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“それ以上”を求められる理由



 ──侯爵家の娘として生まれた以上、できることはすべてやろう。


 自分にできることは限られている。

 けれど、精一杯努力すれば、誰かの力になれるかもしれない。


 そう、私は10歳の頃に思った。


 ステイプルトン侯爵家は、名門貴族でありながら、穏やかで温かい家だった。


 父は王国の宰相として国を支えているが、家庭では誰よりも母を愛する夫であり、子供たちにとって頼れる父親だった。

 母は、忙しい父に代わって侯爵領の管理を行い、学生時代からその才覚を高く評価されていた才女だった。

 弟のルイスは、オリヴァー様とつるみ始めてから多少ヤンチャになったものの、私よりずっと賢く、気遣いのできる子だった。


 ──そんな家族の中で育った私は、結局のところ 「箱入り娘」 だったのだろう。


 けれど、私は貴族の娘として生まれた。

 何か役に立てることがあるなら、それを果たさなければならない。


 そんな私に転機が訪れたのは、10歳の時だった。


 王太子妃の候補として選ばれたのだ。


 本来、王太子殿下には生まれたときから婚約者がいた。

 彼女は公爵家の令嬢で、幼い頃から殿下とは特別な関係を築いていた。


 けれど、ある事件をきっかけに、彼女は忽然と姿を消した。


 王家は長く彼女の帰還を待ったが、王太子が10歳になったことを機に、次の婚約者候補を選ばざるを得なかった。

 そして、その候補として選ばれたのが、私だった。


 王家や貴族の間で、これはごく自然な決定だった。

 王族の結婚は政略的な側面が強く、誰が王太子妃になろうとも、特別な感情を抱く者は少なかった。


 ……ただ一人を除いては。



 ──パーシバル・ロータス王太子、その人である。




 私はどちらかといえば、父親譲りの容姿だった。

 目尻のつり上がった目も、宰相という職についている父にとっては「威厳がある」「かっこいい」と評されることが多い。


 しかし、令嬢のそれは別だった。


 睨んでいるようだ、愛想がない、冷たい──そんな言葉を幾度となく耳にしてきた。


 私がただ視線を送るだけで「何か怒らせてしまったのか」と周囲は怯え、無理に笑顔を作っても「不自然で怖い」と言われた。


 どうすれば令嬢としての役割を全うできるのだろう。

 何が足りないのだろう。


 考えれば考えるほど、意識は内へ内へと向かい、いつしか社交の場でも会話の輪に入りづらくなっていた。


 決して社交が得意ではない。けれど、前に立たなくてはならない。


 王太子妃候補という立場になったことで、それはより一層顕著になった。




 私が正式に王太子の婚約者になったのは、15歳のときだった。


 パーシバル殿下にとって、それは苦痛以外の何物でもなかったのだろう。


 生まれたときから彼には「決まっていた婚約者」がいた。

 幼いながらもお互いに惹かれ合い、心を通わせていたはずの相手だった。


 けれど、その人はもういない。


 ──私は、彼女の代わりとして選ばれたにすぎない。


 その事実が、彼の態度に表れていた。

 婚約が決まってからも、彼は私に対して一切の興味を示さず、ただ義務として接していた。


 それでも私は、婚約者としてできることをしようとした。


 王太子妃としての責務を果たすために。

 彼の力になれるように。


 その思いだけで、私は努力を続けた。



 婚約してからの5年間。

 私は殿下に認められようと、できる限りの努力をした。


 けれど、彼の態度は変わらなかった。


 月に二度のお茶会も、彼にとってはただの義務。

 会話も淡々としたもので、私が王族としての在り方について意見を述べると、彼はいつも機嫌を損ねた。


 「なぜ、お前にそんなことを言われなければならない?」


 彼は私の助言を「お節介」としか捉えていなかった。


 ──だけど、私は諦めたくなかった。


 この婚約は、もともと望んでいたものではなかった。

 けれど、決まってしまった以上は、それを全うする責任がある。


 私は侯爵家の娘として、王太子妃として、役目を果たさなければならない。


 たとえ、それがどれだけ報われなくとも。


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