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婚約白紙を白紙にしたい?

作者: 北国月光

あんまり深く考えないで読んでくださると助かります

ここは貴族学園の空き教室、目の前の美丈夫は私の婚約者、パウル・ギュンター伯爵令息。

彼から呼び出されてやってきたのは私、スピカ・ベッドフォード伯爵令嬢。かの名門ベッドフォード伯爵家の三女として生を受けたこと以外は平凡な女として、十八になろうとする今日まで生きてきた。


私も彼も長子ではなかったけれど、結婚後は父が持っている男爵位を譲り受けて分家を立てる事がほぼ決まっている。


「パウル様、どうしてこんな場所まで私を呼び出されたのですか?」


「あぁ、スピカ、君に大事な話があるんだ。」


「と、おっしゃいますと?」


「単刀直入に言う。君との婚約を白紙にしたい。」


彼は正気なのだろうか。ギュンター伯爵家の四男として生まれた彼が、独り立ちした後も貴族でいる方法は私と結婚して男爵位を受け継ぎ、分家を立てる他に無いはず…いや、どこぞの跡取り娘にでも手を出せば別だろうか。もしくは、特権階級に執着など無いのか。そうだろうな。彼は少し抜けている所があるが、その代わりに男らしさと決断力があるまっすぐな性格のひとだから。


「その、どうしてでしょうか。私にどこか瑕疵でも」


そんな自覚など欠片もないが、建前上こう聞かなければならない。


「いいや、君に問題があるわけではないよ。」


「でしたら、なぜ…」


「端的に言えば真実の愛に目覚めた、ってやつかな。」


「真実の愛、巷で人気の恋愛小説のキーワードですわね。それも婚約を破棄か白紙にするお話の。ちなみに、お相手がどなたかお聞きしてもよろしいですか?」


「あぁ。君にはそれを聞く権利がある。

エレナ・ヒース。私が真実の愛を捧げる相手だよ。」


「エレナ・ヒース嬢…寡聞にして存じ上げませんわ。どちらの家のご令嬢ですの?」


「エレナは平民さ。貴族階級社会の闇を知らない、純真な女の子だよ。」


「平民の女性と一緒になるのを、よくお父上がお許しになりましたね。ギュンター伯の血統主義は筋金入りだったと記憶しておりますが。」


「いくら父さんだって真剣に話せば分かってくれるさ。それに、分かってくれなくても問題は無い。勘当されるだろうけど、それでも俺とエレナの2人なら生きていけると思っているんだ。」


「そこまでの覚悟をお持ちなのでしたら、私から申し上げることはひとつだけです。お幸せに。」


「ありがとう、スピカ。君なら分かってくれると信じていた。恩に着る。ここの施錠は俺がしておくから、寮に帰ってくれて構わない。スピカ…今まで世話になったな。」


「いえ、パウル様、とんでもない事です。もう二度と会うことも無いでしょうが、おふたりのご健康とお幸せをお祈りいたします。では、失礼いたしますわ。」


空き教室のドアを閉めて、歩き出す。


パウルが計画性のある男だとは初めから思っていなかったが、ここまでだとは思わなかった。彼は父の面子を潰すことになると理解しているのだろうか。

私の知っているギュンター伯であれば、勘当などでは済まされないだろう。駆け落ちだとかそういう事は出来ないに違いない。


それにしても、彼が自主的に婚約を白紙にしろと言ってくるだなんて、望外の幸福に思えた。

私は、いずれ時がくれば、金で女を雇って同じようなことをさせようと考えていたから、まさしく天佑のようだった。



それからの展開は早かった。学園が休みの日曜日、ギュンター伯爵家が王都に持っている邸宅に私を呼び出したのは、顔面を赤く腫らしたパウルだったのだ。


「来てくれてありがとう。スピカ、君に話があるんだ。どうか聞いてくれはしないだろうか。」


「ごきげんよう。パウルさま、別に構いませんが、エレナとかいう女と逃げる手伝いをしろ、などという内容なら今すぐ帰りますわよ。」


「待ってくれ…違うんだ。そんな事を言ったりはしない。ただ…」


「ただ?」


私がそういうと、彼は意を決したように深呼吸をしてから一拍置いて、こう言った。


「スピカ、君との婚約を白紙にしたいと言ったが、それを白紙にしてはくれないだろうか。」


「藪から棒にどうしたんですか。エレナ何某と一緒になるのでは無かったのですか?」


「俺もエレナも、何も分かっていなかったんだ。あの後エレナと二人で父さんに会って話をしたら殴られたんだ。よくも俺をコケにしてくれたな、馬鹿息子って。」


「まぁ、そうなりますわね。」


「出がらしの四男なんて必要無いだろう、俺は平民になって、エレナと生きていく。もうギュンター家には関わらないから、どうか放っておいてくれないか。そう言ったら、隣のエレナが物凄い形相をしてたんだ。」


なんだろう。彼女には会った事すらないが、ものすごく見てみたかった。


「『あなたが跡継ぎじゃないなんて知らなかった。私は貴方と結婚すれば伯爵夫人になれると思ったから近付いただけ。平民のままなんてまっぴらごめんよ。』だったかな。そう言って逃げるように出ていったんだ。」


「何事においても下調べはきちんとした方が良いという反面教師にできますわね。すみません、続きを。」


「その後は父さんにこっぴどく怒鳴られて殴られて、今に至るんだ。」


「今の話のどこに私とやり直す理由があったのか分からないのですが。」


「エレナに逃げられて、気づいたんだ。スピカより素晴らしい女性はこの世にいないんじゃないかって。

君はその…こんな俺を愛してくれただろう?正直俺は、貴族みたいな堅苦しい立場から逃げ出したかったんだ。人を支配するなんて、人の上に立つなんて、俺には向いていないと思ってたんだ。」


「だから、エレナと一緒になって、平民として生きていこうと思った。だけどエレナは俺の事なんて見てはいなかったんだ。」


「でも、君と一緒ならやっていけるんじゃないかって、今は思うんだ。君は俺と違って頭も良いし、要領もいい。俺はお飾りの男爵で君が実権を握ってくれれば文句など無いんだ。」


「どうか俺と結婚してはくれないだろうか。自分勝手な事を言っているのは分かってる。他に好きな女が出来たと、婚約を白紙にしてくれと言って君を傷つけてしまったのも分かっている。君は俺なんかには勿体ないと思うんだが、それでも君と生きていきたいんだ。どうか俺とやり直してくれないか。」


そういうと思っていた。それに対する回答は、初めから決めていた。


「パウルさま。人にお願いをする時は、それも恥知らずなお願いをする時はもう少し態度というものがあるのではないかと、私は思うのですが。」


「そ、そうか…すまない。この通りだ。」


そういうと彼は、床に頭を擦り付け始めた。噂に聞く東洋の名物、土下座というそれに違いない。


あぁ、これが見たかったのだ。顔がとてつもなく好みの男が、私だけにみじめな姿を見せている。とんでもなく満たされていく。


「パウルさま、私がパウルさまをお慕いしているこの気持ちは、出会った時より変わっておりません。やり直していただきたいと仰っていただけて、とても嬉しいです。」


「実は私、婚約を白紙にしたいと言われた旨は、未だ誰にも口外していないのです。そう。父ベッドフォード伯にもです。だからこのことは私とパウルさま、そしてギュンター伯だけが知っているのです。」


「だから、やり直すも何もないのですわ。パウルさまが婚約を白紙にしたいと仰った、そんなことは無かったことにいたしましょう。これならギュンター伯も納得していただけるに違いありません。」


「本当か?スピカ、ありがとう…ありがとう。」


「パウルさま…だから…」


「だから?」


床に手と足を付いたままの姿勢の彼の耳元でこう囁く。あぁ、彼はどんな顔をするだろうか。


「また、みせてくださいね。」

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