下町茶屋
──王宮の動きが、早すぎる。
俺はそう思いながら、すぐにオリヴァーの元へ向かった。
俺が知りたいことを何か掴んでいるかもしれない。
オリヴァーは城下の小さな茶屋にいた。
王宮の食堂ではなく、庶民の集まる店にふらりと現れるのが、彼らしい。
俺が近づくと、彼は軽く手を振って微笑んだ。
「ルイス、珍しいな。今日はお前から会いに来るとは」
「お前が妙なことを言うからな。王宮の動き、もう知ってるんだろ?」
俺が単刀直入に聞くと、オリヴァーは一瞬だけ表情を変えた。
けれど、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「……さすが宰相の息子だな。もう何か掴んだのか?」
俺はオリヴァーに王宮で拾った噂を簡単に伝えた。
・王太子と姉の婚約破棄の可能性が高まっている
・聖女候補を王妃にしようという動きが出始めている
オリヴァーは黙って話を聞いていたが、最後の話題に差し掛かったとき、ふっとため息をついた。
「……まあ、そうなるだろうな」
「お前も、知ってたのか?」
「ああ。でも、正式な決定はまだ何も下されていない。あくまで『可能性』の話だよ」
「けど、このままじゃ婚約破棄は確実じゃないか」
「確実かどうかは、まだ分からない」
オリヴァーはそう言いながら、指でカップの縁をなぞった。
「パーシバルの意思も、王家の判断も、まだ固まっていない。でも、流れはそっちに向かっている のは間違いないな」
「……婚約破棄に賛成してるのは、どの派閥なんだ?」
オリヴァーは少し考えてから、ゆっくりと答えた。
「婚約破棄を望んでいるのは、王太后と一部の貴族たちだ。理由は簡単で、『このまま王妃を迎えても、パーシバルが受け入れなければ意味がない』から」
「なら、反対してるのは?」
「宰相派と、ステイプルトン侯爵家を支持する一部の貴族たちだろうな」
俺は苦い表情になった。
父は王国の宰相だ。
つまり、王宮内の政治に深く関与している立場にある。
「父は……婚約を維持するつもりか?」
「その可能性が高いな」
俺は拳を握る。
つまり、これは 王宮内の派閥争い にもなりかねないということだ。
「……もう一つ気になるのが、聖女候補の話だ」
オリヴァーは少し考えた後、静かに口を開いた。
「聖女候補の存在は、王家にとって都合がいいんだよ。聖女は信仰の象徴だし、王家が彼女を取り込めば、民衆の支持も得られる」
「だから王妃にしようって流れになってるのか?」
「そういう声もある。でも、それが本当に決定されるかどうかは、まだ分からない」
オリヴァーは言葉を選びながら続ける。
「……聖女の力が本物なら、彼女はこの国にとって重要な存在になる。でも、それが 誰かの都合で利用される のは違うだろ?」
「……お前、聖女候補のことを気にしてるのか?」
「気にしてるというより、まだ何も分からないのに、彼女の未来を決めようとする動きが気に入らない だけさ」
オリヴァーの言葉は穏やかだったが、どこか芯のあるものだった。
「……じゃあ、俺はどうすればいい?」
俺の問いに、オリヴァーは少し目を細める。
「ルイス、お前はどうしたい?」
「……姉を守りたい」
俺は迷いなく答えた。
オリヴァーはふっと微笑んで、ゆっくりと頷く。
「なら、まずは王宮の流れをもう少し詳しく掴んだ方がいい。パーシバルが何を考えているのか もな」
「……あいつは、婚約破棄に賛成してるのか?」
「さあな。あいつの気持ちなんて、俺にも分からないよ」
けれど、オリヴァーはどこか「分かっている」ような目をしていた。
──パーシバルの意志。
俺は、それを探るべきなのかもしれない。