24-2 エーテル・ブラスト計画 ②
程なくして目的の孤島に到着した。騎士団は安全を期すために上空から孤島全体を偵察している。
回収した文書通りの様相がそこにはあった。片方だけ面積が小さいハートマークのような左右非対称の島が海に浮かぶ。
見る角度によって変わるが、今は島の右側に火山がある。そこだけが噴き出した溶岩が冷えて固まり、ごつごつとした岩場地帯となっている。
だが逆にその火山周辺以外は緑が多かった。自然形成された森林が行き渡っている。
そしてその一部分の木々が伐採され、整備された土地に巨大な長箱のような建造物が二つ鎮座していた。
おそらくは実験施設に訓練施設。エーテル・ブラスト計画のために造られた建物だろう。ただ……。
「損壊の形跡が見受けられます」
「ああ、何かトラブルでもあったのか?」
機関室から車内へと移動した分身体のベネットが眉を顰めた。双眼鏡を構えながらのカインがそれに応じる。
まるで襲撃があったかのように二つの施設は被害を受けていた。窓が割れ外壁は壊れ、施設同士を繋ぐ連絡通路は破壊され通行不可になっている。
加えてその被害は施設周辺にも及んでいる。遠目からでは確かな事は分からないが、戦闘服姿の黒髪の死体とメタルサソリらしき残骸が多数散見されるのだ。
それに別勢力の騎士団が上空に滞在しても反応がないのが気になった。何らかのアクションもなく死んだように孤島全体が静まり返っている。
調査目的でやって来た太陽の騎士団は皆、不可解な顔で窓から覗き見るしかなかった。
「……とりあえず、私の分身体を先行させます」
やがて方針が定まったベネットが指示を出す。
「島に上陸して状況を調査させます。ニール、まずは高度を落としてください」
「お、おう。よしきた」
言われた通りニールが空中列車を操作し海から五メートル程の高さまで高度を下げた。続けて窓を開け手を伸ばし呪文を唱える。
「アノマリー・シロデリカ」
発現したのはオール付きの木の小舟だった。それを次々と海に落としていく。
後は大量のベネット達が海へ飛び降り小舟に乗り込んで漕いで行く。空中列車に乗ったままのスター達は孤島に上陸した分身体が安全を確保するまで待機した。
「どうやら危険はないようです」
無事に上陸を果たしてから十分後、船がない船着場からの合図によりスター達も孤島の大地を踏み締めた。
それと同時に周辺の調査を終えた分身体の一人から報告を受ける。
「人の気配はないようです。上空から見た通り、黒髪の死体とメタルサソリの残骸がこの道の先々に転がっています。そしてその死体の少女は全員……同じ顔、です」
「それってエーテル・ブラスト計画っすか……?」
「だと思われます」
騎士団のそれぞれがそれぞれの反応を見せる。この船着場にも実験で生み出されたらしい少女の死体が一つあった。ぐちゃぐちゃな損壊具合のため何があったのかの予測は困難だった。
「スター、盾手裏剣の準備をお願いします」
「うん。ジクルド、周囲に人の気配は?」
「……感じない。この周辺に隠れている奴はいないはずだ」
ジクルド・ハーツラストが被っている鉄兜はオーバーパーツ。通称、お薬鉄兜と呼ばれている。
この鉄兜を被っている間は薬物を投与されたように感覚が高揚する。そして何故か付近にいる人間をどうしても気持ち悪く嫌悪するようになってしまう。よってジクルドはその気持ち悪い人の気配を隠れていても感知できるようになっていた。この事は既に騎士団に伝え済みである。
「シュリ・ブレイド、シュリ・ブレイド、シュリ・ブレイド……」
スターが無数の盾手裏剣を発現しては手渡していく。それを連れてきたベネットの分身体が受け取り分身体全員が盾手裏剣を装備する。
これで騎士団の防御陣形は整った。先行偵察をする分身体の後にスター達を取り囲んだ分身体が続き、変わらず発現中の盾手裏剣を手渡し、歩く先々や周囲の地面に差し込んで不意の襲撃に備える。
緑が多い島だが船着場から施設までのルートは整備されていた。車も通行できるコンクリート製の道を進み、段々と濃く漂ってくる血の匂いを感じ取りながら騎士団は目的の施設に到着した。
「ここが……」
一同は首を上にして眼前の建物を見上げた。上空から確認した通り、コンクリートでできた高さが三十メートルを超える直方体の建造物が二つ横に並んでいる。
「内部の安全が確保されるまで少々お待ちを」
既にベネットの分身体が調査を行なっていた。本体ではないため意識下での情報交換はできない。
少し時間を置いてから分身体の調査が終わった。ジクルドからもう一度気配の確認を取り、騎士団は最大級の警戒を持って出入り口から施設内に足を踏み入れた。
「うげっ」
「……悲惨っすね」
入って早々、外よりも更に濃密になった血の匂いにニールとオーハマーが呻く。
どうやらこの建造物は訓練施設のようだった。外に他の訓練場等がない事から疑問に思ったが、この施設内だけで訓練に必要な環境は完結している。
内部には食堂や本棚が沢山ある資料室があった。製造された人造人間達が身体を休める居住区画があり、大人数での部隊訓練ができそうな広い演習場のような空間も存在した。
文書に書かれているように騎士団が来るまでは、この施設で軍事訓練が行われていたのだろう。しかし今となっては至る所に破壊の跡があり、黒髪の少女達とメタルサソリが外よりも多く息絶えていた。
「一体、何があったんだか……」
目的の場所に向かう途中、カインとオーハマーが歩きながら訝しむ。
「反乱、とかあったんすかね? 彼女ら人造人間達が凄惨な実験に耐えかねて……みたいな」
「反乱か。まあこんな辺鄙な島ならそれが一番可能性があるか。だがそうなら、計画に携わる科学者や教官がいないのは妙だ。死体が何処にもない」
島に到着し施設内に入った段階でも目に入るのは少女達とメタルサソリのみである。その他の関係者は一向に見当たらない。
「屋内の死体の状態から考えて騒動から然程時間は経ってないだろう。ならあるはずなんだが」
「付与のアノマリーも今の所は出てこないっす」
「それにメタルサソリだ。コミタバやエーテル・ブラスト計画だけで手一杯なのに何故かいやがる」
「この先にいる生存者から情報が得られれば良いっすけど」
施設にある資料の回収を後回しにしてスター達は三階へ向けて慎重に進む。ベネットの調査報告とジクルドの感知から一人の人間がいる事が判明していた。
それはエーテル・ブラスト計画で造られたと思われる人造人間の少女だった。床に倒れているが気を失っているだけで生きているらしい。
今現在、複数の分身体が待機しスター達が来るのを待っていた。
「あれが……」
階段を登り切りその現場に到着した。この階には隣の研究施設に繋がる壊れた連絡通路がある。
目的の少女はその連絡通路手前の空間で横たわっていた。付近には分身体が少女と周囲を警戒するための布陣を敷いていた。
「で、どうするよ?」
盾手裏剣を間に挟み全員で遠目から眺める中、ニールが呟いた。
「起こした途端、襲い掛かってくるとか嫌だぜオレ」
アノマリーを発見できるベネットとニールは騎士団の生命線だ。この不可解な敵地で失うわけにはいかない。
同行していたベネットが応じる。
「ですが情報収集のためには起こさなくてはなりません。研究施設の調査もまだですし」
「ここは敵地でもあるしな。いつ状況が激変するか分からん以上、行動は早い方が良い」
「じゃあ早く起こそうぜ。往復ビンタでもして」
「いえ、そこは可哀想な少女ですし優しく揺さぶって起こします」
分身体に指示を出し、罠を警戒しながらゆっくりと近づかせる。変わらず黒髪の少女、人造人間は動かないままだった。
騎士団はいつでも行動できるように緊張の糸を切らさず見守る。特に何も起こらず分身体は少女の元へと歩み寄った。
「……では、お願いします」
「了解です」
分身体同士で頷き合って、しゃがみ込み手を伸ばす。
果たして、一体ここで何があったのか。それを知るためにその右手は横たわる少女の肩へと触れた。
不意にごごご、と音が聞こえた。それにより全員の動きが止まる。
即座に騎士団は周囲を警戒する。スターは盾手裏剣を更に発現して襲撃に備えた。
引き続き音は低く鳴り響いている。同時に床が僅かに揺れる。地震。
その微弱な揺れは次第に強くなる。だが立っていられない程ではない。地鳴りのような音の方が大きいくらいだ。
「これは……むっ」
唸ったジクルドが鉄兜を窓へと巡らせる。外にある手付かずの森林から大量の鳥が空へと飛び立っていくのが見えた。続けて動物の喚くような鳴き声が壊れた壁からとても騒がしく聞こえてくる。
何か悪い事が起ころうとしている。その不吉な予感を騎士団は肌で感じ取り警戒度を上げる。
その間も絶え間なく揺れと地鳴りは鳴り響いていた。
そして突然、その両方がピタリと止まった。身体を揺らす不快感はなくなり静寂が訪れる。
しかし正体不明な嫌な予感は未だ消えない。数秒か数十秒か、正確には分からないが全員が息を潜め続けるままだった。
だがここは敵地。停滞は得策ではない。
すぐの状況把握を優先すべきと判断したベネットが、生存者の少女を目覚めさせようと指示を出した。
「分身体の私、多少乱暴気味でも構いま……」
と次の瞬間、轟音が響き渡った。大爆発でも起きたのか孤島全体が震え上がる程の衝撃が迸る。
それにより再度施設が揺れた。ジクルドとカインがその揺れを無視して、壊れた壁へと駆け出し音の発生源を確かめた。
「このタイミングで、噴火だと……っ」
轟音の正体は孤島に聳え立つ火山の噴火だった。今もまた、その火口から何度も爆発が起こり溶岩と噴煙を吐き出している。
その量は尋常ではない。もくもくと黒煙が空へと浮かび上がり、雲が多い青空を黒が塗りつぶしていく。
その突如発生した自然現象に顔を引き攣らせたカインが疑問を呈した。
「おい、ジクルド」
「ああ」
「俺達がやって来たタイミングでこの噴火、どう見る?」
「……アノマリーの呪文の中には念動力がある。意思の力で物体に干渉する。偶然とどちらかを問われれば、こちらの方がまだ現実味がある。これ程までの規模は初めて見るが」
その推察に対する答えは噴火で放出された火山弾によって証明された。
吐き出され空気によって冷え固まった大小様々な溶岩が、隣の研究施設に着弾し始めたのだ。
明らかに操作された放物線を描き集中して落ちてくる。念動力のアノマリー。
衝撃と共に一方的にボコボコにされた研究施設は、大量の岩塊で埋め尽くされぐちゃぐちゃに潰されてしまった。
「って事は次の標的は……」
証拠隠滅。その言葉がカインの頭に浮かぶ。想像通り、またも火口から轟音が炸裂し火山弾が訓練施設目掛けて降り注いできた。
もう調査どころではない。その瞬間、騎士団は躊躇なく即時撤退を決断した。
「ニール、前方にピラミッドを沢山!!」
「分かってる、アノマリー・シロデリカ!!」
「アノマリー・シンデレラ!!」
オーハマーの呼び掛けに応え、壊れた壁からすぐ外の空間にニールがピラミッドを発現した。
本来ならば敵を潰すための建造物だが今は防壁代わりだ。次々と発現しては雑に高く積み重ね、前方から飛来する火山弾を防御する。
ベネットはその間、ニールの体力の全快と隙間を抜けてくる岩塊を撃ち落としつつも分身体に少女を起こすよう促した。
この火山弾による攻撃はこの少女が元凶の可能性がある。確認しない選択はない。
「往復ビンタ!!」
「了解です」
「あぶっ、あぶぶぶぶぶぶっ?!?!?!」
分身体による往復ビンタを受け両頬を赤くした少女は目を覚ました。
「あ、あれ……おじさん、誰? ……あれ?」
「起こしてすぐで申し訳ありません。デュクシ」
「うっ」
そして起きて早々、その無防備の首元を首トン呪文で叩き気絶させる。悲劇的な少女への扱いとしては酷過ぎだが必要だから仕方がない。
依然として火山弾は操作され集中的に降り注いで来ていた。この気絶した少女が念動力のアノマリーではないのは確かだった。
「よっしゃ、ピラミッドはもう良いだろ。ベネット!!」
「ええ、急いで脱出です」
ピラミッド防壁が出来上がると同時に、二人と少女を抱えた分身体が反対側の壁へと駆け出した。この巨大な訓練施設が遮蔽物に使えると判断しての行動だ。
見ればスター達も同じ考えだった。進行方向先の障害物や壁を予め破壊して最短で外へ脱出するための出口を作ってくれていた。
ニールは迷わず三階の高さから飛び降り呪文を唱えた。
「アノマリー・シロデリカ!!」
最速を意識して機関室と貨車一つ構成の空中列車が宙に浮かぶ。間髪入れずにニール以外も乗り込み、急いでその場から離れようと発進した。
ぐんぐんと空中列車は空へと駆けていく。遅れて襲い掛かる火山弾を凌ぎつつ何とか孤島からの退避に成功した。
だがそこでやっと全員が今の状況に気が付いた。オーハマーが最悪な光景を目視し顔を強張らせた。
「空が、暗くなってるっす。周りも囲まれて。まさかこの黒煙も操作されて……」
念動力のアノマリーによる攻撃は火山弾だけではなかった。火山弾と一緒にもくもくと吐き出された黒煙すらも操作対象だった。
黒煙は既に空中列車の更に上を陣取り、周囲の逃げるその先まで拡散されている。訓練施設の中では陽の光が隠され薄暗くなっていたのがすぐには気付かなかった。火山弾での強襲による焦りもある。
あの黒煙には火山灰や有毒ガスが含まれている。喰らうのは絶対に避けなければならなかった。
「ニール、私が見ている方向を見てください」
どうして良いか判断が付かないニールにベネットが声を掛ける。
「あの辺りの黒煙は密度が薄い。私のアノマリーで加速させて強行突破しましょう」
示された方向を見れば確かに他に比べれば密度が薄そうだった。流石に火山弾を降らせながらの噴煙の同時操作は難があったのだろう。ギリギリな状況でまだ活路がある。
「おそらく敵はまだ私のアノマリーは知らないはずです。この機を逃さず突っ切るしかありません」
「一度もやってないぶっつけ本番になるけどな」
「ですが他に妙案はありません」
ニールは車内を見渡した。騎士団の全員が異論はない顔だった。
「オーケー、じゃあ全力で突っ込む! 転ばないよう捕まってろ!!」
貨車の引き扉を勢い良く閉める。ベネットが車体に触れ時間のアノマリーを発現して高速にする。
火山弾は既に停止していた。敵もこの黒煙に操作を絞っている。
空中列車は弾かれたように発進した。それと同時に黒煙も空中列車を墜落させようと纏わり押し寄せて来て……。
「アノマリー・ブライニクル」
突如と発生したブリザードによってその大きな一部が瞬間凍結され海に落ちていった。
「はぁ!?」
ニールだけではない。全員がこの状況の変化に仰天した。
というより状況の変化が多過ぎて良い加減にしてくれの気持ちの方が大きかった。
空中列車は無事に黒煙を突破して大きく距離を取る。突破の最中にもブリザードは何処からともなく展開されて黒煙は瞬時に凍結していった。
その原因を確かめたい気持ちはあるが、騎士団はその場を全力で離れて陸地を目指す。
まずは安全地帯へ。一気に気温が低くなった空中列車に乗って。
そして下が海から陸地に変わり黒煙の追尾が完全に見えなくなった頃、減速した貨車内でジクルドが言った。
「……屋根上に誰かいる」
同時に何故か寒気が和らいでいく。
疑問に思いながらベネットが屋根上を確認しようと貨車の扉を開けた。
するとするりと何者かが中に入って来た。ジクルド以外がその人物を見て呆気に取られる。
それはとあるアノマリーの呪文使いだった。ホムランの活動時には協力せず、いつの間にか姿を眩ましていた。
その後の足取りは、各地で暴徒やらメタルサソリを蹴散らしていたのが耳に入っていた。だがまさかこのタイミングで現れるとは思ってもみなかった。
「……何よ、雁首揃えてアホ面晒して。馬鹿じゃないの?」
口を尖らせ不満と僅かな気恥ずかしさ、静かな半ギレを合わせた声を放つ。
存在変化のアノマリー、ヴァニラ・コースキーが太陽の騎士団に合流した。




