貴族と王族の日常
午前の剣の訓練を終え、俺は城の中庭へ向かった。
そこには、既に木陰で剣を構えながら、待っている男がいる。
「来るのが遅いな、ルイス」
オリヴァー・トーマス。
王弟殿下の息子であり、俺の親友。
その口調は穏やかで、微笑みながら軽く剣を振るっている。
「……お前、剣の訓練はもう終わっただろ?」
「まあな。でも少し物足りなかったんだよ」
俺は肩をすくめる。
オリヴァーは、貴族の嗜みとしての剣技ではなく、実戦を意識した動きをする男だ。
王族の出ながら、こうして庶民のような軽やかさを持っているのは、彼の性格そのものなのかもしれない。
オリヴァーは王太子ではないが、王位継承権を持っている。
とはいえ、本人は王位を狙う気はさらさらないらしく、王宮の堅苦しい政治の場にほとんど関わろうとしない。
「お前、もう少し王宮の仕事に関わるつもりはないのか?」
俺がそう尋ねると、オリヴァーは少し考えたあと、穏やかに微笑んだ。
「必要なら動くさ。でも、今は俺が口を出す場面じゃない」
「お前がそんなこと言うとはな」
「王宮の動きはそれなりに見てるよ。でも、俺が出る幕じゃないだろ?」
オリヴァーはさらりと流すが、彼が「何も知らない」わけではないことは、俺にも分かる。
「……そういえば、昨日も姉さんのところに行ってただろ?」
「ん? まあね。パーシバルの態度があれじゃ、見ていられなくてな」
俺は少し驚く。
普段のオリヴァーは、貴族らしく穏やかで、あまり感情を表に出さない男だ。
けれど、アンジェラに関しては、時折 「感情を隠さない」 ことがある。
「お前、本当に姉さんのこと気にかけてるよな」
「そりゃあ、あんな状況を見てたら、誰だって気になるさ。……ルイス、お前は気にならないのか?」
「いや、もちろん気になるけど……」
「だったら、もう少しどうにかしてやれよ」
その言葉は、いつもの彼の穏やかな口調とは違い、どこか 苛立ち を含んでいた。
「……あの婚約、どう考えてもおかしいよな」
オリヴァーがそう言うときの声は、静かだが、はっきりと 「怒り」 を感じさせた。
「パーシバルは、アンジェラを婚約者として見ようともしない。お茶会にも義務で来るだけ、まともな会話もしない。……もう、婚約として成り立ってないじゃないか」
彼の目が、剣を構えるときよりも鋭くなる。
「そんな相手に、いつまでもしがみつかせるのは、アンジェラにとっても良くないと思うが?」
「……それは」
俺は言葉に詰まった。
正直なところ、俺自身も姉の婚約には疑問を持ち始めている。
けれど、「決まっていることだから」と受け入れてしまっている部分もあった。
しかし、オリヴァーは違う。
彼は、はっきりと 「婚約の現状が間違っている」 と口にした。
「……お前、何か知ってるのか?」
俺がそう尋ねると、オリヴァーは少し口元を引き締めた。
「いや、ただの意見さ。でも……王宮の動きには注意しておけよ。俺たちには関係ないようで、関係ある話かもしれないから」
「お前、そういう意味深なこと言うの、やめてくれ」
「そうか? まあ、気をつけておけって話さ」
オリヴァーは、いつもの柔らかい笑みを浮かべた。
けれど、その目の奥にあるものが、俺には読めなかった。
──オリヴァー、お前は何を考えている?
俺が知るゲームには、彼の存在はなかった。
それなのに、彼はここにいて、姉のことを気にかけ、王宮の動きを見ている。
「この世界は、本当に俺が知っているゲームの通りなのか?」
俺は、オリヴァーの横顔を見ながら、静かに剣を握り直した。