6-1 ハゲが治る洞窟がある街 到着間近
雲一つない晴れやかな青空を、白煙をモクモクと吐き出しながら蒸気機関車が駆けていた。
その速度はかなりのものだ。ほんの少しの時間で眼下に広がる景色が移り変わっていく。
森林から村。村から畑、荒野、都市、また森林。
本来ならば何日もかかるハゲが治る洞窟がある街への行程も短縮され、夜には到着するとの事だった。
コンパートメントがない一つの車両全てを超高級部屋に置き換えたような車内で、プラチナは空の景色を堪能していた。
内装はまさに豪華絢爛。足元の絨毯も腰を下ろすソファもテーブルも。全てがドミスボの高級宿以上の物だと感じた。
しかもこの蒸気機関車は、太陽の騎士団員がアノマリーの呪文で発現したというのだから驚きだ。
こんな豪華な、空飛ぶ汽車を発現する団員とは一体どんな人物なのか。プラチナはそんな事を考えていた。
スターとエネル、ジクルドとエーテルとアルス、そして初対面のモヒカン頭のベネットも、同じ車内で各々が好きに過ごしている。
クソデカファングであるパトラッシュは車内に入れないため貨物車両だ。それは少し可哀想だとプラチナは思った。
最初の内はプラチナも外ばかりを眺めていた。しかし時間が経過するにつれ徐々に興味は失われていく。飽きてきたのだ。
ソファに座り直したり、身体を伸ばしたりする。
そんなプラチナを見てエネルが言った。
「んじゃ、そろそろ紹介しないとね。おーいベネット〜」
スターとジクルドと話し込んでいたベネットが振り向いてやって来た。
「そうですね。では自己紹介を」
「ベネット素が出てるよ。モヒカンモヒカン」
「おおっと……グへへへへへ、じゃあ耳をかっぽじってよおぉく聞きなぁ自己紹介の時間だぁ!! ハゲが治る洞窟の守護者!! それが俺ベネット・ウォーリャーだあああっヒャッハー!!!」
ハゲが治る洞窟の守護者を名乗るおっさんの声が車内に響き渡る。
プラチナはドミスボの高級宿での場面を思い出していた。確かあの時の合言葉が守護者云々だったような記憶がある。
スターもエネルも、ジクルドもエーテルも特にリアクションはない。自己紹介をしたベネットが守護者というのは嘘とかではなく、太陽の騎士団の共通認識なのだとプラチナは思った。
エーテルが補足説明を入れる。
「ま、自称なんだけどねー」
「えぇ、自称なんだ……」
「自称なんですか……」
「ハゲが治る洞窟の守護者を自称するとか、正気を疑われて当然ってわらわ思うんですよ。ベネット頭大丈夫?」
「復興を成し遂げた組織にモヒカンが所属しても良いと思うぜヒャッハー」
それぞれのツッコミが同時に入る。嘘ではないが自称でもあった。
アルスはプラチナと同じで困惑している様子だった。
ベネットが続ける。
「汽車に乗る前にも言ったが、プラチナ・アリエールとアルス・リザードの話は事前に聞いている。保護と入団希望だってなあ。……俺もこのまま許可を出してえんだがよぉ、大事な大事な確認作業があるんだわぁ。それをクリアしねぇと仲間に入れてやれねえし、街にも入れてやんねぇんだわぁ」
ごごごご、とベネットが迫力を交えて説明する。まさか追い出される可能性があるのかと焦り、プラチナは息を飲んで続きを待った。
ベネットが高らかに宣言した。
「確認はズバリ! ハゲが治る洞窟についてどう思うか、だ!! 感想ヨロシクぅ!!」
プラチナとアルスは顔を見合わせた。プラチナはそんな事で良いんだ、と思った。
「第一印象の感じでいいぜぇ……パッ、と頭に思い浮かんだ感想を言ってみなぁ。鮮度が大事ってな〜」
ハゲが治る洞窟についてはプラチナは既に知っている。アルマンと一緒に暮らしていた時の新聞やら噂話で見聞きしていた。
その時の印象を思い起こしてプラチナは答えた。
「正直よく、分からないです……ハゲが治る洞窟で復興したとか意味不明で」
プラチナの感想を聞いてアルスも続いた。
「私は存在するのか、と信じられない印象です。百年以上生きていますがハゲが治る洞窟なんて聞いた事がありませんし。……復興については理解できますが」
「えっ、アルスさん理解できるんですか?」
「ええ、薄毛の人にとってハゲが治る洞窟は魅力的ですからね。人が集まるのは自然です。ただ、それはハゲた事がある人が該当するのであって、髪の毛がある人が理解できなくても不思議はありません。無くなって初めてそのありがたみに気付く。そういう類いの感情ですから」
エネルもドミスボで同じような説明をしていた、とプラチナはまた思い出した。そういうものなのだろうか。自分にはよく分からない。
「まあ戦争からの復興だからね。当時は戦火が拡大して栄養不足、睡眠不足、ストレス、不衛生、疲労が重複して加速度的にハゲが増える環境だったし」
エネルが言った。
「一度失った痛み悲しみがあるからこそ、ハゲを治る洞窟を守ろうと一致団結して平和を取り戻す事ができたのだ、ってわらわ思う。その絆があって太陽の騎士団は世界で唯一存在する一枚岩の組織なったのです。団長はいないけど」
「エネルちゃん……団長いないの?」
「そうだよ、募集中。何処に居ないもんかねえ……神輿が軽くて責任を押し付けて、裏方に回れる都合のいい使い捨ての団長が」
「結果発表ぅ〜!! ダラララララララッ!!!」
ベネットが口でドラムの音を再現して言った。
「ウェルカ〜ム、歓迎するぜぇお二人さ〜ん」
「え、それじゃあ」
「おうよプラチナ、これから何でも頼りなぁ! 今日から俺たちはブラザーよっ!! 仲間を大切にするのが当然だからなぁ……グフフフフ忖度してやるぜぇ」
にやにやと笑うベネットを見てプラチナは安心した。とりあえず拒否される事はない。無事に街に入れる。
しかしベネットは見た目も性格もキャラが濃い人物だ。太陽の騎士団には同じような人が大勢いるのだろうか、と想像したプラチナは僅かに気後れした。
さて、とベネットは手を叩いた。
「質問とか何かありますか? 無ければこのまま到着まで自由時間にしますが……」
モヒカンのベネットは、突然敬語でそう言った。外見はそのままだが先程の荒々しい感じは既に消え失せ物腰が柔らかくなっている。
プラチナは早速質問した。
「あの、どうして急に敬語に……? 雰囲気もその」
「これが私の素ですからね。モヒカンの私は演技だと思ってください。いやぁ……分身体でもテンション高めは疲れる疲れる」
「ん……んんん?」
今、演技と聞こえた。そして分身体としっかり聞こえた。
アルスが探るような表情で言った。
「分身体にモヒカン呪文を発現させているのですか?」
「ええ、そうです……ちなみにですがお二人共。ハゲが治る洞窟がある街と太陽の騎士団には、私のモヒカン分身がそれなり存在しています。それは何故か、分かりますか?」
逆にベネットが質問する形になった。その表情には何処となく二人を試すような色が滲んでいた。
プラチナは真剣に考えてみたが、答えは思い浮かばなかった。アルスが周囲に視線を巡らせた後、口を開いた。
「確認ですが発言しても大丈夫ですか?」
その意図を察してベネットが問題ないと頷く。
「ええ、この空飛ぶ蒸気機関車は内緒話をするにはもってこいですから」
「なるほど、ならば……ベネット・ウォーリャーはアノマリーの呪文使い。そういう事ですね」
「正解です」
ベネットが満足そうに言った。頭に疑問符が付いているプラチナにエネルが説明してくれた。
アノマリーの呪文使い自体が超重要なのは語るまでもない。使い方次第では国を滅ぼせる力を持つ以上、その管理は徹底的に行わなければならないからだ。
問題はその管理を具体的にどうやるか、だった。
ベネットはその方法を、多くの分身体の中に自身である本体を隠すやり方で情報を遮断していた。
そうする事により、太陽の騎士団の戦力を暗殺で削ろうとする手段を無効化した。さらにコミタバなど太陽の騎士団に牙を剥く勢力への牽制も兼ねていた。
「でもエネルちゃん。何でわざわざモヒカンになる呪文を……? 分身体だけでいいんじゃ」
「モヒカン呪文は、モヒカンになると同時に肉体強化も兼ねてるんだよ。膂力、耐久力が飛躍的に上昇する。復興当時の肉体労働じゃベネットが最も働いたと言っても過言ではないくらいにね」
「それは、凄い……です」
「グヘヘへへ、ヒャッハー」
プラチナの驚嘆に、照れを誤魔化すようにベネットはモヒカンの振りをした。
アルスが説明を継いだ。
「ただモヒカン呪文は唱えたと同時に髪型がモヒカンになるため、呪文の中でも特に誰も発現しない不人気呪文として認識されていました。しかしハゲが治る洞窟を管理している事により、そのデメリットが消失した。……多少性格が過激になると聞いてますが」
「何回もモヒカンになっていれば、モヒカン呪文を極めてしまったというわけです」
「なるほど」
何だか凄い人が自分の目の前にいるんだな、とプラチナは思った。しかもアノマリーの呪文使い。
ただ同時にハゲが治る洞窟の守護者を自称している。意味不明だ。
凄くて変な人。それがベネット・ウォーリャー。プラチナはそう認識した。
アルスが首を傾げて質問した。
「しかし何故、アノマリーの情報を? 私とプラチナに伝える必要性があるとは思えませんが」
ベネットが人差し指を立てて返答した。
「太陽の騎士団は有名ですからね。この数年間の活動で、私がアノマリーなのは割と知られているのです。正直秘密にしても今更感があります」
ベネットの指がピースの形になった。
「お二人はこれからハゲが治る洞窟がある街という、世界の中心地に向かいます。最初の内は慣れない土地と環境で色々と困り事が発生するでしょう。その時はそこら辺にいるモヒカンの私に頼っていただければと思って発言しました。私はスターとエネルと同じ、太陽の騎士団設立時のメンバーで偉い立場でもありますから。あとアノマリーですし」
プラチナのベネットへの認識が、凄くて変な立派な大人に変わった。気遣いができて良識もあって物腰が柔らかい。ただしモヒカンだ。
アルスも意図を理解して微笑んでいた。
ベネットがもう一度、軽く手を叩いた。
「さて、他に質問は……無いみたいですね。それなら自由時間となります。何か食べたい物や飲みたい物があれば遠慮なく言ってください。ご希望に添えられるかは分かりませんが」
「ビール! ビール! わらわビール飲みたい!」
「仕事中ですし駄目ですよ。それとエネルが酒を飲む絵面はちょっと……」
「わらわ剣だしセーフなんだけどね」
空気はもう完全に弛緩していた。ベネットの自己紹介前と同じ各々が好きに過ごしている。
プラチナも気持ちを緩めてハゲが治る洞窟がある街に思いを馳せた。不安はあまり無いが、緊張はしている。
果たして到着した直後の自分は、次の日の自分は、一週間後の自分は一体どうなっているのやら。
そんなプラチナの想いを乗せて、蒸気機関車はハゲが治る洞窟がある街へと進んで行く。




