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第一話


 いつの間にか、暗闇の中にいた。それを自覚した瞬間、雑音が波のように押し寄せてくる。


 弦楽器の演奏。革靴とピンヒールの足音。浮かれた老若男女の話し声。


 閉じていた瞼を開けると、シャンデリアの明かりや、ドレスの鮮やかさが視界に飛び込んできて、その眩しさと情報量の多さに、目がちかちかした。


 聴覚、視覚ともに、情報量の多さに一瞬困惑するも、五回瞬きをする頃には、自分が置かれている状況をほぼ正確に理解できていた。


 私には三度、私として生きて、死んだ記憶がある。三度同じ人に嫁いで、三度同じ人に殺された。


 一度目は、処女を奪われた日。旦那様の行き過ぎた嗜虐趣味によって息の根を止められ、気が付けば嫁ぐ日の馬車の中に戻っていた。


 二度目は、嫁いでから異常に怯える私に逆上し、殴り殺された。


 三度目は、嫁ぐ一か月前に戻された。私はなんとか結婚を逃れようとしようとしたものの、娘を商売道具としか思わない両親によって監禁され、当日は大勢の見張りを付けられて、旦那様の下へと送り出された。


 旦那様は、未来を知っているかのように動く私を魔女だと言い、焼却炉に入れて焼き殺した。


 そして四度目。ここに戻ってきたというわけだ。



 私は小さく溜め息を吐いて、自分の恰好を見下ろす。フリルをたっぷりあしらった、淡いグリーンのロマンティックなドレス。金糸を仕込んでいるからか、動くたびにきらきらと光を反射する。


 どうやら今は、私が十四歳の時、秋に領地で開かれた、父の新規事業立ち上げを祝うパーティーの真っ最中らしい。


 確かこの後に、短気で嗜虐趣味のある侯爵家次期当主との婚約が決まる。


 左手で持っていたグラスを、近くを通った使用人に預けて、バルコニーへと向かう。先程まで火に焼かれていた感覚が、まだ抜けない。



 濃藍の空に昇る満月が美しかった。秋の涼しい夜風が、火照った頬を撫でていく。重たいカーテンに隠されたバルコニーは、とても静かだった。


 私は安堵の息を吐き、通り過ぎたテーブルから袖に隠したナイフの腹を、自分の首筋に当てた。


 ひんやりと、硬い感触が皮膚に当たる。ナイフの柄を握る右手に、左手を添えた。


 深く、ゆっくり、呼吸をする。私は祈るように、目を閉じた。瞼の裏に、緋色の影がちらつく。



 ――神様。もし、いらっしゃるのなら。魂なんて、欠片も残らなくていいから。



 どうしたって、自分の未来に、光が見えなかった。


 きっと、どうあがいても、私はあの男に嫁がされ、また殺されるのだろう。何度も、何度も、何度も、それを繰り返すのだろう。



 ――どうか、これで終わりにしてください。



 息を詰めた。ナイフを握る手が震える。何度死のうと、怖いし痛い。けれど誰かに――あの人に、痛み苦しみながら殺されるくらいなら。いっそ、自分の手で。



 手に力を籠め、ナイフを引こうとした、そのときだった。



「何をしている!」



 静寂を切り裂くように、声が響く。それに反応して目を空けるよりも先に、右手首を強い力で掴まれ、首から遠ざけられた。


 はっと目を開けると、必死の形相の男が、私の手を掴んでいた。


 闇に溶けるような黒髪がワックスで撫で付けられ、水のような青い瞳は真剣な光を孕んでいる。正装であることから、父が招いた客人だろうとすぐに推測できた。恐らく、上位貴族の。


 男の手首に付いたカフスをちらりと見る。



「貴方は今、何をしようとしていた」

「は、離してください」



 掴まれた右手首に自分のものではない熱を感じて、心臓がきゅっと縮むような感覚がする。思わず漏れた声は、情けないほど震えていた。


 力が抜けた私の手からナイフが抜かれる。



「あっ……」



 取り上げられてしまったナイフを縋るように目で追うと、男は眉間に刻んだ皺を更に深くした。



「これは私が預かっておくよ。後で元の場所に戻しておこう」



 ナイフは刃の部分をハンカチに包まれてポケットにしまわれ、掴まれていた手首は解放される。



「なんで……」



 私は呆然と呟いた。そもそも何故、彼はここに居るのだろう。


 カフスに刻まれた、盾を抱くドラゴンの紋章。あれは確か、三大公爵家のうちの一つ、シルト公爵家のものだった。


 恐らく彼は、シルト公爵の嫡男。本来なら、大広間で多くの貴婦人に囲まれているはずのなのに。



「貴女が袖にナイフを隠すところを見て、追いかけてきたんだ」



 中途半端な私の問いかけに答えた彼は、「間に合ってよかった」と息を吐いた。


 確かに、あと少し遅ければ、彼は悲惨な光景を目にしていただろう。




「放っておいてくだされば良かったのに」


 溜息交じりにそう漏らすと、彼は低い声で言った。



「そんなこと、できるわけないだろう」

「どうして? わたくしがどうしようと、貴方には関係ないはずでしょう」



 責めるように問いかけると、彼は言葉を詰まらせた。何かを言いたげに視線を彷徨わせ、けれど声にすることなく閉口する。



 ――きっとこの人は、とてもお優しくて、正義感が強いのでしょうね。けれど貴方が断ち切ろうとするその糸は、私にとってたった一筋の希望なのよ。貴方のその無責任な正義感が今、私をどれほどの絶望に落としているか、貴方に想像できるかしら。

 自分を殺す男の下へ、何度も嫁がされる私の心を、貴方は想像できるかしら。



「今、此処でわたくしを助けて、貴方はなんと窘めるつもり? 死んではいけないと? 未来に希望を持てと? それとも、他人に迷惑をかけてはいけないと?」



 思わず嘲笑が漏れる。自分が今どんな表情をしているかなんてわからない。でもきっと、とても醜い貌をしているのだろう。



「貴方はなにも知らないでしょう。この先、わたくしがどんな人生を歩むかなんて、貴方には関係ないから、そうやって無責任な正義感でわたくしを助けられるのでしょう? そういうのを、なんと仰るか知っています?」



 立ち竦む彼を睨み、私は言った。



「――偽善、というのですよ」



 一度目、二度目の私からは、こんな言葉は出てこなかっただろう。こんな風に、男性に意見することなんてなかった。


 なんとなく、自覚はしている。何度も死んで、私は可笑しくなってしまったのだ。だからこそ、魔女と言われて焼かれたのだろう。


 否、もしかすると、私は本当に魔女なのかもしれない。何度も死んで巻き戻るなんて、どう考えたって普通じゃない。


 魔女だから、この地獄のようなループから抜け出せないのだろうか。そうすれば、私は掬われるのだろう。


 私が思索に耽っていると、それまで黙っていた彼が、重々しく口を開いた。



「――それはつまり、責任を取れば良いと?」

「……は?」



 その言葉の意味が、上手く理解できなかった。ぱかっと思わず口を開き、男を見上げる。


 彼は何故か、ほんのりと頬を赤らめ、何故か、なにか覚悟を決めたような顔で、私の手を掬い取った。


 私はそれにぎょっとして、慌てて手を離そうとすると、逆にぎゅっと握られてしまう。



 ――これは、いったい……?


「あの、責任を取るとは?」

「私はまだ婚約者を決めていない。父がなんというかは分からないけれど、ハンデル辺境伯の娘であれば反対はされないだろう」


 ――どうしましょう。何やらぶつぶつ言っているけれど、全く以って意味が分からないわ。



 キャパシティはとっくに超えている。一層の事、ここで気を失ってしまいたいくらいだ。けれど、このパーティーが終わってしまえば、きっともう私が一人になれる時間なんて殆どないだろう。



 ――死ぬことも、生きることもままならないなんて。なんて窮屈なのだろう。


「レイラ・エーアガイツ嬢」



 名前を呼ばれ、ふっと正面に意識を戻す。


 いつの間にか跪いていた彼は、掬い取った私の手を自身の額に押し当てた。ワックスで固められた、少し硬い髪が手の甲に触れる。



「貴方に、婚約を申し込みたい」



「……はい?」




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