忌まわしき婚約(パーシバルside)
──なにが嬉しくて、毎度毎度ここに足を運ばねばならないのか。
白い陶磁器のカップを指先で持ち上げながら、パーシバル・ロータスは退屈そうに息を吐いた。
いつも通り、注がれた紅茶は適温で、香りもよく整えられている。
けれど、その味をじっくり堪能する気には到底なれなかった。
「……どうせお前は笑いかけもしないし、私を楽しませる何かがあるわけでもなかろう」
自嘲気味に呟きながら、アンジェラを一瞥する。
彼女は、普段と変わらぬ無表情のまま、丁寧にティーカップを置いた。
その動作ひとつに無駄がなく、王太子妃としての礼儀は完璧だった。
けれど、そこには何の温かみもなかった。
──この女は、ただの義務としてここにいる。
王太子妃としての役割を果たすため、王族としての格式を学び、必要なことを身につけ、決められた通りに振る舞う。
彼女がそういう人間であることは、最初から分かっていた。
だが、それが どれほど退屈で、苛立たしいものか までは、理解できていなかった。
15歳の時、彼はこの婚約を強引に押しつけられた。
彼には、元々生まれながらに決まっていた婚約者がいた。
彼女は公爵家の令嬢で、幼い頃から傍にいた存在。
──だが、ある事件をきっかけに、彼女は姿を消した。
それでも王家は、彼女が戻ることを期待し、彼の正式な婚約者を決めることを保留していた。
だが、待てども、彼女は帰ってこなかった。
10歳になった時、彼の婚約者候補として選ばれたのがアンジェラだった。
そして、15歳になった時、王家は正式な婚約としてそれを確定させた。
彼に拒否権はなかった。
王太子である以上、国のために動くのは当然のこと。
それがどんな相手であろうと、受け入れなければならない。
──だが、彼にはどうしても、この婚約を納得することができなかった。
アンジェラ・ステイプルトン侯爵令嬢。
彼女は王太子妃としての資質に申し分なく、家柄も申し分ない。
彼女が王家に選ばれたことは、貴族社会において当然の決定だった。
──だが、それは 「彼女の代わり」 でしかない。
誰もが「当然のこと」として受け入れる中で、彼だけはそれを受け入れることができなかった。
彼女の代わりに選ばれた令嬢を婚約者として迎えろと言われて、素直に受け入れられるほど、彼は冷徹ではなかった。
王族としての責務は理解している。
政略結婚が当然であることも、身に染みるほど分かっている。
それでも、彼はこの婚約を心から受け入れることはできなかった。
だからこそ、彼は最初から アンジェラを婚約者として認める気はなかった。
彼女と接するのは、王族としての義務にすぎない。
月に二度のお茶会も、ただの形式的なもの。
彼女は最初から「王太子妃として振る舞うこと」に徹していた。
王族としての振る舞い、言葉遣い、すべてにおいて完璧だった。
──だが、それが彼を余計に苛立たせた。
すべてが形式的で、義務的で、まるで”感情”というものがない。
いや、それは違う。
彼女が感情を持たないのではない。
彼が彼女の感情を受け入れようとしていないだけだ。
彼女は、彼のために何かをしようとする。
彼のために、王太子としての在り方を説き、政務への姿勢を正そうとする。
けれど、それが彼には ただの押し付けにしか感じられなかった。
──「なぜ、お前にそんなことを言われなければならない?」
彼がそんな態度をとるたびに、彼女は何かを言いかけては、そっと口を閉じた。
そうして、お茶会は終わる。
彼は形式的な挨拶を交わし、背を向けて去っていく。
残された彼女は、庭のカセボに座り込み、じっと俯いたまま動かない。
だが、それが彼の知ったことではない。
婚約が決まってから5年が経つ。
けれど、彼の気持ちは最初から何も変わっていない。
彼は、彼女を愛することはない。
彼女を婚約者として受け入れることもない。
王族としての責務は理解している。
けれど、この婚約に心を傾ける気はない。
──だからこそ、彼は今日もまた、冷たく言い放つ。
「……どうせお前は笑いかけもしないし、私を楽しませる何かがあるわけでもなかろう」
彼はただ、無意味な時間を終わらせるために、形式的にお茶を飲むだけだった。