お化け屋敷のゾンビは
ある処に容姿の醜い男がいた。瞼の厚いせいで目が細く、その奥底から見える瞳は野獣のようだった。さらに皮膚はごつごつとしており体格も人一倍大柄で、子供など傍にいようものなら忽ち逃げ出してしまうのだった。
そんな男の仕事は、テーマパークのお化け屋敷で客を驚かすことだった。人工的に作った墓地に身を潜め、人が通りすがると十字架の陰からワッと姿を現して驚かす。彼にとってゾンビの役柄は的確ではあったが、他のお化けと違ってメイクを施さずにありのままを怖がられるのは、愉快でもあり少し寂しい気もした。
ある日、お化け屋敷に子供の兄弟がやってきた。男はそんなことも知らず、息を潜めて出番を待つ。しかし、いくら待てども人が近くを通りすがる気配がない。男が怪訝に思って腰を上げようとしたとき、腰の辺りをチョンチョンとつつかれた。男はびっくりして、ゆっくりと首を巡らす。
「ヘビさんだよ。ぼくのともだち。かわいいでしょ?」
そこにいたのは五歳くらいの男の子だったが、男は差しだされた物を見た途端に勢いよく飛び上がった。男はヘビが大の苦手だったからだ。勿論おもちゃではあったが、男はそれすらも受けつけないほどヘビが大嫌いで怖い生き物だった。
「や、やめてくれえ! オイラはそいつが一番駄目なんだ!」
男はその場から逃げだした。すると男の子は面白がって後をついてくる。そこに男の子の兄が道端からひょっこり現れて、弟を捕まえるためにさらに後を追ってきた。
「こらー! 勝手にはぐれるなって言ったじゃないか!」
「ゾンビさん、まってまってー!」
「助けてくれえ!」
あまりの騒動に、お化けたちや客たちが墓地にぞろぞろと集まりだした。大柄の男が悲鳴を上げて、子供たちから逃げ回っている。あまりの滑稽な姿に、周りの観衆は呆気に取られた。
「ゾンビだって、怖いものはあるんだよー!」
後日、男は騒動を起こしたことについて上司から厳重な注意を受けた。首にならずに済んで良かったと、更衣室でいつもの衣装に着替えて持ち場に向かう。もしかしたら、自分のせいで客入りが悪くなるかもしれない。そんな可能性を憂慮していた男は、再び驚くことになった。
この日は、今まで経験がないくらい忙しい休日だった。しかも、男が十字架の陰からワッと姿を見せると、大人も子供もケラケラと笑って逃げるのだ。必死に驚かせようとしているのに、来る客来る客、怖がらせるどころか笑顔にしてしまう。中には、ヘビのおもちゃをわざと男に見せて逆に怖がらせる者もいた。これではゾンビの威厳がない。
しかし男の子の悪戯がきっかけで、お化け屋敷は客を面白がらせるゾンビがいるのだと次第に有名となっていった。客はミイラにもドラキュラにも叫び声を上げるのに、ゾンビには怖がりながらも笑顔になるのだ。
男はちょっぴり臆病なゾンビとして皆に親しまれ、たくさんの人たちを笑顔にして幸福な人生を過ごした。