻に入れないために。
プラチナはスターの存在を後方に感じながら、スターを想った。
あの時、王の間で自分以上に衝撃を受けていたのは間違いなくスターだった。
バルガス・ストライク。スターの友達。
五年前から探していた人物が再び見つかった。しかし今度はゾルダンディーのトップに化けていた。
わけが分からず困惑したのも無理はないだろう。
今のスターは冷静さを取り戻してはいるが、心の奥底では何を考えているのか。
本物の父親の行方を案ずる気持ちは勿論ある。
しかし同時に、スターを心配する気持ちもプラチナにとっては大事な感情であった。
水路を右に、途中石橋を越えて、紆余曲折を経て最後と思われる赤い矢印まで到着した。
矢印は上を示しており、見上げるとマンホールの蓋が設置されている。おそらくは出口だ。
「ジクルド、人の気配は?」
「ない。少なくとも人間はいないはずだ」
ジクルドと発現継続中の姫騎士が梯子を上り、マンホールを開けた。
地下下水道内に正午の光が僅かに降り注ぐ。
出口は家の裏庭に繋がっていた。
裏路地の一角にある、二階建ての古びた石造りの住宅。三角屋根。
周辺に人の気配はなく、壁に囲まれた鬱蒼とした庭が広がり薄暗い雰囲気が漂っている。
「やっと、外に出られた……」
全員が下水道から外に出られ、プラチナは安堵の息を吐いた。
あの城から誰も欠ける事なく脱出できたのだ。緊張で強張っていた身体も弛緩していく。
「あそこから家の中に入れるのかな?」
エーテルの視線の先には木戸があった。住宅の中へ続いている。
「いや待て」
その時、住宅の中へと進むのをジクルドが止めた。大剣を握りしめて木戸を警戒している。
「向こう側に気配がする」
その声で全員が気を引き締め直した。騎士団が即座に臨戦体勢を取って攻撃に備える。
少しの間、重苦しい空気が裏庭を支配した。誰しもが言葉を発さずに集中していた。
やがてプラチナが気のせいでは、と口にしようとした時、木戸の向こうから声が聞こえてきた。
「レスティア王」
合言葉だ、とプラチナは思った。しかし太陽の騎士団が何も言わないため口を強く閉ざした。
「レスティア王」
もう一度同じ言葉が続いた。エネルが慎重に応えた。
「加齢臭やばい……」
数秒後、木戸が開かれ目出し帽を脱いだライネルが姿を現した。
「太陽の騎士団の皆さん、隠れ家の中へお入りください」
プラチナ達一行は顔を見合わせた後、ゆっくりと隠れ家の中へと足を踏み入れていった。




