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4-6 接触

 その人物は巨大光球に照らされる地下施設内を、背嚢を背負い一人で歩いていた。

 遠距離からの双眼鏡越しになるが、背格好からしておそらく男。

 水色の長い髪を後ろに束ねているため、初見では女兵士かと誤認しそうになった。

 おそらく背嚢の中身は様々な物資が入っている。


「あの野戦服からしてドバードの人間で間違いない。……他にもいるのか?」


 見覚えのあるカーキ色を中心とした野戦服姿に、スターは目を細めて呟いた。




 書庫室で罠に引っかかり、無数のイーブックと共に落とされたのは小さな牢獄のような場所だった。

 光源はなく、ひんやりとした無機質な空気が漂う数が少ない牢屋の中にドスンと落下した。


 スターはイーブック達に押さえつけられ焦っていた。

 罠が作動した以上、自分だけではなく上にいる二人にもドバードの人間が急行する。今すぐ合流しなくてはならない。


 その焦りが失敗を生んだ。

 既に手に持っていた肉体強化の剣を強く握って、逆の手を何とか伸ばして爆裂剣を発現し、自分もろともイーブックを吹き飛ばそうとした。

 しかし威力が強すぎて、牢屋の中が爆発で全壊してしまった。


 落ちてきた穴も爆発で塞がれた。これでは登って罠があった書庫室に戻れない。

 スターは歯軋りして、どう行動するか思案した。


「……いや待て、誰も来ないのか?」


 思考を一旦止めて、周囲の気配を探る。

 今さっき派手に騒音を立てたのに誰もやって来ない。罠に掛かった獲物の様子を確認しに来ない。


「秘密都市は放棄されて無人。それは地下も同じで……」


 スターは、上の二人が無事であるという希望を抱いて牢獄を抜け、繋がる部屋の扉を開けて外に出た。

 視界に広がるのは広大な地下空間。複数の住居がある地下だが人の気配は感じない。


「地下に住居が……あれはユーラシア・フォスンか」

 

 少し遠い場所に設置された光球を視認した。あれは呪文使いが発現した光源だ。

 つまりそれは、この地下にその呪文使いが存在するという事になる。


「一体誰が? 既に地下に入り込んでいる探索者が発現したのか? それともドバードの人間が?」


 スターは考えてみたが答えは出なかった。分からない事にいつまでも拘るわけにはいかない。

 エネルとプラチナの合流を目指して地上へ繋がるルートを探す事にした。きっと何処かにあるはずだ。


 スターは肉体強化の呪文そのままに建物の上に登り、地下全体を見ようとし、同時に剣引き寄せの呪文で上にいるエネルに、自分の現在位置と無事を教えた。


 そして数分、屋上伝いに移動している時だった。

 背嚢を背負った水色の長髪を後ろに束ねた男を見つけた。そして今に至る。



「……」


 スターは双眼鏡から目を離して、接触を試みるかどうかを考えていた。

 あの兵士なら地上への道を知っているだろう。教えてくれるなら二人との合流が早まる。

 だが素直に教える以前に、間違いなく警戒されるだろう。最悪戦闘になるかもしれない。

 

 しかし今はエネルとプラチナの安全が優先だ。この地下都市から地上へ上がるために、情報を引き出さなければならない。

 

「時間がない。多少強引にでも聞き出さな……っ!」


 行動に移る前に後方から敵意を感じた。すぐに振り返り盾手裏剣を発現して上段に構える。

 同時に鈍い金属音が鳴り響いた。書庫室からの落下と爆裂剣の爆発で受けたダメージが、衝撃をより重くする。

 それでも何とか弾き返して距離を取り、スターは相手を見とめた。ドバードの野戦服姿の老人。右手に握る黒の警棒が鈍く光った。


「やはり戦争はまだ終わっていなかった! そしてスター・スタイリッシュが来るとはなっ!!」

「なっ!?」


 息巻く老兵の言葉に驚愕し、すぐに勘違いしているとスターは思い至った。

 再度の攻防の末、説得を試みる。


「待て、違う! アカムとドバードの戦争は終わった! 俺達が戦う理由はない!」


 しかし老兵は聞き耳持たず敵意も衰えない。一段と眼光鋭くスターを射抜いてくる。


「馬鹿め騙されるものか。そもそも貴様は怨敵仲間の仇。この秘密都市で儂の前に現れた以上、ここで殺す!!」

「ぐっ……」


 どうやら戦闘は避けられない。地の利は向こうある。逃げ切るのは困難だろう。

 だからと言って叩きのめす選択は取れない。戦争は既に終わったのだ。あの老兵はコミタバとは違う。敵ではない。


 老兵が地を蹴りスターに肉薄する。精錬された警棒が防御の甘い箇所を的確に突いてくる。

 スターは戦意がない事を示し、誤解を解くしかなかった。


 警棒の横薙ぎ。それを防ぐための盾手裏剣を消して左腕でガードした。


「ぎ……っ!!」

「何ぃ!?」


 鈍い音と衝撃で骨が折れた感触がした。痛みで歯を食いしばる。ある程度のダメージは覚悟したが、予想以上の打撃力だった。


 スターが戦う意思がない事を示した事で、一旦戦闘は中断された。これで少しは話し合えるはずだ。

 老兵は突然の呪文解除に困惑しているようだった。しかし油断なく目を細めてスターを見やる。


「貴様、何故盾手裏剣を消した……?」


 スターは老兵の質問に、左腕の痛みを無視して平静に答えた。


「繰り返すがアカムとドバードの戦争は終わった。本当に戦う理由はないんだ。両国とも滅んでしまった」

「……嘘をつくな!!」


 数泊置いて老兵は激昂した。スターは眉根を寄せて唇を噛んだ。


「騙されんぞ! アカムの情報工作か! それ以前に仲間を大勢殺した貴様の声など何も聞こえん!!」

「む……ぐっ」


 体の内側から湧き上がる私情を抑え込んでスターは必死に思考した。目的はあくまでエネルとプラチナの合流だ。

 しかし状況は悪くなる一方だ。相対する老兵以外にもドバードの兵士がまだいるかもしれない。いや水色の長髪兵士が既にいた。


 老兵の敵意、自分の今の身体の状態、罠に掛かってから経過した時間。上にいる二人の安否。老兵とは戦えない。

 思考する間も無く、老兵が突っ込んできた。


「どうした! 何故何もしない!!」


 黒の閃撃は鋭さを増していった。

 蓄積された身体のダメージと左腕の痛み。肉体強化の剣どころか、盾手裏剣を発現してない徒手空拳ではとても防ぎきれない。


「頭をかち割って、死ねい!!」


 そして決定打を受ける体勢になってしまった。

 振り上げられた老兵の警棒が光を反射して光っている。そのまま力強く振り下ろさせる。次の瞬間。


「ごぉっ!?」


 老兵の身体は横に吹っ飛ばされた。何者かにタックルを入れられたのだ。


「一体誰が……?」


 スターが身体を起こし姿を見とめて驚いた。まさかこの秘密都市の地下に、エネルとプラチナ以外の味方がいるとは思わなかった。


 そこにいたのはスター同じ太陽の騎士団員。この世の全ての人間を気持ち悪いと思っており、首から上を銀のフルフェイスの鉄兜で覆い団服を身纏っている男。ジクルド・ハーツラスト。


 そのジクルドがこちらを向いて言った。


「……無事か、スター」

「ああ問題ない。しかし何でここに……?」

「…………それは…………」


 ジクルドが言葉を発する前にタックルされた老兵が起き上がって吠えてきた。


「ジクルド・ハーツラストか! やはり戦争は終わってなかった! おのれスター・スタイリッシュめ! この大嘘つきごぉふぇ!!??」


 突然、老兵は吐血した。口元を手で押さえるが鮮血が溢れ出て、膝をついてうつ伏せに倒れてしまった。

 スターは慌てて駆け寄った。ジクルドがすぐ後に続く。


「これは……!」


 老兵の生気は見る見ると失われていくようだった。

 戦闘時の勇ましい姿と違い弱々しく、覇気が全くない。

 いやそれ以前に、アルマンと同じように死期がもう間もなくという状態だ。早くこの老兵の味方の元へ運ばなければならない。


 しかしエネルとプラチナの安否が頭によぎる。優先すべきは地上にいる二人。

 だがこの老兵を見殺しにする選択は、スターにとって無理だった。見捨てる事はできない。最低限、先程見た長髪の兵士の元へ届けるべきだ。


(……すまない。エネル、プラチナ。もう少しだけ待っていてくれ。すぐに合流するから)


 逡巡し心の中で謝って、老兵を右腕で担いでスターは言った。肉体強化の剣は発現済みだ。


「ジクルド、この老人をこの先にいるドバードの兵士に最速で送り届ける。着いてきてくれ」

「……ああ、分かった」


 二人は先程ほど見た、水色の長髪のドバードの兵士がいた方向へ駆けて行った。




○○○




「あっ!」

「むっ!」


 エネルとプラチナは慎重に地下の石畳でできた地面を歩いていた。すると僅かながら何かを砕く破壊音が聞こえてきた。


「エネルちゃんも聞こえた?」

「聞こえた。こっちに」


 二人は建物の暗がりに姿勢を低く息を潜めた。音は徐々に近づいてきている。


「これは……多分戦闘音。一対一か複数か分からないけど誰かが戦っているね」

「もしかして、スターが?」

「いや断定はできない。ユーラシア・フォスンを発現した人間と既にこの地下都市に侵入していた探索のアホが殴り合っているのかもしれないし」

「そっかぁ……」


 スターだったらどれほど良かったか。プラチナは残念に思った。

 エネルが言った。


「とりあえず隠れてやり過ごすよ。厄介事はホントいらないから」

「うん」


 音はもう、大きく聞こえるほど迫っていた。

 移動しながの戦闘。破壊音だけではなく呪文が唱える声もしている。

 その声は女の声だった。バルガライ・ブラストホウと耳に届いてきた。

 まさかテッカ・バウアーが秘密都市に、とプラチナは嫌な予感がした。本当に会いたくない人物と邂逅なんてしたくない。

 プラチナは絶対に存在を悟られまいと息を潜めた。


 そして数軒先の住居が壊され、近づいてきた正体が露わになった。

 黒髪ショートヘアの少女と全身白毛の超大型犬。

 犬は大人数人が乗れるほどの体躯。身長二メートル以上は確実にある。しかし戦闘のせいかボロボロだった。


「エーテル!?」


 隣のエネルが驚愕した声を出した。プラチナも少女の服装を見て驚いた。太陽の騎士団の団服姿だった。


 地下の商店街の通路で一匹と一人が対峙している。

 超大型犬は牙を剥き出しにして唸り、エーテルは黒紫のバルガライの剣を右手に持って前を見据えていた。


「ギャン!?」


 突然超大型犬の頭を、何者かが無骨な大剣の腹で叩き戦闘は終了した。超大型犬は目を回して地面に伏せて気絶してしまった。


「ジクルド!?」


 エネルが先程より大きな驚愕の声を出した。

 プラチナの視界にエーテルと呼ばれる黒髪の少女と、首から上を銀のフルフェイスの鉄兜で覆い団服を身に纏う人物が映る。


「ん?」

「誰かいるな」


 エーテルとジクルドがこちらに気が付いた。

 そしてエーテルがこちらを視認し、大きな声で指を差してきた。


「あーー!!! エネルーーーっ!!!」


 プラチナが状況を知りたくてエネルに尋ねた。


「エネルちゃん、あれって……」


 エネルがほっと、一安心した様子で返した。


「味方だよ。そっかそっか、太陽の騎士団にも秘密都市の噂ぐらい耳に入ってたか」

「エーネールうぅ〜」


黒髪の少女エーテルがこっちに駆けてきた。そのままの勢いで、腕をクロスにしてエネルに飛び掛かって来た。そして……。


「今まで何処行ってたんだああああ!!! この馬鹿駄剣ーーーーっ!!!」

「ぶべらあっ!?!?」

「エ、エネルちゃあああん!?!?」


 エーテルの、フライディングクロスチョップがエネルに炸裂した。


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