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6-2 到着

 燃料切れの心配もしたがどうやら杞憂だったようだ。蒸気機関車はベネットの自己紹介後も疲れを見せずに雲がない空を走り続けている。


 太陽は既に沈んでおり、満月が夜の闇を優しく照らしている。もう間も無く目的地に到着するとベネットは言った。


 そう、ハゲが治る洞窟がある街に。



「モヒカンアナウンス〜、距離的にもうそろ到着するから下車準備ヨロシクぅ」


 車内に備え付けられている拡声器からベネットの声が流れてくる。

 この汽車には複数のモヒカン分身が別の車両や運転席にも乗車しているらしく、そこからアナウンスを出していた。

 貨物車両にもモヒカンがいると聞いてプラチナは、いかついモヒカン達に囲まれているパトラッシュを想像して怯えていなければいいなと思った。


 少しして、身体が斜めに傾いている感覚になった。スターとエネルを見ると、二人の身体が僅かに前のめりになっていた。

 エネルがプラチナに気が付いて窓を見るよう指を動かした。

 首を動かして外の景色を見ると、徐々に高度が下がってきているのが分かった。雑木林を超えて平坦な土地の地面が近づいていた。


 そして車輪が線路にピタリと着地すると、そのまま通常の汽車のように線路に従い走行した。


 整備されていない土地から整備が行き届いている街へ。夜の灯りも段々と増えていく。

 それに比例するように汽車の速度が減速していった。徐行。

 そして空を駆けた蒸気機関車は役目を終えて、駅のプラットフォームで完全に停車した。


「凄い、夜遅いのにこんなに明るくて賑やか……!」

「そりゃハゲが治る洞窟がある街だからね。人もたくさん来るよ」


 汽車から降り立って、驚嘆しているプラチナにエネルが応えた。



 一行を迎え入れた駅は、プラチナがこれまで見てきた駅よりも規模が大きかった。

 丸いアーチ型の曲線を描いた天井が、汽車とプラットフォームと線路を覆っている。

 天井はかなり高いため、数十本ある線路上の汽車から出る白煙を、上へ上へと導き拡散させていた。

 

 もう夜中なのも関わらず、全てのホームに人がごった返し活気に満ちている。

 照らす灯りの数も豊富でとても明るい。外から入ってくる夜の冷気なんて気にもならない。


 駅は二十四時間営業で街に来る者、去る者、駅の従業員などが老若男女問わず散見される。ベネットのモヒカン分身体もちらほらいて、人混みが苦手な人にとってはキツイ光景かもしれない。


 一般改札ではなく騎士団専用の改札を抜けて外に出た。パトラッシュが通常のファングより大きいため少し目立ってしまう。

 モヒカン達と一緒に貨物車両に乗っていたパトラッシュは、気疲れした様子でアルスに擦り寄ってついて来ていた。


「あれあれ、あれに乗って。荷物は膝の上にね」


 エネルが指し示した乗り物を見てプラチナは少しだけ心が跳ねた。五人乗りの四輪駆動の自動車が停車していた。

 太陽の騎士団は世界の中心街を統治する組織なのだから、車ぐらい当然多く所持している。自分が乗車する日がくるとは思ってもいなかった。


「私はパトラッシュの背に乗っての移動で良いですか? それと回復呪文発現の許可もお願いしたいのですが……」

「うんいいよー、てかごめんね。流石にパトラッシュのサイズがクソデカすぎて扱いが悪くなってるかもしれない」

「それは仕方ないですよ。この子も気にしてないと思います。リコーション」


 エネルの許可を得て、アルスが疲労回復の呪文を唱えた。掌から淡い光が湧き出てパトラッシュの気疲れを癒していく。

 街中での呪文の発現は太陽の騎士団以外許されておらず、それ以外は基本的には御法度だ。

 しかし騎士団員の許可を得れば発現できる。

 身体が大きいパトラッシュは引き続き目立っていたが、スター達四人の騎士団員がいるためアルスの疲労回復呪文を咎める者はいなかった。

 

 もしかしたら疲労回復呪文も発現できるのかもしれない、と思いながらプラチナは車に乗り込んだ。

 運転はジクルドが、助手席にスターが、後部座席に残りの女子二人とエネルが座る。プラチナは真ん中だ。


「さて、これからの事だけど……」


 走行中の車内で右隣に座ったエネルが言った。


「プラチナには三つの選択肢があると思います」

「うん」


 プラチナは聞き漏らさないよう気を引き締めた。


「まず一つ目。太陽の騎士団に入団。これはそのまま騎士団員として活動する。エーテルやこれからのアルスみたいにね」


 言われてプラチナは反対側に座るエーテルの方を向いた。目線が合うとエーテルは首肯した。


「ボクも太陽の騎士団に保護される形でこの街に来たからね。しばらくは今後どうするかを考えて、最終的に入団する事にしたんだよ」


 しかし騎士団への入団は、当然騎士団の仕事に従事する事に繋がる。

 騎士団の仕事と言えば、秘密都市や野生化した召喚生物の排除などの五年前の戦争の後始末、ハゲが治る洞窟がある街の統治、コミタバやその他犯罪勢力の排除が該当する。


 コミタバがハゲが治る洞窟の破壊を目論んでいる以上、どれもが危険性を伴っていて殉職する可能性がある。

 復興を成し遂げた騎士団を目障りだと思う勢力も存在しないわけではない。エネルは一枚岩だと言ったが、スパイやらがいないとは断言できないのだ。

 

「二つ目」


 エネルが続ける。


「お金を貯めての独り立ち。この街で部屋を借りて暮らすのもいいし、パン屋とか何でもいいけど何かやりたい事を決めて、それを目指して頑張る。保護の間にバイトとかしてもいいし」


 ハゲが治る洞窟がある街には様々な人間が来訪する。彼らの目的は多岐に渡る。

 ハゲを治したい者、商売をしたい者、情報収集に来る者、と色々。

 そんな人達が毎日大勢来訪し、街は今日も元気に発展している。


「ラスト」


 その二択ならば、プラチナは入団を決断する。

 スターとエネルに救われた恩を返すために。アルマンの願いを叶えるためにはそれがベストな選択だからだ。


「ゾルダンディーに帰る」

「…………うん」


 しかし三つ目の選択肢で、意図的に考えないようにしていた事柄が頭に浮かんでしまう。

 どうして父が自分を幽閉したのか。その答えを求める気持ちがプラチナの心の奥底で燻り続けていた。


「大丈夫? プラチナ……」


 エーテルが心配した顔で覗き込んできた。エーテルもジクルドもベネットも幽閉の事は知っている。エネルがプラチナの許可を取って話したからだ。


「うん……大丈夫」


 プラチナは息を吸って吐いて、答えた。今優先すべき事ではないのだ。

 エネルが肩をすくめて言った。


「まあ、ゆっくり考えればいいよ。夜ももう遅いしね。寝て起きて変化した環境に慣れてからでも全然いいし」

「うん……」



 車は街中を抜けて、緑の芝生と道路がよく整備されている平坦な道を進んでいた。

 街灯や照明が所々に設置されているため、多少薄暗い程度で目的地への走行に問題はない。

 後ろからは人犬一体のアルスとパトラッシュが付いてきている。


 有刺鉄線付きフェンスが設置されてる場所に到着した。検問所だ。

 フェンスを越えれば、そこからは騎士団の領域。

 許可なく侵入した者には容赦はしない、とプラチナは新聞か何かで見た記憶があった。


「ヒャッハー。暗証番号は〜?」


 街中の何処にでもいたモヒカンが、ここにもいた。騎士団本部には結構な数がいるのだろうか。


「ハッピバースデー、通過オッケーいけ行けぇっ!!」


 検問所を通過して車が進む。遠目に見えていた、小さな丘陵の上にある建造物が段々と近づいてくる。


 そして、横に長い六階建ての建造物前に到着した。照明器具が至る所に設置されているため、かなり明るく警備の騎士団員の姿も見えた。


「確かハゲが治る洞窟を取り囲むように、建物が造られたんだよね? 五角形の……」

「そうそう、全方位からの攻撃を想定した造りになっていて、今見えているのは五角形の内の一辺の部分になるね」


 車を駐車場に止めて建物を見上げる。

 プラチナの問いにエネルが答えた。



 ハゲが治る洞窟は街から少し離れた位置にあった。そして洞窟を五角形の建物で守る形で騎士団本部が鎮座している。


 プラチナ達がいるのは正面玄関で、多くの人が行き来できるように複数の扉が備え付けられていた。

 白亜の石で造られている外壁は少しくすんでいる。無骨で威容ではあるが呪文教の大聖堂のように、煌びやかで装飾が施されているわけではない。


「軍事施設だからね。戦闘向けに頑丈に建造されている」

「あ、そっか……なるほど」


 夜間のため人の出入りは少ないが、警備や事務官らしき団員達がいて、彼らからの注目が集まっている。

 パトラッシュを詰め込んで、正面玄関から中に入った。


「おかえりなさい。お待ちしていましたよ」


 広々としていて、開放感のある玄関ホールで大柄な男と赤髪の女がプラチナ達一行を迎え入れた。

 男は団服を着た中年で、丸眼鏡を掛けている。温厚そうだ。


 プラチナはその声からして、モヒカン呪文を発現していない状態のベネットだと思った。

 だがそれよりも、彼が押している車椅子に座った赤髪の女に注目がいく。物凄くダラけた座り方をして項垂れている。


 エネルが言った。


「ただいまベネット。ニールどんな感じ?」

「いつも通りですね。フラッシュバックはしていますが」

「うーん、この」


 エネルが振り返って、プラチナとアルスに言った。


「一応再度紹介しとくね。眼鏡を掛けたのが、自称ハゲが治る洞窟守護者のおっさんの……」

「ベネット・ウォーリャーです。これが非モヒカン姿の私です。以後お見知りおきを」


 エネルが車椅子に視線を移す。


「で、太陽の騎士団何でお前味方なんだよ、のニール・リオニコフ」

「同情するなら忖度してくれぇ……」


 ニール・リオニコフと紹介された女は、項垂れながらも右腕を上げて力なくそう言った。

 アルスが若干困惑気味に質問した。


「あの、彼女大丈夫ですか? 憔悴している様子ですが……」

「問題ありませんよ。ちょっとフラッシュバックをしているだけです。汗っかきの」

「汗っかき、の……?」

「多汗症とも言いますね」


 ベネットの返しにアルスの困惑がますます深まっていく。それはプラチナも同じだった。


(あれ? ニール・リオニコフ……?)


 ふと、何処かでその名前を聞いた感覚がプラチナにはあった。しかし答えが浮かぶ前にベネットが声が続く。


「それではアルス・リザードとパトラッシュはこちらへ。部屋へ案内します」

「プラチナはこっちね。わらわが部屋に案内するから」


 もう夜は遅い。騎士団本部や街の案内は翌日に持ち越されている。

 スター達は解散して各々が自室に戻り、プラチナも用意された部屋に案内される。

 その途中でエネルに質問した。


「ねぇエネルちゃん」

「んー? どしたの?」

「さっき女の人、ニール・リオニコフって……」


 ああ、とエネルが察して答えた。


「コミタバと同等の社会のクソゴミ?」

「うん、そう……それ」

「当たってるよ。汽車の中で教えたその人で」

「えぇ……」


 呆気からんと返答するエネルに、プラチナは疑問の声を出した。

 コミタバと同等の存在ならば、本当に危険人物なのではないのか。その人物が太陽の騎士団本部にいる。

 しかしエネルに危機感はない。


「ニールは一応味方だよ。騎士団設立初期のメンバーで、ベネットと同じくらいの貢献度があって、アノマリーの呪文使いで……ただその思想がね」


 やれやれ、と肩をすくめてエネルは言った。


「人類を虐殺したいと思ってるんだよ」

「人類、虐殺……!?」


 予想外の言葉に動揺するプラチナを見てエネルは続ける。


「プラチナ、気になる?」

「うん、気になる」

「そっか。でももう遅いしまた今度ね。部屋に着いたよ」


 会話の内容に意識を取られ、部屋に到着したのに今気付いた。

 扉を開けて中を確認する。小さな本棚付きの机にベッド、一人用シャワー室とトイレ。

 清掃もしっかり行き届いている。至れり尽くせりだ。


「不安ならわらわも一緒にいるけど……」

「ううん。一人で大丈夫」

「そっか。分かった」


 エネルの提案にプラチナは首を振った。これ以上世話になるのも流石にどうかと思った。


「それじゃ、おやすみ。プラチナ」

「おやすみ。エネルちゃん」


 手を振ってエネルが部屋から出て行った。

 荷物を置いてプラチナはベッドにうつ伏せに寝転んだ。お日様の匂いがする清潔で柔らかな感触が身体を受け止める。


「…………」


 そのまま動かず呼吸だけをしてぼんやりしていた。

 少しして、プラチナは仰向けになって天井を見つめる。


「まさかこんな事になるなんて……」


 人生は分からないものだ、と静かで落ち着ける空間で、プラチナは一人想いに耽る。


 あの呪文教の地下で助けられて、紆余曲折を経てハゲが治る洞窟がある街まで来た。

 今、こうして無事でいられるのは間違いなくスターとエネルのおかげだ。二人には感謝してもしきれない。


「でも、その元を辿ればお父さんが……」


 父であるレスティア・アリエールが自分を幽閉したせいである。この現状はそこから始まった。


「…………」


 先程の車の中でもそうだったが、一度意識すると色々考え込んでしまう。

 幽閉された時の感情、母、アルマンの最期、エネルの三つ目の選択肢。様々な場面が頭に浮かんでは消えていく。

 しかし今は脇に置いておくべきだ。やるべき事があるのだから。


「……もう寝よ」


 プラチナは毛布をかけて目を閉じて寝ようとした。しかし頭が冴えてしまいなかなか寝付けなかった。


 プラチナが就寝したのはそれからしばらく後の事だった。



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