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6-3 プラチナの願い

 翌日、プラチナは目を覚ました。

 質の良いベッドに埋もれながら見慣れない白の天井を眺めて十数秒、太陽の騎士団本部に到着したのを思い出した。


 身体を起こして伸びをする。欠伸と共に骨が鳴って、小気味いい音がした。


「今何時だろう……」


 部屋の中には時計がなかったため、現在時刻は分からない。だが窓から入る陽の光で、夜が明けているのは見て取れた。


「プラチナ〜、起きてるー?」


 ノックの後にエネルの声が扉から聞こえてきた。プラチナが返事をする前にエネルの言葉が続く。


「あらま、まだ寝てるか……とっくに朝は過ぎてるし流石に起こした方がいいか?」


 プラチナは急いで扉を開けてエネルを迎えた。




 太陽の騎士団の朝は早い。団員各々が振り分けられた職務に勤しんでいる。

 戦闘訓練、街の行政、警備、事務、諜報、医療、糧食、清掃、美容院、ハゲが治る洞窟。内容はまだまだあって千差万別だ。


 プラチナとエネルは騎士団の食堂に足を運んだ。

 食堂は数百人の団員が一斉に食事ができるぐらいに広い。ただ既に朝のピークは過ぎていて、食事中の団員は疎らだった。


「はーい! ご注文をどうぞー!」


 大きな調理カウンターの向こうから明るい声が届いてきた。声の主はエネルと同じ白髪でエプロン姿の少女だ。


「おはよう、ヒカリ。わらわ日替わり朝食で」

「日替わり朝食ひとぉーつ! お次の人はな……」


 ヒカリと呼ばれた少女の瞳にプラチナが映る。数秒後、声高く身を乗り出してきた。


「ぁえっ!? 誰誰、新人さんっ!?」

「は、初めまして……」


 興味深そうに、きらきらとした目を向けてくるヒカリにプラチナは僅かに気後れした。

 初対面という理由もあったが、何だか本当に物凄い興味津々の顔をしていたからだ。


 エネルが間を取り持ってくれた。


「プラチナ、こちらヒカリ。騎士団食堂の料理長やってる女の子」

「ヒカリです! 料理長やってます! イェーイ!!」


 右手にお玉、左手にフライパンを持った状態でヒカリは腕を交差してポーズを取った。テンションがかなり高い。


「で、新人のプラチナ」

「よ、よろしくね……」

「うん! よろしくね!! それでご注文はー?」

「えっと……じゃあ日替わり朝食で」

「はーい! それじゃちょっと待っててね!」


 朝食を取る団員が少ないのと、予め調理の下準備が終わっている事もあって、頼んだ料理はすぐに出された。

 受け取って適当な席に座ってエネルと一緒に頂く。


「あっ、これ美味しい……!」

「でしょでしょ。食事は団員の士気にも関わるからね。騎士団的にめちゃくちゃ力を入れているのです」


 頬張っていたのはハンバーガーセットだった。

 朝の色々と忙しい時間帯でも、手軽に食べられる料理。パンに挟まれた肉とチーズと野菜が、調味料と合わさり絶妙な味わいを実現していた。出来立てほやほやの温かさも嬉しい。


 お供のフライドポテトを摘みながらプラチナは言った。


「あんなに小さい子も騎士団にいるんだね」

「小さい子? ああ、ヒカリ?」


 エネルは飲み物に入っている氷を、がりごりと砕いていた。


「ヒカリは例外だよ。基本的に子どもは入団できないからね」

「そうなの?」

「そうだよ。で、ヒカリはかなり優秀。仕事も卒なくこなすし、機転も効くし愛想もいいし、何より普通に強い。太陽の騎士団俺が強いんだぞ大会でも好成績を残した過去もあるし」

「えぇ……嘘ぉ」

「いやホント」


 プラチナはカウンターの向こうで調理しているヒカリを眺めた。エプロンモヒカンや棒人間と一緒に元気一杯調理に励んでいる。


(召喚生物も騎士団にいるんだ……)


 だが、その見た目からして年齢は十歳前後だろう。

 大会で好成績を残したのはつまり、過去の話であって今より若いヒカリという事になる。

 プラチナは流石に信じられなかった。


「さてと」


 エネルはフライドポテトにソースを付けて言った。


「今日の予定の話になるけど……」

「うん」


 既に朝食を平らげていたプラチナは、ストローで喉を潤しながら耳を傾ける。


「まずは街にある騎士団支部に行きます」

「うん」

「今のプラチナって住所不定無職の不法滞在者だからね。入団じゃなくて保護だし、一応ハゲが治る洞窟がある街の滞在許可証を発行しないといけない」

「それは確かに……はあ」


 プラチナはため息をついた。飛び立つにしてもせめて私物を持ち出してから、数年間住んでいだあの家に飛び立って欲しかった。

 今の自分は住所不定無職と不法滞在者に、無一文が追加された状態だ。


「それが終わってから街を案内散策するって事で……へい、ベネット!」

「ヒャッハー?」


 エネルが指を鳴らすと、何処からともなくモヒカン分身が二人の近くに現れた。


「三十分後……プラチナ、三十分後でいい?」

「う、うん。大丈夫」

「んじゃ三十分後、街に繰り出すから車出して」

「良いぜェ……たらふく食べて腹を満たした後は遊ぶのが道理ってもんだからなぁっ!! 全力で遊んできなぁっ、ヒャッハー!!!」


 そう叫んで走り去っていった。急にモヒカン分身が現れてプラチナはビックリした。


「久しぶりに指パッチンで呼んでみたけど、キレは健在か。一体何処から現れ出てるんやら……本体はちゃんと休んでんだか……」

「ねぇエネルちゃん」

「ん?」

「モヒカン分身って、どのくらいいるのかな?」


 プラチナの純粋な疑問にエネルが肩をすくめた。


「わらわ全く分からん。ベネット曰く、百とか千とか万とか曖昧にしか答えないからね。……まあ、一モヒカン見かけたら三十モヒカン潜んでいるって思えばいいんじゃない?」

「一人見かけたら三十……? それってゴキブ」

「プラチナ。食堂でそれ以上はいけない」




 モヒカン分身に運転してもらって街に着いた。昨日の夜と変わらず街は賑やかだ。

 大通りでは大勢の人々が立ち並ぶ店々を楽しげに物色している。

 宝石店、服屋、酒屋、喫茶店、骨董品店など、種類が豊富で各店の店員が売上を伸ばそうと接客に精を出していた。

 

 そんな大通りをプラチナはエネルと一緒に歩く。街の案内も兼ねて少し遠くから騎士団支部へと向かう。


 広いスペースでは大道芸が行われていて、道ゆく人達に芸を披露している。

 それを見物していた観客から歓声が沸き起こった。観客の中にいる父娘一組が仲睦まじく笑い合っていた。


(困った。どうしよう……)


 父親から硬貨を手渡され、見物料を払い父親の元へ戻って大事に抱き抱えられる娘。

 プラチナはどうしても、その幸せそうな様子を目で追ってしまっていた。

 心に想うのは父親への情景。幽閉の理由。

 求める気持ちに蓋をしたはずなのに、関連する場面を見ると欲求が溢れてくる。


「お父さん……」

「お父さん?」


 プラチナの呟きにエネルが反応する。プラチナは慌てて誤魔化した。


「何でもないよ、エネルちゃん」

「……そっか、わらわ了解」


 エネルは事情は把握しているし、自分の呟きの意味に気付いているかもしれないとプラチナは思った。



 それから少しして、騎士団支部に到着した。

 支部は交通の便が良い場所に建てられており、街の行政を担っているため、多くの人が出入りしていた。

 三階建てのコンクリート製で、円と台形が合わさった鍵の穴のような黒いマークが正面玄関に付けられている。


 エネルがそれを見上げて言った。


「ハゲが治る洞窟を上から見ると、鍵の穴みたいに見えるんだよ」

「鍵の穴って、上が丸で下が台形の?」

「そうそう、シンボルマークだね。まあ団服とかには付いてないけど」

「それは何で?」

「団服を作った後に、洞窟の形に気が付いたから」

「プラチナ? それにエネルも」


 エネルの説明に耳を傾けていると、聞き慣れた声が届いた。

 視線を正面に向けると団服姿のスターが騎士団支部から出てきた所だった。




○○○




 それから滞在許可証を支部で発行してもらって、三人で街を散策する事になった。

 スターはスターで、アルスとパトラッシュに街の案内をしていて、それが終わってから支部で調べ物をしていた。

 しかし別に優先順位は高くないらしく、同行を申し出てくれた。


 プラチナは先程の感情を固く締め直し切り替えて、三人連れ立っての街の散策を楽しむ事にした。

 信頼できる二人と一緒の街中、暗い気持ちではいられない。


 まずは適当な本屋に足を踏み入れた。世界の中心街の本屋だけあって、店の中が広く本の種類も豊富だった。

 イビスの田舎では手に取れない本も、続きが気になっていた本も見つけた。

 しかも本屋はこの店だけではない。足を延ばせば別の本屋の本も物色できる。

 幽閉のせいで読書好きになったプラチナにとって、本屋巡りはとても心地良いひと時だった。


「一応騎士団本部にある図書館で、本の貸し出しをやっているから、気が向いたら覗いてみても良いかもしれない」

「図書館!」


 スターの言葉にプラチナは盛大に反応した。

 金銭がないプラチナにとって耳寄りの情報だった。


 

 次は召喚生物ファングと触れ合いができる店に向かった。

 入店してすぐにドアに付けられたベルに反応して、複数の大きさが異なるファングがプラチナを歓迎した。


 店内はファングと触れ合えるスペースがある喫茶店のような内装で、軽食を取る事もできるし、ファングに少量の餌を与える事もできる。


 プラチナは触れ合いスペースのソファに座り、大人しい個体のファングを膝に乗せて頭を撫ぜた。

 ふわふわの白い毛並みに指が沈み、ずっと撫でていたい気分になってしまう。


「やっぱこれが通常サイズなんだよね。パトラッシュがクソデカなだけで」


 服従のポーズをしているファングの腹をわしゃわしゃしながらエネルが言った。そのファングは身体をくねらせて喜んでいる。


 プラチナは台の上で丸くなっているファングに餌やりをしているスターに目をやった。

 スティック状の餌を差し出して、むしゃむしゃと食べさせている。


(そう言えば、秘密都市から戻ってきてからスターとの会話はなかったっけ……)


 秘密都市から帰還した時は休息を取っていたし、ハゲが治る洞窟がある街へ向かう空中列車では、ベネットとジクルドと一緒に話し込んでいたばかりだった。支部で会うまではエネルが一緒にいてくれた。


 別にスターにも都合はあるし、会えないのは仕方がない。ただスターの表情に変化があるのがプラチナは気になった。

 

(笑っているスターを見るのは初めてかも……)


 餌を食べ終えたファングの頭を撫でるスターの表情は、和らいでほころんでいた。


 プラチナは、穏やかなスターの笑顔を見て良いなと思った。


 タミヤの街やドミスボ、アルマンの時と秘密都市で見てきたのは警戒や敵意が滲む表情ばかり。出会って間もないのもあるし、落ち着ける時間はあまりなかったのだから当然だ。

 しかしここ、ハゲが治る洞窟がある街にはコミタバのような危険な存在はない。他の騎士団の人達も大勢いるしスターも気を張らずに済む。


 スターの笑う顔を見るとプラチナは良い気分になった。自然と口元が緩んでしまう。

 それはエネルも同じのようで、餌をせがむ複数のファングに飛び掛かられ押し倒されたスターを見て、思わず二人で噴き出してしまった。



 その後も街の案内は続く。田舎では体験できない娯楽をプラチナは堪能した。

 三人で過ごす時間はとても楽しかった。父への想いもすぐに薄れて心の奥底に沈んでいった。


 エネルは勿論、スターもテンションが高いように思えた。

 はしゃいでいるわけではないが、ノリがいいし説明もしてくれる。少なくとも普段のスターよりは、いくらか明るくなっているように感じた。


 プラチナはその理由が気になってしまった。だから聞いてみる事にした。


「スターって、何だかテンションが高い気がします」


 街の散策の休憩中。噴水広場のベンチに座って、三人でリンゴジュースを飲んでいる時に言った。

 広場には観光客や街の住人がいて、各々が思い思いに過ごしている。


 プラチナが真ん中で両サイドにスターとエネルが座る。

 質問されたスターは数秒きょとんとした表情の後、エネルに視線を移した。


「テンション、高いか?」

「高いでしょ。プラチナがそう思うくらいには」

「そうか……」


 スターはエネルの返答を聞いて、飲み物に視線を落とした。

 そしてジュースの水面に薄く映る、自分の顔を眺めて質問に答えた。


「理由は多分……探しものが見つかったから、かな」

「探しもの?」

「そう、探しもの。……いや、物じゃなくて人だけど」

「もしかして……バルガス・ストライク? スターと同じ孤児院出身の」


 秘密都市の地下でエネルが言っていたのをプラチナは思い出した。確かあと二人いる。

 スターは意外そうな顔をプラチナに向けた。


「バルガスを知っていたのか……プラチナに話した記憶はないが」

「あっ、えと……その」

「わらわわらわ。成り行きでわらわが話しました」

「そ、そうですエネルちゃんが教えてくれて」

「エネルが……まあ隠すほどの話ではないか」


 あたふたと慌てるプラチナが、落ち着くのを待ってスターは言った。


「バルガスは友達だったんだ。年は離れていたけど同じ孤児院出身で、アカムの軍に入隊した俺によく世話を焼いてくれた」


 スターは過去を懐かしむように、穏やかな声でバルガスについて話した。


 スターが孤児院に入った時には、既に卒業していた先輩で、度々遊びに来てお菓子を配ったり進路相談をしていた事。

 孤児だったバルガスが、地位ある女性と結婚して逆玉おじさんと揶揄われていた事。

 軍に所属していて一緒に苦楽を共にした事。

 五年前の戦争で行方不明になっていた事。

 つい先日まで、その行方を探していた事。


 バルガスを語るスター声音は優しく、ファング触れ合いの時と同様、プラチナは気分良く聞き入っていた。

 しかしスターの声が段々と訝しむものに変わっていく。


「正直バルガスはもう死んでいると思っていた。でも、秘密都市で生きていたと判明した。……生きてて良かったと思った。でも」


 言葉を切って考え込むスターに、プラチナが繋いだ。


「コミタバのメンバーだった……?」

「そう、バルガスは何故かコミタバに所属していた。性格から考えてそれはないはずなのに」

「でもレオナルドと普通に会話してたよね。初対面って感じはしなかったし」

「エネルの言う通り……だが特に行動は起こさないで静観するだけだった。それにジクルドに化けていた事も、ゴライオン消滅後の言動も気になる。バルガスは一体何がしたかったのか」


 少しの間、沈黙が続いた。三人とも口を閉ざしてしまい周囲の音だけが流れている。


 大通りから聞こえる人々の喧騒。噴水から水が流れ出る音。広場ではしゃぐ子どもたちの笑い声。

 スターはそれらを耳で聞いて、目で見て、目を伏せた後、表情を真剣なものに変えた。


「プラチナはこれから大変だと思う」

「え?」


 唐突な話題の転換にプラチナは首を傾げた。


「慣れない街、慣れない組織に身を置くことになって困り事や悩み事が色々と出てくる。その時は遠慮なく俺に頼ってほしい。俺にできる事なら何でも協力する。アルマンの願いを叶えるためにも」


 プラチナはスターの言葉をしっかりと受け止めて質問した。


「アルマンの……スター、今何でも協力するって?」

「ああ、何でも協力する」

「エッチな事は駄目だよプラチナ」

「エネル、空気を読め」

「そうだよエネルちゃん。空気読んで」

「おおうマズった。わらわボケたつもりだったのに」


 スターとプラチナは呆れた視線と不満顔をエネルに向けた。エネルは僅かに焦りながら返した。


 プラチナはスターの想いを嬉しく思った。ベネットにも同じ事を言われたが、やはりスターの方が格段に嬉しい。

 だが同時に心の奥底の薄れていた欲求が疼いてくる。


(何でも……)


 勿論限度があるのは分かっている。何でも協力すると言っても何でも協力するわけではない。

 だがスターの言葉がどうしても、プラチナに引っかかってしまう。


(アルマンの願い、お父さん……)


 少しだけ考えて、別に言うだけ言ってみてもいいかもしれないとプラチナは思案した。

 断られたらそれまで。それはそれで仕方がない。


 アルマンが願った自分の幸せ。それを叶えるためには、父が何故幽閉したのかを知らなくてはならないからだ。


 プラチナはまだ二人に何も返せてない後ろめたさを感じつつ口を開いた。


「スター、エネルちゃん。お願いがあります」

「ああ」

「うん」


 スターとエネルは聞く姿勢を取った。プラチナは意を決して想いを告げた。


「私と一緒にゾルダンディーに、私はお父さんに会って話がしたい」


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