7-1 ゾルダンディーへ ツンデレのヴァニラ・コースキー
本日の天気は雨模様。どんよりとした雲が空を覆い、今にも雨が降ってきそうだった。
そして数分後、土砂降りの雨が空中列車の屋根を強く叩いてくる。
プラチナは天井から聞こえてくる雨音に耳を澄ました。窓から見える景色は薄暗い。
約十分後、今度は天候が晴れになった。
空中列車の移動速度は、普通列車より高速だ。そのため雨雲が覆う地帯を抜けて、今は綺麗な青が広がる空を走っている。
プラチナは窓から、遠く離れた場所に虹がかかっているのを見つけた。七色の光がきらきらと輝いている。
(これが空中列車の醍醐味の一つなのかも……)
短時間で連続する天気の変化という貴重な体験を、プラチナは大いに満足した。
(でも、この空中列車を発現したニール・リオニコフは人類虐殺を目論むアノマリーの呪文使い。そしてヴァニラちゃんもアノマリー)
プラチナは窓から車内に視線を移した。
前回乗車した時と同じく、一つの車両全てを細長い超高級部屋にした車内では、暇つぶしにババ抜きが開催されていた。
「はい、スターの負けね。何で負けたか明日までに」
「はいストップ! そのセリフわらわ嫌な予感がするからそこまで!!」
スターから札を抜き取り、ペアになったのをテーブルに放ったヴァニラに、エネルがツッコミを入れた。
スターは死神の絵が描かれたジョーカーを札の山に置いた。
「また負けた……これで三回目か」
「日頃の行いが悪いんじゃない?」
初対面のプラチナから見ても、ヴァニラの様子は上機嫌に見えた。楽しそうに笑いスターをよく揶揄っている。
(空中列車に乗ってるし、皆も受け入れているしで問題はないんだろうけど……)
唐突に駅のプラットホームに現れて、ゾルダンディーへの同行をごり押しした人物。アノマリーの呪文使い。
一体何者なのだろう、とプラチナは思った。
一緒にババ抜きをしていたエネルが本題に入った。
「それで? な〜んでヴァニラが付いてきてんの? ツンデレのアノマリーが」
ヴァニラは肩をすくめて、やれやれと返した。
「ツンデレじゃないわよ。プラチナが誤認するような発言は止めなさい。代理で来たのよ私は」
「ああん、何の代理ぃ?」
「決まってるでしょ? ベネットの、アノマリーの代理よ」
交渉ごとは相手との力関係が、ある程度拮抗していなければ何も始まらない。
地面を這う蟻と人間との間で交渉しても、足で踏み潰されるだけだ。
人間同士、呪文使いが属する組織間でもそれは変わらない。
強力な呪文使いを有している陣営の方が交渉を有利に進められる。
ゾルダンディーは五年前の戦争を経てなお、存続している国。
国としての力もあって、当然アノマリーの呪文使いが一人や二人は確実にいる。
ゾルダンディーからコミタバの情報を引き出すための、交渉のスタートラインの形成として、太陽の騎士団からの追加派遣だった。
ヴァニラが言った。
「ベネットとカインも、ギリギリまでアノマリーを派遣するかどうか悩んでいたみたいね。コミタバの警戒とか防衛やら色々あるし。まあ結局、ベネット本体が出張るつもりみたいだったけど……仕方ないから私が代わってあげたわ」
「仕方ないから代わってあげただぁ?」
エネルがジト目でヴァニラに質問した。
「ちなみにベネットが同行を拒否した場合は?」
「アノマリーの呪文使いが二人、ゾルダンディーに殴り込みね。それはそれで面白そうだけど」
「うーん、この」
エネルがため息混じりに、エーテルとプラチナを呼び寄せた。
「はい作戦タイム! わらわの元へカモンカモン!!」
「勝手にしなさい」
細長い車内の端っこで、エネルとプラチナとエーテルの三人でひそひそと囁き合う。
「はいプラチナ。以上がヴァニラ・コースキーとかいうツンデレ女の説明でした。ご査収ください」
「いやご査収って……エネルちゃん、全然分かんないよ」
ちらりとプラチナはヴァニラに目をやった。車内に保管されてある紅茶を優雅に飲んでいる。引き続き機嫌は良さそうだ。
エーテルが言った。
「ヴァニラはね、スターの事が好きなんだよ」
「………………そうなの?」
「うん」
プラチナは少し反応に遅れた。エーテルが続ける。
「スターが半年間、極秘任務で騎士団にいなかった間、スターの部屋で寝起きするくらいにはね。自室があるのに」
「そのくせツンデレだから始末に負えない。早よ告ればいいじゃん言ったら雪玉とか氷の兵隊発現してくるし、挙げ句の果てには……」
『私は私のやりたいようにやってるだけ。指図しないで』
「て、ごり押ししてくるし。本当あのツンデレってわらわ思う」
「ねー、多分さっきのベネットの件もごり押しだよね。ベネット困った顔してたし。スターが最近行方不明になってたから、寂しくて着いて来ただけだよきっと」
「ちなみにスターとわらわ極秘任務の間、ヴァニラどんな感じだった?」
「口数は少なくムッツリ。あんな感じの上機嫌さ何て何処にもなかったよ」
「うーん、この。バルガスが見つかってスターが明るくなったのも拍車をかけてやがるな」
エーテルと話してたエネルが、プラチナに言った。
「きちんと明言しとくけど、味方だよ。ヴァニラは人を気遣えるし、太陽の騎士団に住み着く形でこれまで貢献してきたし」
「住み着く形……?」
「最初の出会いが少し変わってて、何て言ったらいいか……」
エネルが説明の仕方に悩んでいると、エーテルが声真似をした。
『私がいる場所にこの建物が建ってるのよ。使ってあげてるんだから光栄に思いなさい』
「それ、ヴァニラちゃんの声真似……」
「こう言ってたらしいよ。騎士団に所属はしてない外部協力者って感じかな。まあでも、もう所属しているようなもんだし、ツンデレだし」
プラチナが無言でいると、エネルが言った。
「まとめるとヴァニラはツンデレだから、これからの言動を温かい目で見てあげて」
「でもたまにボクは、度が過ぎると思う時があります」
「ほんそれ。もうちょいデレを見せて欲しいよ。何事もバランスは大事」
「ねー」
「……………うん」
何となく間が長く、反応が鈍いのを疑問に思ったエーテルが質問した。
「どうかしたの、プラチナ?」
「……恋について考えてた。私は幽閉されてたし、イビスでもアルマンの側にいたし。好きとか恋とか知っているけど、考えた事はなかったから」
幽閉のせいで読書好きなって、様々な書籍を読んできて、恋愛小説とかも勿論読んだ。
しかし物語の世界の話で創作だ。そう思うとあまり心に響くとかはなかった。
恋とか恋愛とか、どんな感じなんだろうとプラチナは思う。
「恋、かぁ……」
しんみりと口にして虚空を見上げると、エネルが言った。
「まあ、これからでしょ。ハゲが治る洞窟がある街なんだから、人が多いし刺激も多い。そういう色々はこれから体験や経験すればいいよ」
「体験や経験……エネルちゃんとエーテルちゃんは誰か好きな人とかいるの?」
「おん?」
「んー?」
唐突なプラチナの恋バナに、二人が目を丸くする。
顔を見合わせて、少し考えてからエネルが答えた。
「プラチナは忘れてるけど……わらわ剣なんですよ。それに思考の三割くらいは人間死ねって考えてるから恋愛とかの浮いた話はないね」
「三割って結構多い……」
「ボクは多重人格。しかも主人格じゃなくて無から生まれた一つの人格だから……恋愛とかどうなんだろう? この身体は主人格の身体だしなぁ」
「え、えっ、う……その」
予想外の回答にプラチナは狼狽えた。
エーテルに関しては秘密都市で多重人格と言っていた。失礼でナイーブな事を聞いてしまったかもしれない。
謝ろうとしたプラチナに、エーテルが手を振った。
「いいよいいよ。ボク自身は特に気にしてないし、謝んなくてオッケー。……でも」
「でも……?」
「内容は秘密、かな。ボク的には話してもいいんだけど、テンちゃんがまだ好感度が足りてないって頭の中で言ってるし」
「テンちゃん?」
「人格の一人、それがテンちゃん。多重人格だから」
「えっと……」
呆気からんとしてるエーテルにプラチナは戸惑った。
エーテルは気にしていない。物凄く重要な話をしているのに全くもって。良いのだろうか?
エネルが言った。
「作戦タイムはこれぐらいにして戻ろうか。ゾルダンディーについての追加情報もあるし」
「う、うん……」
エーテルの態度が気になったが、ゾルダンディーの追加情報も気になる。
三人で車内の中央、ババ抜きに使用しているテーブル付近に戻った。
「戻ったのね。それじゃ、そろそろ今回の任務について聞かせてくれる? この人員でゾルダンディーに行くとしか私聞いてないし」
「ヴァニラお前、何も聞いてないんかーい」
エネルが呆れ顔でツッコミを入れてソファに座ると、スターが口を挟んだ。
「まあ任務内容の確認はするべきだが……プラチナ?」
「はい?」
「その、ヴァニラにどこまで伝えて……」
「ああ」
スターが伝えたい内容を察して、プラチナは思案した。幽閉の事とか言ってもいいのかと。
(空中列車に乗ってるし、エネルちゃんが味方だって言ってたし……)
プラチナは頷いた。
「全部で大丈夫です。伝えないでゾルダンディーに着いて、何か予想外のアクシデントあっても困りますし」
「そうか、分かった」
スターは簡潔にこれまでの事をヴァニラに伝えた。
聞き終えて、ヴァニラはスターを眺めた後、ため息をついた。
「はぁ、あなたは変わらないのね……相変わらず」
「ヴァニラ?」
「別に何でもないから。気にしないで」
とヴァニラはスターから目を逸らして手を振った。
プラチナはこれも、ツンデレからくる行動なのかと首を傾げた。
エネルが服のポケットから、メモ帳を取り出して言った。
「んじゃ、追加情報伝えます。追加と言っても重要度は高くない話かもです。ゾルダンディーは過去に、二つの都市が壊滅しています」
全員の驚愕の視線がエネルに集まった。
エネルは業務連絡の事務的な声色で続けた。緊急性はなさそうだ。
「時期は五年前の戦争が終わった後、まだ鎖国している時。召喚生物メラギラドラゴンが都市を襲い、死傷者がかなりの数が出たとの事」
「メラギラドラゴンって……」
プラチナの脳裏にはカーネとアルスの姿が浮かんだ。
(確か……ラウンセント・メラギラドン)
突き出した腕が竜の顎に変わって、そこから火球を発射する呪文。
呪文教の地下で、秘密都市の地下で目にしたのを覚えていた。あれ関係だろうか。
エネルが続ける。
「大きさは……結構デカかったみたい。ただ現在は、その召喚生物の存在は確認されていない。壊滅した二つの都市の復興も、既に完了している。二回目の襲撃時に討伐されたって事かな?」
スターが質問した。
「エネル、それはいつ入手した情報だ?」
「出発直前、ギリギリのタイミングでカインからの情報」
「そうか。……都市二つが壊滅したとなると、レスティア王も動いているはず」
「そうだね。プラチナは……その時のレスティア王を覚えている?」
エネルの問いかけにプラチナは首を振った。
「お父さんとは、お母さんが死んだ時に……一度しか会ってないから」
「そっか。……そうだったね」
エネルは報告の口調に切り替えて続けた。
「一応頭に入れておくべき事柄を伝えました。ちなみにプラチナ、メラギラドラゴンはこんな感じ」
そう言ってエネルはスケッチブックを取り出して、メラギラドラゴンの全体絵を描き出した。
呪文で発現する頭部から胴体、そこから伸びる手足が描かれて、背中に二枚の翼がついた屈強な赤黒な竜が映し出された。しかも二足歩行。
相変わらず絵が上手い。
「この強そうな竜が襲撃を……?」
「情報ではそうだね。しかも空を飛ぶ。一体誰が発現したんだか」
「コミタバ、かな?」
「うーん、わらわ分からん」
プラチナはもう一度、エネルが描いた絵を眺めた。
今にも動き出しそうな立体感のあるメラギラドラゴンが、迫力満載で描かれている。
絵でこれなら実際はもっと強烈な姿をしているのだろう。都市二つが壊滅しているのだし。
だとしたら、一国のトップである父は対応に追われていたはずだ。襲撃に、そして襲撃後の復興にも。
(これからゾルダンディーに、私はお父さんと対面する)
また一つ。自分が知らない父を知って、プラチナは
息を吐いた。
騎士団本部の司令室でスターが言っていたのを思い出す。
『不確定な要素が多い中でゾルダンディーに赴いて、一体何が起こるんだろうって思っただけ……』
果たして。
到着して会って、何が起こるのだろうか。
プラチナは段々と、不安と緊張が身体に広がっていくような心持ちになっていった。




