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2-6 テッカ・バウアーの思惑

「逃げたぞ、追え! 殺せ!!」


 ドミスボの街の住人が屋根伝いに逃げる殺人鬼を追いかけていった。

 この六日間、大勢が殺されてきた。被害者の家族や親しい人間は当然悲しみに暮れていた。殺人鬼に対する恨み憎しみは計り知れない。だからその憎悪が爆発するのは理解できた。自分がその立場なら同じ事をやっただろう。


「ただ、あの三人組がやったとは思えねえんだよな」


 住人が去った広場で大柄な駅員、マーベルがぽつりと呟いた。

 何の確証もないただの勘になるがそう思う。

 今日の夕方遅くにこの街を訪れた旅人三人。質問してきた時に顔を見たが、賄賂抜きにしても殺人鬼ではないはずだ。


「てか太陽の騎士団だよな、あいつら。ハゲが治る洞窟の」


 しかしスター・スタイリッシュを追いかける住人たちを止める事はできなかった。それをしたら間違いなく街の爪弾きにされてしまうからだ。


「アンナ、そろそろ警察署に……」


 アンナは地面に座り込んで俯いていた。涙は枯れ果て嗚咽は止まり、茫然自失の状態だった。髪が垂れ下がっている。

 彼女の夫トーマスは少し前に警察署に運ばれていった。署内の遺体安置所に置かれるのだろう。友人である自分がアンナを任された。


「ここにいたら風邪をひいちまう」


 こういう時にどんな言葉をかけたらいいのやら、全く思いつかなかった。しかし夜明けまで外に放置するわけにはいかない。

 屈んでアンナの肩に手をやろうとした。

 その時だった。アンナはスッと立ち上がった。マーベルも立ち上がった。


 アンナの顔は前髪が垂れて見えなかったが、きょろきょろと周囲を見渡している。

 マーベルはその急な挙動の変わりようを心配した。トーマスの死が彼女に何かヤバい変化をもたらしたのだろうか。

 そしてアンナはマーベルに目を止めた。


「……アンナ、おい大丈夫か?」


 アンナは軽い感じで口を開いた。


「誰もいなさそうだし殺してもいいかな」


 縦横に一閃。アンナが指を振るとマーベルの身体が四等分に分かれ地面に落ちた。夥しい鮮血と体外から溢れた臓物が散らばる。マーベルはこの世を去ったのだ。


「さてさて、デイパーマーの奴は怒るのだろうかっと!」


 そう言って肉塊に変わったマーベルの死体の一部を蹴飛ばして街中を歩いていく。

 辿り着いたのは花屋だった。扉を開けて中に入り込む。

 一階は店だった。各種様々な花が陳列されているが、何日も手入れも何もされず店内は荒れていた。


 アンナの姿がいつの間にか変わっていた。目の隈や肌荒れはなくなり、髪も艶のある茶色になっている。着ている服も変わってまるで別人だ。

 床に散らばった花をぐしゃりと踏んで二階への階段を上っていく。

 二階のとある部屋の扉を開ける。白髪に碧眼、黒コートの男デイパーマーが出迎えた。


「ようテッカ、遅かったな」


テーブルに付いた木の椅子に腰を下ろしていた。テッカも向かいの椅子を引いて腰掛けた。そしてテーブルに疲れたように突っ伏した。


「ああぁぁ、演技疲れたああ〜」

「なんか飲むか? この家に何があるか知らんけど」

「甘いのあったらちょーだい〜」


 デイパーマーは立ち上がり部屋にあった冷蔵庫を開け、適当なコップに飲み物を入れてテーブルに置いた。テッカがコップに入った液体を見て顔をしかめた。


「これ牛乳じゃないの?」

「牛乳は噛めば甘くなるだろ」

「えぇ……面倒くさー。元科学者さぁ」


 まあいいや、と身体を起こしてテッカは牛乳を一息で飲んだ。デイパーマーは飲み終わるまで待って、口を開いた。


「それで、どうだった? あのプラチナとかいう子供が、昔お前を瀕死に追いやった奴に酷似してるって話だったが」

「それがね……何と重大な事実が判明しました」


 テッカの真面目な言葉に、デイパーマーは身体を乗り出して聞く姿勢をとった。


「重大な事実が……?」

「そう。何の成果も得られませんでした、という事実が判明してね……」

「……」


 部屋の中に沈黙が渦巻いた。テッカは真剣な、しかし何処か小馬鹿にした表情をデイパーマー向けていた。

 デイパーマーが嘆息して右腕を突き出した。


「ラウンセント・ツノ……」

「落ち着いてデイパーマー。同じコミタバのメンバーでしょ。仲良くしようぜ」

「不和を招いている奴が何か言ってる……」


 デイパーマーは椅子の背もたれに背中を預け、呆れたように言った。


「つまり、これまでの作業は無駄に終わったわけか? イビスまで行って呪文教の噂を流して、プラチナけしかけたのも」

「そうそう。ウベラとかいう信者に化けたパーマー、本当に笑い堪えるの大変だったよ。敬語で話してるじゃん誰だよコイツって」

「唐突なアドリブに付き合わされる身にもなれよ……わざわざこの街で殺人鬼なんて面倒な事、六日前からやって、どんなアクションを起こすか試そうとしたのも」

「他の一泊しそうな街や村のやつも含めて全部無駄に終わっちゃったね。……でも私も迷ったんだよ。殺しに掛かってみてもいいかなって思ったし」


 今度はデイパーマーが落胆したようにテーブルに突っ伏した。


「なら殺しに掛かればよかっただろ……何やってんだよお前試せよ」

「何回かやろうとは思ったけどね。でも藪蛇が頭にチラついて結局呪文教に任せたよ。毒入り乾燥マンゴーで毒殺を試みたけど死ななかったし。……何で?」

「いや知らねえって」


 テッカは立ち上がり冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに入れた。そしてデイパーマーに渡した。


「一応成果なしでムカついたからさ、殺人鬼を太陽の騎士団になすり付けてきたけど」

「ウソつけ、絶対最初からそのつもりだっただろお前。ほんと性格悪いよな」

「まあいいじゃん別に。こっちは損してないんだし」


 デイパーマーが受け取った牛乳を口に含んだ後、息をついた。


「で、これからはどうすんだ? またプラチナにちょっかい出すのか?」


 テッカは首を横に振った。


「いや、試すのは一旦中断にして様子見かな。スター・スタイリッシュが側に付いたし、呪文教の信者が消えていたのも気になるし、バルガス・ストライクが邪魔だし……時期を見てペロイセン勧誘してぶつけるかな」

「呪文教の信者か。マジで何処に消えたんだか……」

「ほんとそれ。まあ状況が読めないから、これ以上目立つのは控える方針って事で」


 デイパーマーはテッカをじぃっと見た。その顔と口調は真剣そのものに変わった。


「おいテッカ」

「ん?」

「こんなんで呪文神を発現なんてできるのか?」


 その言葉にテッカは真面目に答えた。


「勿論。全人類を絶滅寸前まで殺し切るためにも、私はこれ以上もないくらい慎重にやってるよ」

「で、それが呪文神発現の条件になると?」

「その通り。二言はない」

「そうか、ならいい」


 真面目な話は終わった。それからテッカとデイパーマーは各々、他人の家で好き勝手に過ごして適当に時間を潰した。

 そして夜が明けて汽車に乗ってドミスボの街を去っていった。


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