5-1 牢屋の中のレスティア王
「そうか……夢、だったか」
暗闇の空間で嗄れた男の声が零れた。
本当に光源が一つもない真っ暗な空間だった。まるで目を閉じているような錯覚さえも覚えるほどに。
男は仰向けの上体を起こし、開けた両目をまた閉じて待った。暗い世界に目を慣れさせるためだ。
数分後、男は目を開き、かけていた毛布を退かしベッドから降りた。その時に両足首に付けられた鉄の枷がじゃらじゃらと音を立てる。
そのまま手探りであるものを探す。少しして見つけた。
男は小さな箱を手元に寄せてスライドさせた。中から取り出したのは一本の棒。それを箱の側面に擦り合わせて火を灯す。頼りない小さな火が男と男がいる空間を照らした。
地面を掘り進め作られた自然の地下牢屋らしき場所だった。地面も壁も天井も岩で囲まれている。
鉄格子があって無機質な空気が漂っていた。窓が存在しない壁からは鎖が伸びていて枷に繋がっている。
しかし火が照らす範囲には本や新聞の切り抜き、携帯食に水筒らしき筒がある。監禁される者の待遇ではないかもしれない。
男は丸テーブルの上にある燭台にマッチの火を移した。蝋燭に火が灯り照らされる範囲が少し広がる。
男はその火を静かに見つめながら、ついさっき見ていた夢を思い返していた。
「現実なら……どれだけ良かった事か」
確実にそう思える夢だった。幸せな夢。
娘のプラチナ、妻のオリビア、裏方を引退したアルマンと一緒にピクニックに出かけていた。
自然豊かな場所で幼いプラチナが元気一杯にはしゃいでいる。太陽の光が降り注ぎ周囲を明るく照らし出す。地下牢とは真逆の世界。
「ところがどっこい。それは夢。これが現実」
男はそう口にした。その声には自虐と自嘲、罪悪感の意が込められていた。
「……プラチナは今何をして」
遠ざけた娘に思いを馳せる。
アルマンが付いているから心配はしていない。だが一生娘に会えないのはかなり辛い。
全てはプラチナのための行動だった。ゾルダンディーの鎖国も娘の幽閉もアルマンの連れ出しも。考え得る中でもっとも適した選択をしたつもりだった。
しかし現実はこれだ。娘に嫌われ妻に先立たれ、自分は監禁され裏方を引退して自由になったアルマンにまた、任務を押し付けた。選択を誤ってしまったのだ。
「幽閉と監禁。儂はプラチナになんて酷い事を……」
もっと別の選択をすれば、プラチナに事情を話していれば別の今があったのかもしれない。だが後悔しても後の祭り。
男は無念そうに目を伏せた後、蝋燭の火を指で消した。
もそもそと、じゃらじゃらと、音を立ててベットに潜り込む。もはやここから脱出するのは諦めていた。
おそらく自分はこの牢屋の中で生涯を終えるだろう。一生娘に会えないままこの地下で朽ち果てる。
しかし男には希望があった。現実を拒絶して夢の世界に行けば良い。夢ならば、娘に妻にアルマンにその他大切な人達と共に過ごせる。
それが数年間監禁され、時間感覚が狂ってしまった男の希望だった。
やがて地下牢に、ゾルダンディーの王であるレスティア・アリエールの規則正しい寝息の音が流れていった。
仲睦まじいピクニックの続きの夢を見るために。




