新たな登場人物(ヒロインside)
王都の空気は、私の生まれ育った場所とはまるで違っていた。
どこを見ても、豪奢な建物が並び、歩く貴族たちの衣服は美しく華やかだ。
広場では楽団が演奏を奏で、屋敷の庭には彩り豊かな花々が咲いている。
けれど、そんな景色のどれよりも、私の心を占めたのは──
王太子の視線だった。
「……あなたが、レティシア・ウィンターか?」
応接室に入った瞬間、王太子パーシバル・ロータスの視線が私を射抜いた。
彼は、ただ私を見ているわけではなかった。
その目には、何かが映っていた。
──私ではない、“誰か” が。
それは、確信を持てるほどに分かる。
彼の瞳は、私自身を見てはいない。
彼の視線の先には、私を通して映る「誰か」がいる。
私は、そのことを理解していた。
それでも──
その視線の奥に 微かな愛情を感じてしまった のは、どうしてだろう。
王太子の目は、決して優しいものではなかった。
けれど、その奥底に隠された 「特別な感情」 を、私は感じ取ることができた。
けれど、それはきっと 「私」へのものではない。
この瞳に映っているのは、私ではない誰か。
それは、分かっている。
なのに、私は……その錯覚を、信じたくなった。
「彼の視線が、私に向けられている」 と、そう思いたくなった。
私は、これまでの人生で 誰かに強く求められたことはなかった。
生まれ育った村では、ごく普通の平民として扱われた。
貴族のような華やかさも、特別な役割もない。
両親は確かに優しかったけれど、私はどこか「そこにいるだけ」の存在だった。
誰かが私に強く執着することも、愛情を注ぐこともなかった。
私は 誰かにとっての「大切な存在」になったことがない。
けれど、今。
王太子は、確かに「私」を見つめている──
たとえそれが、私ではない誰かの面影を求めていたとしても。
それでもいい。
彼の視線の中に、私は確かに存在している。
それが 「誰かの代わり」だったとしても、私は今、誰かに求められている。
私は、ゆっくりとカーテシーをしながら微笑んだ。
「初めまして、殿下」
彼の表情が、かすかに揺らいだ。
それは、驚き? それとも……
──期待?
いいえ、それは私に向けられたものではない。
私ではない「誰か」に向けられたものだと、分かっている。
それでも、この視線を感じることができるのなら。
私はほんの少しだけ、勘違いしてもいいだろうか。
彼の視線が「私」に向いているのだと──錯覚しても、いいだろうか。