外野 (パーシバルside)
──また、あの女に会わなければならないのか。
朝から、そんな考えが頭の隅をよぎっていた。
婚約破棄の話は、王宮のあちこちで囁かれている。
だが、俺の中では 「答え」 など最初から決まっていた。
──俺の婚約者は、ただ一人。
かつて王家が定めた、彼女だけだ。
それは覆るものではない。
……そう、思っていたはずだった。
最近、王宮には「聖女候補」とやらが現れた。
名は レティシア・ウィンター。
俺は彼女に興味を持つつもりはなかった。
しかし──最初に会ったとき、俺は 思わず言葉を失った。
──なぜ、あんなに「似ている」のか?
目の形、仕草、声の響き……。
まるで、俺が今も忘れられない人間の影を宿しているようだった。
違うと分かっている。
彼女は、公爵令嬢ではない。
だが、俺は 「違う」と分かりながらも、無意識に重ねてしまう。
そして、そのことに 強い嫌悪感を覚えた。
そんな状態で、アンジェラの弟ルイスが訪ねてきた。
彼の来訪は予感していた。
「何の用だ?」
ルイスは、軽く笑いながら言った。
「殿下とじっくり話す機会もなかったので」
──くだらない。
ルイスの目的は分かっていた。
姉のこと、婚約のこと。
俺は、何も答えたくなかった。
だが、ルイスの言葉の中に 「婚約破棄の噂」 という単語が出た瞬間、心の奥で何かが揺れた。
「お前が気にすることではない」
……そう言ったが、ルイスは引かなかった。
そして、俺は不意に言葉を零していた。
「……お前の姉は、余計なことを言いすぎる」
ルイスは驚いたように俺を見た。
俺自身も、なぜこんな言葉を口にしたのか分からなかった。
──最近、俺は「自分の意志」が分からなくなることがある。
聖女候補の姿を見たとき、俺は何を考えた?
「公爵令嬢が戻ってきた」──そう錯覚した。
しかし、目の前の現実はそうではない。
ルイスが去ったあと、俺は静かに呟いた。
「……俺は、何を選ぶべきなんだ?」